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20・ Cheers!

 受付で確認を終えたアランは、ジュールと別れた場所には戻らなかった。

 どうせあの親友の事だから、人に捕まるのが嫌で人気の少ない二階のテラスでワインでも飲んで時間を潰している事だろう。

 ホールに戻り、テラスに上がる階段の前で出くわした給仕係のトレイから発泡白ワインのフロートグラスを二つ取って目的地へと向かった。

 互いに示し合わせた訳ではないが、思ったとおりジュールはそこに居た。

 奥まったテラス席で心地良い風に吹かれながら、夜空を見上げてグラスを傾ける姿を確認して苦笑する。

 やはりここにいたか、と内心で思いながらジュールの隣に腰を下ろした。

 手にしたうちの一つをジュールの手前に置きながら、謝罪の言葉を口にする。

「悪い、待たせたな」

 それを受けて、親友は柔らかい笑みを浮かべる。

「さほどでもない。それで、どうだった」

「ああ、主人と無事出会えたようだ。所要を済ませて帰ったと使用人が言っていた。何も問題はない」

 そう伝えると、ジュールは納得したように頷いた。

「そうか、それは良かった」

 友の元に戻るまでに従僕の正体を伝えるべきか思案したが、結局それを明かすのはやめにした。

 何を思って夫人が従僕姿に仮装していたのかは分からないが、どうせあの奥方の目的はこの目の前に座る夫なのだ。

 人の恋路の邪魔をする者は馬に蹴られろと言うし、そもそも黙っていた方が面白いに決まっている。

 無責任な外野で生温く夫人の手助けをする方が楽しいに決まっている。

「だが、どこの家の従僕かまではわからなかった。どうやら主人はお忍びだったらしくてな」

 実際の所その主人は目の前に座っているわけだが。

「そうか……。でも、どうも引っかかるんだ」

 ジュールは考え込むようにそう言って、アランが持って戻ったフロートグラスに口をつける。

「と言うと?」

「どうもどこかで見た事があるような気がするんだが、いくら考えても高位貴族家の従僕など接点がないんだよな……。しかし、仮面をしていたが美形だったし、本当にどこかで接点があれば忘れるはずはないんだ」

 消化不良気味の怪訝な表情を浮かべるジュールに、アランは思わず吹き出しそうになったのを無理矢理抑えた。

 あまりにもおもしろすぎて、表情筋が緩むのをこらえるのに必死になる。大声を上げて笑いたい。もちろん、自分が当事者であったなら笑い事ではないのだろうが。

 仮装に加えて仮面をしていたとは言え、この友が己の妻と認識できないほどの変装とはいかほどのものなのか。

 しかも、失礼な事を承知で言うなら、あの地味な女性である。不細工ではないが美形とは言い難い。余程うまく化けていたのだろう。

「お前にとって運命の出会いかもしれないな」

 アランはそう言ってニヤニヤと笑った。

「お前……人ごとだと思って。第一今の状態で運命の出会いも何もないだろう」

「確かにそうかもしれないが、初めて出会った人間がそれほど気になるなどと、お前一目惚れしたんじゃないか?」

 そう返すも、どうやら自分は親友の薄氷を踏み抜いてしまったようだ。

 "一目惚れ"の一語に一瞬でジュールの表情が嫌悪感丸出しで歪む。

「一目惚れなんてただのまやかしだ。私はそんな一瞬の錯覚など信じない」

 分かっていたはずなのに、つい失念してしまっていた。この友人の父の一目惚れの末の結婚で、その子供達が苦労するはめになった事を。

「そう怒るなって。今のは俺の失言だった、悪かった」

 この牙城を切り崩すのはなかなか骨が折れそうだ、とアランは机の上で親友の手が添えられたグラスに自分のそれを一方的に重ねる。

 キン、とグラスが高い声を震わせた。

「俺は相手がだれだろうと、お前の幸せを願ってるよ」

 それを受けて、ジュールは苦笑した。

「お前は本当に調子が良いな。その言葉、そっくりお前に返す」

 二人はそう言って、ははは、と声を上げて笑った。

Cheers/乾杯

Cheer/応援

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