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28・ われは求め訴えたり

 ジュールがフロリアとアフタヌーンティの時間を共に過ごすようになって一週間が経った。

 妻との関係に劇的な変化があったわけではないが、一日のうちでほんのひと時とはいえ会話するようになってみれば、いかに自分が先入観だけで彼女を判断していたのかを実感してしまう。

 華美ではないもののいつも落ち着いた格好をして、柔和な笑顔で出迎えてくれるフロリアとの時間は穏やかだ。

 フロリアの心に自分以外に想う男がいるのなら、それもやむなしと思っていたが、義弟の話ではそういう相手はいないらしい。

 実際の所、部屋を訪れるといつも嬉しそうに出迎えてくれるその顔を見ていると、自分は嫌われてはいないのだろうし、もしかしたら男として意識されているのだろうか、と自惚れた事を考えてしまう。だが、それは自意識過剰すぎるのだろうか。

 何せ今まで女性を敬遠してきたおかげで、普通の恋愛はおろか女性の心の機微もわからない。

 どう接するのが無難で、何が正しいのかもわからない。

 最終的にはフロリアをフェンネルト家に戻してやるにしても、ここで生活する間は少しでも楽しい気分でいてほしい、とようやく思えるようになっていた。

 にも拘わらず、侍女が持ってきた一枚の絵を見つめて頭を抱えたくなった。

「あの……奥様のお部屋を掃除しておりましたらこんなものが……。奥様の持ち物を勝手に拝見するべきではなかったのでしょうが、書き物机と壁の間に挟まっているのを引き抜くと、目に入ってしまって。何やら恐ろしい絵でございますし、あの……その……私にはどう見ても旦那様にしか見えなかったので……申し訳ございません」

 そう言って侍女は言いにくそうに平謝りした。

 侍女が慌てふためいて自分の所に持って来たのは致し方ない事だ。

 それは、悪魔召喚の様子が描かれた恐ろしい絵だったのだから。

「このことは他の者にも、フロリア本人にも黙っているように」

「かしこまりました」

 侍女は青ざめた顔色のまま部屋を辞していく。その後ろ姿を見送って、再び持ち込まれた絵に視線を落としてため息を吐いた。

 半裸の状態で絹地を纏い、白い翼の生えた男は写実的ではないものの、どう見ても自分だった。

 その自分の上に覆いかぶさるように、悪魔と思しき筋骨逞しい男が描かれている。背には蝙蝠羽と頭に山羊の角が生えている。

 全裸の悪魔はトライデントを手にし、今にも自分を屠らんとしている様だった。

 まさかこんな絵を描くほど、自分がフロリアに嫌悪されているとは予想だにしていなかった。

 少しは上手く行っているかと思えばこれだ。

 恨まれても当然の事をした自覚はある。だから彼女にこんな絵を描かれても仕方がないとわかっている。

 それでも深いため息が出るのを止められない。

 机の上で手を組み、参った、とその上に額を載せる。

 両の親指と人差し指でできた隙間から覗いたその絵の体は、乙女であるはずのフロリアが描いたにしてはやたらとリアルだった。

「こんな恐ろしい絵を描かなくても良いくらいに機嫌を直してもらわなければ……」

 部屋の中に自分の呟きが虚しく響いていた。

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