前世ではお姫様?
タイトルの「G」はまだ登場しません。苦手な方も安心してください。
県立佐ノ丘高校の一年五組の教室には、入学式を直前に控えた新入生が、不気味なほど大人しく座っていた。
この雰囲気があたしは好きだった。みんなが無口な人間であるひととき。あたしと同類であるとき、このときだけはクラスに溶け込んでいられる。でもそれはひととき。静かと言われていたクラスも、すぐに騒がしくなるものなのだ。
目立たない範囲で、教室をきょろきょろと見回しながら物思いにふけっていた。
あたしの名前は黒羽ひかり。ぴっかぴかの高校一年生だ。でも、ぴっかぴかって言葉が似合うほど綺麗じゃない。肌は黒い方、背は小さくて丸っこい。髪はくせっ毛で、前髪が跳ねているし、じめじめした性格で暗いし……って、こう考えている自体がそうなんだけど。
(はぁ。運命の出会いでもないかなぁ?)
そう。素敵な男の子が声を掛けてきて、意気投合。よくおしゃべりする友達になる。彼と話しているうちに、あたしの自分でも知らなかった隠された一面が引き出されたりして……そして二人は恋に落ちる。なんて展開。
「あぁっ。ついに見つけました。運命の人っ!」
「――えっ?」
いつの間にか、あたしの前に立っていた人がそんな風に声を掛けてきた。
もしマンガやアニメだったら、こんな台詞を言う人は、格好良くって綺麗で、絶対金髪の男。なんだけど、今のは女の声だったような気が……
自然とうつむいていた頭を上げて、前に立っている人物を見る。顔を見るまでもなく、途中の制服で分かってしまった。やっぱり女の子です。はぁ……
「やはり……こんな所で再会できるなんて。嗚呼、何と言う運命……」
「あのぉ〜」
あたしは躊躇しつつも、彼女に声を掛けた。
ここにいるんだからおそらく同級生だろう。身長はあたしよりはあるけど、それほど大きくない。背中まで伸びる黒い髪が綺麗。顔は……ちょっとイッちゃっているから、素は良く分かんないけど、たぶんすごく可愛い、と思う。
その可愛い女の子はあたしの言葉をきっぱり無視。
「ああ、私はこの日をどれだけ待ち望んでいましたことか……」
「あのぉ、こんなあたしを運命の人なんて言ってくれるのは嬉しいんだけど……あたしはノーマルだから、その、女の子はちょっと……」
彼女の身体全体(全身の言うより何かしっくりくる)がぴくりと止まり、真顔に戻る。
「やですわ♪ 私はそう言う意味で言ったのではありません。同性愛者としての対象ではありませんよ」
「そうですよねぇ。あははは」
「おほほほ。だってあなたと私は、前世での知己な間柄ですもの」
「あは……」
って、今何か、凄い単語が聞こえたような……
「あの、いつからの間柄って言いました?」
「はい♪ 前世からの、です」
一点の躊躇もなく、曇りのない笑顔で彼女はそうのたまった。
「前世ぇぇぇぇっ?」
思わず立ち上がって叫んじゃった。
「――では、最後にこの言葉を新入生に送ります」
体育館の会場で、生徒会長さんがメモを逐一見ながら何か言っている。
あたしはそれを聞き流しながらボーっと用意されたパイプ椅子に座っていた。
叫んだ後、一斉に教室のみんなの視線を浴びたけど、すぐに担任(だと思う)の先生が教室に入ってきて、そのまま入学式に出席するため、体育館に移動となった。おかげで、変な注目を浴びることは避けられたけど。
前世ってなによぉぉ?
前世、それは、あたしが生まれる前になっていたもの。いかにも少女漫画の世界だ。前世で愛を引き裂かれた二人が、来世に再会を誓って、一緒に……
でも彼女は普通の人だって言っていたし、雰囲気からして女の子ぽい。ということは――
あたしの前世って、男の人だったのっ!
でも前世だから別にいいや。
そもそも、恋人と言う前提だからいけないのよ。知己って、知り合いってことでしょ。ただの友達かもしれないし。あ、でも前世って言うぐらいだから、きっと凄い世界だよね。バリバリのファンタジー世界。もしかして、あたしはお姫様だったかも♪ 少なくとも、ごく普通の女子高生だったわけじゃないよね。うん。ちょっとわくわく。
よし、式が終わったら、彼女に詳しく聞いてみよう。
入学式が終わって、あたしを含めた生徒たちが、ぞろぞろと廊下を通って教室へ戻って行く。その途中、あたしが聞きに行く前に、例の彼女が列を崩してこっちにやって来た。
「また、お会いできましたね。あぁ、運命を感じます」
「……そりゃ、同じクラスだし、そっちから会いに来てくれれば……」
「自己紹介がまだでしたね。私は、姫宮綾乃です」
「あ、あたしは黒羽ひかりです」
どうしても、人と話すとき「です・ます調」になっちゃう。やな性格だ。向こうも同じだけど、あれは何となく地の様な気がする。
「あの、前世って話だけど……?」
恐る恐る聞いてみる。これで「冗談です」と笑われたら、さっきまで色々考えていた自分が馬鹿みたい。だけど彼女はあたしの心配をよそに、真顔で肯定した。
「はい。本当のことですよ」
「それって、もしかしてお姫さまだったりとかして?」
「はい。私が姫でした。あぁ、素晴らしいことです。記憶が戻り始めたのですね」
……いや。記憶はさっぱり戻っていないんだけど……
「じゃあ、あたしは?」
「もちろん、私の家来です」
「へっ?」
「家来です。言い替えると、家臣もしくは下僕、百歩譲って、メイドです」
「…………」
よりによって、何ゆえ家来? 前世ぐらい、良い体験したいのにぃぃ。
前世に対するイメージが崩れてゆく中、彼女は大きく両手を広げて、尊大にのたまった。
「さあ、仕えるのです!」