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19・ おもしれぇ奥方

 アランは化粧室で用を足し、ホールに残してきたジュールの元へ戻った。

 席を外した時には一緒に居た知人たちは別の招待客との社交に行ったのか、ホールへ戻った時には親友は一人壁際で立っていた。

 これもおそらくはあの奥方が仕立てたのだろう新しい夜会用の衣装は、ジュールの優れた容姿を際立たせている。

 おかげでご婦人方の熱視線が今まで以上にジュールに向かって注がれているものだから、人の多いホールだというのにどこにいるのかが一目で分かってしまう。

 物憂げな表情をして佇む姿を見ていると、本当に罪作りな男だと思わずにはいられない。

 アランはジュールの元に近づき、口を開く。

「待たせた。どうした、何かあったのか」

 幼少期からかれこれ二十年近くの付き合いだ。ジュールの表情を見ていると、何かがあったことくらいは分かる。

「いや、な……今夜の招待客に、かなり地位の高い方が混ざっているのか」

 常には社交界の事にはあまり関心を示さない男である。友の言葉を内心で訝しく思いながら、今夜の招待客を思い浮かべる。

 招待客のもてなしは、当主である父と母の仕事だが、己も騎士団の師団長としてどうしても挨拶が欠かせない客もいる。ざっとではあるが、招待客名簿には一応目を通している。しかし、今夜はそこまで高位の貴族を招待していた記憶はなかった。

 だが、仮装という趣向を凝らした自家の夜会は、その性質上招待客が自分の連れとしてお忍びの高位貴族を伴って参加する事がある。仮面で顔を隠してしまえば、ちょっとした息抜き(・・・)も一夜限りの遊びで済ませてしまえるからだ。

「今夜はそこまで高位の方は居なかったはずだがな……招待客が伴っている場合は正直わからん。だが、それがどうしてそんなに気になるんだ。まさか、理想の人に巡りあったなどと言わないだろうな」

 自家が開いた今日の夜会も、政略結婚が当たり前の貴族社会の歪をはらんで、そう言う目で見れば不道徳な事極まりない。

 目の前に立つこの色男も新婚とはいえ当人にとっては不本意な結婚だったわけで、運命の相手に巡り合ってしまえば貴族社会の悪習に染まらぬとも言い切れない。

「いや、そう言う事ではない。さっき、やたらと身なりの良い従僕が主人とはぐれたと言って、主を探して歩いていた。宮廷仕様の付け髪で、身につけた衣服も従僕が着るものにしては質の良い布地で仕立てられていたから、てっきり高位家のどなたかが来ているのかと思っただけだ。ここで何か起こればお前の家の失態になるし、やはりあの子に付いて一緒に探すのだった……」

 己の心配は杞憂だったようだ。この心優しい友に限って、不誠実な事などないのだと分かって内心で胸をなで下ろす。

 ジュールは純粋に、主催である我が家の事を心配してくれていたのだ。

「そうか……どこの子だろうな。俺は一度受付に居た使用人に確認してくる。すまないがどこかで休憩していてくれ」

「ああ、その方が良い。私の事は気にしなくて良いから行って来い」

 そう言ってくれたジュールに軽く手を上げ、アランは出入り口へと向かった。


「宮廷仕様の付け髪の身なりの良い従僕、ですか? ええ、先ほどお帰りになられましたよ」

「帰った? 主人と共にか」

「いえ、その子が言うには、主人の忘れ物を持って来ただけだと。ホールで出会えて忘れ物を届ける事ができたので、一区画先に待たせてある馬車で帰ると言っていました。なんでも、今夜その子の主人はお忍びでいらしているとかで……」

 そう言って使用人は客の艶事の匂いを感じ取ったのか、気まずそうに笑っている。

 従僕の話に矛盾点は見当たらない。主人がお忍びで夜会に来ているのなら、自家の紋の入った馬車で乗り付ければ、お忍びの意味がなくなるからだ。

 お楽しみの時間に子供を帰すのも、ある意味では主の配慮だと言える。

 だが、何故かその子供の行動が引っかかる。

 忘れ物を届けに来たと言う事は、訪れた時には主が側に居なかった事になる。従僕一人でどうやって会場内に入る事ができたのだろう。

「その従僕、招待状を持っていたか?」

「ああ……ええ。お忍びでお越しになられた主人の物だったのか、名前が未記入のものをお持ちでしたけど」

 使用人のその言葉に、アランは今自分が立っている場所を忘れてほくそ笑んだ。

「あ……あの、アラン様、何か問題でも?」

「いや、何も問題はない。むしろお前たちは良い仕事をしたよ、ありがとう」

 アランの言葉に、受付を担当していた使用人たちは感極まって満面の笑みを浮かべた。

 そんな使用人達の反応を尻目に、アランは再びホールへと戻るために足を踏み出す。

 親友の待つ場所へ向かう間にも、笑いがこみ上げて仕方がなかった。


――― あの奥方、本当に面白い。


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