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超探偵は時計仕掛け ―助手には吸血少女を添えて―  作者: めらめら
第1章 出会い ―銀色の髪飾り事件―
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吸血鬼リンネ

獣人(ライカン)か……こういつは想定外だ!」

 マキシの2倍ほどもある体躯に膨れ上がって彼を掴み止めるティゲールに、探偵は驚きの声を上げた。

 ティゲールは今や、2足歩行する巨大な虎へとその姿を変えていた。

 獣人(ライカン)とは、魔物や妖精と呼ばれている古の存在と、人間との混血種の末裔の総称だった。

 自身の意志で自由に獣の姿に変じ、常人を遥かに超えるパワーと回復力、そして鋭敏な感覚を合わせ持っている。

 勿忘市の僅かな住人にも数だが彼らが暮らしていると言われているが、ティゲールもその1人だったのだ。

 彼は虎の獣人(ライカン)なのだ。


「グヘヘヘ……今ごろ気付いても遅いぜ。このままひねり潰してやる!」

 牙を剥いて高笑いしながら、ティゲールは両手でマキシを締め上げる。

 マキシの痩身がミシミシと軋んだ音をたて始め、このままティゲールにへし折られてしまうかと思われた、だが、その時だ。


「ガアア!」

「旦那!」「どうしたんで!?」

 ティゲールが悲鳴を上げて、マキシから両手を離した。

 ティゲールとマキシを取り囲んだ荒くれたちが戸惑いの声を上げる。

 鋭い爪が伸びたティゲールの左手の肉球が、鋭利な刃物のようなもので切り裂かれ、血が滴っていた。


「やれやれ、こんな事になるなら上着(ジャケット)は脱いでおくんだった。またミセス・デイジーに怒られる……」

 獣人の腕から解き放たれたマキシが、心底憂鬱な様子で溜息をついた。


「てめえ! 何しやがった……あ!」

 マキシに用心深くにじり寄りながら、ティゲールは自身の左手を切り裂いたモノの正体に気付いた。

 マキシの纏った黒い上着(ジャケット)を切り裂いて彼の右袖から飛び出しているのは、半月刀の刀身のような形をした銀色の刃だった。

 ヒィィィイイインンン……

 マキシの右腕から、金属の擦り合わさるような掠れた音が漏れ出し始める。


「ティゲールくん。君の秘密には驚かされたよ。だが私の身体にもちょっとした秘密があってね……」

「くそお! なめやがって!」

 マキシがしゃべり終わるのも待たずに、ティゲールは丸太のような右腕を振り上げた。

 ブン。鋭い爪先が、マキシ向かって振り下ろされた。だが……

 ガシリ。次の瞬間には、マキシの右手がティゲールの手首を凄まじい力で掴み止めていた。


「なにい!」

 驚愕の声を上げるティゲール。

 自身の半分にも満たない体躯のマキシの細腕が、獣人の一撃を受け止めたのだ。


「人の話は最後まで聞くものだティゲールくん……」

 マキシの右腕が異様な変化を遂げていた。

 身に纏った上着(ジャケット)の布地が、腕から飛び出した銀色の歯車の回転やシリンダーの往復運動に切り裂かれ、夜の空を舞っていた。

 露出したマキシの右腕は、雲間から顔を出した月の光を受けて銀色に輝いた……機械製だったのだ。


「腕が……離れない……!」

 ティゲールは動揺していた。

 彼の腕を掴み止めた、探偵の銀色の指先が、凄まじい力でティゲールの手を締め上げ、ティゲールはその場から一歩も動けない!

 そして次の瞬間、マキシはティゲールの正面からその身を翻していた。


「ダッ!」

 裂帛の気合と共に、マキシがティゲールの腕を……背負って投げた!


「ドバアアアアアアーーーーー!」

 ティゲールが情けない悲鳴。

 路地の石畳と砕いて、ティゲールの身体は頭から地面にめり込んでいた。


「旦那!」「旦那!」

「ふむ。少しやりすぎたかな。まあ獣人(ライカン)はタフだから死ぬことはない……だ……」

 一斉にどよめく荒くれと、めり込んだティゲールを覗き込んで肩をすくめるマキシ。だが、探偵の言葉が途中で途切れた。

 ガラガラと石畳の破片を振り払いながら、ティゲールが立ち上がろうとしていた。


「きーさーまーなーんーぞーにーーー

「まだやるつもりか……全くタフネスだけは称賛に価する!」

 頭を振りながら、フラついた足取りで探偵に殴りかかろうとするティゲールに、マキシは呆れ顔だった。


「しーーねーー」

 スローなモーションで自身の爪先をマキシに振り下ろそうとするティゲール。

 だが、その時だった。

 ティゲールに向けて構えられた探偵の右腕が一瞬にして半分ほどの尺まで収縮(・・)した。

 歯車が回転し、板バネが重なり合い、マキシの腕が軋んだ音を立てた、次の瞬間、


掌撃(インパクト)!」

 ズドン! マキシの気魄と共に、一瞬にして探偵の右腕が伸展(・・)していた。

 マキシの銀色の掌底が、毛皮と分厚い筋肉に覆われたティゲールの腹部にめり込んでいた。


「ガ……」

 そして一声そう漏らすと、ティゲールの巨体は路上に倒れ込んでいた。


「やれやれ、酒臭い息を吐きかけるなよ。全く『品格(クラス)』の無い奴だ」

 卒倒したティゲールを見下ろして、探偵は溜息をついた。


「旦那!」「まさかドラムゴの旦那が!」

 マキシを取り囲んだ荒くれたちが、絶望の呻きを漏らす。


「勝負はついたぞ。君たちの兄貴分は気持ちよく眠っている。さあ聞かせるんだ、君たちの依頼人のことを。今夜は自分の足で歩いて帰りたいだろう?」

 荒くれたちを見回し、マキシは厳しい声でそう言い放った。


「くそ! いい気になるなよ探偵!」

「旦那はやられちまったが、俺たちの仕事はもう終わってるんだよ!」

「……なんだと?」

 荒くれたちの言葉に、マキシの眉がピクリと動いた。


「ぎゃはは! 確かにてめーの屋敷を探し当てるのはホネだ。何処にあるかもわからない……だがな」

「別に屋敷を探す必要なんてなかったんだ。電話一本でいいんだよ。それで事は済んだぜ」

「何を……言っている……」

 マキシがいらだった様子で荒くれの一人ににじり寄る。


「ガキの一匹はもう回収済だ。そしてもう一匹は……」

 荒くれがニヤニヤしながら辺りを見回した、その時だった。


「マキシさん! マキシさん!」

 鈴を振るような声が、夜の路地を渡った。


「リンネくん!」

 マキシが驚愕の声。

 闇夜を流したような長い黒髪をなびかせて、マキシの方に走って来る人形のような顏の少女の姿。

 御崎リンネの姿だった。

 リンネの顏には狼狽の色があった。

 取り乱し、まるで周囲の様子が目に入っていないようだった。

 そして……


「ソーマが……ソーマの姿が何処にも見当たらないの……アッ!」

「ぎゃはは! もう一匹! ただいま回収!」

 路上で待ち伏せていた荒くれの一人が、走るリンネに飛びかかったのだ。

 少女の細い手首を掴が荒くれの手に掴み取られていた、その喉元にはナイフがあてがわれていた。


「勝負ありだな探偵! ガキの命が大事なら、その場から1ミリも動くんじゃねえ!」

 勝ち誇った荒くれが、懐からナイフを取り出してマキシの方に歩いてくる。


「つくづく『品格(クラス)』の無い連中だ。私を本気で怒らせたな……!」

 その場に立ち尽くしたマキシの金色の瞳が、怒りに燃えていた。


「へ。あの世で怒ってやがれ!」

 荒くれが高笑いしながら、マキシの喉元にナイフの刃先を突き立てた。

 ……かに見えた、その時だった。


「グバアアアア!」

「え?」

 耳元で聞こえる恐ろしい呻きに、リンネは戸惑いの声を上げた。

 リンネを掴み止めていた荒くれの腕の力が急速に弛緩してゆき、リンネの顔にポタポタと何かが降って来た。

 喉元に突き立てられたナイフ(・・・)の傷からしたたり落ちた、荒くれの血だった。


「駄目だ……血は駄目だ(・・・・・)……!」

 見開かれたリンネの黒珠のような瞳が、恐怖に竦んでいた。

 

「な……何が……おきた!」

 マキシの喉にナイフを突き立てたはずの荒くれが、戸惑いの声を上げていた。

 荒くれのナイフが、立ち尽くした探偵の眼前に生じた奇妙な揺らぎの中に吸い込まれていた。

 揺らぎの中に消えたナイフの刃先が、リンネを捉えた荒くれの喉元向かって、宙空から(・・・・)飛び出していた!


「ギッ!」

 リンネが獣のような唸りを上げた。


「グアアウ……足りない。まだ足りない……!」


「んんぁあ……」

 人形の様に端正だったリンネの顔が、欲望と喜悦に歪んでいた。

 黒珠のようだったリンネの瞳が、今は真っ赤な血の色に染まっていた。

 マキシは見たのだ。

 獣のように四つ這いになって、ピチャピチャとあさましい音を立てながら、石畳にまき散らされた荒くれの赤黒い血を舐め取ってゆく少女の姿を。


「御崎リンネ……やはり君は……吸血鬼(ヴァンピール)!」

 そう呟く探偵の肩は、震えていた。



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