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17/40

17:リンダ総隊長

 マルメン=ダーリーソンが死んだ。頭部を失った身体から、血が噴水のように飛沫をあげている。生暖かい血が頬に当たるたびに、生と死を同時に感じさせられる。辺りに細かな血の粒子が漂い、鉄の匂いが鼻を襲うと、五感が受け入れ難い事実を次々と認識していく。抑えられない吐き気が腹の底から上がってきたところで、視界が黒く染まった。


森林簡易砦(N.シェルター)ぁああー!!!」


 動いたのは草原大造。マルダリの死を受け、脳が弾き出した答えは、攻撃されている状況にあるというものだった。敵の姿は見えず、どこから攻撃しているかもわからない。この場で一番強いであろう人物が、抵抗もできずに殺されたとなれば、このまま姿を晒し続けている現状は危険である。ならば、視界を遮る。葉と枝でできた防御力の無いシェルターで仲間を守った。


「立つでござる!逃げるのでござる!!」


 草原の目には涙が溜まっていた。マルダリが亡くなったことへの悲しさでは無い。恐怖である。一秒数えた後には自分が死んでいるかもしれない。その恐怖から逃げたくて仕方がない。

 リンダは足が震え、腰が抜けていた。必死に吐くまいと手で口を抑えている。思考がまとまらず、吐くことは良くないことだという、今考慮すべきことではないものを、頑なに守ろうとする。

 リンダの手を引っ張り、肩を貸したのは、ドグロクとドケイガーだった。二人とも口元から酸っぱい酸性の匂いがしていた。


 'カコイゾ'において、魔物と人間では価値観が違う。別の生き物なのである。リンダ・オ・ミミラルを美しいと感じた理由は、外見Sのステータスを持つ特例中の特例だった。通常の人間は、魔物から見れば美しいとも、不細工だとも感じない。人間という生き物、それだけである。マルダリについても同じはずだった。

 結果、マルダリが死亡した姿を見て吐いた。魔物について理解を示してくれたからか、魔物の未来について考えてくれたからか…理由はわからない。何故か、身体が目の前の事実を拒んだ。


「…リンダ、草原の言う通りだ。全ては逃げてからにしよう。俺たちは冷静じゃない、冷静じゃないんだ!」


「うっ、うん。そうだ…そうなんだ…」


 草原はドダインの手を取り歩き始める。森林簡易砦(N.シェルター)を作り続け、その中を人間二人、魔物三匹が足取り重く歩いていく。

 ドダインは責任を感じていた。へいわ隊を率いて向かっていた目標は、予想していたものより、遥かに困難であった。永遠にとはいかなくても、草原がいれば安全な時間を手に入れられた。それで、満足するべきだった。歩き進める仲間についていく。今はそれに集中する。





 三十分以上歩いただろうか。最後尾で草木に運ばれているのは、滲み出る血も少なくなった赤い死体袋。葉で中身が溢れないよう何重にも巻かれている。

 マルダリの死体を発見されれば、疑われるのはリンダと草原である。リンダが逃げ切り、生き残っていることは、勇者アベルにとって許されることではない。おそらく、マルダリは魔物に殺されたことにしておき、リンダを勇者パーティが始末する流れとなるだろう。つまり、マルダリの死体か、リンダの存在がバレることは、勇者アベルに追われる身に変わることと同義である。

 …しかし、リンダ達は自分のことすらままならない。その場に残していくことはしたくなかった。と、いう思いから、危機的状況を一時的に回避したこととなった。


「もう、大丈夫だよ…ドケイガー、ドグロク、ありがとう。」


 リンダは一人の力で歩き始めた。時間が経ったことで、冷静になろうと努力した結果、普段だったら、踏み止まることも口から零れてしまった。


「…ねぇ…魔法とか、教会でさ…」


「無理でござる。」


「…ごめん。」


「謝ることじゃないであります。」


「そっけない。」


「まだ怖いのでござる。身体が震えてるから、視界が小刻みに揺れて気持ち悪く、今は真っ直ぐ歩く意識だけで気が紛れるでありますが、それだけじゃ、いつかは立ち止まって泣き出してしまいそうでありまして、そっけない態度をとり、自分が冷静であるって思い込むのでござる。思い込む力は、拙者の世界では既に証明されていて…」


 大造の話は続いていた。話すことで頭の中を整理する有用性は私でもわかる。


「これからどうする。いつまでも持ち歩くわけにもいかない。襲われる様子もない。」


「たっ、立ち止まって、話そう…よ。」


 いつのまにか、帰らずの砂漠と毒死の森の境を歩いていた。外を遮断した状態で森を横断していたことになる。


「…マルダリさんをドミニオンに持っていこう。」


「持って行ったやつは確実に死ぬだろーが。」


「……俺たちは何から逃げていたんだ?草原さん。」


「わからないでござる。自然にいる生き物ではありませんな…」


「ちょっと待ってよ。まず何をするか決めようよ。」


 目標が必要だった。


「……ごめん、やっぱりマルダリをドミニオンに返そう。」


「ドダイン、頭おかしくなったのか?」


「違うでござるよ。拙者達に罪を被せれば、へいわ隊はゼロに戻るだけでありますからな。進展はしなくても、拙者達のことを忘れて、ゼロから始めればいいって算段でござろう。」


「た、大造…?」


「…ごめんなさい…変なことを言ったでござる…」


 大造は体育座りをして、蹲ってしまう。


「どっ、ドダイン…そうなの?」


 怒りを露わにしたのは、意外にもドグロクだった。口調に反して、拳は強く握られ震えていた。


「違うよ…俺たちが犠牲になるんだ。」


 ドダインの目は決意が込められていて、冷たかった。


「リンダと草原さんが、魔物に殺されたとしてマルダリさんを届けに行く。死体だけでも頑張って持ち帰ったことにすればいい。転移者の草原さんがいれば、そこまで疑われないと思う。」


「お、俺たちはどーすんだよ。」


「俺らは巣に戻るだけだ。戻って、前みたいに生活すればいい。」


 シェルターから帰らずの砂漠で泳ぐサンドワームを見る。同じ魔物。知能があるかないかの差。


「ちょっと、待ってよ…そんなこと言わないでよ…」


「言うだろ!!!!」


 声を荒げる。辛いことだから、勢いに任せて言わないと、リンダの優しさに負けてしまいそうになる。


「あのな!…マルダリさんは強かっただろ。そのマルダリさんが一瞬で死んだ。敵は誰だっていい!」


 熱い涙が土を湿らせていく。


「そのマルダリさんより勇者アベルは強い!最低二人は…あんだけ強い人よりも強い人間がいるんだよ!あのなぁ…言うぞ、言うけどさ!」


 肩が震える。


「強者が弱者の言うことを聞くメリットなんかねぇーだろうが!!俺ら反抗的なことを企てる魔物はぁ…こ、殺されて終わりなんだよ…うぅ、好き勝手できるのが、強者の特権なんだ!!」


 言い返せない。啜り泣く声だけが響く。誰も助けに来てくれる人はいない。


 ただ、


「そんなことない!!!」


 欲しい言葉を言ってくれる人間がいた。


「私はコザ王国第一王女にしてスキル異世界の迷惑者(アナザー・トラベラー)の使い手!…そして、'カコイゾ'の異変を正すと決意した魔物解放組織へいわ隊の総隊長である!」


 呆気に取られた。何を言い出すかと思えば、自己紹介と抱負である。


「魔物の現状を変えるんじゃない。マルダリは、この世界がおかしいって言ったの。魔物に興味がなくても、世界の危機となれば別でしょ!?」


「リンダ殿…?」


「魔物も含めて、世界丸ごと救ってやるってこと!!…私達と出会う前から、マルダリさんは世界を救おうとしてたんじゃないの?'カコイゾ'の異変に一人で立ち向かってたんじゃないの!?」


 涙は止まった。それはリンダの外見Sによるカリスマ性は関係ない。ステータスではわからない、リンダの人間性に惹かれ始めていた。


「私は!…全部救って、勇者アベルに感謝されながら、マルダリさんのお墓の前で報告してやるんだ!だからっ、立ち上がれ……皆んな立ち上がるの!」


 いつのまにか、地面を見つめていたはすが、シェルターも完全に解かれ、燦々と輝く太陽の日差しに眩しさを感じていた。


「立ち上がって私と世界を救えって言ってんの!!」


 ……


「返事!」


「はい!」「おう!」

「あぁ」 「うん!」


「魔物解放組織へいわ隊突発会議を始める!席につけぇー!」

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