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初めての・・・

 風が冷たい。そりゃ四月の初めだもんねぇ。

「何でこんなことをやってるんだろ……」

 午後九時半。あたしは家の外にいた。なぜ夜中にうら若き少女が外出しているかと言うと、それは例の場所へ行くからです。日の明るいうちに目的の場所に行って、姫宮さんがやって来るのを待つって方法もあったけど、ずっと一人で待っているのも馬鹿馬鹿しいので、時間に合わせて行くことにした。

 両親もこんな時間によく娘の外出を許してくれたものだけど、「ちょっと友達の家に行ってくるね。もしかしたら泊ってくかもしれないから」と言っただけで、あっさりオッケーをもらった。両親が楽天家でよかったと思う。もしかしたら、友達の家に泊りに行くという、普通の女子高生しているあたしを、喜んでいたのかもしれない。

 自転車に乗って、暗い夜道を走る。ときおり見せる街灯や家の明かりは、闇を微かに照らすけど、それがかえって、物寂しさを醸し出す。闇は昼間の騒音を飲みこみ、肌に当る風が、あたしを感傷的な気分にいざなう。

 そんな幻想的な世界を、あたしは自転車で一人ゆく。友を助けるために…… 

 あぁ、なんかあたしったら、漫画の主人公みたい。って、友じゃないっつーの。

 つっこみを入れる。

 徐々に現実に戻されてゆくにしたがって、不安な気持ちが膨らみ始める。

 仮に、「アレ」の最中で、欲望が煮え滾った男の中に、あたしのような美少女(じゃないけど実際は)が顔を出したら……焼け石に水どころか、火に油。

 それとも、すべてが終わった後にあたしが到着した場合。なんか白い液体をくっ付けて着衣が乱れている感じの姫宮さんに、「お待ちしていました」って、にっこり微笑まれたりしたら……

 怖すぎるぅぅぅ! なんか絶対に夢に出てくるぞっ!

 ……まぁ。何も起こってなく、ただ姫宮さんがいるだけって可能性もあるしね。

 ありえそうなのは、誰もいないことだ。むなしいけど、それが一番無難かもしれない。

 周りから民家がなくなった。まさに痴漢注意な場所だ。

 大きな雑木林の中に、小さな道が通っている。昼間は、抜け道として使用されていて、自動車もわんさか通るけど、今の時間は本来の道も空いているため、おんぼろ街灯が微かに照らすだけの暗い小道を、車が通ることはない。

「指定した場所って、たぶんここのことだと思うんだけど……」

 あたしは自転車から降りて転がす。スピードが落ちたため光は弱まった。けれど、目が慣れたおかげか、うっすらと周りを見ることができる。

 いた。自動車と自動車がすれ違うときに利用する道路脇の小さなスペース。そこに姫宮さんが一人、立っていた。闇に目立つ白のワンピースに、カーディガン。寒そうな服装だけど、暗闇に浮かぶ彼女の姿は不思議なほど綺麗だった。

 ……白っぽいので幽霊にも見えるけど。

「お待ちしていました」

 姫宮さんがにっこりして言う。白い液体が付着していたり、服のどこかが破けていたりとかはない。良かった良かった。それを確認すると同時に、ほっとして気が抜けてしまった。

「……まったく、無茶するんだから……」

 あたしは自転車に、崩れるように寄りかかった。

「きっと来てくれると信じていました。さすがは家臣、忠義の者です」

 さも当然のように言う彼女だが、その表情はどことなく嬉しそうだった。その顔を見て、あたしもなんか嬉しくなっちゃう。

 って、あたしったら、なに家来の喜びを見出しているのよっ。

「で結局、これは何だったわけ? ただあたしが来るかどうか試しただけ?」

「はい。そのままです」

「それだけのために、その、あれを募集したの……?」

「はい。とは言っても、あんなのを真に受ける馬鹿はいません。だから安心なのですよ」

「どうせ、あたしは馬鹿です」

 ほんと、真に受けて慌ててここまで来たのが、馬鹿みたい。けれどもしあたしが冗談だろうと、ここに来なかったら姫宮さんはどうしていたんだろう。ずっとここで待っていたの? こんな真っ暗で寒い所に一人っきりで……まさか、ね。いくらなんでもそこまで……

「どうです? 主従関係もはっきりして用事も済んだことですし、これから私の家にでも参りませんか。すぐ近くですよ。明日は休みですし、泊っていっても構いませんよ」

 姫宮さんの言葉があたしを現実に戻す。

 主従関係って……そ、それはともかく――

 これは、もしかして初・友達(だから違うって)の家にお泊まりぃ?

 急なお誘いに、あたしは躊躇した。

 なんか裏があるかもしれない。けど断わる理由もない。急に押しかけて相手の家に迷惑がかかるかもしれない。けれ誘われて少し、いや大分嬉しかったりして……

「ま、まぁ。これだけのことをやらかしたんだから、それ相応の対応はしてもらわないとね。鎌倉時代だってご恩と奉公でしょ。褒美は貰わなくちゃ」

 両親にお泊りになるって言っちゃったし、と内心言い訳しつつ、ちょっと恩着せがましく言ってやった。

「はい。では、参りましょうか」

 あたしの葛藤なんてどこ吹く風。彼女はいつもの笑顔で答えた。気のせいか、ほっとしたようにも見えたけれど、ようやく帰れるとでも思っているんだろう。寒いし。

 道の奥から車がやってきた。ハイライトの上、目が暗闇になれてしまったため、ものすごく眩しい。車種は分からないけど(って言うか、車のことよく知らない)軽のワゴンだ。

「お迎え?」

 さすが、前世お姫様♪

 けど、そのお姫様は首も振らずに否定した。

「いいえ」

 ワゴンはあたしたちの目の前で停車した。中から若い男が四人出てきた。ガラは悪い。

 それを眺めながら、姫宮さんがぽつりと言った。

「たぶん、先ほど言った馬鹿かと」

「だぁぁぁぁぁ!」

 今までのうっぷんを吐き出すかのように、大声で叫んでしまった。


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