新聞売りの少年Ⅰ
受験が終わったので、連載を新しく始めます。
最後まで構想はしてありますのでたどり着けるように頑張ります。
今日も隙間風が吹く。月明かりも一緒に降り注ぐ。
ぼろぼろの家。屋根があるだけましだろうと笑い話になるぐらいにぼろぼろの、家。
捨てられた子供、家がない大人、そんな人達が住んでいる。力を合わせ、身を寄せあって暮らしているのだ。小さな子供はさらに小さな子供の面倒を見、大きくなると働きに出る。
大人になって残る人も残らない人もいるけれど、みんなここの家が好きだ。お土産と言って美味しいものを持ち寄る。
一人の少年が、目を覚ます。
目は、雨上がりの森のよう。
彼は、何故か流れた涙をなかったことにするためにゴシゴシと目を擦り、周りに寝ている者たちを起こさないように、慣れた足取りで外にすべり出た。
☆。.:*・゜
月夜に明かされた夜の道を走る。
今日、なんで泣いてたんだろう。最近こんなことばかりだ。別に辛いこと、苦しいことがあったわけじゃない。むしろ、優しい人たちに囲まれて、これ以上ないってぐらいに、いい生活を送っている。
僕は貧民街で肩寄せあって生きているうちの一人だ。赤ん坊の頃に拾われたのだと聞いている。両親はいないがそこの人たちはみんな親切で、ここまで育ってこられた。
辿り着いた建物の、豪華な扉。
目的地到着。
がちゃりとドアノブを下ろすと、中はガチャガチャとうるさい。
「おはようございまーす! コトル入ります」
「おう、コトル。さっさと着替えてこいよ」
「コトルの坊主、髪ぐちゃぐちゃだな。帽子しっかり被っていけよ」
「コトル、帰ってきたらご飯を一緒に」
とびきりの笑顔で応対。もう、慣れたものだ。
ここで貧民であることを隠すことは無いけれど、やはり過ごしやすさを求めるには、大切なことなのだ。丁寧な言葉遣い、立ち振る舞い、死ぬ気で身につけた。
「今日もいつものルートでいいですか」
「ああ、頑張ってくれたまえ」
新聞配達。
まだ太陽が顔を出さないうちの僕の仕事。
はじめて二年。
新聞屋の人達はひどく優しい。最近甘えることを覚えた。遠慮しても無理やり笑顔で迫ってくるので諦めた、とも言う。
十代のガキなんだ、食え! と社長とその奥さんから美味しいものをいただく。他の人からもパンをくれたり、お菓子をわけてくれたり。持って帰れるものは、家に持って帰っている。ただ、量が足りないから、お腹を空かせている子が優先だ。
自分がもっと稼げるようになれば、と美味しいご飯を食べる度に思う。
ボロ衣しか着ていなかった二年前には考えられない上等の服を着る。真っ白いシャツ、丈夫なサスペンダー、膝丈のズボン。靴下に、靴。靴は木じゃなくて布。ベルトにはナイフを刺しておく。昔よりは良くなったとはいえ、治安が悪いのだ。自衛手段は持っておくに越したことがない。
忘れてはいけないのは、帽子。
今日は寝癖がついているのでそれを隠さなくてはならないというのもあるけれど、それ以外にも、目を隠さなくてはならないという大事な理由がある。
「よし」
「準備できた? 自転車に積んどいたからいってらっしゃいな」
「はい。ーーコトル! 出ます!」
「「「いってらっしゃい!」」」
☆。.:*・゜☆。.:*・゜
頭に叩き込んだ最短ルートで新聞を配る。
僕の前にこの仕事をしていた人はかなりの高齢だった。爺さんと呼べと言ってくれて、近道や回り道、美味しいパンの店。いろいろ教えて貰った。貧民街から出ることはほとんど無かったから、とても新鮮だった。あの時、爺さんに出会ってよかった。
さっきまでは普通だった服も、自転車を漕いでいると窮屈に感じること。成長期だろ、と笑う社長の顔が頭に浮かぶ。そろそろ新調を頼まないと行けないかもしれない。
今日の昼前時は、酒場の掃除だ。まかないがあると聞いたので、昼飯はそこでとろう。
ちびっ子たちは元気だったな。パンを買っていったら喜ぶだろう。貰う菓子では足りないかもしれないからな。
そういえば、商店の住み込みをやってるレンディスが今日帰ってくるといっていた。特に同世代は住み込みが多くなってきているから、会えるのは嬉しい。
気を逸らそうとしても、やっぱり考えてしまうのは今日、泣いていたことの理由だ。
なにか大切なものを、なくしているような。自分の中にある何かを忘れているような、そんな感覚。
きっと、喪失感に泣いている。
この思いは間違いだ、そう言いたい自分がいる。こんなに恵まれているんだから。でも、感情はごまかせない。否定することはできないと知っている。
何を無くしたんだろう。
無くして困るもの、そんなのあの家ぐらいしか見つからないのに。
さすがに毎日毎日こなしていれば、ぼんやりしていても惰性で配り終わるというもので、気づけば終点にたっていた。
「コトル、今帰りました!」
「おかえり、ご飯できてるから食べようね」
「コトルの坊主。服が窮屈になっていないか? そろそろ新調の時期だな」
「さすがに旦那様は、よく見ておられる」
「うちには跡継ぎがおらんからなぁ」
お前を跡継ぎにすることも考えているんだ。
さすがに跡継ぎは荷が重い。こちらはただの貧す民だ。擬態はできても真の富裕層にはなれないぞ。と愛想笑いをする。でも、そんなに信頼してもらえるのは嬉しい。これからもさらに頑張ろうと密かに決意を固める。あの家から離れたくないというのは、一つだけどうしてもとお願いしたので、きっと本気で言っているわけではないと思うけど。
「あら、コトル。目が濡れているようだけど、今日は寒かったかい?」
「いえ、そんなことは。……濡れてます?」
「濡れているよ。目に寒さが刺さったのかと思ってね。暖かいタオルを使いなさい」
「そろそろ冬ですからね。ありがとうございます、奥様」
あんなことを考えていたから、また泣いてしまったのだろうか。情けない。
あまり考えない方が良さそうだ。まあ、その試みは失敗続きにはなりそうではあるけれど。