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超探偵は時計仕掛け ―助手には吸血少女を添えて―  作者: めらめら
第1章 出会い ―銀色の髪飾り事件―
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サンデー神父

 その日の夕刻だった。


 勿忘市の中央地区。

 石造りをした厳めしい市庁舎の裏手から歩いて程ない店の地下に、探偵マキシの姿があった。

 バー『アウエルバッハ』のカウンターだ。


「どうも気になる……何かがおかしい……」

 様々な人たちが酒を酌み交わす喧騒に背を向けて、一人。

 マキシはグラスを傾けながら、ブツブツとしきりに何かを呟いていた。


「マキシさん。また事件ですかい?」

「ああマスター。ちょっと訊きたい事があるんだがね。ゆうぎり町の贖罪教会の事なんだが……」

 カウンターに立った恰幅の良い初老の店主にそう答えて、マキシは彼に尋ねごとをした。

 探偵は、昼間の捜査でわかった事を整理しようとしていた。


  #


「ふむ。勿忘市遺物管理局が保管している魔遺物(レリック)で該当するようなモノは見当たりませんな。盗難届が出てるなんて話も聞こえてこない。裏で流れていたモノでもないし、やはり街の『外』から持ち込まれたモノ……まてよ。確か昔、どこかで同じモノを……?」

 埃をかぶった古道具に埋め尽くされた骨董品店の奥で、マキシの差し出した写真を眺めながら単眼鏡(モノクル)をかけた老人が首を傾げていた。


 リンネとソーマの世話を屋敷のメイド、ミセス・デイジーに任せたマキシが、その日最初に尋ねたのは骨董品店『ムジナ』の店主、ヤタロウ老人だった。

 一見して人の好さそうな市井の老人にしか思えないこの男は、だがその実は市の内外で流通している、ありとあらゆる魔遺物(レリック)の行方と能力に通じ、盗品や違法商品……裏世界の魔遺物(レリック)売買の一切を取り仕切る悪党中の悪党。

 そして魔遺物(レリック)の鑑定に関して、マキシが最も信頼を寄せている超一流の鑑定士だった。


「知っているのか? ご主人!」

「ああそうだね。ウルヴェルクの国立博物館で同じものを見たことがある。こいつは確か『来訪者』が造ったと言われている。用途も能力も今となっては分からんが……名前は確か……『魂の座』……」

「来訪者……魂の座!?」

 老人の答えに、マキシは息を飲んだ。

 『来訪者』とは、魔物や妖精たちの時代よりも更に昔、天の彼方からこの世界にやって来たと伝えられる伝説的な存在だった。

 不滅の魂を持ち、「生まれ変わり」によって永遠の命を保ち続ける。

 来訪者たちは、今もこの世界で人の姿をして生き続けている……まことしやかにそう唱える宗教者や学者もいて、信じる者も多かった。


「ありがとう、ご主人。それだけ判れば十分だ」

「そりゃ何よりですな、マキシさん。本来ならば10万メモリほど鑑定料を頂くんですが、あなたはロハで結構ですよ」

 立ち上がって踵を返し、ツカツカとその場から立ち去ろうとするマキシに、ヤタロウ老人は少し皮肉っぽくそう声をかけた。


「ああ。そうしてもらえると助かるよご主人。何しろあなただって、叩けばいくらでも(ホコリ)が出てくる身体。本来なら勿忘市警の世話になる案件(・・)だって、両手の指じゃ利かないはずだからね」

 老人の声に立ち止まったマキシが、悪戯っぽく笑ってそう答えた。

 彼が過去に扱ってきた事件の中でも、ヤタロウ老人が裏で絡んでいた案件は相当な数になるのだ。


「謝礼なら心配しなくてもいい。いつも通り、事件が解決したら髪飾り(こいつ)の管理はあなたに任せる事にするよ。あなたの店のコレクションは、この世で最も安全な魔遺物(レリック)保管庫だからね。ではまた来るよ」

「はいはい。毎度どうも」

 背中越しに主人に声をかけて、店を出てゆくマキシにヤタロウ老人は深々と頭を下げた。


「フン。安全な保管庫(・・・)か。そいつはどうも、マキシさん……」

 そして、通りに出て颯爽と歩き出すマキシの姿をガラス戸越しに追いながら、ヤタロウ老人はポツリとそう呟いた。


「なんならあんたの身体(・・・・・・)も、ウチで引き取りますよ。あんたが死んだら、あたしの店のコレクションとしてね……」


  #


「行き倒れか……」

「今月に入って何人目だ……?」

 紺色の外套をまとった数名の警察官が、路傍で倒れている浮浪者の遺体搬送を指示するさなか。

 遠巻きにそれを眺める群衆たちの、不審そうなヒソヒソ声がマキシの耳を掠める。

 骨董品店『ムジナ』を出て1時間後、探偵の姿は街の西、ゆうぎり町にあった。

 折しもその時、ゆうぎり通りの路上で発見された浮浪者の遺体の警察による検分にマキシは行き当たったのだ。


「また浮浪者か?」

「ああ。いつも通り、事件性は無さそうだが……」

「死因はどうせ餓死だろう。何かのお祈りか? こいつらがハンガーストライキなんかやって、何の意味があるってんだ」

「あれ、そう言えば、今日はあの匂い(・・)が……」

 若い警官たちが、遺体を見下ろして眉をひそめながら言葉を交わしていると……


事件性は無い(・・・・・・)だって? 全く君たちの脳みそはカラメルのかかったプリンか何かか? 一体あの男(・・・)は後進にどういう教育をしているんだ……!」

 いつの間にか警官たちの傍らに立ち、肩をすくめてそう嘆いているのは探偵マキシだった。


「何者だ貴様!」

「警官を侮辱するのか? ここは立ち入り禁止だぞ!」

 マキシの姿に気付いた警官たちが、苛立った様子でマキシにそう問いただすが、探偵は気にとめる様子もない。


「見開いた目、澄ました耳の伝える情報に心を従わせれば、当然のようにわかるはずだ。個々の事象に事件性は無くとも、事象の連続を一つの事象と捉えれば導き出される結論は一つだ。これは事件だ。それもただの事件(・・・・・)じゃない……!」

「無礼者! 捜査の邪魔をする気か?」

「こっちに来い! しょっ引いてやる」

 自分を取り囲んだ警官たちに、なおも食い下がるマキシに警官の一人が警棒を振り上げようとした、その時だった。


「やめたまえ!」

 野太く、よく通る声が警官たちを制した。

 彼らと同じ紺色の外套をまとった、たくましい体つきをした壮年の刑事だった。


「警部補……!」

 警官たちが、一斉にうろたえる。


「やれやれ、レストン警部補か。ようやく話の分かる奴が来た」

 マキシは壮年の刑事の方を向くと、そう言って肩をすくめた。


「部下の非礼を許してくれマキシ。彼らはまだ任官したばかりでね。君が誰か(・・・・)も知らなかったのさ」

「いや、いいんだレストン警部補。君が出て来たってことは市警察も事件性を認めているってことだからね」

 くだけた様子でマキシと刑事は言葉を交わした。

 勿忘市警捜査課のレストン警部補。

 過去何度も、難事件の解決をマキシに助けられている。

 粘り強く決して手を緩めない猟犬のような捜査力には、マキシも一目置いている男だった。


「警部補。ゆうぎり町の浮浪者連続餓死事件について、知っていることを教えてくれ。それと、ブラナー氏の変死についてもだ」

「『ブラナー』か……あいかわらず鼻がいいな」

 マキシの口から出た名前に、警部補は感嘆したようにそう呟いた。


「彼の場合は他の浮浪者とはわけが違った。死因は焼死。灯油をかけられた形跡は無かった。短時間に、強い火力で直接(・・)燃やされたんだ。そんなことが、街の真ん中で可能だろうか。それから、事件と直接関係は無いんだがね、彼には他の浮浪者と違うところがあった。古創(ふるきず)だ」

「古創……?」

 警部補の答えに、マキシは首を傾げる。


「ああ、彼は昔、街のヤクザ者の用心棒だったんだ。組織同士の抗争で全身に銃弾を受けて右手と右目が使い物にならなくなってから、長い事あんな生活をしていたみたいだがね、今でも身体にその弾丸が残っていたんだ。中には頭蓋骨に食い込んだままのものもあってね。壮絶な生きざま、死にざまってやつだな」

 警部補は神妙な顏でマキシにそう答えた。


「なるほど興味深いな。他には?」

「他の浮浪者に関しては検視結果は餓死ということしか分からん……何とも言えないが……ん、そういえば……」

「そういえば?」

「今日の遺体からはしなかったな、匂いが」

「匂い?」

「ああ。奇妙な話なんだがね、これまで発見された浮浪者の身体からは何というか……甘い、花の香みたいなものがしたんだ。おかしなことだろう。彼らは、シャワーを浴びる事もままならないはずだったのに……」

「なるほど、奇妙な話だな……」

 警部補の言葉が、マキシには妙に引っかかった。


「花……花の香……花籠……花……」

 金色の瞳で中空を見据えながら、探偵は小さく何かを呟いていた。


  #


「それにしても、この辺りは猫が多いんですね」

「ええ、何かにひかれてやって来るんでしょうか。追い出すのもホネだし、子供たちも喜ぶので、祭礼の時間以外は放っておくのですが……」

 ニャア……ニャア……ニャア……

 礼拝堂のそこかしこで歩き回ったり寝そべったりしている三毛や虎縞のネコたちを見回しながら、首をかしげるマキシに神父はそう答えた。


「なんいせよ、ようこそマキシさん。わざわざ教会まで……」

「なにイーラーイ神父。たまたま近くを訪れたものですから」

 警部補とのやりとりから時を置かずして、マキシはゆうぎり町の贖罪教会の門をくぐっていた。

 車椅子に座った初老の男……イーラーイ・サンデー神父が、にこやかな表情でマキシを出迎える。


「こちらはシスター・テレーズ。今月からこの教会を手伝ってもらっています。なにしろ、今は足がこんなでね……」

「はじめまして、ミスター・マキシ。シスター・テレーズと申します」

 サンデー神父の車椅子をひいているのは、その身を包んだ修道服の上からでもはっきりわかるほど豊かな体つきをした若い修道女。

 妖艶なシスター・テレーズだった。


「それにしても、お久しぶりです神父。去年の降誕祭でお見掛けして以来だから、もう1年近くになる」

「ハハハ、何を言っているんですマキシさん。最後にお会いしたのは、今年の聖燭祭の時じゃあないですか」

 神父と握手を交わそうとしたマキシの手が、ピクリと震えた。

 サンデー神父は、マキシと最後に会った日を正確に覚えていたのだ。


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