11:リンダ全力疾走
魔物の巣に帰って次の日、リンダ、草原、ドダイン、ドケイガー、ドグロクのむさ苦しいパーティは、僧侶トリマの故郷である宗教国家'ドミニオン'へ向かっていた。唯一神ドミニへの信仰が厚い国である。
おかえり会の後、リンダが「善は急げよ!」と騒ぎ立て、次の日に出発することになった。魔物の巣から、僧侶トリマ、戦士メロンネ、盗人デッケイの順で故郷が近い。特に、メロンネとデッケイの村は近く、隣村というやつであった。両村から勇者が生まれたということで、村同士の仲が良い。
魔物の巣から地上へ出る穴まで、草原のスキルで森と化していた。安全に地上に出ることもできて、穴から食料も届けてくれる。おかげで、巣にいる魔物に犠牲者は出ていない。
「植物医師!」
樹海で植物の絨毯に乗り進む。速さと揺れで、気持ちが悪い。
速いのは速いんだけど、大造は平気そうね。慣れているのかな。ドグロクなんて白目になっちゃってるのに…まっ、大丈夫か。ドダインもドケイガーも、必死な顔で耐えている。でも、大造は平気…植物医師…植物の意思…揺れていてわからなかったけど、大造の座ってるとこだけ揺れ少なくない?どうなの?試してみるかぁ。
「よいしょ…くっ、揺れすぎ…」
草の絨毯を掴み、一歩一歩確かめて前に進む。
「よっこら…せっ」
草原に背後から密着する。
「やっぱり!ここだけ揺れ少ないよ!忖度?それとも贔屓?なんなのー!」
「ちょっ、リンダ殿!?」
草の絨毯が激しく揺れだす。木々はざわめき、五人を乗せたまま、急発進、急停車、回転を繰り返す。
「こここ困るでござるよー!」
「おおお落ち着け草原!」
「落ちる!それとも落ちてる途中?どっちなのー!」
「あ、ドグロクが落ちた。」
「あわ、わわ、あっ…」
草の絨毯は解け、落下するドグロクを残し、前方に放り投げられる。
「なるほど、大造の動揺が植物に伝わるってこと?あ、動揺だから動いて揺れるってわけね!粋じゃない。」
「ちょっ、おまっ、冷静かっ!」
リンダはたかを括っていた。落ちても植物達が受け止めてくれる。アトラクションみたいなものだと。
現実は非情なり。放り投げられた先は、樹海の切れ目、着地点に広がるのは広大な砂漠である。
「うっそ〜」
頭から砂漠に突き刺さる。
「もがっ!」
「ぐはっ!」
「ぎゃっ!」
「うおおおおぉぉ…」
「ひ、ひどい目にあった……大丈夫?皆んな…」
植物達に優しく受け止められたドグロクが、樹海から出てくる。目の前には、上半身が砂漠に埋まった奇天烈な光景だった。
「…ぷふっ…」
「うおおい!笑いやがったなドグロク!」
「い、生きてた。」
砂をかき分けて、脱出する。
「ぺっぺっ、口に砂はいったぁ」
「柔らかい砂で良かったでござる。」
「やっぱり疫病神だな。」
地平線まで砂漠しかない。サボテンの一つも生えていない、砂の世界である。ドダイン、ドケイガー、ドグロクがいるのは、ここからの役目が大きい。戦力外のリンダと、戦力外になった草原大造の代わりに、比較的戦闘力があるドダインとドケイガー、風魔法が使えるドグロクが護衛する作戦だ。
到着後、ドミニオンの近くには、森林があるため、町に入る時は、植物達のシェルターで魔物組は待機、リンダと草原が調査する流れとなる。
「靴に砂が入って気持ち悪い。」
「靴なんて脱いじまえ。」
「あのねぇ、ドケイガーみたいに皮が厚いわけじゃなーいーのー!火傷するでしょ。」
「ドミニオンに着いたら銭湯に入りたいでござるなぁ。」
「せんとー?」
「あぁ、風呂でござるよ。でっかい風呂に皆んなで入るんでござる。」
「ええ!?大造のえっち!」
「ちちち違いっ、違いますぞ!男女はももももちろん別でござりますゆえ、安心して欲しいでござる。」
「そっかー、あと五分くらいで着く?」
「今日中に着けばいいな。」
「そんなぁ〜」
砂漠を歩く。固まった土地と違い、体力を多く消費する。草原が先にある植物を感じ取り、砂漠を最短で横断しているも、ゴールが見えていないと距離も長く感じてしまう。
晴天。遮るものがない、直射の日光が身体に襲いかかる。砂漠にも反射するため、全身に日光が当たる。逃げ場所は無い。歩くたびに、何かわからない汁が出てくる。ドケイガーの影に隠れると、少しマシになった。
「植物って偉大ねぇ…」
「大切なものは…無くした時に気づく…ものですな…」
異世界なめてたぁ…いくら水分補給しても、抜けてく量が優ってるぅ…無意味な水撒きしちゃってんよぉ。こんな平らな砂漠地帯なのに、もっこり丸い砂の山が見えるし。
「あれ登るってことぉ?」
「それは厳しいでありますな。死にますぞ。」
迂回しながら進む…いや、あの山の間を縫っていくのがいいかなぁ。何個あるんだろうか、五つくらい?山山山山山。
「リンダ、あれ動いてないか?」
「ドダイン、山は動かないから山なのよ。」
「じゃー、動いたらなんなんだ?」
「動く山じゃない?」
「ほ、本当に動いてる。風魔法でし、調べたから。」
「どんな魔法でござるか?」
「風向き調査です。な、舐めた指でも代用できます。」
ドグロクの渾身のギャグは、動く山によってかき消される。
ドゥオオオオオオオ!
山はうねり、地中を掘りながら、こちらへ向かってくる。
「サンドワームでござる!!」
「走れ、走れぇぇええ!」
「ちょっと、砂漠じゃ護衛担当でしょー!」
「無理だ無理!山に勝てるヤツがいるのか?教えてくれよ!」
「やはり、自然は偉大でござるな。」
「あれは自然カウントでいいのか?」
「まぁ…自然と共生してるでござるゆえ…」
「じゃあ草原ぁ、俺らも自然ってことか?」
「し、自然の一部になった。」
「皆んな自然で、皆んないいでござる。」
「喋ってないで走れぇー!」
ドダインの喝が入る。だらだらと歩いていたのが嘘みたいに、全力で走り抜ける。五匹のサンドワームが地鳴りを起こしながら、近づいてくる。水中にいるかのように、砂中を泳ぐサンドワームは人間の全力疾走の数倍は速い。
「た、大造?魔法も使えたよね、何とかならない?」
「樹海まで走ったら倒せますぞ。樹海まで襲ってきませんが。」
「助けてー!私の運Aぇー!」
ドグロクが立ち止まり、両手を重ねてサンドワームに向ける。
「こ、ここは、ま、任せて…」
「無茶だドグロク!」
「風よ、集まり、抵抗せよ…風砲壁!」
風が一点に集中し、球体の壁となり、前方に発射される。
ドゥオオオオオオ!!
逃げるリンダ達の前に、六匹目のサンドワーム。そして、足下から七匹目のサンドワームが、砂塵を巻き上げて飛び上がる。
リンダ達は上空へと吹き飛ばされ、宙を舞った。
「死んだ?」
「諦めんな馬鹿!」
「ドッピー…すまねぇ。」
「死んだ後は肥料にでござる。」
落下はすぐに終わった。
「ご、ごめん。」
ドグロクは魔法の発射と同時に打ち上げられ、掌の前には風砲壁が、何にも衝突せずに残っていた。そして、形を保てずに破裂する。集まった風は解放され、強風を巻き起こした。
「だああああああー!!」
リンダは勇者に抱えられ、空を飛んだことを思い出した。サンドワームが飛び出した勢いと、それに乗った風は、長いこと五人を空中に放り出した。
「もがっ!?」
砂をかき分けて脱出する。辺りを見渡すと、上半身が埋まった奇天烈オブジェが四つ。目の前には、目指していたドミニオンの周囲に広がる森林があった。
「運Aって、すげー…」
「もがもがもがー!(早く助けてくれ!)」