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第20話 クレープと赤い少女

「いらっしゃいませー! 何を買いますかー?」


「えーと、この一日十個限定の『抹茶納豆クレープ』を二つ」


「あー、それおひとり様一つなんですよねー」


「え、そうなんですか?」


 あれからオレはすぐに表通りへと向かい、クレープ屋台を見つけ、そこの看板に掲げられた『一日十個限定』のクレープを注文した。


「はい。ですで一つしか購入……って、あなた様のその制服『特級騎士』様ですか!?」


「え? あ、まあ」


「それによく見れば、あなたはもしかして先日のドラゴン退治の英雄ブレイブ様ですか!? いやー、お活躍は騎士ギルドの触れ込みで見ていまいたよー! そうですか、特級騎士様がうちのクレープを……ええ! そういうことでしたらブレイブ様には特別に二つお渡ししますね」


「え、いいんですか?」


「もちろんですとも! 特級騎士様は未来の聖十騎士様! どうぞこれからもうちのクレープをひいきしてください」


「はあ、それはどうも」


 そう言ってオレは店員から目的のクレープを二つゲットする。

 それと同時に店員は店の看板に『本日の限定クレープ売り切れ』の紙を貼る。

 あぶねー。今の二つがラストだったのか。

 まあ、これで目的は達成できたし帰るか。と、家路に着こうとした瞬間――


「あーーーーーッ!!」


 突然大声が響く。

 振り向くとそこには赤い髪の少女がオレを指差していた。


「アンタそれ! アタシが狙っていた新作クレープーー!?」


「へっ、これ?」


 少女はそのままズンズンと近づくと両手に握ったオレのクレープを見ながら、店員の方へ詰め寄る。


「あの! 新作クレープって、もうこれがラストなんですか!?」


「え、ええ、すみませんね。もう材料が切れてしまって、なにぶん納豆は貴重食材なんで。しばらくこの新作クレープもお預けですね」


 納豆、貴重食材なのか。その事実に軽く驚く。

 一方の少女は「うわああああああああん! 今日の楽しみにしていたのにーーーー!!」と大絶叫している。


「ちょっとアンタ! いくら特級騎士の制服着てるからって二つも買い占めるなんてズルじゃない! アタシみたいに楽しみにしているやつだっているのよ! それを奪う気!?」


「いや、でもそれはその」


「というかいくらアンタが特級騎士でもここの限定クレープは一人一個が原則でしょう! そんなルールを破って買い占めていいと思ってるのー!?」


 うぐぐ、痛いところを突かれる。

 まあ、オレも自分が欲しいものが目の前の人物に買い占められたら腹が立つしな。

 というか正直なところ、このクレープもシュリ用の一個さえ確保できればいいし。アリスのは……まあ、謝れば問題ないかな。

 オレ自身、自分の特権を利用して一人一個というルールを破って、これを楽しみにしていた子からそれを奪うのは気乗りがしなかった。


「確かにそうだな。うん、君の言うとおりだ。じゃあ、はいこれ」


「……え?」


 と、オレが左手に持ったクレープを差し出すと少女は先ほどのまでの剣呑はどこへやら。

 まるで虚を突かれたように固まる。


「……な、なによこれ?」


「なにって、新作クレープだよ。君、ここのクレープ食べたかったんだろう」


「そ、そりゃあ、食べたかったけど……け、けど、これアンタが買ったのでしょう?」


「そうだけど、君の言うことが理にかなってる。ルールを破って二つも買うのはよくなかったよ。というわけで一個は君にあげる。もう一個はさすがにあげられないけどね」


 そう言ってわざとらしく右手に持ったクレープを上にあげ、左のクレープを少女に差し出す。

 少女はしばらく迷う素振りを見せるが、やがてポケットからクレープの代金を手に取ると、それをオレの左手に叩きつけ、クレープを奪い取る。


「べ、別に感謝なんかしないからね」


「ああ、オレも別に感謝が欲しくてあげたわけじゃないから」


 そのまま少女はオレから受け取ったクレープをまるで宝石箱でも見るようにキラキラした目で見る。

 う、うーん。正直、オレから見るとクレープのクリームの部分にあの納豆のねちょねちょした感じがべっとりと絡みついていて、それだけでも食欲が減退するんだが、どうやらこの世界の住人は違うらしい。

 そんなことを思っているうちに少女は夢中になって『抹茶納豆クレープ』を頬張る。


「ん、ん~~~~~~!! やっぱりこれよ、これ! 納豆の絡みつくような感触……それを抹茶が優しく包んで、納豆のネバネバとクリームのもちもち、発酵した豆のアクセントが絶妙なバランスを奏でて……ふわぁ~、至高のデザートだわぁ……」


 先程までの気の強い表情から一変して、まるで即落ち2コマ漫画のように少女はだらしない笑顔で恍惚とした様子だった。

 そ、そんなにうまいのか。説明も聞いてる限り、どことなく美味しそうに感じないこともないような……。

 オレは右手に握る抹茶納豆クレープをチラリと見るが……や、やっぱダメだ。オレには早すぎる。と顔を背ける。


「もきゅもきゅもきゅ……それでなんでアンタがクレープ買いに来てるのよ?」


「へ?」


 突然、まるで昔の知り合いにでも話しかけるようなざっくばらんとした態度にオレは面食らう。


「な、なんでって……そりゃまあ巫女様からの頼みで……」


「はあー!? 巫女ってシュリのこと!? それってどういうことよ!?」


「ど、どうって……オレは彼女の護衛を任されたから――」


「はあああああああ!? アンタが護衛ですってええええええええ!?」


「な、なに!? なんでそんな反応するの!?」


 オレが巫女の護衛をしていると答えると少女はなぜか敵でも見るような目でオレに近づき「ぐぬぬぬ」と睨みつけてくる。


「……なんでよりにもよってアンタなのよ」


「いや、なんでって……アリスから頼まれたとしか」


 アリスの名を出した瞬間、なぜだか少女は息を呑み「……そう」と落ち着いた様子で距離を取る。


「……まあ、確かに他の聖十騎士は『儀式』の準備で忙しいだろうし……そうなると特級騎士のアンタが適役か……」


 と、なにやらボソリと呟いていた。

 なんだろうか、この子? シュリのことも知っているし、オレのことも知っている風だ。どこかで会っただろうか?


「なあ、君。ひょっとしてオレとどっかで会った?」


「はあ? 何言ってんのよ、アンタとは――」


 と何かを言いかけて少女は気まずそうに「あー……」とあさっての方向を見る。


「……え、えーと、ほらっ! アンタって有名人じゃん! 短期間でいきなり特級騎士に任命されて、しかもドラゴン退治までするなんて、この街じゃ有名人よ! なんでも一部では天才騎士として謳われるシャルル・ド・ハーツに匹敵する才人って!」


 へえー、オレそんなに有名になっていたのか。

 でも確かにさっきの屋台の店員もオレのことを知っていたみたいだしなー。

 やっぱりドラゴン退治の実績が大きかったのかとオレは納得する。

 その隣でホッとした様子で息を吐く少女に気づかぬままオレは館へと到着する。


「っと、ここがオレの館だから、オレはこれで失礼するな。とりあえずクレープの件はさっきので恨みっこなしってことで」


「オーケーよ。あ、それとアンタ巫女の護衛をするんなら、せいぜい彼女のことを守ってあげなさいよ」


「当然。何があってもあの子は守るさ」


 なぜだか少女がオレに巫女の護衛を強調し、オレはそれには力強く答える。だが、


「……口で言うのは簡単よ。アンタが本当に彼女を最後まで守れるかはその時にならなきゃ分からないわよ」


 そう言ってよくわからないことを口にして少女は背中を向け去っていった。

 なおその後、館に戻った後、シュリに例のクレープを渡すと彼女もまた大変喜んだ様子で美味しそうにそれを食べた。

 ちなみにアリスには「売り切れでした」と誤魔化したが、彼女は死ぬほど残念そうに膝を屈した。

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