10:リンダが帰ってきた
以前の姫様っぽい衣装から、運動がしやすい姫様っぽい衣装に変えた。両手には紙袋。背中のリュックは、隙間さえもお菓子で埋めたため、パンパンである。扉にホヤ爺の穴が空いていたため、夜は風が通り涼しかった。熟睡である。昼寝しても夜寝れる女、リンダ・オ・ミミラル。
「よしっ、素晴らしいあザーフィー!?」
扉の穴からメイドのザーフィーが覗いていた。メイドなのに朝が弱いザーフィーの目の焦点は合っていない。
「姫様…朝のご飯…どちらでお食べに…」
「ごめんごめん、言ってなかったね。食べにいくよ、せっかく家にいるんだもん。」
「了解致しまし…いちごのぉ…ぐぅー」
ザーフィーは穴に顎を乗せて寝てしまった。これでメイド長とは…いえ、上がこれだから下がしっかりするのよね。下もしっかりしてないけど。
お寝んねはそのままにほっておいて、朝食を食べに向かう。あと一週間くらい引きこもっていたいけど、魔王軍幹部の…えっと…かま、カマラーが攻めてきている。どっちの世界でも時間がないのだ。
「んーっ、パンの焼けたいい匂いがする。」
結局、一日で戻るわけだから、カッコつけて「総隊長として命ず!」なんて言わなければよかった。あれ?もう帰ってきたんですか?なんて言われるに違いない。
「早起きだなー…もっとゆっくりすべきなんじゃねーの?」
ふよふよと浮かぶ神、パルンは左手で抱え持ったフルーツを食べている。もっと早起きな人から、ゆっくりしろとは、どの口が言うのか。フルーツでいっぱいの口が言っているのか。
「神様ってご飯必要なの?」
「お菓子は食わなくても生きていけるよな?」
「……素直に答えることも大事だと思うの。」
「素直であることが素晴らしいと説く人間は、自分に便利な人間を量産したいだけのアホ。」
「アホにマウントをとる時間がある暇人は、アホであることに気づいてないアホ。」
パルンの拳がリンダの顔面に直撃する。
「もがっ!」
拳はすり抜ける。
「もがっ!…もう一回真似しようか?」
「黙ってなさい。」
「もがっ!!!」
「………ふふふっ」
「はーっはっは!」
「「ぶっ殺す!」」
互いの拳は、互いの身体をすり抜けていく。言わば、ビビったら負け、というゲームである。
満足するまで手足を伸ばしたら、朝の体操の代わりにはなった。
「はぁ…はぁ…じゃ、ご飯食べたら行くから。」
「そっ。せいぜい泥水啜って、命乞いでもしてくればいいんじゃない?」
「私が生きて帰らなくちゃ、パルンが一番困るでしょーに。」
「ふんっ、テメェに神の予言が変えられるかよ。」
「予言?なんのこと?」
「どーでもいーだろ。さっさと行ってこいっての。」
パルンは何処かへ消える。神の国にでも帰ったか、私には見当もつかないや。
「へんなの。」
扉を開ける。
「リンダ!」
母様に抱きつかれる。優しく包まれ、花の匂いがする。とても、良い気持ちだ。
「行ってしまうのですね。」
心配をさせてしまっている。いつか、帰ってきた時に、行っていたことに気づくみたいな、そんな日常になれるかな。
「朝ごはんを食べてからね。」
テーブルには、柔らかそうなパンと、たっぷりのジャム。小皿にはサラダとたまご。コップには牛乳。ここまで想像に容易い朝食もない。
母様を引き離して、荷物は足元に置き、席に着く。
「リンダちゃん…あぁ、食べながらでいいよ。」
お父様は牛乳の入ったコップを、両手で握りながら話す。このままじゃ、牛乳が温まってしまう。あれ?牛乳って熱いほうが甘いんだっけ?だったら、別にそのままでもいいけど…。
「これでも数多の異世界に渡ってきたことがある。そこで培ってきたものを話すから、聞いっ…食べるの早いねぇ。よく噛んだ?」
「ごちそうさま。じゃ、もう行くから。」
リュックを背負い、準備は万端だ。とりあえず……現状把握しなくちゃ。もし、私がお尋ね者として、世界中に知られているのか…とか。その後も…うん、大丈夫。順調にいけばいいけど、なんとかなりそうだ。自信が湧いてくる。
「ちょっ、ちょっと、そんな淡白な。」
「いやいや、お父様。今生の別れじゃないんだから。」
次は顔だけの勇者も一緒かぁ。魔王軍幹部倒したら、すーーぐに帰ってもらお。あんな顔だけの勇者。全く顔だけよ、ほんと。
「母様も、行ってくるね。そんな心配しないで。大丈夫だよ、母様の子だもん。」
「…そうね。全くもってその通りよ。」
リンダは手を正面に真っ直ぐ伸ばす。掌を空間に向けて、発動させる。
「異世界の迷惑者」
空間は歪む。行き先は'カコイゾ'魔物の巣。
「行ってきます!」
キュポンッ
足元から掬われる。足首を掴まれ、引き摺り込まれる。カッコはつかないが、スムーズに歪みへ入っていくことに成功。勢いは止まらない。三度目の真っ白な部屋。突如足下に出現したのは、藍色に朱色の装飾が付いた扉。リンダは扉にドロップキック。簡易な鍵を破壊し、扉は開くーーー
「おりゃーーー!!」
魔物の巣では、草原大造が、噂話好きの植物から収集した情報をまとめていた。実に効率的である。
「草原さん、お茶を入れましたよ。」
「ありがとうでござる。ドッピー殿。」
ふむ…やっぱり日常会話って範疇ですな。安全なら勇者達の話題も、盛り上がりに欠けるのでありましょう。丸一日やって、成果は主に二つ。一つは勇者達の出身地でござるが…銅像が建ってるようなので、観光地化されてるのでありましょう。もう一つは、もう一人の転移者の居所…いや、確証がない以上、成果は一つってことに…。
「気合い入れるでござる!リンダ殿が帰って来る前に、歴史年表くらい作ってみせるでごさるよー!」
誰かと、同じ目標に向かって作業するなんて初めての体験だった。そのため、歯止めが効かず、異常に張り切っていた。転移前の草原大造はイベントに消極的だった。
「まだ、やっていたのか草原。ちょっとは休憩したらどーだ?」
ドケイガーは紙の束を持ってくる。草原のメモ用であり、植物達のお手製である。一気に何千枚と作成することもできるが、疲れるとのことで、定期的に貰いに行っている。
「ありがとうですぞ。まだまだ元気でありますゆえ、だいじょー……
「おりゃーーー!!」
空間の歪みから飛び出してきたのは、リンダ・オ・ミミラル。荷物も合わせ、重さがのったドロップキックがドケイガーに命中する。
「ぐがぁーー!!!」
紙が宙を舞う。少しだけ、幻想的な空間で、リンダ帰還。
「た、ただいま。」
必殺技を繰り出した後の、決めポーズのようになってしまう。元気に言うつもりが、少しどもった挨拶になった。
「おかえりですぞー!リンダ殿!!」
草原は満面の笑みで向かい入れる。成果がどうのと考えていたことは、もう忘れてしまった。
「早く退いてくれー!!」
ドケイガーは飛び出たリンダのクッションになっていた。今日を境に、'頑丈のドケイガー'と二つ名がついた。
「えー、それでは、リンダのおかえり会と、予定していた草原さんの歓迎会を始めます。」
ドダインの司会で、魔物解放組織へいわ隊の宴会が始まった。お酒は無いが、リンダのお土産のクッキーや、草原と植物達による新鮮な野菜で作られた軽食と、果物が並べられた。
「我らが総隊長が、一日で帰ってくるとは思って…そこ、食べるのが早い。」
「ふぁい、すいあへん。」
んっ、このリンゴ甘っ!
「それでは、草原さんから報告があります。」
「は、はい!少ない成果ではありますが、戦士メロンネ、盗人デッケイ、僧侶トリマの故郷と思わしき、村や町がわかったでござる。そ、それ以上の裏が取れている成果はなく、ふっ、不甲斐ないばかりであります!」
草原大造は敬礼をした。汗をかき、声が所々震えていた。
「く、草原さん?」
「すすすすすみません!こういった、大勢の前で話すことがなく、きっ、緊張してるのでござる!」
緊張しすぎであった。
「すごい!大造すごいよ!一日で、勇者パーティ三人の情報を集めるなんて!」
「あ、ありがとうでござる。それと、リンダ殿はアベル王国は…流石に危ういでござるが、他の国や、町、村では話題になってなかったでござるゆえ、観光と言ったらあれですが、同行もできますぞ!」
「ふふっ、私の時代が来たわね。クッキーを食べることを許可するわ!」
順調…もう、順調も順調!これから調べようとしたことが、既にわかっていたなんて…これも運Aの力かしら。いえ、大造の力だけども。
「ありがたく頂戴するでござる。…美味い!で、ござる!この甘味は、自然の中じゃ食べられないでござるからなぁ。」
「あ゛ーも゛ー…かんぱい、かんぱーい!」
かんぱーい。明るい声が響く。
今まで幻想だったものが、現実になり、目標を掲げ、歩み出した。
おかえり会に満足のリンダちゃんによる次回予告!
軽食の後にお昼ご飯もしっかり食べたリンダちゃんは、魔物の巣から一番近い、僧侶トリマの故郷の町へ行くことを提案するわ!…え?植物が生えない地域を通るですって!?それって…順調じゃなーい!
次回ーー異世界まで私を助けに来てくれますか?〜勇者を仲間にする条件が無理ゲーすぎて世界滅亡!?〜 11:リンダ全力疾走