それぞれの目撃
気楽にお読みください
「お姉様!どうか返して下さい!」
ひと気のないテラスに可憐な声が悲しげに響く。
ダンスフロアの脇、テラスの近くにいたエドワードは何事かと顔を向ける。
そこには2人の令嬢がいた。
1人は、淡い金色の髪に水色のドレスを着た可愛らしい令嬢で、泣きそうな顔で祈るように指を組んでいる。
「お願いします」と何度も訴えかけており、先程の声も彼女だろう。
もう1人は、燃えるような赤い髪に赤いドレスを着た、こちらもまた美しい令嬢だ。
彼女は右手を上にあげて左手を腰に当てて立っていた。
良く見れば、高くあげた右手には何かを持っているようだ。
「ふん、こんなみすぼらしいゴミ同然のペンダントを肌身離さず身に付けているなんて、侯爵家の者として恥ずかしいと思わないのかしら」
赤い令嬢は美しい眉をつり上げ、忌々しげにペンダントを見ながら吐き捨てるように言った。
エドワードは状況を理解した。
水色の令嬢(妹)のペンダントを、赤い令嬢(姉)がとりあげたのだ。
しかも酷い言葉を並べ立てて。
「みすぼらしいだなんて…ゴミなんて…!それはお母様の形見…」
「うるさいわね!ゴミをゴミと言って何が悪いのよ!」
母の形見だ…と…!
赤い令嬢ってば、水色の令嬢のお母さんの形見をゴミって…!
ひでぇえ~!最低~!
きっとこういう事に違いない。
赤い令嬢が侯爵夫人の娘で、水色の令嬢が侯爵の愛人の娘なのだ。
水色の令嬢は平民の母の元、慎ましく暮らしていたが、ある日母が亡くなった時に自分が侯爵の血を引いていることを母から聞く。
かつて愛した女の娘を哀れに思った侯爵によって侯爵家に迎えられたものの、それを良く思っていない本妻の娘(義理の姉)に虐められるのだった。
…っていう設定に間違いない!
まさについ先日ウィルが薦めてきた小説の内容そのもの!
エドワードは己の推理にテンションが上がってきた。
この事を早くウィルに教えてやらなければ。
エドワードは水色の令嬢を庇う事を敢えてせず、そっとその場を離れた。
◆ ◆ ◆
「きゃっ」
ぴしゃっ、という水音とともに聞こえたか細い声に、フィリップが目線を向けると、そこには2人の令嬢がいた。
1人は赤い髪に赤いドレスを着た華やかな令嬢。
もう1人は金髪に水色のドレスを着た可憐な令嬢。
2人とも違ったタイプの美少女で大変眼福なのだが、何やら不穏な様子。
水色の令嬢のドレスに真っ赤なシミが出来ており、赤い液体が足元の床を濡らしていた。
こぼしちゃったのかドジっ娘だな、とフィリップはまず思ったのだが、良く見れば違う。
水色の令嬢の令嬢が持つグラスには赤い液体が満たされていた。
一方、赤い令嬢のグラスはからっぽであり、しかも、少し傾いていた。
まるで、水色の令嬢に向かって中身をぶちまけたかのように。
「…ああ、あなたがぶつかってきたせいでブドウジュースがこぼれてしまったわ」
赤い令嬢がため息混じりに静かに言い放つと、水色の令嬢は悲しげにドレスのシミに顔を向ける。
「ご、ごめんなさい、お姉様」
「本当にあなたは落ち着きがないんだから。そんなシミをつけてみっともないわ。早く替えのドレスに着替えなさいな」
「うぅ…ごめんなさい…!お姉様がせっかくくださったドレスですのに…」
水色の令嬢がスカートをぎゅっと握りしめて悲しげに俯くが、赤い令嬢は馬鹿にしたように鼻で笑って言った。
「ふん!そんな汚れても構わないようなドレスの事なんでどうでもよくってよ。あなたにぴったりの生地を使ったものなのだから」
赤い令嬢は「いいから早く着替えなさい」と言って水色の令嬢を引っ張って会場を出ていった。
それを見送りながら、フィリップは「すげえの見たー!」と興奮していた。
気に入らない妹にジュースをぶっかけといて、「あなたがぶつかってきたせいでこぼした」と被害者ヅラをしたり、プレゼントと見せかけて安物の粗悪品のドレスを着させたり、それにかこつけて会場から追い出したり!
完璧な悪役令嬢やないか!
この手の話に目がないウィルに教えたら喜ぶぞ~!
フィリップは表情に出さないように心の中だけに興奮をおさえ、そっとその場を離れた。
◆ ◆ ◆
「あなたなんかが殿下の婚約者に選ばれるなんて思っていないでしょうね」
ジルがそんな声を聞いたのはダンスホール近くにある部屋の前を通りかかった時だ。
そこは夜会に招待されている貴族達が休憩に使用できるようにと用意された部屋だった。
その日の夜会は第3王子殿下の婚約者探しも兼ねたものであった。
当然、年頃の貴族令嬢達が多く招待されており、見目麗しく人望もある殿下の婚約者の座を狙う者は多い。
競争率が高いということは当然、ライバルを蹴落とそうとする者も出てくるだろう。
聞こえてきた若い女性の声の内容が気になり、ジルは気づかれないように扉のそばで聞き耳をたてる。
「お、思って…おりません…」
先程の声とは違う、か細い女性の声が答える。
「それならば目立つ真似はしない事ね。恥をかく事になるわよ」
「うぅ、はい…」
脅しだ。婚約者候補の令嬢が、同じく婚約者候補の令嬢を脅して辞退させようとしている…!
「そんな似合わない色のドレスなんかおやめなさい。デザインも派手すぎるわね。あなたにはこの地味な色で地味なデザインのものがお似合いだわ」
「は、はい…ありがとございます、お姉様…」
しょんぼりとした小さな声が脅しに答える。
自分よりも目立たないように地味なドレスに着替えさせているんだ…!
姉である自分よりも、妹の方が殿下の目に留まる事を恐れて…!
ジルは最近ウィルが愛読している小説を思い出していた。
扉の向こうの彼女達はその登場人物達にそっくりだ、と。
そんなことを考えているうちに、彼女達の支度が整ったようだ。
足音がこちらに向かってくるのを聞いて、ジルはあわてて柱の影に身を隠す。
部屋から出てきた彼女達の姿をちらりと覗き見ると、赤い髪に赤いドレスを着た女神のように美しい少女と、そのあとを追うように歩く金色の髪に水色のドレスを着た妖精のように可憐な美少女だった。
赤い方が意地悪な姉で、水色の方が心優しい妹か。
ジルは2人の姿を見送ってから、そっとその場を離れた。
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