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仲間(同類)を探そう

 夢を見た。

 舞台は森の中。馬に乗っている女性と、その馬を引いている女性。姿は違うけど、なぜかその二人は、あたしと姫宮さんのように思えた。馬に乗っている女性が姫宮さんで、もう一人があたし。

 馬から下りようとする彼女を、あたしは押しとどめようとしている。押し問答。レジの前で「私が払う」と譲り合いをしているおばさんみたい。

 やがて、業を煮やした女性が馬から飛び降りる。その下にちょうどいた女性が押しつぶされる。そのやり取りで、大人しかった馬が勝手に走り去ってしまった。取り残された二人は、やがて取っ組み合いの喧嘩に……

 そこで目が覚めた。

 へんな夢。はっきり言って馬鹿馬鹿しいし、喧嘩しているんだから暗そうな夢なんだけど、なぜか暖かい不思議な感じ……

 それはともかく。

 ――ゴキブリの夢じゃなくて良かった……


 あの衝撃の事実に比べ、失神していたのはほんの数分だったらしい(なんか割に合わない?)。そのあとせっかく誘ってくれた姫宮さんには悪いけど、お泊りなんて気分になれず家に帰った。記念すべき高校生活はじめての土日の連休はただひたすら死んでいるだけの日々だった。

 そして姫宮さんからの連絡もないまま、月曜日を迎えた。いきなり登校拒否するわけにもいかないので、あたしは自転車で高校へ向った。ゴキブリなのに学校へ。

 ――ゴキブリの学校?

「いやぁぁぁぁ!」

 あたしは大声を上げて自転車で猛疾走。

 はぁ……はぁ……はぁ……

 とにかく、落ち着こう。前世が何であろうと、今のあたしは、正真正銘の人間だ。

 しばらくして学校に着いた。自転車を駐輪場に置いて、下駄箱に向う。下駄履きに履き替えて教室へ――と思ったら、

「ねぇ、今日は『あれ』やらないのぉ?」

 後ろから声が掛かった。見ると、クラスメートの女の子が白い歯を見せて笑っていた。

 えっと……確か、前田さんだっけ?

「あれって?」

「金曜日だっけ? 下駄箱を開けて手紙見た瞬間、ビリビリの100乗ぐらいに破って落ちた破片を全て集めて丸めて姫宮さんの下駄箱の中に投げ込みその後わざわざ革靴に履き替えて彼女の下駄箱をげしげしとヤクザキック連発、のことだけど」

 ……そ、そう言えば……そんなことをしたような……(汗)。

「あ、あれは、別に、毎日やるようなことじゃないけど……」

「そうなんだ。つまんないのぉ」

 話ながら、二人で教室に向う。なんか、普通の友達みたい。

 教室に着く。姫宮さんはちゃんと自分の席に一人座っていた。彼女はあたしに気づくなり席を立って、こっちに向かってきた。

「あは。じゃあ、頑張ってねぇ♪」

 前田さんが去ってゆく。入れ替わりに姫宮さんがおっしゃった。

「あぁ、今日もまた逢えましたね。さすが前世からの宿命なのです」

 ……はぁ。

 聞こえるようにため息をついてやる。

 やっぱり姫宮さんだ。あの日以来だけど、まったく変わらない。誘いを断ったことにほんの少しだけ罪悪感を抱いていたのが馬鹿みたいだ。けど、なぜだかよく分からないけど、自然と笑みが漏れた。それを見た姫宮さんもあたしにつられたのか、笑顔を見せた。イッちゃってるやつじゃなく自然な微笑み。

 あれ? なんだろ、この暖かな気持ち――

 そのとき教室内に悲鳴が響き渡った。

「きゃぁぁぁっ!」

「ゴ、ゴキブリぃぃっ」

 ――ゴキブリ?

 あたしの身体がびくっと震えたのは、恐怖からではない。

 硬直してしまっているあたしをよそに、教室は大騒乱。今まで大人しくしていた人が完全に地を出して叫んだり、教科書(新品)を丸めて、追いかけたり……。逆にクールっぽい人が、大声を出して逃げまわって……。そんな混乱の中、あたしは……

 ゴキブリ……

「わぁぁ……こっちに来るなぁ!」

「じゃまっ。机を退かせ!」

 ……ゴキブリ。

 べしっ!

「よしっ。殺った!」

「おぉぉぉぉ」

 ゴキブリ……死んだ……

「……ひゅぅ。良かった、良かった。どしたの? 黒羽ちゃん?」

 前田さんの声。それを聞いて、あたしはやっと現世に戻ることができた。

「そっかぁ、ゴキブリが怖かったんだねぇ。うん、うん。分かるよぉ。何なんだろうね、あの物体。この世から消滅しろっ、って感じ?」

 ――消滅……しろ?

「わっわっ、黒羽ちゃん、泣いてるの? ご、ごめんね。変なこと思い出させちゃって。あんな生物、頭の片隅にも残したくないよねっ。ゴキブリゴキブリ、飛んでいけ〜」

 彼女はあたしの頭を撫でて「痛いの痛いの……」をしてくれる。

 ゴキブリ……飛んで行く……あたし……

 ついに、あたしは床に崩れ落ちて、号泣。

 この日、「変な人」と思われているあたしに、さらに「大のゴキブリ嫌い」という新たな称号が送られることとなった。

 ゴキブリなのに……


 一時間目の授業が終わって休み時間。まだ死にかけているあたしのもとに、姫宮さんがやって来た。

「生きていますか?」

「……死んでいます」

 死体のあたしはそう答えた。

「では、生き返らせて差し上げましょう。勘違いをされているようですが、あなたの前世はゴキブリではありません。一応人間です」

 はぁ。ゴキブリではないですか……って、はいっ?

「じゃ、じゃあ、週末からずぅっと悩んでいたのは、何だったのよっ」

 ゴキブリ用殺虫剤を飲んで、死んでやろうかと、本気で悩んだのにっ。

「正確には『ゴキブリ人間』です」

 ――やっぱ、自殺しよう。

 あたしは涙した。

「前世のひかりさんも私同様、人間です。ただ高貴なお姫様、かっこ私、の護衛という立場であったので、それに相応しい力を得るため、禁断の魔法実験を行なったのです」

「それって、ゴキブリとの合成、みたいなこと?」

 他の人に聞かれないよう、小声で尋ねる。

「はい。姿形は変わりませんが、ゴキブリの力を得るのです。一例を挙げれば、素早いことでしょうか」

「……それってもしかして、あたしのDNAにゴキブリが混ざっているとか?」

 ――富士樹海って、どうやって行けばいいのかしら?

「そのようなことはないでしょう。前世の記憶と力を受け継いでいるとはいえ、ひかりさんはご両親の血を受け継いだ正真正銘の人間です」

「そ、そうね。そうだよねっ」

 人間っ。そう、あたしは人間よっ♪ 万物の霊長っす!

 生きた化石とか、人間が絶滅しても生き残るとか言われているけど、しょせんゴキブリ。皿洗い洗剤を浴びただけで死に絶える生き物なのよ。

「それはともかく……」

 姫宮さんが、わずかに声の質を変化させる。

「敵の方も本格的に覚醒してきているようです。私の命も狙われています」

「……まじ?」

 普通なら笑っちゃう所だけど、あたしは姫宮さんが真剣なことに気付いた。

「はい。朝校舎に入ろうとしたら、上からシャープペンシルが落っこちてきました。参加賞でくれる百円のではなく、デパートとかで売っている高級なやつです。刺さったら、たぶん刺さります」

「で、でも、あたしの能力って、逃げ回るぐらいしか能がなくて、姫宮さんを守るなんて……」

「御安心ください。この世界に転生した護衛兼家来はひかりさん以外にもいるはずです」

「いるんだ」

 確かに、お約束だよね。一番初めに目覚めた戦士が、他の仲間を探すってやつ。強い戦士を見つけだしたら、その人に護衛を任せて、あたしは左団扇♪ なんてこともできるかもしれない。

「まずはその人物を探すことが先決です」

 姫宮さんは、最後はお姫様のような威厳のある口調でしめた。


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