前世なんて関係ない!
気づくと姫宮さんの顔があった。
「目が覚めたようですね。大丈夫ですか?」
「……うん。ここは……?」
「学校の保健室です。ひかりさんのおかげで初めて入ることができました」
あたしはベッドに寝かされていた。カーテンに仕切られた中に姫宮さんがいる。そっか、保健室かぁ。入学してまだ数日。かくいうあたしも初めて……って、ちょっと待ったぁ。
「猫野先輩はっ? 戦いはどうなったの」
がばっと身を起して気づいた。横になっていたときは視界に入っていなかっただけで、猫野先輩も、すぐそこに立っていたのだ。猫耳は、今は出ていない。でもなんでここに先輩がいるわけ?
「竜巻に巻き込まれたひかりさんを、突っ込んで助けたのが彼です。ここまで運んでくれたのも、同じくです」
「えっ? どうして……」
「目の前で飛ばされたのを見て、つい、な。君は別に標的じゃなかったから、殺す必要はなかったわけだし」
照れくさそうに頭をかく姿は、もうあの獰猛な先輩ではなかった。
「そうだったんだ。その、ありがとうございます。でも、その姫宮さんとは……」
あたしが標的じゃなかったとしても、姫宮さんはど真ん中なはずだけど。
「ふっ。それについては、私の華麗かつ論理的な説得によるところです」
「説得?」
「はい。ひかりさんを助けた彼が、私を改めて抹殺しようとしたとき、私はこう言ったのです。『前世はともかく、現代社会で人を殺したら殺人罪で捕まりますよ』と」
――確かに。
「いやぁぁ。よく考えたらそうだなぁって。何か間違っているよなって思ってはいたんだけど。というわけで俺は現世に生きるから、猫のことは忘れてくれ。じゃ」
彼は軽く手を振ると、保健室から出て行った。気のせいか、足取りがスキップしているかのように軽い(猫みたい)。彼もいろいろ悩んだんだろうなぁ。語尾に「にゃん」だもん。
「では私はひかりさんにジュースでも買ってきて差し上げましょう」
そう言って、姫宮さんも出て行った。
しばらくして、入れ替わりに、保険医の先生が入ってきた。姫宮さんがあたしが目覚めたことを伝えてくれたのだろう。
先生の話によると、あたしは体育館裏の木の上にいた子猫を助けようと木に登って、背中から落っこちて怪我をした、という設定になっているみたい。なんか猫、てのがひっかかったけど、ゴキブリを助けようと……じゃ無理がありすぎるよね(そういうキャラ設定はもっとやだ)。
あたしの怪我は大したことなく、ひと休みしたら帰っても大丈夫と言われた(ゴキブリ並みのしぶとさ、という言葉が浮かんで慌てて消した)。
先生が退出し、一人残されたあたしはそっと目を閉じた。
全く大変な日だった。下手すれば死んでいたんだから。でも不思議なことに、猫野先輩や姫宮さんを恨むつもりはなかった。まぁ、竜巻はあたしが間違えて起したものだし。
遠くから微かに聞こえる部活動のかけ声。窓から入ったそよ風がカーテンを揺らす。
静かだなぁ。なんか久しぶりに感じる。でもそれはうるさい日常があったから。ずっとこのままだと、また寂しい日々の繰り返し。
カーテンがさっと開いて姫宮さんが戻ってきた。片手に紙パックのりんごジュース(90円)を持って。
「はい。今回のご褒美です」
「……ありがと」
あたしは下賜されたジュースを受け取った。ストローを刺して、ちびちび飲みながら、物思いにふける。
思えば昨日の今頃は、自分の正体(G)を知って、誰にも話せずただひたすら自室でどつぼにはまってたんだっけ。それが今は嘘のように、やり遂げたことによる、満足感。
――やり遂げた?
そっか、それって、終わりも意味するんだ。
もう姫宮さんが敵に襲われることもない。よって姫宮さんに滅私奉公する必要もない。嬉しいはずなんだけど……なんかさびしい?
「どうしました?」
「いや、その、これでおしまいなんだよね? 敵も説得して解決したわけだし」
「いいえ」
あたしが何となく躊躇して言った言葉を、姫宮さんはあっさりと否定した。
「私の命を狙う敵はまだおります。よって、これからも仕えなさい」
…………
「……先輩には前世の因縁なんかにこだわるなとか言ってなかった?」
「人を殺したら殺人になる、とだけです。仕えるのは欠片も罪ではないですし、前世は関係ありません」
この人って……
でも、前世なんて関係ない、って言っちゃっていいのかなぁ。だったら仕える理由もなくなっちゃうよ。
でもね。
あのとき、あたしを助けようとしてくれたのは姫宮さん。面白おかしい学園生活を提供してくれたのも姫宮さん。それはけっして、前世のお姫様ではないはず。
ま、いっか。もう少しだけ付き合ってみよう。いつか、友達と言える関係になるまで。
なんて、ね。
「……もし嫌でしたら、……としてでも」
「えっ?」
いつもはっきりものを言うのに、最後の部分だけ小さくて聞き取れなかった。
「なんでもないです。それより一つ言っておくことがあります」
「何?」
姫宮さんが口を開く。
「ひかりさんがゴキブリの力を身に付けた理由ですが。それは、魔法使いからだったというより、単に魔法が『ど下手』で、役に立たなかったからですよ」
衝撃の真実! あたしはしばらく声がでなかったけれど、ぽつりと聞く。
「……ねぇ。どうしてあたしみたいなのが仕官できたのかな?」
「コネかと」
「そだね」
前世なんてそんなものだよね。はぁ。華麗なる魔法使い、さようなら。
でも、まいっか。前世なんて関係ないんだもんね。
ようやくかき終えました。拙い話を読んでいただきありがとうございました。改めて読み直してみると、ご都合主義がちょっと多すぎでしたね。
ちなみにこの話を書き始めてから、自宅では奴らが大量発生してしまいました。おかげで(?)今では不意打ちでもないかぎり、顔色も変えずに退治できるようになりました(笑)。