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21・ 悪のわらしべ長者

 外套を受け取ってガレスタ邸から撤退しまして、一区画先の通りから辻馬車を拾ったまでは良かったのですが、困りました。

 ヒュリック家別邸までとお願いしたはずなのに、気が付けば今見覚えのない小屋に押し込められ、手足を縛られております。

 どうやら私、お金目当ての人達に誘拐された模様です! まさかモブの私が誘拐されるなんて思ってもみませんでした……。

 いやぁ、悪役令嬢物とかだとヒロインが誘拐されるのは定番ですけど、それが自分の身に起こるなんて誰が想像できます?

 どうやってこのピンチを脱出しましょう。

 

 今夜私がガレスタ家の夜会に行っていたのを知っているのは、執事のセバスさんと少数の使用人だけです。

 朝までに家に帰りつけなければ異変を察したジュール様が探してくれる可能性も少しはありますが、望みは薄そうだなー。

 朝になってから探してもらっても、たぶん私はもう死んでいるかどこかに売り飛ばされるかしているでしょう。

 自分が招いた結果とはいえ迂闊でしたねぇ。

 街中が祭りだと、その恩恵にあやかろうと周辺の領から日銭を稼ごうとする人たちもたくさんやってきます。

 だから夜だというのに辻馬車が簡単に拾えるわけで。


 目の前で何やら小声でぼそぼそ話し合っている男性達の目的は、私の身ぐるみを剥ぐ事でしょう。衣類はお金になりますから。

 服はまぁ良いんです。せっかくキャシーさんにあつらえてもらったものとは言え、もう二度と使えませんでしたし、自分の命にも代えられません。

 まさか旦那様の好みがショタだとは思わなかったので、次にイベント参加する時のコスプレは違うものを用意する事にします……て、次があれば良いね! 私! 

 

 あ、どうやら話が終わったようですね。男性のうちの一人がこちらに向かって歩いてきます。

「坊主、お前ヒュリック家の従僕だって?」

 そう言ってその男はやや強引に私の仮面をはぎ取りました。

 顔が見えた瞬間、ヒュッと口笛を吹きます。

「こりゃぁ上玉だ。世の中には特殊な色好みの連中もいるし、良い値段が付くかもな」

 そう言って下卑た笑みを浮かべます。

 もう一人の男性も気になったようで、どれどれと覗き込んできます。

 

 んー、困ったな。メイクを落としたら素顔は残念だし、服を脱いだら女だと言うことがバレてしまいます。

 ここはどうにかしてこの二人を丸め込まなくては。

「僕を娼館に売るのは金稼ぎとして良い手だと思いませんね」

「なんだと!」

「ヒュリック家の別邸の主人であるジュール様の親友はガレスタ家のアラン様ですよ。第三騎士団で師団長をお勤めの武勇のお方です。僕が夜会から帰らないとなれば、間違いなくアラン様が動く」

 すみませんアラン様。出まかせですがお名前を使わせて頂きます。一貴族の失踪事件に騎士団が動くなんてことはありませんが、どうせその辺の事情はこの方達にはわからないでしょうから、そういう事にして乗り切りたいと思います。

「何せこんな服を着せてもらえる程度に、僕はご主人様に気に入られているので」

 そう言ってにっこり微笑んでみせると、男たちは若干ひるんだように言葉を詰まらせました。

 ヨシ! 効いてる効いてる。さすがに騎士団に追われるのは怖いもんね。


「あなた方は金が欲しいのでしょう? ならば、この服は差し上げます。さすがに裸で帰る事はできないので、外套だけは残してくれたらありがたいのですが」

「お前の話に乗ると思うのか? 殺して身ぐるみ剥ぐ方が追われる事もねぇし簡単だろうがよ」

 ですよねー、わかってたー。この人達もそこまで馬鹿じゃなかったですね。

 本当はこの手だけは使いたくなかったけど、背に腹は代えられません。

「僕、ヒュリック家に預けられてますけど、実はフェンネルト家の者なんですよね」

 そう伝えると、明らかに男たちの様子が変わりました。

 大商家フェンネルト家の名は伊達ではないのです。

 

 労働階級の一商家が国内全土に大流通網を敷き、最下位とは言え叙爵されるまでのし上がるには、それ相応のことをしなければ無理です。

 おじいさまもお父様も、酸いも甘いも嚙み分け、汚水を口にし、危ない橋を渡って家を大きくしてきたのです。

 だから当然、フェンネルト家は裏の顔を持っています。おそらくヒュリック家が我が家との婚姻に不本意だったのは、そこの所も関係しています。

 ともあれ、まともな貴族であるヒュリック家よりも、こう言った方々には悪名高きフェンネルトの家名の方が有効なのは事実です。

 嫁した以上私はヒュリック家の人間ですけれど、実家の力をあてにするのを躊躇したりはしません。でなきゃ、大商家の娘なんてやってられません。

 こっちは昔から、こんな状況に置かれるのなんか慣れっこなんだから。


「僕の名はスフォル・フェンネルト。父の名はバイオン・ブロンセ・フェンネルト。家族の名でよければもっと言えますよ」

 商家である以上現当主である父の名は有名ですが、労働階級にその家族の名が知れ渡ることはありません。

 ちなみにスフォルとは血のつながった実の弟の名前です。スフォルは嫡男ですから、父の後を継ぐ子です。

 つまり、そんな子を手に掛ければ最後、確実に自分たちの首はないって事です。

 実際、お母さまがお金目当ての誘拐にあって儚くなったその後、お父様は手掛かりが少なかったにもかかわらず、執念で犯人を捕まえたという実績があります。

 もちろん、その後犯人がどうなったかは言わずもがなです。


「僕、こういうの昔から慣れっこなんで、死んじゃうのは運命だと思って受け入れますよ。でも、あなたたちはどうなのかなぁ……小銭稼ぎで一族郎党の命までってのは、割に合わない仕事だと思いますけどね。服だけで手を打つなら、今夜の事は黙っておきます。僕もそんなに暇じゃないんで」

 いえ、めちゃくちゃ暇ですけどね。

「僕はどっちでもいいですよ」

 そう言って主導権を持っていると思しき男の顔を見つめると、ゴクリ、と唾液を飲み込んだ喉が動きました。

 よしよし、迷ってるな。もう一押しです!

「お前がフェンネルトの人間だと言う保証がどこにある」

「さぁ……強いて言うならこの服、ですかね。一応金に飽かせて作られたものですし。疑うなら、殺してみたら良いんじゃないですかね、一年後の今日まで生きていられる保証はできませんけど」


「う……わかった。それで手を打つ」

 はい落ちたー! セーフ!

「服は約束通り差し上げますから、代わりの服、なんでも良いんで用意してもらえます? あと、ヒュリック家の別邸の近くまで送って下さい」

 そう言ってニッコリと笑って見せると、男たちは困惑したような表情を浮かべ、疲れたようにやけくそ混じりの声で頷きました。

「ああ……わかった」

 

 うん。やはり場合によっては命も金で買える、と言うのは正しかった。

 おじい様、お父様、悪名は無名に勝るを地で行く所業の数々をありがとう。

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