新聞売りの少年Ⅳ
ドアを開けると、従業員のみんなが駆け寄ってくる。
「コトル、どうした? 血が、ついているよ」
「帽子もなくしているし、服もボロボロじゃないの」
旦那様に奥様、本当にやさしい方だ。心配なんてする必要がないのに。
今どんな格好をしているのか全く考えていなかったけれど、どうやら見た目がぼろぼろなのが心配の種になっているらしい。そうなるときなんてあったかと、記憶をたどる。
「ああ、こけてしまったんです。自転車も置き去りにしてきてしまいました。申し訳ない」
「そんなことは、いいんだよ。ほら、こちらに来なさい。手当をしよう。……ウッツ、すまないが、自転車を取りに行ってくれるかな。コトル、どこに自転車をおいてきたかな」
「えーと、三番街の入り口ぐらいです」
「わかった。任せとき」
「僕、自分で行けるんで大丈夫です。そんな酷い怪我もしていないし」
「こういう時に人に頼るんだぜ。コトル坊は、自分で何でもしようとする。それはいいことだ。だがなあ、人に頼ることを覚えなくちゃ」
ウッツ兄さんは、僕より五つぐらい年上だ。兄さんと呼べだとか、頼れだとか、構ってくれる、いい人だ。
新聞屋があるあたりに住んでいる、つまりけっこういい家柄の四男なのだ。今のところここの家を継ぐ可能性が一番高い。旦那様が、僕を跡継ぎにと推すようになってからも、肩身が狭くなっているはずなのに、よきお兄さんとして接してくれる。
僕よりも、兄さんに継いでほしいと思う。
そんなことを考えていると、ガチャリ、とドアが開いた。
女だ。髪は長いが、栗色をしている。先の女と何か関係があるのだろうか。
「夜遅くに失礼する。こちらに、コトル・メテクレールはいるか」
「メテクレール?」
「……失礼。只のコトルだ、コトル、そう、コトル。彼はいるか?」
「居りますが、何の用で」
「そうか、では連れてこい」
「コトルは僕ですが」
メテクレールという家名は持ち合わせていないけれど、ここでコトルという名前を持つのは僕だけ。
やっぱり、さっき襲われたことに関係があるのだろうか。
「一緒に来てもらいたいんだ。」
「……そうしたら、さっきの襲ってきたおじさんとおなじじゃないですか」
「違う!! あんな奴と一緒にするな。……お前は追われてるんだ、かなりめんどくさい輩にな。私は何としてでもお前を逃がさなくちゃなんない」
「どうしてですか」
「……お前が殺されると困るから?」
「言い淀んだ上に、疑問形にされても……って僕、殺されるんですか」
「ああ、あいつに捕まったら殺される。間違いなくな。しかもあれ一人じゃないんだよ、仲間がいる。それは避けたいんだ」
ただの貧民なのに、どうして殺されて困ることがあるんだろう。この人はなかなかにいい服を着ているし、髪の色艶もいいから、きっといい身分の人だ。たぶん、旦那様より上だ。普通なら俺なんか歯牙にもかけないはずの人のはずなのだ。
「僕を生かす目的は」
「……世界平和かな」
「だから言い淀まないでくださいよ。しかも規模がでかいよ」
「まあ、そういうわけだから、お前は私についてきたほうがいいぞ」
「家に帰らせてもらってもいいですか。仕事は終わったので」
「無視するな! 死にたいのか!」
そんな成す術なし! とでも言いたげな絶望した顔をしなくてもいいのに。身分が高いのだから、命令すればいいんだ。もしかしたら、最初のがほとんど命令だったのかもしれないけど。自分の首を触って、ちゃんと胴体とつながっているか確認する。……よかった、くっついている。
あ、でもあの女の人僕の命を救うって言ってたから、首を飛ばすことはしないか。
「あとな、コトル。きっと家はつけられている。帰ったら即死だぞ。これでついてくる気になったか?」
「いや、ならないですけど。家に一度だけ、一度だけ、行かせてくれるのだったら。別れだけでもいわせてほしいんです」
「死にたいのか!?」
「家族に何も言わずに消えるわけには」
「その家族をお前は危険にさらすんだぞ」
「うっ」
「そんなに行きたくないのか」
そりゃあ行きたくないに決まっている。家族から離れるなんて、この新聞屋から離れるなんて。
僕を作るものがほとんど消えてしまったら、果たして僕は生きていかれるのだろうか。でも、その大切な人たちを僕が狙われることで危険にさらすのはもっといけないことだ。
「ここの人たちはみんな危険な目に遭いませんか」
「ああ、約束する。こっちにもうちの人を呼んでケインぼしてもらおうと思っている。ときどき便りもよこすつもりだ。そして向こうがかたづいたら帰らせると誓おう」
「その警備じゃ、僕がいると守り切れないんですか」
「どうしても私たちはお前を守ることが最優先だからな。見殺しにするのはいやだろう? 私は強いが一人しか基本的に守れないからな。だからこうしてきているのだが。実は今の状態もなかなか危ないぞ。ここの人が」
「……行きます。手紙だけかかせてもらっても?」
「早くするんだぞ。もう追っ手が迫っている」
「はい」