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異世界コンダクト  作者: アオノクロ
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プロローグ 「始まりの1週間で片鱗を見せる」

 現実で生きることを苦痛と感じた事はない。寝坊しながら学校に行って、役に立つのか分からない勉強に呻いて、家族とたまに喧嘩しながら愛情をもらって、仲の良い友人達と周りにバカと言われながら遊ぶ。

 これ以上を望むなんてバチが当たる。

 そうだ。

 幸せなんだからこれでいい。

 日々そう思いながらベッドで眠る。


「本当に?」


 ここに来た時、そう言われた気がした。




「さて、どうする?」

 カケルが腕を組みながら声をかけた。

「逃げる一択だって……確認するけど逃げる方法を聞いてるよね? それ以外考えたくないんだけど?」

 ナルセが頭を抱えながら答えた。

「カケルはどうやって戦う? って、聞いてるみたいだけどねぇ」

 カノンが楽しそうに返事をした。

「ロックビーストの足は早い……鼻もきく」

 カズヒサが誰に言うでもなく呟いた。

「決まりだな」

 カケルの浮かべた笑みを見て、ナルセはこれから起きることを悟った。目の前で新しいことに挑戦しようとするワクワクした笑顔、この笑顔を見てろくな目にあった記憶がない。しかし、ナルセに止める手段は思いつかず、他の二人が止めるはずもない。ナルセはただでさえ小柄な身体をさらに小さくなるように抱えて、出会ったことも、信仰したこともない神に願った。

 願わくば、無事に帰れますように。




 草原、荒野、山岳地帯に囲まれた交流の街クローズ。様々な土地の中継地点として建てられたこの街は、旅をする商人の大事な休憩、交流地点であり、同時に駆け出しから熟練の冒険者たちが生活する、国の中でも王都にも劣らない活気のある街だ。

 そして今日も、この街では縁と縁が繋がっていく。

「漁業の町ウオラスまでの護衛メンバー募集! 希望者は今日の昼に西口集合!」

「はいはーい、ステーキセット二人分でーす」

「この間買った剣だがよ、ありゃだめだ。切れ味の悪い安物掴まれちまった」

 クローズ一の大きさを誇り街の中心に建てられているギルドハウスは今日も朝から、大勢の人で賑わっていた。本来の目的である商人や冒険者の交流、クエストの依頼発注ができるのはもちろん、飲食店や休憩所の役割を持つギルドハウスで人が途絶えることはほとんどない。

「あ、おはようございますジェロさん」

「む、おはよう、ナタリー」

「あら、機嫌が悪そうですね? 何かありました?」

 ギルド角の席に座っていたレイピアを携えた冒険者にギルドの制服を着た女性職員が声をかけていた。

「おっと、すまない。気に触ったか」

 ジェロは自慢のストレートと称させる髭を撫でながら謝った。自分の機嫌が悪いのは確かだが、何の関係もないナタリーに当たってしまったのかと少し、目を伏せた。

「いえそうではなく、いつもならもっと面白おかしい挨拶をするのに今日はしてないなー、と思って」

「ナタリー? 我輩の挨拶は別段変わった挨拶ではないのだが?」

「っ……、確かに変な挨拶ではないですね」

「そうだとも。そうか、いつもしている挨拶をしないのも落ち着かないな。ゴホン……、ご機嫌ようナタリー嬢」

「はい! やっぱりジェロさんはその挨拶じゃないと!」

 満面の笑みを浮かべたナタリーを見て、やはり挨拶は欠かしてはいけないなとジェロは考えた。例えジェロの貴族のような丁寧な挨拶がナタリーの笑いのツボだとしても、そのことにジェロが気づいていないとしても。

「それで? 何かお悩みですか?」

 ナタリーは心の中でひとしきり笑った後、改めて聞いた。

「うむ、悩み、と言えばそうなのだろうか」

「では何か問題でも?」

「問題ではあるな」

「でしたら、ギルドの方に相談してもらえれば」

「ギルドに相談できる内容、ではないのでな」

「悩みであり、問題であり、ギルドに相談できないこと?」

 なかなか言い出さない渋い顔をしたジェロを見ながら、ナタリーは一つだけある心当たりを聞いた。

「あ、もしかして彼らですか」

 返事は無かったが、表情が正解と言わんばかりに変化した。まるで子どもが食事の中に嫌いなものを見つけたかのような渋い顔から嫌々ながらも噛み締める苦い顔に。

「彼らがきてそれなりになりますね、えぇと、今日で」

「一週間になる」

「あれ? それくらいでしたっけ? 一ヶ月くらい経ったかと」

「それほど濃いのだ! あいつらとの時間は!」

 思わず悲鳴にも近い大声が出る。近くにいた人もなんだなんだと顔をむけた。

「遠いところから迷子になったと聞いた時は大人しそうでしたけどね」

「あぁ、そうだ。知識も装備も無い、まだ若い彼ら四人だけで見知らぬ土地で過ごすのは無理だと思い、サポートをしようと思った」

「通貨もギルドも魔法も本当に何一つ知りませんでしたからね」

「初めて見るものにワクワクしながら聞いてくるのはとても可愛らしいものだった」

 笑顔で相槌を打つナタリーとわずか一週間ばかり前の出会いを懐かしそうに噛み締める。とても良い思い出だと、ジェロも笑顔だ。

「ギルド登録、仮宿の契約、装備や日用品の買い出し。あれほど楽しい時間は久しぶりだった」

「オリジンテストは盛り上がりましたね」

「部位強化ではなく全身の身体強化。職に困る事はない器用万能。どのパーティでも欲しがる対象分析。言霊を扱うレアオリジンの一言居士。どれも有能な大当たりだ」

「いろんな人から声を掛けられていましたね」

「まだ初心者だから、成長したらと、おごる事なく答えた時は大物になると期待した」

 だが、とそこで笑顔が曇る。

「三日目からだ、奴らが本性を表したのは」

「最初は詐欺商人の発覚からでしたね」

「見破るのはいいが、結果店ひとつ潰したな」

「次は詐欺冒険者との賭博」

「イカサマ勝負の最後が純粋な運とは」

「山岳地帯の大型食獣植物の発見」

「何故あれを飼おうとした」

「居酒屋バリの厨房爆発」

「故郷の料理を作ろうとしたらしいな。原因は酔っ払いの異物混入だったが」

 疲労にまみれた顔をして上を見上げるジェロに話を聞いていた周りから、同情の視線が向けられた。

「今日は荒野の植物採取に出かけてますね」

「あぁ、我輩がずっと着いて行くわけにはいかんからな。彼らだけでも恐らく、大丈夫な基本クエストを選んだ」

 恐らく、の部分を強調するも弱々しく握られた拳からは不安しか見てとれない。

「また何かなければ良いが」

「大丈夫ですよ」

 ジェロの言葉を途中で遮り、ナタリーが言い切った。

「私、見ていましたから。ジェロさんが付きっきりで教えていた時、彼らは真面目に学んでいましたよ。彼らは問題児ではありますが、ちゃんと真面目にする時と遊ぶ時、その辺りはきっちりと分けています。だから、大丈夫ですよ」

 クローズの中でも熟練冒険者に当たるジェロ。そんな彼が教えたことを、彼らは真摯に受け止めていた。その様子をギルドで見ていたナタリーの言葉にジェロはようやく、笑みを浮かべた。

「それに、信じて待つのも大事な事ですよ」

「ふふ、それもそうだな。ナタリー、酒を頼む。そして彼らが帰った時にはご馳走を」

「はい! 分かりました!」

 厨房に酒を撮りに行くナタリーその後ろ姿を見ながら、一息をついた。

(そうだ、彼らが問題児なのは確かだが、その前にまだ子供だ。面倒をみた我輩がするべきは彼らのクエスト成功を祈る事。そして信頼して待つ)

「お待たせしましたー」

 グラスに入った酒をお盆に乗せて、ナタリーが帰ってきた。冒険者は全てを自分で決めるもの。真昼間から酒を煽ろうと、それは個人が決める事だ。そう、彼らを信じて待つことも。

「では、彼らの成功を祈って」

 グラスを掴み、空に当てると一気に煽ろうと傾けた。

「えー、緊急連絡。緊急連絡。ギルド職員並びに、ギルド内にいる方は確認してください」

 受付窓口の一つから、ベルが慣らされた。ジェロもナタリーも全員が一斉に連絡ボードに貼られる紙と、書類をめくりながら現れたギルド職員に目を向けた。

「えー、まだ確定ではありませんが荒野にて、モンスターの姿を確認。種族はロックビーストと思われます」

 ザワザワと騒がしくなったギルド内。ナタリーは横目でグラスを空中に浮かせたままのジェロを見た。いや、まさか、そんな事は、と小さく呟いている。

「おいジェロ、あのガキ共はどこにいるんだ。教えてやらねぇとまた何か、巻き込まれるぞ」

 近くにいた冒険者が話しかけたが、ジェロはしばらくの間固まって動かなかった。

 首を傾げる冒険者にナタリーは曖昧に笑うことしかできなかった。


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