29・ 私の羞恥心は53万です
私の部屋に旦那様がお茶を飲みに来るようになって、創作意欲があふれております。
ここ最近は暇に飽かせてハイヒールの練習をしつつ、ひたすらイラストを描いています。
ですが、どーもしっくり来ない!
それもこれも、結局のところ旦那様どっちなの問題が立ちはだかるからなのです!
ジュール様がタチなのかネコなのかをハッキリさせたいところ!
まぁ、その辺の好みは人それぞれですが、旦那様くらい儚げな感じの美形はネコであって欲しい。あ、私の好みはどうでもいいですかね?
ともかく、いろいろ描きすぎたので、書き物机に祭壇を作ってみました。
……だけど、なんっかこれもしっくり来ない。
祭壇ってキャラグッズをズラーっと並べたりとかして、ある種ヲタのコレクター魂を推しへのあふれんばかりの愛として表現するようなものだと思うのですよ。これはあくまで私の考えにすぎませんけどね。
なので、並べてるのが自分のイラストのみってなんかテンションが上がらない……。
しかも攻受も相手役も統一感がないおかげで、これじゃ旦那様が誰彼構わずの節操なしみたいになってしまっている……。旦那様ビッチ化で風評被害も甚だしい。
これは、マズイ……。
だめだめっ、うちの旦那様はきっと一途だわ。今はまだ運命の人に出会ってないだけよ。
こんな出来の悪い祭壇は解体決定!
書き物机一面と壁に沿って並べたイラストをざっとまとめてスケッチブックの台紙に挟み込んで、机の中に仕舞い込みました。
ため息をついて壁に掛かった時計を見ると、もうすぐ午後二時です。
気分転換にジュール様がいらっしゃるまでお散歩にでも行こうかな、なんて考えたその時です。
誰かが部屋にやってきました。セバスさんか侍女が来たのかと思ったら、聞こえて来たのは旦那様の声です。
「私だフロリア、今大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です」
部屋の扉を開けると、旦那様は何だか浮かない表情をしていらっしゃます。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、その……立ち話も何だから、座っても良いかな?」
「ええ、どうぞ」
いつものように二人向かい合わせで座ります。
その座った旦那様の膝の上に、なんだか見覚えのある紙が……。
もしやそれは……今は白紙の裏側しか見えませんが、私の描いた煩悩の塊でわ!
気まず過ぎてジュール様の顔を直視できない!
そして心臓がバクバクします。
「この部屋の掃除をしていたリーナが偶然見つけてしまったらしい。勝手に机を開けた訳ではないから許してやって欲しいんだ……その……描かれた絵に驚いてしまったようで、自分の胸の内に収めておくことが出来なかったらしい」
言いにくそうに、ジュール様はそうおっしゃいました。
ええ、ええ、そうでしょうとも! くっ! ぬかったわ!
じゃなくて、そそっかしい自分をぶん殴りたい。
リーナさんが驚いたのも無理はありません。自分の主人がぽっと出の訳の分からない女に辱められているんですから。
そして、私は明日からリーナさんとどんな顔をして向き合えば……。そんな事よりも、これ離縁案件でしょうか。
「いえ……リーナが驚いたのは無理もありませんから。彼女の立場なら、それを旦那様に報告するのは当然の事です」
ああ……終わったなー、夢のヲタ活ライフも。
旦那様はおもむろに、ローテーブルの上に置いた私のイラストを表に返しました。
「この天使の方は、私……と見て良いのかな」
いやもう、ここにきて違いますとは言えないです旦那様。思いっきりイラストだけどどう見てもジュール様にしか見えない自信があります。うん、胸を張っていう事ではない。
そしてリーナさんが拾ったの、その絵だったんですね。良かった、まだマイルドなヤツで……。
「ええ、モデルにしてしまって申し訳ありません」
私はそう言って、深々と頭を下げました。いやもう、これについては言い訳のしようがありません。
「いや、私の方こそ済まなかった」
え? 何で? 怒ってないの?
私は思わず頭を上げて、旦那様の顔を覗き込みました。
「どうしてジュール様がお謝りになるのですか」
「いや、これは悪魔召喚の儀式の絵だろう? あなたは私を呪ってしまいたいくらい怒っているのかと。気にしていないとあなたは言ってくれたけれど、私はあなたに酷い事ばかりしていたし」
えっ? あれっ? そういう解釈になっちゃうの? いや、呪うどころか崇め奉ってしまうくらい推しておりますが?
何にせよ、これはチャンスです。ピンチをチャンスに変えるのよフロリア!
「これは退廃の美学、というものです」
いいえ、天使と悪魔なんて単に中二病を拗らせた結果です。
「退廃の美学……とは」
うんうん、旦那様にはわかんないよね。だって私にもわかんないもん。
でももう、嘘でも何でも押し切るしかない!
「善が悪に討たれそうになりながらも、屈せず抵抗しているのです。この絵はその崇高な心を表現しているのです」
うん、受けが攻めにあとちょっとでおされる寸前なんだけどね。簡単には靡かないっていうね、そういうワンクッションが萌えポイントね……て、バカッ!
今はこの窮地を乗り切る事に集中して! 前世のみんなよ、オラにパワーを分けてくれ!
「それが……どうして私がモデルに?」
うん、若干ネコ想定。
「ジュール様は私なんかとは違って整ったお顔立ちでいらっしゃいますし、その……身近な方でイメージしやすかったものですから。勝手に絵のモデルにして申し訳ございません。さぞお気を悪くされましたでしょう?」
「いや、それは構わないのだが……それでは、私はあなたに恨まれたりという事ではないんだね?」
「ええ、もちろんです。初めてお会いした時から、ジュール様の事は好きですよ?」
ん? あれ? 何かこれ若干言い方間違えた感が……。
そう思ってチラ見すると、旦那様は顔を赤らめておられます。
「そ……そうか、うん。フロリアの絵は前衛的なのだな」
あ、これ絶対勘違いしてる。旦那様、言葉も絵も解釈違いですよー!
「ええ……前衛芸術です」
絵の事が誤魔化せたので今日はそれで良しとしましょう。
お飾りでもなんでも私は妻なんですから、旦那様に好きだと言っても問題はないのです。
それを受け入れるかどうかは旦那様次第ですし、恋愛対象が男性だから大丈夫でしょう。
じゃ、ケッコンすっか! て、もう結婚してましたー。今すぐ死にたい……。
くっ! 殺せっ! ああ……今すぐオフトゥンにダイブしても良いですか?




