10・ なりきり富豪腐人
アラン様とジュール様が狩りに出かけられてから十日が経ちました。
あの日お二人は鹿を見つける事が出来ず、仕方なく雉を狩って帰って来られました。雉は狩ってすぐだと美味しくないので、枝肉の状態にして涼しいワイン蔵で寝かせ、熟成させてから食べるのだとか。熟成させるのはおよそ二~三週間程度だそうです。
そんなわけで、雉が熟成される頃にまた邸に遊びに来ると言ってアラン様はお帰りになられました。
次のご訪問が楽しみですね。
そして今日は、待ちに待ったジュール様の衣装が届きます。
キャシーさんは取り敢えず今までに仕上がったものを先に届けて下さるのだそうで。
あのポテンシャルの塊のような旦那様が着飾った姿を想像するだけで、ご飯三杯は……以下略。
次にアラン様がいらっしゃるのに間に合いましたから、当日は新しい服を着ていただくことに致しましょう。
面と向かって着てくれとは言えないので、そこはセバスさんにお願いしてそれとなく無意識に着る方向に進めていただくと言う事で。
キャシーさんがいらっしゃったので、早速私の部屋に入ってもらい、仕上がった衣装の全てを手の空いた使用人総出で運んでもらいました。
コート類にシャツ、帽子やタイ、装飾に至るまで、点数も多くその全てがご丁寧に箱詰めされているのでものすごい量です。重さはさほどでもないのかもしれませんが、視覚的に圧倒されますね。
「奥様のお描きになったデザインを基に、一点一点心を込めて仕上げさせていただきました。早速ご確認下さい」
「楽しみです。確認させていただきます」
贈り物の包を開けるように、箱を一つ一つ開けては確認する事を繰り返します。
デザインはあくまでデザインでしかなく、描き手のイメージ通りに仕上げるのにはセンスが必要なのだと思うのです。
材料として足りなかった不足のパーツを用意するにしても、なんでも良いというわけには行きませんから、吟味して頂いたのでしょう。
どれもこれも素晴らしい出来で、キャシーさんの確かな技術と情熱は賞賛に値します。
私は思わずキャシーさんの両手をグッとつかみ、彼女の瞳を覗き込んで「素晴らしい出来ですキャシー」と言ってしまいました。うっかり、あなたは神か、って言いそうになったのをギリギリ回避できた自分を褒めてやりたい。
私たちはジュール様を愛でる会の同志ですから、もう見つめ合うだけで通じ合うものがあります。お互いにうんうんと頷きあって、印刷所締め切り明けの同人作家のように健闘をたたえ合いました。
「請求書は二通用意して下さいませ。一通は私に、もう一通はフェンネルト家の方に回して下さい。私個人の資産は父が管理していますから」
「ええ? こちらのご当主様宛てではないのですね」
キャシーさんが驚くのも無理はありません。持参金を持ってヒュリック家に嫁いできたのですから、本来生活にかかる費用は全てヒュリック家が支払うのが常識です。
「この事は他の方には内密にお願い致しますね。旦那様の衣装に困っていたわけではなくて、私個人の趣味で着て頂きたくて、勝手に作ってしまったものですから」
「ああ、わかります。あれだけの素材をお持ちでいらっしゃいますし、色々と着飾って頂きたいのが妻心というものですものね」
いいえ? 美しいビジュアルで誰かに脱がされて欲しいという単純な欲望ですが。
まぁ、もちろんそれは言えないので今回もそういう事にしておきます。
「材料をたくさん出して頂いたお陰で、工賃と足りない物の実費のみですから、仕上げた点数にしては費用も抑えられておりますし、ご安心下さいね」
そう言ってキャシーさんは商売人らしくニッコリと満面の笑みを浮かべました。
さすが職人とはいえ商売人ですね。金勘定にぬかりはありません。もちろん私も商人の娘ですから、それは何とも思いません。丁寧な仕事には相応の対価を。慈善事業じゃありませんからね。
Aー感じの執事ヒュリック、支払額の算定を。
ボーナス:アンリミテッド 作業料は二倍で。入金完了。
なんてね。ふふ。
嘘ですごめんなさい。支払い無制限とか無理です。ちょっとだけハイヒールを履いた富豪腐人フロリアがお届けしました。
ボーナスの語源はラテン語の「bonus」に由来し、それには財産という意味が含まれる。