第19話 新たなる任務
「はあ、暇だな……」
あれから一週間。
オレはさしたる任務も与えられることなく、与えられた館で日々を過ごしていた。
時折、アリスが来ては「せっかくだし、訓練でもしようかー」と騎士ギルドの訓練室にて何度か手合わせをした。
と言っても、本格的な勝負ではなく実践における読み合いや、スキルを使用するタイミング、また複合スキルについての講義みたいなものであった。
以前から言われていたことだが、オレは素の能力値や高いレベルに依存した戦い方しか出来ていない。
まあ、それもこの世界に転移してまともな戦闘経験を得るより先にスキル『睡眠』によって眠りについて、気づくとLV999になっていたのが原因だが。
しかし、それではよくないとオレはアリスからそうした戦闘技術における指導を学んでいた。
元々能力値は高いため、オレはアリスから教わった技術やフェイント、読み合いなどを瞬く間に吸収していった。
しかし、問題は複合スキルだ。
「これについてはブレイブ君が自分で選択し、生み出すしかない。けれど、前にも言ったけど『複合スキル』は異なるスキル同士を組み合わせて新しいスキルにするもの。一度スキル同士を組み合わせると、それはもう解除不可能になる。だから、自分がどういうスキルを得たいのか。自分の戦闘スタイル、これからの戦い方をイメージして決めるのが大事だよ」
「そう言われるとなー。余計に悩んで何を複合すればいいのかわからなくなるー」
昔からゲームでもそうなのだが、取り返しのつかない選択肢を前にすると悩んでしまって選択できない病気が出る。
とあるゲームでも、仲間にしたある魔物を進化させようとすると進化先が二つあって、さらにその進化先でも色々分岐が出るのを知って、どういう風に進化させようか悩んだまま、気づくと物語ラストまでその状態で進めていたってのもざらにあるほどの貧乏性。
けれど、アリスの言う通り『複合スキル』は今後オレがこの世界で戦い抜くのに必要なものだ。
今のうちにどんなスキルにするべきか、いや、どんな戦い方を目指すのかイメージしておかないと。
「やあやあ、ブレイブ君。今日も元気かなー?」
と、そんなことを思っているといつものようにアリスの声が玄関から聞こえる。
なんだろうか。また訓練だろうか?
ここ最近は連日でアリスの訓練を受けて、オレもそろそろいい感じに戦術が組めるようになってきたと思っている。
そろそろ彼女とも本気の組手をしたいと思いながら、玄関に向かうと、そこにはアリスの他に思わぬ客人がいた。
「お、お久しぶりです! ブレイブさん!」
「あれ、君は……」
そこにいたのは銀色のプラチナの髪をなびかせた笑顔の可愛らしい少女。
巫女のような服を着た特徴的な格好と、なによりも花澄と瓜二つの顔をした子。
「確かシュリちゃんだよね?」
「はい! そうです! 覚えていただいて嬉しいです!」
オレが名前を呼ぶとシュリは嬉しそうに頬をほころばせる。
「アリス。どうして彼女がここに?」
「それなんだけど次の君の任務が彼女に決まったんだ」
「はい?」
どういうことかと首をかしげるといたずらっぽい笑みを浮かべてアリスが告げる。
「君にはこれから一ヶ月、彼女――巫女シュリ様の護衛をしてもらうよ」
「護衛、ですか」
「そうだよ。これからは常に彼女の傍にいなきゃダメだよ~。あと、彼女の言いつけにも絶対服従。彼女がして欲しいことがあれば必ずそれを遂行すること! いいかなー?」
「は、はぁ……」
突然そんなことを言って戸惑うオレであったが、当のシュリはすごくやる気満々というか嬉しそうにオレの傍に近づくと「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」と頭を下げる。
いや、お見合いじゃないんだからさ……。
「まあ、そういうわけで今後は彼女も君の館に住むことになったから、ちゃんと保護するんだよ~」
「はい!? マジで!?」
「当然でしょう~。さっき言ったじゃない。これから一ヶ月、君は巫女の護衛をするの。別々に住んでたら護衛なんてできないでしょう? 彼女に危険が近づいたら、真っ先にそれを排除すること。これは何よりもの優先事項だよ」
確かに、そう言われれば一緒に住むのが最良か。
しかし、そこまで重点的に護衛をするということは彼女はこの国の貴族かなにかか? あるいは重要な役割を担う存在?
まあ、見た目からして特別感はあるが。
などと思っていると、オレと一緒に暮らすと言われたあたりからシュリはなにやら顔を赤くして「あわあわ~」と落ち着かない様子を見せていた。
「そういうわけでシュリ様。今後は彼があなたの護衛につきます。シュリ様の方で叶えたい願いなどがありましたら、遠慮なくこのブレイブ君に頼んでくださいね。彼にできないことなんてありませんから」
っておーい! なに勝手なこと言ってんですか、アリスさんー!?
さすがにオレでもできないことはちょっとはありますよー! と思わず抗議しそうになるが、その瞬間そっと耳打ちをされる。
「色々と言いたいことはあるだろうが、とにかく今は彼女の護衛に専念して。もしも君が巫女の護衛を一ヶ月無事に果たせたら、それで『聖十騎士』への道も拓けるかもしれないから」
「!?」
聖十騎士への道。
それは思いもよらぬ誘惑であった。
よくわからないが、この子の護衛はかなりの重要任務のようだ。
確かに前に山賊に襲われていた時も彼女を迎えに来たのは聖十騎士のアリシアとかいう奴だった。ということか、やはり彼女の存在はこの国にとって特別。
ならば、それを無事に守りきれば、オレの目的達成にも近づける。
オレはすぐさまアリスに視線で頷き、未だ顔を赤くして固まっているシュリに近づく。
「えー、こほんっ。というわけで巫女シュリ様。聖十騎士アリスよりオレがあなたの護衛を引き受けます。彼女の言うとおり、オレに出来ることがあればなんでも言ってください」
「なんでも……ですか?」
「はい。必ずオレが叶えてみせます」
「え、えっと! それじゃあ、ですね!」
オレがそう告げると彼女はキラキラした目でオレを見つめ、告げる。
「表通りのクランク屋台にある一日十個限定。新作の『抹茶納豆クレープ』を買ってきてもらえませんか!?」
「……はい?」
「ですから! 表通りの屋台にある限定の『抹茶納豆クレープ』です! 私、あれいつも食べたいって思ってたんですが、気づくとすぐ売り切れになっていて……なんとかなりませんか? ブレイブ様」
抹茶納豆クレープですか……。これまた個性的なクレープですね。
とはいえ、それがシュリからの頼みであれば、行くのにためらいはない。
「わかりました。それではすぐに買ってきます。シュリ様」
「は、はい! あ、それと私のことはシュリって呼び捨てにしてください。それから敬語もなしです。えっと、こ、これもお願いです」
「そ、そうですか? あ、いや、わ、わかったよ。シュリ」
可愛らしくおねだりするシュリに思わずときめくオレであったが、隣にいたアリスが「あ、ブレイブ君。ついでに私も抹茶納豆クレープお願いねー」と注文してきた。
なんだろうか。オレが知らないだけで、この世界では人気なんだろうか? 抹茶納豆クレープ。




