悪役令嬢は末路の先で長い長い夢を見た
たかが夢のはずなのに。
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『リュシー・フォン・ルグラン公爵令嬢!お前のニナに対する悪行の数々は見るに耐えぬ!お前は国母に相応しくない!』
『お待ち下さい殿下!わ、私はただっ!!』
『うるさい!お前との婚約破棄をここに宣言する!衛兵!この不埒者を今すぐに排除しろ!抵抗するならばこの場で斬れ!!』
『殿下!い、いや!やめて来ないで!嫌!!』
「嫌あああああああ!!!」
全身を汗だくにしながら、今日も悪夢から目を覚ました。褐色の長い髪が額に張り付いている。心臓が壊れるのではないかというほど早く震え、息切れが止まらない。…一体これで何度目だろう。
私は3年前、10歳の頃にレオナール・フォン・エル・マルティネス第一王子殿下と正式に婚約を結んだ。王家と公爵家の結びつきを強めるための政略結婚だ。
『リュシーと申します…!お会いできて光栄です!』
『……ああ。』
幼少の頃より父様からお話を伺っていた殿下は、ルビーに例えられる髪と瞳がよく似合う完成された美しさだった。その美しさは私の胸を打ちぬくのに十分だった。
だが13歳の誕生日から、私はずっとこの悪夢にうなされるようになった。
悪夢の内容は様々だが、共通している点はいくつかある。夢が学園開始から始まり、身の破滅で終わること。そして夢とは思えないほど途方も無い時間の流れを感じること。私は夢の中で何度も食事し、眠り、目覚め、卒業までの3年間きちんと学園に登園するのだ。
おそらく、夢の中の時間と夢を見た回数を全て掛け合わせれば、100年は超えるだろう。
だがその度にニナが殿下のお心を奪い去り、最終的に私は破滅していった。時には処刑されたり、国外追放されたり、直接殿下の手で殺害されることもあった。私が何もしなくても、他の誰かがやった行為を私のせいにされた。そして必ずニナは寵愛を受け続けていた。
所詮は夢のはずなのに、たかが夢と片付けるには長い時間見過ぎていた。何度も見た夢が何故かどれも鮮明に思い出されて思い返すだけで手が震える。
「お嬢様!?大丈夫ですか!?…もしかして、また悪夢を…?」
「…ええ、ええ、でも大丈夫よ。また夜中に起こしてごめんなさい、パメラ。冷たい水を用意してもらえないかしら」
努めて笑顔を向けたつもりだが、さぞ苦々しい色合いだっただろう。
声を聞いて駆けつけてくれた彼女…パメラは、私が幼少の頃よりずっと仕えてくれているメイドだ。至らない私をよく補佐してくれる唯一無二のメイドであり、私が悪夢を見ていることに最初に気付いたのも彼女だった。以降、彼女は私の部屋の隣にある客間で控え、悪夢で目覚めた私を支えてくれている。
パメラから貰った、氷の入った水を味わう。少しずつ、頭の中がクリアになっていった。同時に、今まで目を背けていた現実にも目を向けられるようになっていく。
(…私の心が…殿下から離れたいと思っているということかしら…?ニナの方が相応しいと認めていると…?)
そう考えるに当たって根拠や心当たりが無いわけでもない。いや、むしろそう考えるのが自然と言ってよかった。
『殿下ー!』
『ああ、ニナ嬢だね。今日も君は愛らしい。元気にしていたかな?』
『はいっ!殿下にお会いできてとても嬉しいです!』
殿下は2年前の初顔合わせの時から、私ではなくニナを気に入っていた。
お茶会を開いても私には仮面のような無表情しか向けないのに、ニナには破顔して晴れやかな笑顔を向ける。
『こ、これ、私が焼いたんです…!』
『ニナ!?失敗したものを殿下に食べさせるなんて――』
『やめろリュシー。…うん、美味しいよ。また焼いてくれるかな?』
私が殿下が好きだというお茶菓子を出しても無言で食べるだけだが、ニナが焦げたクッキーを出せば褒めていた。
『殿下、今日もお越し頂きありがとうございます。』
『…ああ…。やあ、ニナ。今日も君は愛らしいね。』
『はい!レオナール様!』
そして私がいっぱいの笑顔を向けても鋭い目で睨むのに、ニナには何をしてても満面の笑顔を向ける。そして、ニナにだけは名前で呼ぶことを許した。
呼んでもいないのに私と殿下とのお茶会に参加するニナと、私ではなくニナを歓待する殿下。最早どちらが婚約者なのか。おそらく事情を知らない人ならばニナと答えるだろう。
「……認めましょう。私の気持ちと、殿下の気持ちを」
「…お嬢様?」
「私は…殿下に疎まれているわ。夢はそれを自覚する私からのメッセージなんでしょう。そして私の心も…殿下から離れているんだわ」
口にすると心が軽くなった。認めたくないことを認めたことで、荷が下りたのだろうか。それとも大事な想いを喪った分だけ心の質量が減ったのだろうか。
あれほど、必ずやその心を手に入れたいと思い夢見ていた殿下に対して、今は怖いとすら感じていた。気に入らない相手とはいえ、婚約者との仲を蔑ろにして別の少女を露骨に愛でる精神がわからなくなっていた。
「……私では殿下にふさわしくないわ。でもニナなら相応しいはずよ。ならばやることは一つだわ」
2年すれば登園学園生活が始まる。
なら、物語が…夢が現実になる前に。
「…私が二人を結ぶ仲人になるしかないわね」
それが、一番の解決法としか思えなかった。
ニナを叱れば殿下に憎まれる。何もしなくても冤罪を被る。ならば自分から彼らを応援し、婚約を円満な形で白紙に戻す。それしかないと思った。
ニナに関わらなければいいかもしれないが、それは不可能だった。
何故ならば、ニナは私の双子の妹だからだ。
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「お父様。ご相談したいことがあります」
「リュシーか?珍しいな、お前が相談などと」
領地の治水についてまとめられていた資料を読んでいたお父様は、その資料をテーブルに置くと私を真っ直ぐに見てくれた。お父様はどんなに忙しくても、人と話すときは余所見をしない。
「レオナール第一王子殿下との婚約を白紙に戻せませんか?」
「……!?一体、どうしたというのだ、リュシー」
お父様をここまで動揺させたのはこれが初めてだろう。
「ご説明します。まず私と殿下が婚約を結んでから、どの程度お会い出来ているかはご存知ですか?」
「………大体月に一度か二度と聞いているな。お前の誕生日には必ず来ている」
「ええ、ですが私はこれまで一度も殿下から笑みを向けられたことはありません。殿下の誕生日にお呼ばれしたことも。そして私は殿下からプレゼントを頂いた事もありません。非常に乾いた関係が続いています」
「何…?」
その言葉はお父様をさらに困惑させたようだ。
だが事実は事実だ。まずは正しい認識を共有しなくてはならない。
「一度もか?それは、本当に?しかしニナは貰っていなかったか。後日間違いでしたでは済まないぞ」
「はい。私は一度もプレゼントを貰っていません。いつも貰っていたのはニナだけです。私は誕生日パーティーで殿下に来訪をお喜びする挨拶はしていますが、殿下から祝福のお言葉も貰ったことはありません。笑顔はいつもニナにだけ向けられています」
それを聞いたお父様は頭を抱えた。結婚に当たり、お互いに愛情が無くとも問題はない。愛などという不確かなものは後からでも育めるというのが貴族の考え方だ。
だが婚約者を蔑ろにしてその妹に心を傾けているならば、そちらと結ばれた方がお互いのためなのは明らかだ。相手が双子でかつ政略結婚というなら尚更だ。なら家の中で婚約者の交換をしても大した問題にはならない。
「お父様。私も殿下もまだ子供である今の内に変えてしまう方が、両家のためだとは思いませんか?そうですね…対外的には私の健康を理由とすれば良いでしょう。ニナはあの通り私よりも元気ですからね」
皮肉を込めて提案すると、流石にお父様も嫌そうな顔をした。まだ少女のくせに政治を語るのかとその目が語っている。
しかし、しかしお父様。私はすでに学園という小さな政治社会で一生分過ごしているのですよ。それこそ、お父様よりも永い時間を、あの地獄の中で。
「……お前たちは…恐れ多くもレオナール殿下も含め、まだ子供だ。ならばいくらでもやり直しは利く」
お父様のお考えは正しい。だが、もう私は十分にやり直してきている。
「お父様、大人になってからではなかなかやり直しは利かないのですよ。この歪んだ関係が学園でも続けば、必ずや周囲からは奇異の目で見られます。公爵家と王家の間に僅かでも亀裂が生まれていると思われてはいけません」
深呼吸をし、頭と心を一致させてから言葉に乗せた。
「レオナール殿下とニナ、二人を再婚約させることを提案します」
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婚約の白紙化については一旦保留となった。婚約者の切り替えについて陛下とご相談する必要があったし、王妃教育の引継ぎをする必要もあったからだ。ニナにその意志があるかを確認しなくてはならない。
もっとも、陛下はその辺りかなりドライだ。あの人は国益と私情を分けた上でバランスの取れた判断ができるから、まず了承するだろう。そこは伊達に国王ではない。殿下の相手に私を選ぶそのセンスはともかくとして。
「リュシーお嬢様、今日は殿下がいらっしゃる日です」
「あらそう。じゃあ私は体調が優れないから横になるわ。ニナに相手をさせてあげて頂戴」
ひらひらと手を振って自室へと戻る。どうせ会ったところでまたあの冷たい目を浴びるだけだ。
遠くでニナの喜ぶ声が聞こえた。まあ、後は若いお二人で仲良くお過ごしください。私は本でも読んで過ごすから。
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「何?リュシーが体調不良?」
俺は月に一度のお茶会のため、側近のカインと共に公爵家まで足を運んでいた。俺は俺なりに忙しい中時間を作っているというのに、体調の管理もまともにできないのかと苛立ちを隠せない。
「では、今日のところは引き揚げたほうが良いかな?」
「殿下、よろしければニナ様とお会いしていきますか?リュシーお嬢様もそれを希望されているようです」
ニナか。リュシーとは双子の妹らしいが、こちらの方が表情がコロコロ変わるので、一緒にいて楽しい存在だ。彼女が婚約者であれば良かったものを…どうして姉の方と婚約させたのだ?父上にはよく人柄を見てから婚約者を決めてほしいものだ。
そもそも何故、彼女の誕生日に婚約させたのだ。まるで俺がリュシーの誕生日プレゼントのようではないか。
暗い気持ちが胸を渦巻いたが、ニナに会えるならそれでいいかと気持ちを切り替える。
「わかった。ではテラスへ向かえばいいかな?」
俺は意気揚々とテラスへと向かった。帝王学を学ぶ毎日の中で、ニナと会う事が一番の癒やしだ。その癒やしを邪険にするリュシーを愛することなど不可能だ。
なぜ父上がリュシーを俺の婚約者に据えたのか理解に苦しむ。
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一月後、また殿下とお茶会をする日がやってきた。
流石に同じ理由で連続で欠席するわけにもいかないので、気は乗らなかったが殿下とお会いすることにした。
テラスにて出された紅茶を静かに囲う。
「リュシー。体調は?」
「はい。お陰様ですっかり良くなりました。近頃何故か体調を崩すことが多く、伏せることが増えまして。ご迷惑をおかけいたします」
端的な質問にただ答える。後半は明らかに余計な言葉だが、敢えて言う。そのほうが今後も休みやすかろう。
「今後は気をつけるのだな。ところでニナはどうした?」
「もうすぐ来ると思いますので、その後はお二人でお過ごしください。私は失礼させていただきます」
突き放すように言うと、何故か殿下は少し困惑したようだ。愛しい我が妹と二人で過ごさせてやろうというのだ。もっと喜べばいいのに。
「…せっかく会えたのだ。俺たちは婚約者同士じゃないか。もう少し――」
「レオナール様ー!お待ちしてました!お会いできて嬉しく思います!」
ニナが息切れしながら駆けてきた。準備で待たせたのは自分の方なのに、まるで歓待しているかのような態度だ。
「ニナ、くれぐれも殿下と仲良くね?今日も殿下のお心を癒やして差し上げて。それと、お待たせしたのはあなただわ。次はもっと早く駆けつけなさい」
「はい!お姉さま!」
ニナは双子だというのに…私と同じ顔だというのに、ひどく幼く感じられる。私も純粋に伸び伸びと、心健やかに育つことが出来ていれば、ニナのようになれたのだろうか。
それとも、3年前は私ももう少しあどけなかったのだろうか。たった3年前のことなのに、何年も夢の中で生きてきたせいで、情景がセピア色に感じられた。
「それでは殿下。失礼させていただきます」
「あ…ああ…」
何かに戸惑う殿下は、今まで私には見せたことがない困惑の表情を見せた。無表情の次に初めて向けるのがそれですかと内心で嗤う。不思議と苛立ちは覚えなかった。むしろ、昏い喜びがあった。何もかも壊れてしまえばいいとすら感じている。
どうせ今後どういう態度を取ろうとも、私が破滅する結果は変わらないのだ。殿下はニナを選び、私を破滅させる。
ならば今の内にニナと愛を育み、大手を振って結婚するべきでしょう?
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「………」
「いかがなさいましたか、殿下?」
王城の私室で俺は今日のリュシーのことを思い出していた。紅茶を淹れてくれた側近であり、親友でもあるカインに礼を言うのも忘れて呟く。
「……あんな女だったか?」
「はい?」
「リュシーはあんな女だったかと、そう考えていた。俺が知っているリュシーと、今のリュシーが違うものに見える」
だが俺の呟きに返ってきたのは呆れの声だった。
「失礼な申し上げようとなりますが、殿下はリュシー様に対して"作り込んだ表情を浮かべる冷たい女"、"ニナとの癒やしを邪魔してくる女"、"つまらない女"と常々零されていました。そしてお茶会では常に冷たい態度を取られています。リュシー様の心が離れるのも仕方ないのでは?」
カインには私室では率直に言えと言い含めてあったが、この指摘には驚いた。カインがこれほどまでに棘のある言い方をしたのは初めてだ。もしや、以前から感じるものがあったのだろうか。
「…そんなに冷たく見えるか、俺は」
「まさか無自覚にやられているとおっしゃるのですか?」
そこに軽蔑の色が含まれた。
そのあまりの鋭さに居心地が悪くなる。
「いずれにせよ、殿下がご自分で決められたことです。ご婚約について私から意見を言うことは不敬に当たりますゆえ口に出来ませんが…お戯れも程々にした方がよろしいかと存じます」
今日のリュシーの顔をもう一度思い出そうとした。
だが…表情が思い出せない。果たして今日は笑顔だっただろうか…?
それすらも曖昧であることに、ほんの少しだけ痛みが走った。
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『消えろ!黒い魔女騎士よ!勇者の力が込められたこの聖剣の力で消滅するがいい!!』
『きゃああああーーーーー!!』
「………いや、どんな夢よ」
私は聖剣で貫かれたはずの腹部を撫でながら起きた。汗だくなのは変わらないが、どちらかと言えば呆れのほうが強い。私はこんな未来を想定しているというのか?
最近、悪夢を毎晩は見ずに済むようになった。そして悪夢の形もやや荒唐無稽な物になってきている。
今回は卒業パーティーの席で私が隣国に追放されただけでは終わらず、隣国に伝わる大魔女に倣って闇の呪術を習得、黒い騎士の鎧を纏ってニナに復讐を図った。もちろん殿下によって殺された。修行期間のせいでいつもよりやたら長い夢だった。
だが、今回はまずい。恐らくだが、今なら闇の呪術を使えてしまう気がする。魔法とは魔力適性と知識、経験で得るものだ。もし夢の出来事が実際に則しているなら、私はそれらを満たしてしまっている。
結末の悲惨さより、その過程をしっかり物にしているような実感の方が危うい気がした。うっかり発動させるならまだしも、半端に発動したら大事故だ。夢の経験で新たな力を得るなどと言うことがありえるのだろうか?……試す気も起きないが。
まあしかし、夢の中とはいえ普段できない大暴れを楽しめたので、悪夢とは言い切れないかもしれない。そんなことを考えている時点で私もストレスでいよいよおかしくなってきたかと内心で苦笑する。
だが、現実は現実で奇妙なことが起こり始めていた。
「…殿下がいらっしゃる?先週来たばかりでしょうに」
「はい、そのようです」
予想外すぎる話に思わず鼻白んだ。パメラも珍しく嫌そうな顔で伝えてきている。パメラからすれば仕えている私を蔑ろにする男相手にお茶を出さねばならないのだから無理もない。だがそれ以上に困惑も色濃く表れていた。
「お引取り頂きますか?」
「…いえ、会ってみましょう。一体何のつもりか、ちょっと興味があるわ。冒頭だけ聞いて、後はニナに任せましょう」
どうせろくなことではないでしょうけどと嗤うと、彼女も釣られて苦笑を浮かべた。
翌日、殿下は付き人とともにお茶会へとやってきた。挨拶もそこそこにテラスへと案内する。
相変わらず冷たい目…かと思えば、なんだかいつもよりも表情が柔らかい気がする。いや、よく見るとやや引き攣っている。どうも努めて柔らかい表情を作ろうとしているようだ。
「リュシー。あれから体調の方はどうだ…大事無いだろうか?」
………なんだ?私を心配しているのか?
あまりにあり得ない台詞で咄嗟には返事が出なかった。
むしろ殿下の方こそ悪いものでも食べたのではないか?
いや、ただの勘違いだろう。今まで叱責を受けたことはあっても、心配されたことは一度も無い。これも叱責に違いない。
「…私などのためにお心を砕かせてしまい、大変申し訳ありません。先日の体調不良でご心配とご迷惑をおかけしたこと、深く反省しております」
「えっ…!?い、いや、そういう意味じゃなくてだな…」
ではどういう意味だと言うのだ。まさか今更になって本当に心配しているとでも言うのか。
「…殿下が私の事をそこまで考えてくださっているとは思ってもみませんでした。お気遣いに心より感謝いたします」
不敬を承知でそう率直に言ってみたものの、今度は痛いところでも突かれたような表情をされてしまった。あなたにその表情をする資格があるとお思いですか?
体調の心配をされる程度のことが、"そこまで考えてくれている"話なのだ。あなたと私の乾いた関係においては。
「あ!レオナール様ー!お待たせしましたー!」
どうやら殿下の愛しいニナがやってきたようだ。あの調子ではまた転ぶかな。だが待たせているという自覚が生まれた点は喜んでいいだろう。
「では、ニナのことをよろしくお願い致します。あの子は殿下のことを心からお慕いしています。きっと良きパートナーとなれることでしょう」
「ま、待て。パートナーとはどういう――」
「無論、お茶会のですわ。では、失礼いたします」
これ以上話すことはないはずだった。
案の定、ニナは私を通り過ぎた当たりで「ふみゅっ!?」という声をあげて転んでいた。仕方ないので助け起こしてやると、素直に礼を言われてしまった。そそっかしくてイライラするのに、こういう所は憎めない。…憎みきれない。
殿下の心を否応なく奪う憎い相手なのに、どうしようもなく純粋で、必死で、とてもかわいい、愛する妹。
どうして…どうしてお前が恋敵なのだ。恋敵がニナじゃなければ、どこの馬の骨とも知れない女であれば、私はもっと早く恋を諦められたのだ。私と同じ顔、私と同じ声でなければ。
もっと、早くに。
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最近のリュシーの変化がどうにも気になって、俺は少し無理をしてお茶会の時間を捻出した。お茶会をした次の週にまたこちらから願い出るのは初めてだった。
だが…話したくて会ったはずなのに、話すことが浮かばなかった。目の前にいる少女に何を話すべきか、考えても何も浮かんでこない。
思えば俺はリュシーの誕生日に婚約してから今日まで、リュシーを真正面から見たことが無かった気がする。だから分からなかったのだ。リュシーが好きな物も、嫌いな物も。こうして話すのが好きなのかどうかさえ。
俺はリュシーと婚約して3年も経つのに、俺自身が彼女のことを何も知らなかったことに愕然とした。そしてリュシーの顔をまともに見てさらに呆然とさせられた。そこには……何も無かった。
あの日、俺はリュシーの表情を思い出せないのではなかったのだ。元々何も無かったのだ。俺にはもう何も向けられてないから、思い出しようがなかっただけだったんだ。
俺がようやっと口に出来たのは、先週の体調についてだった。頭で考えず、初めて心からの言葉を口にしたつもりだった。それなのに。
『…殿下が私の事をそこまで考えてくださっているとは思ってもみませんでした――』
「そこまで考えて…か…。たかが体調を気に掛けることがリュシーにとってはそんなに意外に感じられるほど、俺は冷たく当たっていたということか」
自業自得。当然の態度。だがそれを抜き身のまま胸に刺しこまれたことで、これまでにはなかった後悔の念が生まれつつあった。
冷たい女だと思っていた。だが転んだニナに最初に手を差し伸べたのは他ならぬリュシーだった。呆れながらも温かな、愛する者を見る目だった。俺には向けられたことのない…いや、3年前ならあったはずの、親愛の情があった。愛らしい中に年不相応な慈しみがあった。
「リュシーの心は、もう俺には向けられていないというのか…?」
カインは何も言わない。言う必要も無いと感じているのだろう。その沈黙が何よりも辛かった。
無理に日程を組んだせいで、しばらくお茶会へは行けそうにない。次に行けるとすれば来月になる。
これほど1か月を長く感じられたことはなかった。
ニナの癒やしよりも、リュシーの冷たい心と向き合うことを望むようになっていた。
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お父様の私室へ呼び出された私は、一通の見慣れない封筒を手渡された。王家のものであることを示す、青い封蝋がされている。その中身は、なんと殿下の14歳になる誕生日パーティーへの招待状だった。私とニナの分が入っている。意外を通り越してむしろ不審だ。何を企んでいるのだろう。
「何か政治的な思惑があるとしか思えませんが、その意図が読めませんね。これまで一度も誘わなかった相手を、出会って4年になろうかという今になって誘うとは。狙いがあるにしてもタイミングが半端過ぎます。私が殿下なら婚約した年から二人共呼ぶか、逆に登園まで呼ばずにおくか、あえて呼ぶとしても来年つまり登園を控えた年に正式な婚約者としてニナだけを立てますわ。今更婚約者と双子の妹を並べて見せるより、その方が婚約の宣伝としては効果がありますから」
私なりに分析してみせたのだが、お父様は心底嫌そうな顔をしてみせた。
「お前がそこまで政治的に思考を偏らせ始めたのは一体いつからだ?素直に喜べば良いではないか。婚約者がようやくお前に心を割き始めたのだぞ」
「お父様。婚約の白紙化についてはちゃんとお話は進んでいますか?」
お父様の質問をすべて無視して、進捗を確認する。それが答えでもあった。
これ以上私に殿下へ割く心なんて残っていませんわ、お父様。
「…一応、陛下は了承してくれた。だが考え直してくれないかとは常々言われている。私も同感なのだが、ニナと殿下が仲睦まじいのは一部では知られているから、このままでは本当に交代することになるかもしれない…」
「ならば交代すれば良いではありませんか。殿下の心はニナに向いていて、婚約者たる私が交代を希望していて、陛下も了承しているのに、何故話が進まないのですか?さっさと交代させないと、間もなく学園が始まってしまいます。王妃教育もありますし、それでは遅いですよ」
苛立ちと興奮で言葉が荒くなるのを止められない。私が本気でそれを望んでいることをとうに理解できているお父様は、すごく言いにくそうにしながらもその理由を話してくれた。
「……殿下だ」
「はい?」
「殿下が望まれていないのだ。お前との婚約を、もう少し継続したいと希望されている」
殿下が?私と婚約を続けたい?
婚約したあの日からあれだけ冷たく当たり、ニナに対して寵愛の限りを尽くしながら、ちょっと私から距離を置かれたくらいで私のことが惜しくなったというの?
しかも…もう少しとはどういう意味だ?時が来たら破棄すると、そう言ったのも同じではないか。
馬鹿にするにも程がある。
悪夢の中の殿下と今の殿下が、重なり始めているように見えた。
「では、誕生日パーティーの席で背中を押して差し上げますわ」
「リュシー!?早まったマネはするな!」
「婚約を決めた大人達が遅々として話を進めてくれないから、当事者たる私が話を進めやすくして差し上げようしているだけです。殿下のそれは、ただの未練です。玩具を捨てられない子供と変わりません。それに――」
心にもないことを心を込めて言うのは疲れるものだと嘆息しながら言い切ってみせる。
「ニナには幸せになってほしいもの。相思相愛の相手と結婚するのが最善ですわ」
本当にそうかという、確かな疑問を押し退けて。
果たして今の私はどんな笑顔を見せているのだろう。
青褪めているお父様の瞳から確認してみようとしたが、顔を背けられたのでよく見えなかった。残念だわ。
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「わああ!おっきい!それにキラキラしてますね!」
「ニナ、もう少し声を低くなさい。…そう、それくらいならいいわ。今日は無礼講だそうだから、後は節度をもって自由に過ごしなさい。殿下ならあの辺りにいると思うわよ」
「はいっ!ありがとうございます、お姉様!」
殿下の誕生日当日。まだ参加者の多くが未成年なので、今年までは夜会ではなく昼間のパーティーとなる。この会場はいつもならダンスパーティーにも使われる大広間なので、相当な広さだ。ちなみにこの大広間を抜けて、長い廊下を歩いていくと謁見の間に繫がっている。殿下は謁見の間に通じる扉の辺りで囲まれて動けなくなっていた。
夢の中でも一度も招待されたことのないパーティーだが、会場には何度か来たことがある。卒業パーティーもここでやるからだ。
確か、あのケーキが置いてある辺りで殿下に刺されたと思う。
あのシャンパングラスが置いてある辺りまで首が飛んだこともあった。
あのシャンデリアが落ちてきて潰されたこともあったな。あれは痛くて苦しかった。
謁見の間へと連行され、罪状を読まれた後で処刑されたこともあった。確かその時は毒入りのワインを飲まされたんだったか。処刑用なのに妙に良いワインを使ってるなと感心したものだ。
そんなことを思い出しながら、知り合いへの挨拶を終えてシャンパンを楽しんでいると、壁の花に惹かれたのか一人の青年が近付いてきた。兄とは違い、母親譲りのエメラルド色の髪と瞳を備えている。
おや?確か学園で知り合うはずだったが…?
「はじめまして。失礼ですが、リュシー・フォン・ルグラン公爵令嬢ですか?私はマクシム・フォン・エル・マルティネスと申します」
「はじめまして。リュシーと申します、マルティネス第二王子殿下」
やはり第二王子だ。そして気さくな彼が次に言うセリフといえば。
「マクシムでいいよ。僕の方が一個年下だしね」
良かった。どうやら私の知っているマクシム殿下のようだ。
兄の方の様子がおかしいのでこちらにも悪影響を与えていないか心配だった。
「少し、僕と話をさせてくれないかな?」
そう言うと、彼は私を王城のテラスへと導いた。
喧騒がやや遠くなる。思わずほっと溜息が出た。子供が多いと喧騒の声も高く、長くいるのは疲れるのだ。悪夢を見るようになる前は気にならなかったのに、今は子供の声が刺激に思えてならない。心が老いたのだろうかと、少しだけ焦りを覚えた。
「それでお話とは…?」
「リュシー、兄上は君と何かあったのかい?折角の誕生日パーティーなのに君は兄上に近付こうともしないじゃないか」
思わず心臓が跳ねた。確かに以前の私なら、目を向けて頂こうと必死になっていたはずではあるが…初めて会うはずなのに、何故そんなことがわかるのだろう。
そんなことが顔に書いてあったのか、笑いながらマクシム様が話を続けた。
「いや、実は兄上が最近君のことでお悩みでね。何を話せば良いかわからないとか、どうしたら笑顔を向けてもらえるかとか、そんなことを側近や僕に相談していてね」
「……第一王子殿下は、婚約者との話を周りの誰かと共有されているのですか」
「そう言ってあげないでくれ。誰だって恋には悩むものさ。それで、どうなんだい?」
恋と言われて何故か無性に怒りが湧いたが、それよりも目の前のマクシム様のことがわからなくなった。夢の中のマクシム様とかなり乖離があるように思える。
彼は学園で飛び級をするほどの秀才ではあったが、それを鼻に掛けることなく、謙虚な性格をしていた。少なくともセンシティブな話に踏み込む真似はしなかった筈だ。
それともやはり所詮夢は夢という訳か。とにかく今はマクシム様への不敬に当たらない範囲でお答えするしかない。
「少なくとも第一王子殿下の御心に沿わないような真似はしていないと自負しております」
「ふーん…なるほどね?」
ニヤつくマクシム様に対し、不信感が大きくなる。なんだ…何が言いたいのだ?
「ねえ、もし兄上との婚約破棄…ないし婚約の白紙化を僕が手伝うと言ったら、どうする?」
「っ!?」
予想外の発言が続きすぎて、思考が追いつかない。
「多分だけど、君は今まで兄上に振り向いてもらおうとそれなりに努力してたんじゃない?兄上が君の笑顔を当然のように受け取ってきたところからもそれは窺える。でも君は突然笑顔を止めた。つまり、兄上への"配慮"を止めたんでしょ。そして兄上は今更になってそれに気付いて焦っているけど…君の本意は正直そこにある。嫌いになったんでしょ、兄上のことが」
「…おっしゃってる事がよくわかりません」
とぼけてはみたものの、概ねその通りだ。何故そこまでわかるんだ?警戒する気持ちがやや強まる。
「つまり君は、兄上と歩む未来を想像できなくなっている。そうだろう?僕は兄上のことが"大好き"だから、反射で覗くように君のこともよく分かるのさ。ある意味、兄上以上にね」
何もかも知っているようなマクシム様に若干の恐怖心を抱く。夢の学園でのマクシム様が印象的すぎて、現実の彼とのギャップにめまいを起こしているのかもしれない。
だから、私は一瞬心のガードを固めることを忘れてしまった。
「…具体的には何をしてくださるのですか?」
「認めたか。まあ分かってたことだけどね。僕は兄上に対して君の妹、ニナを新たな婚約者に推薦するよ。そして君が如何に兄上に相応しくないかを力説しよう。日常的にだ。そして学園生活が始まる年には、兄上とニナが結婚する旨を発表させる」
悪くない提案に聞こえた。確かに今のままではぐだぐだと婚約したまま学園生活が始まってしまいそうだった。しかし気になる。
「見返りはなんですか?」
貴族社会において無償の善意など存在しない。承認する前に対価は確認する必要があった。夢の中とはいえ長年染み付いたこの確認癖は、マクシム様を驚かせてしまった。
「…君、本当にまだ13歳?いや、でももうすぐ14か。年下の僕が言っても説得力無いかもしれないけど、ひどく大人びているね。………対価は、そうだな。婚約の白紙化に成功したら、僕と婚約しておくれよ」
今度は私が驚く番だった。
「…それは思いつきですか?話しかけられた時にそこまでの好意は感じられませんでした」
「本当に怖いくらい人を観察しているね。だからこそ君に興味を持ったんだ。君は最悪の中で最善を選び取ろうと足掻ける人だ。例えば、自らの破滅から逃れるために」
「………なんと言いましたか?」
「君が破滅から逃れようとする姿が美しいと言っているんだよ、リュシー・フォン・ルグラン公爵令嬢」
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心臓が壊れるんじゃないかってくらい速く、そして強く揺れた。
「一体…どうして破滅などと…」
「夢で見た…と言えば、伝わるかな?」
マクシム様は戯けたように言いつつ、目は真剣そのものだ。
「実に荒唐無稽な話かもしれないが、僕は一度、生々しい夢の中で3年間君と学園生活を送り、共に学力を競う友となり…君が破滅するのを見た。ちょうど僕が夢を見たのと同じ時期に、君に変化が起こったように思えたからさ。多分、君も自身の破滅を見たからこそ、それから逃れようとしているんじゃないかなと思ってね。もちろん根拠はないよ?馬鹿な話だと思えたら笑ってもらって構わないよ」
すごい…なんという人だろう。彼はたった一度だけあの悪夢を見て、私の変化を又聞きしただけでそこまで推察したというのか。それとも人は、一度見聞きしただけで次へと活かせるほどの知恵があって当然なのか。
「ふふふふ……あっははははは!!」
自分の愚かさが笑えて仕方がなかった。恐らく、相当乾いた笑いだろう。声を上げて笑うなど淑女失格な上、大変不敬だが、止まらなかった。おかしくておかしくて、止めようにも次々と発作的に笑いが溢れ出た。
「すみませんっ、つい…ふふっ!確かに面白いですわ!でもこれは、マクシム様の話が冗談に聞こえたからではありませんの。きっと、マクシム様なら次の悪夢でも軽やかに破滅を回避できただろうなと思ったら、自分の無能さが笑えてしまいましたの」
「次だって…?待て、君はこれまで何度かあの夢を見たのか?」
そうか、そういえば人に言うのは初めてだな。数えておいてよかった。
「49回ですわ」
マクシム様が息を呑んだ。戦慄が伝わってくる。
「学園開始から破滅まで49回繰り返しているのです。卒業後も夢が続くこともありましたから…一体何年分の夢を見てきたんでしょうね?」
たった1回ですべてを察した殿下と比べ、49回も失敗を続けている自分は一体どこまで愚かなのだろう。たかだか夢如きにここまで心削れているその弱さにも嗤えた。
まさに喜劇だ。しかも今だって50回目の失敗をしている最中かもしれないのだ。客がいたなら飽きて帰ることだろう。
だが、マクシム様は愚かな私を笑うどころか、むしろ思い詰めたような顔をしていた。
「すまない…僕は、君のことを分かったつもりでいた。君の苦しみを少しでも共有できてると思っていた…だが甘かった…!」
「マクシム様のせいではありません。うまく立ち回れない私が愚かなだけですわ。それに、夢仲間とでも言うのかしら?同じ夢を見る仲間がいるのは嬉しいものですわ」
ああ、面白い。笑いが止まらない。もし今も夢見ているというのなら、今まで見た夢の中でも一番面白いではないか?実に傑作だ。
「何故そんな風に笑えるんだ!?」
笑みを隠そうと試みて口元へ置いていた右手が、手首から強く掴まれた。興奮しているのか、相当力が強く痛みを覚える。
「僕は、あの悪夢を一度見ただけでも発狂するかと思ったんだぞ!?卒業パーティーの席で、冤罪で君の首が飛ぶ瞬間を見て、僕は恐怖と失望と絶望で喉が裂けるほど絶叫したんだ!夢だと思って心から安堵した…!二度とあんな夢を見たくはないと心から願った…!あれを…49回だって…!?」
ああ、飛んでいった私の首がシャンパングラスに当たった夢か。確かにマクシム様の悲鳴が聞こえてた気がする。あれは口腔内に落ちてきたシャンパンと割れたグラスの欠片が入ってきて酷く不快だったからよく覚えている。
「…ごめん、リュシー。僕は嘘をついていた」
「嘘…?」
「君をさっき見つけた時、溢れる好意を隠すのに必死だった。あの夢で君を見たときから、僕は君に夢中だったんだ。聡明で、美しく、一途に兄上を愛する君のひたむきさに惚れていた。君に告げたらもう止められないと思った…まだ兄上の婚約者である君への思いを。だが、もう迷わない」
マクシム様の頬が赤く染まり、エメラルドの瞳に力が灯った。何故かその瞳から目を逸らすことが出来ず、直視するしかなかった。
「決めたぞリュシー。これを50回目の悪夢にはさせない。必ずや破滅を回避し、君を娶ってみせる。兄上などに君を渡さない」
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ようやく俺は群がる人々に挨拶を済ませ、まだ見ぬリュシーを探しだした。もう会場には来ているはずなのに今日はまだ一度も見かけていない。
「あ!レオナール様!お疲れさまです!」
リュシーの声、リュシーの顔だ。しかし横から話しかけてきたのはニナだった。俺は誰よりもこの双子を見てきたので、比較せずとも姉妹の違いがわかる。何よりも、ニナは姉とは比べ物にならないほどの感情と純粋さが大きな瞳に込められている。そこに好意を抱く俺が間違えるはずがなかった。
「どうぞ、シャンパンをお持ちしました!全然食べてないと思って軽食も少しご用意しましたよ!良かったらテラスで食べませんか?」
魅力的な提案だった。そして同時に良い意味で今までのニナらしくない嬉しい気配りだった。姉が横にいないことで自立心が生まれたのだろうか。そこも好ましくはあったが…まずはリュシーに会いたかった。
「…お姉様が気になりますか?」
図星を突かれたことよりも、ニナがそこに気付いたことに驚いた。それが顔に出ていたのだろう。
「やだなあ…私はお姉様と双子なんですよ?妹だからって歳が離れているわけじゃないし、レオナール様とも歳は近いんですよ?それくらいはわかりますし、あまり幼児扱いされても困ります」
「あ、いや…すまない。ニナと食べたいのは山々なんだが…」
困ったような顔をするニナに、リュシーが重なって見えた。
「お姉様はテラスです。お話ししたら、一緒に食べましょうね?」
そう言って壁の花となるニナは、リュシーにも負けないほど美しかった。俺はもしかしたら、この可憐で美しい姉妹を不幸にしている、世界で最も罪深い男なのかもしれない。
ニナの言うとおり、リュシーはテラスにいた。頬を少し紅潮させながら、考え事をしているらしい。ニナと同じ顔なのに、何故かニナよりも話しかけるのに勇気が必要だった。
「ここにいたのか、リュシー」
「………殿下?」
「心配した。もう帰ってしまったのかと」
リュシーと話したかった。いつも公爵邸で行うお茶会とは違い、王城なら自分の家みたいなものなので、もっと言葉を選べると思った。だがいざ話しかけてみると、何も言葉が出てこない。リュシーに見惚れていたというのも、あるのだろうけども。
「申し訳ありません、ご挨拶が遅れました。お誕生日おめでとうございます、殿下」
「ああ、ありがとう」
リュシーから形だけでも祝福されたのが嬉しくて、どうして今まで一度も招待しなかったのか自分でもわからなくなった。興奮で臓腑が熱くなっているのがわかる。
「これを。私からのささやかなプレゼントです。中身は、万年筆でございます」
恐らく俺が公務でよくペンを使っているのを知って、用意してくれたのだろう。なんということだ。万年筆など幾らでも貰ってきたというのに、リュシーから貰うだけでこんなにも嬉しいとは。
「ありがとう。大事にする」
だが、夢はここまでだった。
「殿下」
小さなプレゼント箱からリュシーに目を戻すと、そこにいたのはただ少女だった。3年前の彼女を思わせる、可憐で、子供らしさを多分に残す、抱きしめれば折れそうなもうすぐ14歳になる少女。
これまでのイメージとのギャップで思考が止まった。だから、そこに差し込まれた言葉にすぐに返答できなかった。
「ニナに恋をしていますのね?」
息が詰まった。否定したいのに肺が仕事をしてくれない。プレゼントを持つ手に思わず力が入る。
何故、違うと即答できなかったのだ。
リュシーは返答を待たなかった。
乾ききった笑みを浮かべて静かに言葉を紡ぐ。
「…さあ、ニナが待っていると思いますよ。私は体調が優れませんので、今日は失礼させて頂きます」
その言葉にひどい喪失感を覚えた。行かせたら駄目だと本能的な部分が叫ぶ。だが顔を紅潮させていたのは、もしかしたら風邪を引いていたからかもしれない。無理はさせられなかった。
「そ…そうか。残念だ。早く回復することを願っている。次のお茶会でまた会おう」
何故、何故もっと気の利いたことを言えないのだ!?
リュシーの声をもっと聞きたい、君のことをもっと知りたいと、何故俺は言えないのだ!?
だがその答えは、とっくに出ている。3年間ずっと知ろうとしなかったからだ。婚約してからずっと、必死に仲良くなろうとしていたリュシーを蔑ろにし続けたから、今のリュシーとの話し方がわからないんだ。
婚約者という本来一番近い距離にいながら、その距離は赤の他人よりも遠く、深い溝があるように見えた。
「…そうでした殿下。ひとつ、お願いがあります」
「な、なんだ?馬車の手配ならすぐにする。欲しいものがあるのか?」
あるならなんでも用意すると、言おうとしたのだが。
「妹を…ニナをよろしくお願い致します。あの子は優しく、そして純粋に殿下のことを慕っております。今日、私はニナに声を低くする以外に何も教えていません。でも、きっと殿下のために自分ができる精一杯のおもてなしをしようとするはずです。失礼があるかもしれませんが、彼女なりの思いなのです。よろしくお付き合いください」
リュシーは最後まで、ニナのことだけを考えていた。
俺の事など少しも考えていないようだった。
────────
パーティーが終わり、俺は側近のカインと共に私室で茫然と過ごしていた。疲れもある。だがそれ以上に、喪失感が大きかった。
初めて招待した誕生会で、リュシーは俺との時間を作るどころか、それらをすべてニナに譲って自分は帰ってしまった。
今までの俺なら邪魔なリュシーが帰ってくれたことを喜んでいたはずだ。何故、こんなにも取り返しのつかないことをしたような失意を味わっているのだ。
俺はどうしたらいいのだろう。俺は一体、どうしたいんだろう。
そんなの決まっている。
「…リュシーと結婚したい」
だが自信が持てない。何に対してかはわからない。
愛などなくても結婚はできる。やろうと思えば王家から一方的に命令すれば今すぐにでも結婚できる。それなのに何故かひどく躊躇われた。
ニナとリュシーの顔が重なって俺に微笑む。だがどちらが微笑んでいるのだ。
何故、どちらが微笑んでいるのかが気になるのだ。
「カインはどう思う?」
「それには側近としてお答えいたしますか?」
それならば"はい"としか答えられない。
「親友として聞きたい」
「ならば死ぬまで殴るほかありませんね」
殺気に近い威圧感を至近距離から浴びて、俺は体を仰け反らせて椅子から落ちてしまった。部屋の外にいた護衛兵が安否を確認してきたほどの強い威圧感だった。
なんとか護衛を外に追い出すと、カインは苦笑を浮かべて肩をすくめた。だが怒りの感情は抑えられていない。
「殴りませんよ。流石に」
「い、一体…。どうしてだ?俺は…」
「不誠実だからです。特に、ニナ様に」
婚約者であるリュシーではなくニナであることでますます混乱する。
「ニナに不誠実…?」
「勘違いしないでください。婚約者としてももちろん失格ですよ」
俺の様子を見たカインが、いよいよ不快げに眉間にシワを寄せた。
「そもそもどうしてあの誕生日パーティーに二人をお呼びしたんですか?双子であるお二人は、常に比較の対象になります。ニナ様はあの場で、既に王妃教育を進めているリュシー様と比べられたのですよ。しかも新規参加があるのならまずご紹介する所ですのにそれもなさらず、どちらが婚約者なのか不明瞭なまま可憐なお二人を壁の花にして。しかも体調不良で帰られた本来の婚約者を見送ると、その妹とテラスで食事を楽しむとは。周りからどう見えたと思ってるんですか?」
一つ一つ丁寧に失点を挙げられて、足が震えた。どう考えてもそれは妹の方が婚約者に見えるだろう。そしてニナに不誠実と言った理由もわかった。ニナに婚約者疑惑が向けられただけでなく、俺も好意を寄せたことでニナに無駄な期待をさせてしまったに違いないからだ。
リュシーはニナに最低限のマナーだけを教えただけと言っていた。つまり軽食を持ってきてくれたニナは、純粋に善意からだった。そしてあれだけ公爵邸では無邪気だったのに、王城では精一杯淑女たらんとしていた。俺に恥をかかせないためだ。
…ニナは何も悪くない。悪いのは全部俺だ。
「だから呼ぶならリュシー様だけをお誘いした方が良いと言いましたのに…しかし後の祭りと言うものです。後は今後のお茶会で少しずつ誤解を解くなり、ニナ様とちゃんと向き合うなりしてください」
「ちゃんと…向き合う…か」
だが、オレの心にはリュシーが焼き付いている。
少なくともこの気持ちに決着を付けないことには、それも出来そうになかった。
────────
殿下の誕生日パーティーが終わってから、周囲では大きな変化があった。
「やあ!リュシー、遊びに来たよ!」
マクシム様がこの公爵邸に通うようになったのだ。
ほぼ毎日のように公爵邸に来ては、お土産やプレゼントを持ってくる。ニナはマクシム様にはそれほど興味がないのか、会えば挨拶する程度の関係だった。
特に大事な話をするわけでもなく、お互いにただ雑談をしながらお茶を飲むだけの時間だった。ただ、お互いに未来の学園生活についての話題は避けた。破滅の悪夢はあれからとんと見なくなったが、それでも何がきっかけでまた見るようになるかわからない。アンコールやおかわりをする程美味な話題でもないし、それで良かった。
「今、城ではニナ嬢が噂になっているよ。蛹が蝶になったように、妹君も淑女らしい美しさが備わってきたってね。あとちょっと言いにくいけど、君と殿下が不仲ではないかという噂も流れ始めた。妹君と婚約すべきだったと皆勝手に呟いている。まあ、半分は僕が事実を抜き取ってメイドとかに話してるからだけどね」
それは何よりだ。伏線は多いほど後の展開が楽になる。
だが思いも寄らない変化もあった。
あのニナが王妃教育を受けたいと言う爆弾発言を投下したのだ。
ニナが王妃教育を受けたいと言い出したとき、公爵邸内は騒然となった。確かに元々真面目な子で、恋敵でありながら私をも魅了する素晴らしい少女だが、王妃というイメージからは程遠い。姫というにもじゃじゃ馬が過ぎる。誰もが無理だと止めた。
だが私はむしろ応援した。殿下と結ばれるためには必要不可欠だったからというのもあるが、それだけではない。
夢の中ではニナに嫉妬し、手を貸すどころか足を引っ張り続けてきたが、夢は夢だ。現実に妹の決意に満ちた顔を見れば、手を貸したくなってしまった。ニナがこれほどまでに何かを求めるのは、殿下とお会いすること以外では初めてだった。
王妃教育の基礎についてであれば私からでも多少教える事ができたので、わかっている範囲でニナに教えた。勉強など得意ではなかったはずなのに、必死になって机に向かい、教えを乞うてくる。そして期待以上の速度で覚えていった。これなら来年の終わり辺りから本格的に王妃教育を受けられそうだった。
恐らく、ニナは本気で殿下に恋をしたのだ。叶わぬ恋と思いながらも、殿下のために何かをしたいと思ったのだろう。だがそれが王妃教育にどう繋がるのか?その理由は非常にシンプルで、真っ当で、しかし健気だった。
「なぜ王妃教育を学ぼうと思ったのだ?王妃になれるのはリュシーだけだ。なぜ二人も学ぶ必要がある?」
「お父様…私はお姉様と王城へ行き、己の未熟さを悟りました。お姉様の妹として、そしてその婚約者であられます殿下の恥とならぬよう、相応しい淑女でありたいのです」
いつの間にか、じゃじゃ馬だった妹が大人の顔をするようになっていた。恋する乙女の決意を込めたその顔は美しかった。
自分にとって最大の恋敵となるはずだった妹を、並び立てない領域にまで押し上げようとする自分は何を考えているのだろう。
それは考えてもわからなかった。
それでも今の妹になら殿下を任せてもいい気がしていた。
恋を諦めるのではなく、恋を引き継いで欲しいと願い始めていた。殿下の気持ちがニナに向いたままだと疑わないままに。
────────
殿下の誕生日パーティーからちょうど2ヶ月後、私の14歳の誕生日パーティーが開かれた。高位貴族であれば王城のホールを借りることもできるのだが、ルグラン公爵家では代々公爵邸が使われる。ルグラン公爵家が比較的庶民派と見られる所以でもあった。
精々立食をする程度のささやかなパーティーではあるが、ダンスが好きなニナはともかく、家族と過ごす時間に幸福を感じる私にはむしろありがたかった。そのニナも、去年とは打って変わって淑女としての風格を備え始めている。
あの悪夢よりもずっと早く変化していた。私も、そしてニナも。
「お誕生日おめでとう、リュシー」
「ありがとうございます、殿下」
2ヶ月ぶりに会う殿下はまた少し痩せたように見える。
「あの…ちゃんと食べていますか?」
「…こんな俺のことを心配してくれるのだな、リュシー」
「ええ、婚約者ですから」
一応は。
という一言が喉まで上りかけたが、不敬に当たるので言わない。
そして真実心から心配しているのは私ではない。
「あの…レオナール様。顔色が悪いようですが…もし食欲が湧かないのであればこのジュースだけでも如何ですか?甘いものを飲めば気持ちも晴れると思います」
「ああ、ありがとうニナ。頂くよ。それと、君も誕生日おめでとう。また一段と綺麗になったね」
頬をピンク色に染める二人はとても絵になっていて、とても美しくて、とても遠い。私と同じ顔がそこにあるのに、ひどく他人事に思えてしまう。
そしてそれを見てももはや何も痛みを感じない自分は、一体何者なのだ。
「やあ、兄上。二人並んでいるとまるで絵画のような美しさだね」
ハッとして後ろを向くと、いつの間にかマクシム様が立っていた。彼がこの誕生パーティーに参加するのは初めてだ。
「随分と仲がよろしいようだ。邪魔するのは良くないね。リュシー、向こうで少し話そうか」
「おい、マクシム――」
「はい、喜んで。ニナ、頼むわね?」
殿下の言葉を無視して、マクシム様についていこうとしたのだが、誰かに左手首を掴まれてしまった。
思わずマクシム様を見るが、残念そうに首を横に振っていた。
手首は、殿下が握りしめていた。かなりの力だ。
その様子にニナが目を剥いて、オロオロと殿下と私を交互に見ている。
「…あの、殿下離してください。痛いです」
「リュシー、今日こそは二人で話したいのだ。大事な話をしたい」
「兄上…!だからってそんな強く握ることはないだろう。見ろ、赤くなってるじゃないか。やめろ、痣になるぞ…!」
「お前は黙ってろ」
「殿下、お話であればちゃんと伺いますから、あの、本当に痛いんです…!」
「レオナール様、お姉様が痛そうです、離してください…!」
殿下は私の小さな悲鳴か、それともニナが添えた手によってか、ようやく自分の握力に気付き、ハッとして手を離した。恐怖よりも痛みで手が震えている。放置すれば痣になってしまいそうだ。
すぐさまマクシム様が治癒の魔法をかけてくださった。赤みが少しずつ引いていくのが見えた。
「す、すまない。大丈夫か?」
「大丈夫に見える?兄上、大事な話があるなら別室を使おう。でもこんなのを見た以上、二人きりにはさせられない。僕も立ち会わせてもらう。ニナ嬢、君はどうする」
「…私は残ります。主役が二人共いなくなってしまいますし…たぶん、お話の場に私はいない方が良いと思います。お父様とお母様には私から話しておきますから、お姉様たちはじっくり話し合ってください」
「…ありがとう。頼むわね。殿下、私の部屋を使いましょう」
治癒が終わったあとも違和感がある気がして、掴まれた左手首をつい押さえてしまった。それを見た殿下は自分の失態を悔いるように顔を顰めていたが、そんなことより気になったのは。
「ねえ、ニナ嬢ってあんな感じだったかな?僕が知ってる、夢で見た彼女はもっと子供っぽかった気がするんだけど…」
マクシム様が珍しく戸惑っていた。そしてその疑問はもっともだった。
ある予感が、ほぼ確信になりつつある。だが、それを確認するのは今ではないだろう。
────────
私の部屋に三人が集まった。私、殿下、マクシム様だ。一応側近のカインさんと、メイドのパメラも万が一に備えて外で待機している。
「…本当に手首は大丈夫か?すまない、傷付けるつもりは本当になかった」
殿下が申し訳無さそうに頭を下げるが、ここに集まったのはそれを聞くためではない。
「大丈夫です。それより殿下、大事な話とはなんでしょうか」
だが殿下は、自分から話を振っておきながら、話題を切り出すのを躊躇っていた。私とマクシム様は大体想像がついていたが。
殿下が数呼吸を挟んでから、ようやく切り出した大事な話とは。
「俺とリュシーとの婚約についてだ。白紙化したいと君が掛け合っていると父上から聞いたんだ」
「はい。事実です」
隠すつもりは元々無い。というよりまだ陛下から直接話が下りてなかったことに驚いた。
恐らく先日の誕生日パーティーで、殿下とニナが仲睦まじい関係であることが周知になったのがきっかけだろうが、随分と引き伸ばしてくれたものだ。優柔不断な陛下にも、何故か傷付いたような様子で話す殿下の姿にも無性にイライラした。
「むしろまだ婚約関係が続いている現状に驚いています」
「どうしてなんだ?」
どうして?今どうしてと聞いたのか、この人は。
自分のことなのにそれを私に聞くのか。
「逆に何故殿下が私との婚約に拘るのかを聞きたいくらいです。何故私が選ばれているのですか?」
「それは、公爵家と王家の結び付きを強めるためだ。政略結婚なのだから、余程の事が無い限り破談にはできない」
「ですから、なぜ"私"なのですか?ニナではなく?」
「父上が…陛下が決めたことだ。俺には分からない」
なんて話の通じない人だろう。そこじゃないのだ、私が聞きたいことは。それとも答えたくなくてわざとはぐらかしているのだろうか。良いだろう、ならば答えやすくしてあげよう。
「わかりました、もっと噛み砕いて質問しましょう。何故婚約者をニナに代えようと思えば代えられるのに、私にこだわっているのですか?殿下が私にこだわる理由はなんですか?」
沈黙が部屋を支配した。それも腹が立つが、辛抱強く待ってみることにする。悪夢の3年間と比べたら楽な待ち時間だ。
「…認めたくなかったんだ。君の中で俺の価値が無くなっている事実を認めたくなかった。だから、婚約を解消したくなかった」
「私の中で……?いえ、それは違うのでは?まず殿下が私に価値を見出さなかったではありませんか。私のことが初めからお嫌いだったでしょう?」
「そんなことはないっ!」
この期に及んでまだプライドを優先するのか。もう自分でもとっくに気付いてるだろうに。
ならば思い知らせてやる。
私はこれまでに無いほどの怒りと、憎しみを瞳と声に乗せた。
「取り繕おうとしないでください。そんな安い言葉では無理です。ならば答えていただけますか?」
血のような怨嗟は、一度吐き出したら止まらなくなった。
「私と婚約してからの3年間、私に対しては苦言と叱責だけをしてニナを可愛がったのはなぜですか…?私が殿下の好みに合わせた紅茶をいつも半分飲み残したのは何故ですか…?私が用意したお茶菓子ではなく、ニナの用意した焦げたクッキーを目の前で完食したのは何故ですか?私が風邪を引いてお茶会を欠席したら体調管理の不備を責めたのに、ニナが風邪を引いたら部屋まで見舞いに行ってたのは何故?お茶会に来たら二言目にはニナは来るのかを確認してきたのは何故?何故ニナを選び取らないの?どうせニナを選んで私を捨てる癖に、何故やっと私が諦めようと決心した今になって私を解放してくれないの?」
憎悪が溢れ出てくる。3年間の憎しみと、100年分を超えた悪夢の中で私を殺し続けてきた男に対する殺意がない混ぜになった。眼の前が血のように赤く染まっていく。眼球の血管でも切れたのだろうか。
「答えてください、殿下!全部あなたが私にやったことだわ!!あのお茶会がどれだけ憂鬱だったかあなたにわかる!?」
「………それは………」
「……いいえ、言わなくてもわかるわ。気付いてたわよ。殿下、あなた、私の誕生日に婚約したのが気に入らなかったんでしょう?」
「……っ!!」
「私の誕生日プレゼントになるのが嫌だったから、私のお気に入りになるのが嫌だったから、私に嫌われようとしたのよね?」
痛いところを突かれたような顔をするな。なんで気付いてないと思った?私はあの悪夢を見る前は、まさにあの出会いこそが悪夢だったのに。
「私がいつそれに気付いたと思う?殿下と婚約した当日よ。私が特別勘が良かった訳じゃないわ。10歳の女の子でもわかるくらい、あなたは最初から不貞腐れていたのよ!声をかけてもまともに返事をしないで、私の方を見もしないで、妹ばかり見て、妹にだけ名前を呼ぶことを許したのよ?そしてお茶会で少しずつでも歩み寄ろうとしたその女の子に、あなたは冷たい目線だけを浴びせ続けてきたのよ!あなたは最低だわ!政略結婚だからって、結婚相手を虐げていい理由になんかならないわよ!!」
「リュシー、ちょっと落ち着こう」
氷のように冷たくなった私の手を、マクシム様が温めた。自分が感情に任せて暴言を吐いたことに気付き、青くなった。だがそれ以上に、殿下の顔色が悪化していた。まるで断頭台に乗ったときの私のように。
「…申し訳ありません。言葉が過ぎました」
「………いや、君の言うとおりだ。すまなかった」
殿下が、その重い頭を下げた。
「俺は…君の誕生日プレゼントになりたくなかったんだ。まさに、君の言うとおりだ。君のプレゼントになるくらいなら、君と同じ顔と声を持ち、より愛らしいと感じたニナを手に入れたいと思ったんだ。帝王学を学ぶのにも疲れていた俺は、ニナと触れ合う時間だけが癒やしだったんだ。そしていつの間にかニナの方を愛してしまったんだ。君とのお茶会は…俺にとっては苦痛だった」
私との時間は殿下にとっても苦痛だったという事実は、思ったよりも私を打ちのめした。喉も、目も、鼻も、頭も痛くなった。意識が体から離れようと藻掻く。だがまだ気絶するわけにはいかない。
「君の心が離れたと気付いた時、俺は初めて自分の愚かさに気付いたんだ。いや、今も君を傷つけているのだから、俺はまだ愚かなままなんだろう。あれほど邪険にしてきた君が離れていくと知って、俺は君に捨てられるんだと思った。嫌われようと努力していた相手からいざ嫌われてみれば、プライドがそれを認めようとしなかった。君の言うとおり、俺は最低な男だ」
やっと、やっと殿下が正直な気持ちを話してくれた。それも私から嫌われようとしたことを、ただの執着心で私を縛っていたことを。
嬉しさと、悲しさと、達成感と、喪失感と。寒暖の激しい感情の荒波のせいで、気を抜けばすぐにでも意識が体から泳ぎ出てしまいそうだ。だが最後の気力を振り絞って、この答えだけは聞かなくてはいけない。
「婚約の白紙化に、合意していただけますね?」
「…………ああ。今まで、辛い思いをさせてすまなかった」
……よかった。
これできっと、私の悪夢も終わる。
「…っ!!リュシー!!」
やっとゆっくり、眠れそうだわ。
────────
殿下と私の婚約解消と、ニナとの再婚約については登園開始を控えた年に公表された。ニナは目覚ましい速度で王妃教育を習得していっており、いつの間にか私よりもずっと王妃らしい風格を持ち始めた。
そして学園生活が始まったのだが、伊達に過去49回も学生をこなしてきていない私はすべての試験を1年目で済ませた結果、2年目にして卒業資格を得るに至った。マクシム様も流石と言うべきか、同じく卒業資格を得ている。一応二人共卒業パーティーには参加する予定だが、立場としてはほぼゲストとなる。
マクシム様との婚約も学園生活2年目の終わりに公表された。王家とルグラン公爵家の固い絆を演出するものだったが、これが他家の貴族に対し政治的疎外感や警戒感を与えるものになってはならないため、こちらは恋愛結婚である旨が強調された。言葉遊びのような対策なのでこれで安泰と言うわけではないだろうが、民衆受けにも良い話なので多少は緊張も和らぐだろう。
「リュシー…もう、悪夢は終わりだ。これからは幸せを夢見る必要がないくらい、二人で幸せになろう。マクシム・フォン・エル・マルティネスは、あなたを生涯の伴侶として命ある限り愛することをここに誓う」
「はい…マクシム様。私も、あなたを心からお慕いしています。あなたの生涯の伴侶として、この身を尽くすことを誓います」
結婚式は、王城ではなく王都の教会で行われた。恋愛結婚をアピールする必要があったからだが、そんなパフォーマンスなど必要がなかったのではと思うくらい、私達が愛し合っていることは国内に広く伝わっていった。それを見た国民たちから大きな祝福を受けて、私達はついに夫婦となった。
卒業パーティーが終われば、私も王城で暮らすことになる。新しい生活が始まり、今までの生活が終わろうとしていた。
────────
私は卒業式を来週に控える中、私室で紅茶を飲みながらニナと向き合っていた。
「こうして二人きりで話すのは久しぶりね」
「そうですね。いつも誰か一緒にいましたから…もしかしたら子供の時以来かもしれませんね」
だが、その子供時代であってもこんなに落ち着いて話した事はなかったはずだ。いつも走っては転んでいたニナ・フォン・ルグランはもうどこにもいない。目の前にいるのは、ニナ・フォン・エル・マルティネス第一王子妃となる淑女だった。
「卒業式を迎える前に、あなたに確かめたいことがあったのよ。卒業して家を出たら、こうして二人きりで話す機会もなかなか作れそうにないし」
「なんでしょう?お姉様に話せないことはありませんよ?」
美しい笑顔を浮かべながら、小首を傾げる。その仕草すら美しい。
「あなたも見たのよね?私の破滅を」
その美しい顔が凍りついた。
「あなたが王妃教育を受けたいと言い出した頃よね、きっと。殿下の14歳の誕生日パーティーまでは年相応の愛らしさが残ってたのに、あの日から急激に大人びていったわ。だからなんとなく察してたのよ。この子もかなって」
「……………お気付きでしたか。そのとおりです。私はお姉様が破滅する夢を、何度も見てきました」
「何度見たの?」
「49回です」
「あら、お揃いね?」
そう言って笑うと、ニナはかなり苦い顔で引き攣った笑みを浮かべた。
「ルグラン家が元々は神殿騎士を輩出していた家系なのは覚えてるかしら」
「はい。でも確か、340年ほど前に公爵位を得たのが最後だったと記憶しています」
「どうやらルグラン家のご先祖様は、その昔ある聖女から直接祝福を賜ったらしいわね。それは栄華を極めるために授かった強力な祝福で、子孫たちの輝かしい未来を夢のカタチで暗示するものだったらしいわ」
だが、数百年という歴史の中で継承された祝福は劣化していった。始めは輝かしい未来へ至るポイントと結果だけを見せてくれていたのが、徐々に要点がボケていき、夢が長くなり始めた。そして今度は次第に"避けるべき未来"をも見せるようになり、ついには最悪の結果ばかりを選び取るようになっていった。
いや、もしかしたら祝福の劣化ではなく、教会と聖女から離れたルグラン家に対する呪いへと変化しただけなのかもしれない。検証のしようが無いので想像に任せるより他にない。
「良くも悪くも幸せを強く望むものほど、多くの夢を見るらしいわ。だから満たされている内は悪夢を見ない訳ね。マクシム様が一度だけ同じ悪夢を見たのは、彼が聖女の家系に連なることと関係がある気がするけど、これは確かめようがないわね。………私が悪夢を見始めたきっかけは、殿下との婚約が決まった後で蔑ろにされ続けたストレスが爆発した結果だと思うけど、あなたは何がきっかけだったの?」
ニナについては、色々とわからないことが多い。例えばこの子は、殿下の暗い部分を知ってなお、殿下と結ばれることを強く希望していた。悪夢とは何もかも変わった中で、それだけは頑なに希望し続けた。婚約も、少なくとも表面上は喜んで受け入れていた。
初めは恋心からかと思った。しかし殿下によって愛する姉が破滅させられる悪夢を見た上で、私達の誕生パーティーでの失態を知ってなお変わらぬ恋心を持ち続けていると考えるのは難しかった。それを恋心だけで片付けるにはあまりに重い気がした。
部屋の沈黙が破られるまでに、かなりの時間を要した。
私はただ妹が話してくれるのを待った。待つことには慣れていた。
「殿下の14歳の誕生日パーティー…あの日…勝てないって、思っちゃったんです」
それは告白というよりむしろ懺悔だった。
「誰に…?」
「もちろん、お姉さまにです。私は王城に行くまで、殿下からお姉様より好かれていると思って、優越感に浸っていました。王妃教育も受けてないし、勉強だって得意じゃなくてそそっかしいのに、いっぱい頑張ってるお姉様と一緒に誕生日パーティーにも招待されて。だから殿下のお心を射止めているのは私だと疑ってなかった。その時は満たされていたんです」
やはり、あの日までニナは幼いニナだった。ニナの暗い部分を知ったことよりも、あの日声も高くホールで歓声を上げる彼女の愛らしさが演技ではなかったと知って、安堵した。
「だけど、それは勘違いだったんです。王城に集まった人達のマナーは本当に完璧で、私は何をやっても笑われました。歩き方とか、ケーキを食べるときの口の開き方とか、グラスの持ち方が周りと違うことに気付いて、とても恥ずかしかった。それでも、殿下と過ごせるのなら耐えられる。殿下の横に居られれば見返すことが出来るって本当に信じてたんです」
あの日、私はニナへは声の高さだけを指摘して、後は自由に過ごさせた。マナー教育を真剣に学ぼうとしなかった彼女が王城で恥をかくことは間違いなかったのだから、私が常に横についていなくてはならなかった。少なくとも両親はそれを望んでいた。
だが私にそれは出来なかった。純粋にホールの大きさや輝きに瞳を潤ませて笑顔を浮かべるニナを見続けることは苦痛だった。かつては私も持っていたはずの尊き幼さを、子供らしい愛らしさを直視することが出来なかった。だから、自由にさせてしまったのだ。私の視界から遠ざけたくて。
「だけど殿下が探してたのは、私ではなくお姉様でした」
それがどれほど残酷なことなのかを理解することもなく。
「それを見て、落ち込むよりむしろ納得しちゃったんです。ああ、お姉様なら仕方ない。お姉様は完璧で、妹思いの自慢の姉で、私と同じ顔なのにすごくキラキラして見えました。王城のテラスに立つ姿がよく似合ってた。殿下に相応しいのはやっぱりお姉様だって。私、失恋したんだと思いました。で、でも…でもっ、あの日お姉様は…っ!」
『妹を…ニナをよろしくお願い致します。あの子は優しく、そして純粋に殿下のことを慕っております。今日、私はニナに声を低くする以外に何も教えていません。でも、きっと殿下のために自分ができる精一杯のおもてなしをしようとするはずです。失礼があるかもしれませんが、彼女なりの思いなのです。よろしくお付き合いください。』
「お姉様は…っ!それでも私のことを見ててくれてた…っ!!こんな…こんな嫌な妹を…っ!お姉様から好きな人の心を奪おうとした最低な女なのに…っ!!その日初めて…私っ、お姉様の妹でごめんなさいって、お姉様の双子がこんな妹で本当にごめんなさいって、心から思ったんです…っ!!このままじゃ駄目だって思ったんです…っ!!」
完璧な姉の双璧と謳われた妹の顔は、涙と鼻水で彩られていた。そこにいたのはただの妹だった。姉に嫉妬したことを恥ずかしいと感じる、大人になった妹だった。
「次の日から、私は夢を見るようになりました。それは学園生活を送る夢で、夢の中の私はすごく幸せで。嫌いな勉強をしなくても、マナーをちゃんと学ばなくてもいつも殿下が守ってくれた。殿下からとても愛されてて、それだけで満たされてた。でも夢のお姉様はすごく意地悪になってて、見たことのない怒った顔してて、現実の厳しくも優しいお姉様と全然違ってて怖かった。でも、一番怖かったのはいつも夢が終わる直前」
涙の量が増えた。ガタガタと震えているのは恐怖によってか、それとも激情によってだろうか。
はあはあと息を切らせながら、それでも大きく息を吸うと、ニナは封じていた思いを一気に吐き出した。
「お…お姉様が殿下によって殺される時が、私は一番怖かった…っ!!大好きなお姉様が斬られるのが、刺されるのが、く、首をはねられて…首だけで私達の方を見る時が…っ!それをするのが全部殿下で…っ!わ、私は…夢の中の私は…っ!悲鳴を上げるだけで何もしてなかったっ!!ただ幸せな時間を貪ってきただけの私がっ!!最後に出来たのは恐怖で叫ぶことだけだった…っ!!憎かったんです!!殿下を止めることもせずっ!!お姉様の盾にもなれずっ!!ただ震えてるだけの情けない目の前の私が憎くてッ!!殺してやりたいほど憎くてッッ!!………絶対にこんな私に未来をくれてやるものかって、そう思ったんです…っ!!」
そう吐き出したニナは、ついにこらえ切れずに号泣した。ハンカチを使うことも忘れ、自分の膝を見ながら泣くものだから、せっかくのドレスが涙や鼻水でどんどん汚れていった。
ハンカチを手渡さなければとポケットを探ろうとしたが、前がよく見えなくてうまくいかなかった。
泣いていたのは、私も同じだった。
あふれる涙が、喉の震えが止まらなくて、妹と一緒に私も泣いた。声を上げて、泣いた。
居室の中を、双子の泣き声だけが支配した。誰にもとめることなんて出来なかった。ただ、泣くのが止まるのを待つしかなかった。
お互いに少しだけ落ち着いたところで、話を再開した。
「じゃあ、殿下の婚約をお受けしたのは…」
「…もちろん政略結婚を成立させるためというのが一番です。お姉様が殿下との結婚を望まれていないのは明らかでしたし、私から見ても、夢の中とはいえお姉様を何度も破滅させた憎い相手。でも、そんな危うい殿下を横で止められるとしたら、私しかいないと思ったんです。王妃教育を受けて、殿下と対等に並び立てるようになった私なら、きっと上手くやれると思いました」
ニナは涙で頬を濡らしてはいたが、私が政治を語る時と同じ顔をしていた。
「それに…愚かなほど一途で、好きになった娘に向き合うために過去を精算しようとしたあのお姿には、やり方こそどうかとは思いましたが、感じ入るものがありました。学園で婚約者として過ごすうちに、彼の良いところや弱いところを知ることで、彼を愛せるようにもなりました。だから、今は望んで結婚しようとしています。安心してください、お姉様」
ニナ。あなたは本当の意味で、姉離れしたということなのね。
それがとても嬉しくて、誇らしくて、こんなにも寂しいなんて。
「ごめんなさい、ニナ。私はあなたのことを何も分かってなかったわ。王妃教育も受けずに殿下のお心を傾けさせるあなたのことが羨ましくて、嫉妬してた。夢の中の私と同じで、私も意地悪なのよ。だから殿下の誕生日パーティーでも、あなたが困ると分かってたのに一人自由にさせた。だから、悪夢の中の私はきっと、夢を見なかった私の姿に違いないのよ」
「ち、違いますお姉様…私が全部悪いの…!私が殿下のことを好きにならなければっ!」
「ううん、ニナ。やっぱり私が悪いのよ。私はあの悪夢を見て、考えたの。こんな怖い殿下ならあなたに押し付けてしまおうって。あなたが殿下を愛してて、殿下もあなたを愛してるなら、私が関わって苦しい思いをするくらいならいっそ、一緒にさせて逃げてしまおうって。そう思ったの。すべて打算からなのよ。でもねニナ、殿下を諦めた私が一番怖かったのはね」
一番、認めるのが怖かったのは。
「私、あのままだときっと、ニナのことを嫌いになってたと思うわ。ニナを憎い敵だと考えるようになってた。それは…それだけはしたくなかったの。同じ顔、同じ声をした恋敵。だけど小さい頃から一緒に過ごして、あの庭でおいかけっこして、笑いあって過ごしてきた愛しい妹を陥れるなんて、そんなことは出来なかった。でも、今はこれで良かったと思ってるの。ニナ、あなたのおかげよ」
「わ…私の…おかげ…?」
「あなたは私が思うより、ずっと頑張ってくれたわ。厳しい王妃教育を詰め込まれても泣くことなく、嫌いな勉強も必死に続けて、どこに出しても恥ずかしくない淑女になってくれた。私が手を引かなくても一人で歩けるようになったあなたになら、全てを任せることが出来る。ニナ、だからこれだけは覚えていて」
胸から喉へ込み上げてくるのは、ニナへの愛だったのか、それとも殿下に残してきた心の最後のひとかけらだったのか。
一筋の涙を流すだけで、それをニナに手渡すことができた。
「あなたは私の自慢の妹よ、ニナ。あなたの双子の姉として生まれてきた事を、心から誇らしく思うわ。殿下のことを私の分まで愛してあげて。必ず…二人とも幸せになるのよ」
それは、最愛の妹ニナ・フォン・ルグランに送る、手向けの言葉だった。
「はい…っ!お姉様…っ!お姉様のことを愛しています…っ!心から…っ!!」
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私はその日、長い長い夢を見た。
夢の中の私はまだ学生で、王妃教育を頑張る傍らで殿下との愛を育んでいた。
私と、殿下と、ニナと、マクシム様の四人はいつも一緒で、辛いことも楽しいこともいつも共有した。
幸せだった。幸せなまま学園生活を送って、みんなと一緒に卒業パーティーを迎えた。
「リュシー」
唐突に殿下から、お声をかけられた。
その表情は何故か少し寂しげで、卒業パーティーには似つかわしくない。彼らしくない小さな声が、私の耳を打った。
「この幸せがずっと続けばいいと思うかい?」
私はその答えを知っている。
これは夢だ。だから、好きに言っても構わないだろう。
「いいえ、殿下。殿下と私の幸せは、きっとここにはありませんわ。だから、この場で宣言いたしましょう」
「ああ、そうだな。夢はもう終わりだ」
どよめきが会場を支配した。ニナとマクシム様が、やはり少し寂しそうに、泣き笑いの表情で私達を見守ってくれている。
ありがとう。こんな私のことを見守ってくれて。
こんな私のことを愛し続けてくれてありがとう。
最後に素敵な夢を見せてくれて、ありがとう。
「私、リュシー・フォン・ルグランと、レオナール・フォン・エル・マルティネス第一王子殿下との婚約解消のご許可を頂けますか?」
「ああ、許可する。………今まで本当にすまなかった、リュシー。そして…ありがとう。夢の中とはいえ、君を心から愛する時間を得ることができて、俺は幸せだった」
「ニナを…よろしくお願い申し上げます」
「君の妹のことを幸せにする。君を幸せに出来なかった分も、必ず」
殿下との抱擁を最後に、私は悪夢を見ることはついになくなった。
50回目に見た夢は、とても優しい夢だった。
でも、夢は夢。夢見る時間はいつか終わるものだから。
今度は夢を見なくていいくらい、幸せになろう。
愛する家族と、愛する旦那様と一緒に。
もう、幸せを夢見る必要がないくらい。
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おやすみなさい。よい夢を。