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王子様登場

気楽に…

「な、なんと…!悪役令嬢とヒロインは実在したのか…!」


ウィルは目を見開き、感動で身体を震わせた。

そして、サイドテーブルに置いてある愛読書に目をやる。

『愛の煌めき青春の輝き~トゥルーラブ~』という、持つだけで罰ゲームになりそうな、こっぱずかしいタイトルの恋愛小説だ。

恋愛小説マニアのウィルが、最近特に愛読している作品である。


『愛きら』のあらすじはこうだ。


ある国で、王子様の妃を選ぶ為のパーティーが開かれる。

年頃の貴族令嬢が国中から招待されており、貴族令嬢でありながら召し使いのような扱いを受けていた主人公、マリーも初めて社交の場に出る事になる。

それを良く思わないのが、マリーの義理の姉であるローズである。

ローズはマリーの顔と心の美しさを妬み、嫌がらせをする。

大事なブローチを壊したり、果実酒をぶっかけたり、ドレスを破いたり、足を引っ掛けたり!

しかしめげない健気なマリーはそれを乗り越え、やがて王子様と結ばれる。

ローズはこれまでのマリーに対するひどい行いの罰を受け、国外に追放される。めでたしめでたし。


「『愛きら』は予言書だったのだ…!」


ウィルは額に手を当て、天を仰ぐ。


「『悪役令嬢』ローズを断罪し、『ヒロイン』マリーを守る正義の王子…!いい…!小説の山場のシーンじゃないか…!」


ぶつぶつと呟きながら自分の世界に入り込んでしまったウィルを、生暖かく見守る者が3人いた。


テラスで『形見のペンダント強奪事件』を目撃したエドワード。

ダンスホールで『安いドレスを押し付けた上にジュースぶっかけ事件』を目撃したフィリップ。

そして、控え室前で『自分よりも目立ったら許さないわよ事件』を目撃(盗み聞き)したジル。

ウィルは3人からその話を聞き、3人の予想通りに大喜びしていた。

その様子に、3人も満足気に微笑む。


「これでウィルの夢が叶うね」

「そうだな。ウィルやりたがってたもんな」

「ああ。これで念願叶って出来るな」


「「「悪役令嬢を断罪してヒロインを助ける王子様役」」」


第3王子ウィリアム・メーベルン。

それがこの身悶えながら喜んでいる恋愛小説オタクの名前だ。

眉目秀麗、文武両道、清廉潔白な素晴らしい王子だと評判の男だが、側近として幼少から近くで見ていた3人からしたら色々とこじらせた、ただのオタクだ。


現実の女より、物語の中の女に恋しちゃう。

政略結婚なんて絶対に嫌。恋愛小説みたいな燃えるような、それでいて切ない、すれ違ったり傷つけ合ったりしながらも、やがてお互いしか見えなくなるような、そんな大恋愛結婚じゃなきゃ嫌。

そんな乙女のような夢を見ている18歳の青年だ。大変やべえ。


ドキドキな恋愛イベントが満載なはずだと期待していた学園生活も、特に何事もなく先日卒業という形で幕を下ろした。

理想の相手に出会えなかったウィルは、もう自分の理想の女なんかどこにも居ないのではないかとやさぐれ、俺はマリーみたいな、虐げられながらも健気に頑張る心優しい美少女じゃなきゃ愛せない…しかしそんな人は居ないのかもしれない…!


「もう俺は恋も知らずに一生童貞のまま淋しく死んでいく運命なのだ…!」


そう絶望して部屋に閉じ籠ったのが一月前の事。

それを聞いた王と王妃、そして側近3人組が、このまま王子がオタク街道まっしぐらの引きこもりになってはまずいとあわててセッティングしたのが今夜の夜会なのである。

その名も『もう誰でも良いから王子が三次元の女に興味しめしてくれるといいな会』だ。

ウィルは若干気持ち悪い思考を持ってはいるが、スペックは激高だ。

王子でイケメンで背も高くて仕事はできて性格も悪くない。オタクだけど。

大抵の令嬢なら喜んで嫁に来てくれるはずなのだ。オタクだけど。

あとは本人がその気になるかどうか(とオタクな事)だけが残された問題だったが。


「ふふふ…!待っていろマリー…!俺が必ずローズの魔の手から君を救いだす…!」


ヤル気満々のウィルに、側近3人組は胸を撫で下ろすのだった。






◆ ◆ ◆






第3王子殿下の婚約者選びの夜会の会場である王宮のダンスホールには、王族の入場を待つ貴族や、その令嬢達でひしめき合っていた。

うら若き乙女達が微笑みながら談笑している様子を遠目に見ていると、一見華やかな光景であるが、近くで耳を傾ければそれはまやかしだとすぐにわかる。


「あら、シルビア様ったらいつもよりお化粧が濃いのではなくて?あなたの香水の匂いで鼻が曲がりそうですわ」

「まあ、エミリー様こそ、そのドレス、胸元が開きすぎではないかしら。控えめな胸元を堂々とお披露目するのがそちらの領地では流行っておりますの?」



「お久しぶりですわ、ジェーン様。あなた確か婚約者の方がいらっしゃったのでは?本日はフリーの令嬢だけしか参加出来ないはずですけれど」

「ご無沙汰しております、ベロニカ様。とても残念なのですけれど、お相手の方とは縁がありませんでしたの。ですので私はフリーですわ」


そこかしこで飛び交う嫌み合戦や、足の引っ張り合い。

ここは女の戦場なのだ。王子という獲物を狙う猛獣達の狩り場なのだ。

そういえば最近婚約解消の手続きが多かったような気がするなぁ、とエドワードはふと思い出す。

3人の王子の中でただ一人フリーであるウィルの婚約者選びの夜会に参加するために、いったい何人の不幸な振られ男が誕生したのだろうか。

そんな男達の屍を越えてまで開催しているこの夜会。絶対に成功させなければ。

エドワードは、横に並ぶフィリップとジルと力強く頷き合った。


楽団が演奏を始める。

国王、王妃が重厚な扉の向こうから入場する。

その後に続いて、本日の主役であるウィリアム王子が姿を現した。

銀色の髪にエメラルドの瞳。整った顔立ち。

堂々と、しかし優雅に歩くその姿はまさに物語に出てくる王子様そのもの。

先程まで舌戦を繰り広げていた令嬢達は、一瞬でウィリアムに目を奪われ、頬を染めている。


「外面はほんっっと完璧なんだよな、ウィルは」

「いや、性格もいいんだけどな。明るくて努力家だし」

「あとは現実の女に興味を持てるかどうかだけだな」


エドワード、フィリップ、ジルの3人はウィルと目が合うと、目線で同じ方向を指し示す。

悪役令嬢とヒロインのいる方向だ。


3人のいる位置から2メートルほど離れたテーブルの前に彼女達は立っていた。

ウィルが入場するまでの間にエドワードが参加者のリストを確認したところによると、2人は辺境のドラグーン侯爵家の令嬢達だとわかった。


赤い髪に赤い瞳、赤いドレスを身に纏った華やかな美少女は姉のルビーナ・ドラグーン。

金髪に水色の瞳、水色のドレスを身に纏った可憐な美少女は妹のマリーナ・ドラグーン。


その横には父親であるトーマス・ドラグーン侯爵の姿もあった。

侯爵は赤い髪に水色の瞳の美丈夫で、流石は美少女達の父親だと納得した。


ドラグーン侯爵家の領地は王都から遠く離れており、彼女達は数えるほどしか王都には来た事が無いらしい。遭遇率激低なレア令嬢だった。

知り合いの貴族達にそれとなく探りを入れてみたが、ドラグーン家に関する情報は、隣国相手に輸出業で事業を成功させているらしいという程度の情報しか得られなかった。

今回の『国内の婚約者のいない未婚の令嬢は参加必須』という夜会を開いていなかったら、彼女達と王都

で会う機会など永遠に訪れず、ウィルは永遠にどうて…独身だったかも知れない。

側近として、幼馴染として、親友として、3人はウィルに幸せになってほしいと切に思っていた。


「マリーナ!あなたはまたそんな意地汚く食べて!うちで何も食べさせていないみたいに見えるじゃないの」


聞き覚えのある声が3人の耳に届く。

赤い令嬢ことルビーナが、水色の令嬢ことマリーナを睨みつけていた。

マリーナはテーブルに並べられていた色とりどりのマフィンやクッキーを手に取り、小動物のように頬を膨らませて可愛らしく食べていた。

確かに取り皿に山盛りに取りすぎのようにも見えるが、きっと家では残飯ばかり食べさせられているのだろう。

マリーナは食べ物で頬を膨らませたまま、もそもそと口を動かして「ごめんなひゃい、おねぇひゃま…」と小さくなった。ルビーナはぴくりと眉を上げ、再び口を開く。


「食べ物を口に入れたままで話してはダメとあれほど…」

「そんなにきつく叱ることは無いのではないかな。怯えているじゃないか」


ルビーナの声を遮ったのは、優雅に微笑みながらあらわれたウィルだった。

ウィルはマリーナを庇う様に背に隠すと、ルビーナをじっと見降ろす。


「っ!殿下」


ルビーナはあわてて腰を落とし、カーテシーをする。

それに倣って、ルビーナの横に並んだマリーナも同じようにカーテシーをするが、頬は膨らんだままだ。

もぐもぐするタイミングを逃したらしいその姿すら可愛い、とウィルは思った。


「ドラグーン侯爵家の令嬢だな。名はなんという?」


まわりの貴族達が驚いた顔でウィルを見る。

あの、自分から令嬢に興味を示したことのない殿下が名を問うなんて。

開始早々、婚約者が決まってしまうのかと令嬢達も悲壮感漂う顔や焦る顔や好奇に満ちた顔など様々な表情で様子をうかがっていた。


「私はドラグーン侯爵家長女、ルビーナと申します」


赤い髪をさらりと流しながら顔を上げたルビーナは、横で一生懸命もぐもぐと口を動かしている妹を見やり、小さくため息をつき、続ける。


「こちらは妹のマリーナです。本日はご招待にあずかりまして光栄に存じます」

「ぞんじましゅ…」


マリーナが小さく言うと、ルビーナは黙ってろと言わんばかりの眼光でマリーナを睨んだ。

ウィルは確信した。ルビーナはマリーナを虐めている悪役令嬢であると。

こんなに愛くるしい少女を睨みつける姿を実際に見て、3人の言う通りだとわかった。

そして思った。俺がマリーを助けるんだ!と。


「ルビーナ嬢、あなたはいつも妹に対してそんな態度なのか?」

「は?態度…ですか?」


ルビーナは目を瞬かせ、横のマリーナと顔を見合わせる。

マリーナはきょとんとして可愛らしく首を傾げている。


「ええ…、そうですね。妹はこのように少し礼儀作法の方が苦手なもので…」

「はい…、いつも姉に注意されるようなことばかりしてしまって…」


マリーナは健気にも、自分が至らないせいだと姉を庇うような事を言う。

精神的にも支配されているに違いない!絶対に助けなければ!

ウィルは3人組の方をちらりと見る。

心得たとばかりにやってきた3人はウィルの後ろに並んだ。


「ルビーナ嬢。あなたは妹に色のついた飲み物をかけたそうだね」

「いえ、それは…」

「言い訳はいい。他にも自分よりも目立たないように地味で安い素材で作ったドレスを押し付けたり、母親の形見のネックレスを取り上げたりという嫌がらせをしていた現場を見た者がいるんだ」

「ですから、それも…」

「全ては私に見初められるために、邪魔な妹を排除するためにした事なのか?可憐で美しい妹が、私の目に留まるのを防ぐために」


ウィルはマリーナに手を差し伸べ、安心させるように微笑む。


「さぁ、マリー。もう安心していい。俺が君を守るよ」


極上の王子様スマイルを向けられたら、普ならば頬を染めて手を重ねるか、尊すぎて失神するかのどちらかのはずなのだが、マリーナはそのどちらでもなかった。

気まずそうな顔でルビーナの方を見やり、そしてルビーナは呆れたような顔でマリーナを見ていた。

マリーナはおずおずとウィルの顔を見上げ、申し訳なさそうに言った。


「あの…殿下。大変言いづらいのですが…全部誤解です。あと私の名前はマリーナです」

「誤解…?何がだ?」

「全部です。例えば飲み物は履き慣れないヒールで足をひねった私がお姉様にぶつかってこぼしたんです」


マリーナの真っすぐな瞳は嘘をついているようには見えない。


「い、いや、待て。全部というならば安物のドレスはなんだ?嫌がらせだろう」

「妹はすぐに飲み物や食べ物をこぼしたり転んだりするので、我がドラグーン家のドレスは全て隣国に特注した汚れても洗える特別な素材で作ったドレスにしております。安物だなんてどなたが仰ったのですか?」


ルビーナが射貫くような目でウィルを見る。


「そ、それならば目立たないようにマリーに地味なものを着ろというのは…」

「私がお姉様とお揃いの赤いドレスを着たいと言った事をどなたかが聞いていたのではないでしょうか。あと私の名前はマリーナです」


可憐なマリーナには、確かに赤いドレスは似合わない。

今着ているような、淡い色合いのシンプルなデザインのドレスが彼女を魅力的に見せているのは間違いない。

ウィルは「話が違うぞ」と後ろの3人を振り返る。

自分たちの勘違いを突きつけられたフィリップとジルは引きつった顔で固まっていた。


だが、エドワードは自らの鎖骨あたりを指さし、口をぱくぱくと動かして何かを伝えようとしているようだった。ウィルはエドワードの口元を注視する。「え」、「ん」、「た」、「ん」、「と」?

はっと気が付いたウィルはマリーナの首元を見る。


一目で高価ではないとわかる、ロケットペンダントが揺れていた。

姉の名前はルビーから。妹の名前はアクアマリンのマリンから。

男達は思い付き。

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