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超探偵は時計仕掛け ―助手には吸血少女を添えて―  作者: めらめら
第1章 出会い ―銀色の髪飾り事件―
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探し屋ティゲール

「神父。私がゆうぎり町まで来た理由は、わかっていますね?」

「ああ。例の事故(・・)ですな。町中で立て続けに浮浪者たちが……悲しい事です。日曜の教会の施しで、見知った顔もいたというのに……」

 マキシの質問に、サンデー神父はそう答えて顔を曇らせた。


「最近何か、気に掛かる事はありませんか? 例えば夜中に、妙な物音がするとか……」

「物音? さあ私は気付きませんでしたが。君は? シスター・テレーズ」

「いえ神父。私もまったく……」

 続けて質問するマキシに、神父とシスターは顔を見合わせて口を揃える。


「そうですか。時に神父。孤児院の様子はどうですか。子供たちは元気で?」

「ええマキシさん。シスター・テレーズにも手伝ってもらって、どうにか切り盛りしていますよ。まあ残念ながら子供の出入りも多い。此処での暮らしにも堪えられないのか、院を飛び出して、そのまま行方をくらましてしまう子もいますがね」

「色々ご苦労があるんですね。ちょっと子供たちの顔を見に行っても?」

「やめてください。ミスター・マキシ!」

 礼拝堂を見回しながら、孤児院の寮舎の方へ足を向けようとするマキシを、シスター・テレーズが鋭い声で制した。


「今はこんなことがあって、子供たちも怯えて、神経質になっているんです。そんな格好で寮舎に顔を出すのはご遠慮願います」

「なるほどたしかに。それでは、また何かあったら伺います。ですがその前に……」

 黒ずくめの自身の服装に目を遣ってマキシは頷くと、神父とシスターに会釈してそう答えた。

 神父がシスターに命じて何かを持って来させるのをひと時待ちながら、マキシは再び辺りを見回して、礼拝堂の空気を嗅いだ。

 漂う乳香の匂いに、幽かな、甘い花の香が混じっていた。


  #


「新しいシスター。豹変したという神父……だが私の事は覚えていた。おかしな物音。浮浪者の死体。焼死事件。そして奇妙な花の香。それに……」

 夕刻のバーカウンター。

 マキシはグラスを傾けながら、リンネの話と、今日起こった出来事を反芻していた。

 

「マスター。ゆうぎり町の贖罪教会の神父の事なんだがね、彼はいつ足を悪くしたんだ?」

 マキシの前でグラスを磨いているバー『アウエルバッハ』のマスターに彼はそう尋ねる。


「ああ、サンデー神父ですか。例の列車事故に巻き込まれて、ああなっちまったって聞いてます。全く運が悪いというか、いや生きていられたんだから幸運ってことですかね……」

 マスターはマキシと視線も合わさずサラリとそう答えた。

 この男、バー『アウエルバッハ』のマスターは、勿忘市で起こった事件やゴシップに関して知らない事は無いと言われるほどの情報網の持ち主なのだ。


「列車事故? 例の……『トワイライト・エクスプレス』か!」

 マスターの言葉に、マキシは小さく驚きの声を上げた。

 トワイライト・エクスプレス脱線事故。勿忘市を取り囲んだ広大な黒の森を縦断して市外へ至る長距離列車で、2ヵ月前に起こった悲劇だった。

 市外から10へクス地点で起きたブレーキ装置の故障による列車の脱線、横転事故によって10人以上の死者を出した大事故。

 その列車に、サンデー神父も乗り合わせていたというのだ。

 マキシの中で、何か(・・)が繋がる音がした。


 その時だった。


「いたぞ! 旦那、こいつです!」

「隣、邪魔するぜ」

 マキシの背中から不躾にそう声がかかって来た。

 と、同時にカウンターの隣席に腰かける者がいた。


「あんたが探偵マキシか……レモンティー? ハッ! こんな酒場で、随分可愛らしいもん飲んでやがる」

「フン。君の方こそ。そのカップの中身はホット・ミルクだ……」

 マキシの隣に腰かけてせせら笑う男に、彼も鼻で笑ってそう答えた。

 まだ若い。灰色のスーツで上下を決めた、細身のマキシよりも更に痩せぎすの男だった。

 綺麗に撫でつけたオールバックの黒髪。獣のような鋭い眼光が、油断なくマキシを捉えていた。


「ああ、仕事前(・・・)は飲まない主義なんでね。でないと歯止め(・・・)が効かなくなっちまう……」

 男は手にしたマグカップの中身を一気に飲み干すと、マキシの前にドンッ! とカップを叩きつけた。


「俺はティゲール・ドラムゴ。『探し屋ティゲール』で通してる。ここに来た理由は、分かってるよな?」

「なるほど、昨日私が叩きのめしたチンピラどもの兄貴分が、面子を保ちに出向いて来たってわけか。だが『探し屋』? 『人さらい』の間違いじゃないのか?」

 そう答えてマキシはゆっくりと店内を見回す。

 いつの間にか、マキシの背後から彼を取り囲んでいるのは、昨日マキシが叩きのめした、4人の荒くれたちだった。


「うるせえ! 俺の顔に泥を塗ってくれやがって。仕事はキッチリ片付けるさ。ついでにあんたもだ!」

「マキシさん。此処での揉め事はゴメンですよ。やるならいつも通り(・・・・・)、外でお願いしますぜ」

「ああ、わかってるよマスター。さあ出るぞ、ティゲールくん……」

「ふん。さすが探偵。話が早えー」

 マキシは溜息をつくと、バーカウンターから立ち上がった。


  #


 酒場の外、人通りも途絶えた夜の路地で、マキシとティゲールが向かい合った。

 二人を遠巻きに取り囲むのは、ティゲールの手下の4人だった。


「正々堂々、タイマンで勝負だ。男の喧嘩っつったらよォー。やっぱコレだろ?」

 ティゲールがそう言い放つと、拳を自身の眼前に構えた。

 膝を曲げ腰を落とし、両足が機敏にステップを踏み始める。


「ボクシングか。面白い。私も心得くらいはあるぞ」

 マキシもそう答えて、ボクシングフォームをとった。

 両足が軽快なリズムを刻み始める。

 ジリジリと距離を詰めてゆく2人、だがその時だった。


「時にティゲールくん。その袖の中に隠したナイフを私に投げつけるつもりなら、止めておいた方がいいぞ?」

「な……!?」

 マキシが放った言葉に、ティゲールが戸惑いの声を上げた。


「ふざけんな! なんで俺がそんなこと……」

「君の目線、君の動き、君の重心の取り方は『突き』ではない。明らかに『投擲』を狙ったものだ。それに構えた拳の僅かなしなりが教えてくれる。両袖に何か隠し追っているな。部下から聞いているんだろ? 私に飛び道具が効かないことを。ならば接近戦と見せかけて不意打ちでナイフを放てば、私の能力も封じられると、大方そんな読みだろう?」

「グググググ……!」

 マキシの指摘に、悔し気な唸りを上げるティゲール。


「ちくしょー! バレてんじゃねーか! だが……!」

 ティゲールがボクシングの構えを解いた。

 と同時に、彼の灰色のスーツの袖口から飛び出した銀色の飛び出しナイフが、彼の両手に握られていた。


「『投げる』だけじゃねーぜ。俺は本来の使い方の方が得意なんだぜ。『ぶっ刺す』てゆうよォーー!」

「なるほど、開き直ったな。私はこの流儀(スタイル)でやらせてもらうよ」

 両手のナイフを目にも止まらない速さで繰り出してくるティゲールの乱れ突きを、だがマキシはボクシングのフォームを崩さず、間一髪でかわし続ける。

 どうにか反撃の隙を見つけようとするマキシだが、ティゲールの猛攻がそれを許さなかった。


「なるほど、かなり素早いな。大した腕前だ。これではストレートを当てるのは到底無理だ……」

「ギャハハ! どうだ俺のナイフテクは! このまま大人しく……穴だらけになりやドブチャアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!」

 ティゲールが勝利を確信して高笑いした、だが次の瞬間。

 彼の身体がマキシの元からフっ飛ばされて、5ブロック先の地面に転がっていた。


「旦那!」

「ドラムゴの旦那!」

「ウグググ……何だ今のは……まるで、鼻ツラに金槌を叩き込まれたような……!」

 フっ飛ばされたティゲールに駆け寄って彼を助け起こす部下たち。

 ティゲールは頭を振りながら、呆然としてマキシを眺めた。


「どうだ。私のは、ジャブでも結構キクだろう?」

 マキシは涼しい顔でティゲールを見下ろしそう言い放った。

 ナイフの連撃の合間を縫って放たれたマキシの左ジャブが、ティゲールの鼻を叩き折り、彼を5ブロック先までフっ飛ばしていたのだ!


「どうしたティゲールくん。2ラウンド目もやるかな?」

「グググググ……! コぉケぇにぃしぃやぁがぁってぇええええええええ!」

 マキシの挑発に、ティゲールが憤怒の形相で石畳から立ち上がった。


「おい! アレを出せ!」

「へい、旦那!」

 ティゲールが手下にそう命令すると、手下の一人が懐から何かを取り出して彼にそれを手渡した。


「おいおい。仕事中は飲まないんじゃなかったのか?」

 ティゲールが手にしたソレを見て、マキシは呆れ顔でそう尋ねた。

 彼が握っているのは、琥珀色の液体で満たされたバーボンウィスキーのボトルだったのだ。


「バーカ! そりゃ仕事前(・・・)の話だ。こいつを飲まねえと、火がつかない(・・・・・・)んだよォおおおおお!」

 キュポン、ゴクゴクゴクゴク……

 唖然とするマキシにそう答えると、ティゲールはボトルの栓を抜いて琥珀色の中身を、一気に自分の喉に流し込んだ。


「いくぜ探偵! 第2ラウンドだ!」

「まったく、しつこいなあ……」

 再び突進してきたティゲールに、マキシは肩をすくめた。

 だが……


「なに!?」

 マキシの金色の瞳が驚きに見開かれた。

 左ジャブ。右フック。左ジャブ。

 マキシの放った拳は、もうかわす様子もないティゲールに確実にヒットしているのに、彼は一向に倒れる様子が無いのだ。


「さっきより打たれ強い? 酒が効いてるのか?」

 戸惑いの声を上げるマキシの身体に、ガシリ。ティゲールの両腕が組み付いていた。


「グヘヘヘヘ。捕まえたあ。いーい感じに火がついて(・・・・・)きたぜ……!」

「組み技に持ち込むつもりか? だがハッキリ言って力もタフネスも私の方が……!?」

 そう言いかけて、マキシは息を飲みこんだ。

 ティゲールの身体に、異変が起こっていた。

 マキシに組み付いた彼の両腕が、丸太のように膨れ上がってゆく。

 ティゲールの纏った灰色のスーツが、盛り上がってゆく肉体の大きさに耐え切れず、内側から引き裂かれる。

 ティゲールの口が耳まで裂けて、口内には鋭い牙が生えそろう。

 頭から飛び出している大きな耳。その身体を覆ってゆくのは、黄色と黒との縞模様に彩られた毛皮!


「その姿は虎……獣人(ライカン)か!?」

 自分に組み付いたティゲールの恐ろしい正体に気付いて、マキシは驚愕の呻きを漏らした。


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