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24・ 思い込みは目を曇らせる

 スフォルは姉の部屋を出て、執事セバスティアンの後ろについてジュールの私室へ向かっていた。

 今回の結婚に不本意だったヒュリック家の要望で、姉の結婚式は貴族のものにしてはあまりにも質素で簡略なものだった。

 教会で挙げられた式の参列者は親のみで、両家とも兄弟すら参列を許されなかったのだから。

 だから、姉が結婚してこの地に移り住んだあとは、弟としてそれなりに心配していた。

 どれほど金を用意しても人の心は買えないし、相手があの美形と名高い義兄では、姉が幸せになれる気はしなかった。

 それでも父はヒュリック家と縁続きになる事にこだわった。商家としてはこれ以上無いというほどの地位に上り詰めた今となっては、望んでも簡単に手に入らないものを手にしたくなるのは人の欲なのかもしれない。

 栄誉と伝統が分かりやすく形になったものが、爵位というものだろうから。

 義兄は自分などとは親しくする気はないだろうが、礼儀として邸を出る前に挨拶くらいはしておくべきだろう。

 そう思って対面を申し出れば、案外あっさりと了承されてしまって、義兄の腹の中がよくわからない。

 ともかく、あの何もかも諦念したように生きていた姉が、自分の資産から服をあつらえて贈っているところを見ると、それほど酷い扱いは受けていないのはわかるが。

 先ほど会話した際の感触からも、結婚生活に悩みを抱えているようには見えなかった。

 歩きながらつらつらと考えているうちに、気が付けばジュールの私室の前だった。

 執事が扉を叩くと、内側から男の返答がある。

 室内に通されると、部屋の中程に置かれた応接セットの前に男が一人立っていた。

 金髪にアイスブルーの瞳をした義兄は、人々の噂にたがわぬ美形だった。

「お会いいただきありがとうございます。お初にお目にかかります、フロリアの弟のスフォルと申します」

「よく来てくれた、スフォル。本当ならフロリアと一緒に出迎えるべきだったのだろうが、久しぶりの姉弟水入らずを邪魔するのも無粋かと思ってね。ただでさえこちらの都合で礼を失した事ばかりしているし、和やかに雑談でも、とは言い出しにくい心情だったからありがたい」

 そう言って義兄は薄く笑んだ。

 さぁ、座ってと気さくに促され、それを受けてソファに腰を下ろす。

 貴族の結婚は当主の意向が優先される。この美形の義兄には社交界での噂も付随していたし、こうして対面してみるまでは高慢で鼻持ちならない男を想像していたが、案外悪い男ではないのかもしれない。

 互いに向かい合っているものの、初対面だから何を話して良いのかわからない。

 こちらから話を切り出すべきだろうかと思案するが、義兄の方が立場は上なのだからと声を待っていると、当人は逡巡するような様子を見せてから意を決したように口を開いた。

「すまない……不躾な事を訊ねても構わないだろうか?」

「ええ、僕が答えられる事であれば何なりと」

「貴族の結婚は家の意向が優先されるだろう? その……君の姉はこの結婚に乗り気ではなかったのだろうか。具体的な事を言うなら、心を寄せる相手がいるのではないかと」

 言いにくそうにそう口にした義兄は、気まずそうに苦笑する。

 何を思ってそんな事を言うのかわからないが、おそらく姉がそう思わせる何らかの行動を取っているのだろう。

 だが、そんな相手がいるのはまずあり得ない。結婚適齢期に入ってから数年して、姉は男に対して期待する事を諦めたように思う。

 金目当てで近づいてくる男もいたし、他家から望まれた縁談話もそれなりにあったが、最終的には皆、姉の容姿を理由に去って行った。

 地味なくせに笑わない、相手をしてやっているのに贈り物の一つも寄こさない、などと。ひどい者になれば、女としての魅力に欠けるのに抱いてやろうとしたのに、それを拒んだという信じられない言い分もあった。いくら貴族としては最下位の男爵家とはいえ、姉をふしだらな商売女のように扱うなど馬鹿にするのも程がある。これにはさすがの父も怒って報復していたが。

 いずれにせよ、結婚前まで住んでいた生家の周囲ではフェンネルト家の娘であることは知れ渡っていたし、そんな姉に手を出す男がいたとも思えない。

 そんな気概のある男がいたなら、姉はもっと早くに結婚できていただろう。

「身内だから隠し立てしていると思わないで欲しいのですが……僕が知る限りにおいて、そういう相手がいた事は皆無ですね。あの通りの容姿ですし、姉はあまり男に大事に扱われた事はないんです。父は確かに今回の婚姻に積極的でしたけど、それは姉の将来を案じたからでもあるんです。このままでは一生独り身で過ごすか、質の悪い相手に引っかかるのではないかと。ヒュリック家との縁談話が持ち上がった頃に、姉が真実心を捧げあう相手がいたならば、この結婚は成立しなかったと思います。姉が望むなら、父は相手が労働階級でも結婚を許したでしょう。だから、姉に別の本命がいるなんてことはあり得ませんね」

 そう告げると、義兄は複雑な表情を浮かべて黙り込んだ。

 しばらく無言だったのを申し訳なく思ったのか、すまない、と断って先を続ける。

「初対面でいろいろ込み入った事を訊ねて申し訳なかった。でも、今日は話ができて良かった。またゆっくり遊びに来てくれ……今度は一緒に食事でもしよう」

 そう言って義兄は笑って手を差し出す。

 スフォルはその手をしっかりと握り返し「ぜひ」と頷いた。

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