2・ かの有名な決め台詞
そんな訳であっという間に結婚式当日です。
貴族社会でも嫡男であれば婚約期間をもうけ、連れ添って夜会に顔を出したり、盛大なお披露目をしたりするものですが、ヒュリック家は余程この結婚に不本意なのでしょう。近親者のみ参列の、形だけの結婚式をあげて終わりだとか。
まぁ、高位貴族家が新興男爵家と縁を結ぶのはお金のために苦渋の決断だったのでしょうし、お気持ちはわかりますから別に構わないですけどね。楽だし。
それでもお父様は私の事が余程不憫だったのでしょう。急遽用意された婚礼衣装は正直引くほど豪華で、モブ顔の私に対する何かの罰ゲームかと思いました。そういう所がナリキ……こほん。
まぁ、こちらの世界の自分を客観的に見ると、ブサイクじゃないんですよ? ただね、こう……いかんせん薄いんですよね色々と。
顔はこの世界の人間にしては印象に残りにくいうす塩風味。中肉中背で胸もお尻もボリュームに乏しい。
たるむほどの贅肉はともかく、ふくよかなのは富の象徴ですから、この世界の美の基準で言えば私の体型は女性的な魅力に欠けるというやつなのです。
体重一キロの増減に一喜一憂していた前世が懐かしい。
記憶を取り戻すタイミングがちょっと遅すぎましたね。
せめて十七、八で取り戻せていれば、前世のヲタ活で培った技術を活かして、特殊メイクで顔も胸もお尻も爆盛りにしてやったんですけど。薄いって事は詐欺メイク向きって事ですしね。
私も人並みの幸せに興味がないわけではありませんが、社交界で有名な行き遅れ女がいきなり爆盛りで現れたら、それこそお父様が詐欺師呼ばわりされかねない。
初夜を終えて朝チュンしてみたら、寝る前とは別人がベッドで寝ていました、なんて洒落になりません。このうす塩女一体どこから湧いて出たってなりますね、ええ。
ありのままの自分を愛して欲しいなんて、限度があります。どちらにせよ相手は異性愛者じゃないし、自分の恋愛ルートは詰んでますね。
教会で神父様のありがたいお話を聞いたあと、いよいよ誓いのキスです。前世だと唇ですが、こちらは男性側から額に口付けるのがマナー。結婚指輪なんてものはありません。
とうとうイケメンの顔を見る事ができるのだと思うと、ちょっと緊張しますね。グローブをしてて良かった! 今世で手汗が出てきたのなんて初めてです。大手同人作家さんと会話する時みたいですね。ファンですー、次もカップリング期待してます! 的な。
「それでは誓いの口付けを……」
教会に入る前に段取りは聞いてきましたから、私はヴェールがあげやすいように少し屈みます。
すると、ジュール様がヴェールを上げて下さいました。
好奇心に負けてそっと下からお顔を覗き込むと、視線がバッチリ合ってしまいました。
はぁ~尊み秀吉ぃぃぃぃ!!!!
ハニーブロンドにアイスブルーの瞳! やや繊細な感じの美形キタコレ。
思わず目をカッ開いただけで、心の声をダダ漏れするのを抑えた自分を褒めてやりたいです。
まぁ、ジュール様がドン引きした感じなのは想定内でしょう。
引いたのは化粧しててもうす塩風味なのに対してか、真顔で目がギラついてたのに対してかどっちだ。両方? はい、正解!
気まずそうに額に口付けて下さいました。はぁ、尊いですね。次は彼氏にデコちゅーでお願いします。
表向きには大きな問題もなく結婚証明書にサインをして、ふたり揃って馬車に乗って新居までやって来ました。
明日から私が暮らすのは、ヒュリック家が所有する別邸です。ここは本領から離れた場所にある領地を管理するために建てられたのだとか。
分散領地を持つと、どうしても何軒かは邸が必要になるようです。高位貴族だとさしてめずらしくはないのです。
ジュール様はお兄様の補佐として、日頃はこの離れた領地を管理していらっしゃるのだとか。
本領にある邸には義理の父母と嫡男であるジュール様のお兄様ご一家がお住まいです。
義理の父母とは離れているから、ヲタ活し放題ですね。
別邸の執事に案内され、私のために用意された部屋にジュール様と一緒に入ります。
通常夫婦の部屋は隣り合わせで内部が繋がっているのが一般的ですが、案内された部屋はどう見ても独立しています。
前室、居室、寝室、風呂などの水回りがありますが、寝室から行き来できる扉はありません。
「旦那様、私は席を外します。何かございましたらお呼び下さい」
「ああ、わかった」
執事は一礼して部屋を出て行きました。
その後ろ姿を見送ったジュール様が、不機嫌そうな表情をして私の方に振り返ります。
「あなたに一つ言っておく。私は金で買われた夫だ。最低限の義務は果たすが、私はあなたを愛す事はない。子を作る気もない。私に何かを期待しても無駄だ」
キター!!!!
これがかの有名な「あなたを愛する事はない」ですね?
わかっております、わかっておりますとも。ノープロブレム! 私それは期待しておりません。ええ、ええ、私の存在は恋をするには邪魔ですしね。
でも、この結婚は不幸中の幸いだと思います。この極上のモブをご覧になって。私きっと上手に気配を消してご覧に入れます。
「もちろん、充分理解して参りました。ジュール様のお心は望みません」
少しばかりボーイでラブしていただけたら良いのです。お相手はがっちり系のイケメンを希望します。
「ならば良い。今日は疲れただろう、ゆっくりしてくれ」
そう言ってジュール様は部屋を出て行かれました。
私好みの王道推しメンで感無量です。
ジュール様、私あなたの幸せのために頑張れそうです。