表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超探偵は時計仕掛け ―助手には吸血少女を添えて―  作者: めらめら
第2章 疾風武侠 ―怪盗ストーム事件―
12/13

怪盗参上!

「怪盗ストーム……。調べれば調べるほど見事な手口だ!」

 探偵マキシは感嘆の声を漏らしていた。

 表札の無い屋敷の書斎で新聞紙の切り抜きを眺めながら、怪盗の過去の犯行を調べているのだ。


「そんなに凄いの? マキシ?」

 マキシの隣に立って興味深そうに新聞を覗き込んでいるのは、書斎に紅茶を運んで来たメイド姿のリンネだった。


「ああリンネ。彼の特技は変装と声帯模写だ。ターゲットの持ち主に予告状を送り付けて、慌てて招集された警備関係者に紛れ込んで魔遺物(レリック)を盗み出す。怪盗としての手口は実に正統派(オーソドックス)だが、本当に用意周到だ。常に計算された行動をとる」

 リンネの問いにマキシが答えた。


「例えば機巧街(ウルヴェルク)の博物館から『ラーヴァの火炉』その他モロモロを盗み出した時は、魔遺物(レリック)の修復職人の統領に変装していた。1週間かけて博物館の宝物を全て偽物(ダミー)と入れ替えてしまったんだ。また吹雪国(シュメシュトルム)の氷の城の晩餐会では、宮廷料理人になり代わっているな。ネムリバの実を混ぜた料理で城内の全員を眠らせ、まんまと国宝『メイの指輪』を盗み出している。料理の腕も相当なものらしい。だが最も注目すべきは彼の隠密(ステルス)能力だ。犯行を目撃されて警官たちに追跡されても、いったん人ごみに紛れてしまったら、もうどうやっても見つけることが出来ない。水も漏らさぬような捜査網をもってしてもだ。いったいどんなトリックなのか、実に興味深い能力だよ!」

 マキシの口調が、熱をおびている。


「それと獣王渓谷(レーヴェンタール)の黒獅子城に忍び込んで国宝『戦乙女(リート)(つるぎ)』を盗み出した時は、警備兵たちに城の尖塔まで追い詰められているが、その時は一風変わった事をしているな」

「変わった事って?」

「尖塔の窓から飛び降りて、羽もないのに空を飛んで(・・・・・)逃げたっていうんだ!」

「空を飛ぶ? 呆れた。それじゃあどんなに頑張って追いかけても、どうにもならないじゃない?」

 マキシの言葉に、リンネは黒珠のような瞳を見開いてそう言った。


「ああリンネ。その通りかもしれん。だが方法はあるさ。誰も見たことが無いという怪盗の素顔と正体。そいつさえ押さえてしまえばね! それにしても……」

「何か、気になるのマキシ?」

 熱のこもった口調から一転、いぶかしげな声を漏らすマキシを見てリンネが首をかしげる。


「ああ。少しなリンネ。今回の『月女神(ルーナマリカ)の瞳』盗難事件。怪盗の過去の手口と比べると、何か(あら)いんだ」

「粗い? やり方が?」

「そうだ。1件目、市の魔遺物管理局倉庫からの盗難は担当職員を拘束。一時的に監禁して倉庫の鍵を奪って盗み出している。2件目の博物館は白昼堂々。老紳士が警備員や客の眼前でいきなりケースを叩き割り、館外に逃走、潜伏中だ。予告状が届いたのはその日の朝だったそうだ。いずれもこれまでの彼の手口に比べると、あまりにも準備が足りない。余裕がなさすぎる。何か、妙に急いでいるような。焦っているような……?」

「焦っている? いったいどうして?」

「わからない。いずれにしても、捕まえて確かめるしかないさ」

 リンネの問いに、マキシは何かモヤモヤしたような表情でそう答えた。


「残った1つの『瞳』は今夜、勿忘美術館から市の中央庁舎まで搬送される。じきにメイプルトン氏の迎えが来るだろう。リンネ。今回は君も同行してくれ」

 マキシは、傍らに立つ人形の様な顏の少女を向いてそう言った。


「え、私も?」

「そうだリンネ。今回の相手は並の犯罪者じゃない。君の吸血鬼(ヴァンピール)としての能力が助けになるかもしれない。捜査に協力してくれないか?」

「わかったわ。私がマキシの探偵助手ね!」

 マキシの依頼に、リンネはニッコリ微笑んでそう答えた。


  #


「困りますよマキシさん。関係者以外の立ち入りは!」

「構わんでくれミスター・メイプルトン。彼女は私の助手なんだ」

「あらマキシ。『有能な』が抜けているわ!」

 屋敷にやって来たメイプルトンの運転する自動車(オートモービル)に乗って、マキシとリンネは勿忘美術館に到着した。

 関係者以外立ち入り禁止の館内まで入り込もうとするリンネに、メイプルトンが戸惑いの声を上げる。

 だがリンネは澄ました顔で、マキシから離れない。


「助手だって。大丈夫なのか、あんな子供が……」

 先日、自分に酷いミートパイを食べさせた少女の姿を追いながら、メイプルトンは小声でそう呟いた。


  #


「これが『月女神(ルーナマリカ)の瞳』……!」

「ああ。見事だ。実に美しい……」

 ニワトリの卵ほどもある滑らかな宝石が、開かれたアタッシュケースの真ん中でトパーズのような眩い金色の輝きを放っっている。

 今夜市庁舎に搬送される『月女神(ルーナマリカ)の瞳』の輝きに、リンネとマキシは溜息をついていた。

 宝石を収めたアタッシュケースの横には、同じ形の空のケースがもう2つ用意されていた。


「『搬送経路』は3つ用意しています。勿忘市警の護送車と、それを守る警察騎馬隊による、あさぎり通りを経由した『陸路』。同じく市警察の擁する蒸気船(ランチ)によって勿忘河を遡上する『水路』。A・A市長ご自慢のオートジャイロを特別に持ち出した『空路』です」

 警官の1人がマキシにあらましを説明している。


「このうちの2つ、空路と陸路は偽物(ダミー)を搬送する囮です。本物は河の両岸からの監視が万全、かつ怪盗ストームが人ごみに紛れることの出来ない水路を利用して搬送を行い……」

「待ちたまえ。『経路』を1つ追加してくれないか?」

「は? 追加ですか?」

 説明を止めて声を上げるマキシに、警官は首をかしげた。


「そうだ。もう1つだ。この『私』だよ」


  #


「無茶ですマキシさん! 今さら搬送計画を変えるなんて。それに何の警備もつけずに、マキシさんが『月女神(ルーナマリカ)の瞳』を直接……!?」

「なに。安心したまえミスター・メイプルトン。私の上着(ジャケット)の内ポケットは、この世で最も安全な『搬送手段』だよ。それに……」

 マキシの提案に、メイプルトンが声を荒げた。

 陸路、水路、空路の搬送物を全てダミーにして、本物は探偵が直接持ち歩くというのだ。


「今回の相手は並じゃない。自分の過去の手口から、警察が水路を利用することくらい当然おりこみ済みのはずだ。搬送中。市庁舎到着のタイミング。あるいは今すぐにでも、何かを仕掛けて来る。その兆しを見逃してはならないのだ。ミスター・メイプルトン、私は『鉄道』を利用する。勿忘河の東岸に添って市の中央に至る、あの鉄道をね!」

「あ……『あさぎり線』……!?」

 マキシの言葉に、メイプルトンは息を飲んだ。


「リンネ。君は空からの見張りを頼む。陸路、空路、水路の全てをだ。少しでも変わったことがあったら、私に知らせてくれ」

空から(・・・)ね。わかったわマキシ」

「空から? いったい何を言ってるんです?」

 マキシの指示に、リンネが涼しい顔で肯いた。

 メイプルトンは、わけがわからず戸惑い顏だった。


  #


「さあ。始まったぞ怪盗ストーム。何を考えている。何を仕掛けてくる?」

 搬送任務が始まった。

 夜更けの郊外。

 マキシの身体は警備もつけずに単身。

 勿忘河の沿岸を走る鉄道『あさぎり線』の車内にいた。


 この時間に市の中央部に足を運ぶ乗客は少ない。

 探偵はノンビリ座席に腰かけて、街の灯を映してきらめく夜の勿忘河を見下ろしていた。

 河面を行くのは市警察の擁する蒸気船(ランチ)の一群。水路の護送団だった。


 探偵が夜の空に目を凝らせば、闇間を流れているのは何百頭もの黒翅の蝶。


 吸血鬼(ヴァンピール)リンネの変化した黒蝶の一団だった。


「マキシ。今のところ特に変わった様子はないわ」

 マキシの耳元でそう囁くのは、ハサハサと掠れた羽音をたてて探偵も周りを飛ぶ1頭の蝶。

 リンネの身体の一部だ。


「わかったリンネ。引き続き、目を離すんじゃ……」

「待って……何アレ!?」

「……リンネ?」

 リンネの声の様子が変わった。

 探偵もまた戸惑いを覚えて、座席から立ち上がった。


「『空路』の……オートジャイロのコースが変わった。予定と違う。『水路』まで、マキシたちの方へ近づいていく!」

「なんだって、まさか!?」

 リンネの報告に、マキシは声を荒げて車窓の外を睨んだ。


 夜の空から、何かが近づいてくるのが見えた。

 車窓から漏れる明かりを反射して銀色に輝いたボディ。

 車内からでもはっきりわかる、けたたましいエンジン音。

 風を切る回転翼。


 勿忘市長の所持するオートジャイロが本来のコースを外れて、『あさぎり線』の車両の横すれすれを並走しているのだ!


 ガチャン。ガチャン。

 そして、ガラスの割れる音がした。

 オートジャイロの機上から、誰かの投げ込んだ何かが、窓を破って車内に飛び込んで来たのだ。

 と同時に、シュウシュウと何かの漏れ出す音と共に、車両の内部が濛々とした白い煙で覆われてゆく。


「発煙筒……? まさか、狙いは私か!?」

 探偵は右手で口を押えながら唖然とする。


 オートジャイロの機上にいる者の狙いは、水路の護送団ではなかったのだ。

 外部の誰にも知られず『あさぎり線』に乗ったはずの、探偵マキシ自身だったのだ!


「うあああ!」

「きゃあ、助けて!」

「ママ! ママ! どこ!」

 そして、車内にパニックに陥った乗客たちの叫び声がいき交った。


「皆さん落ち着いて! 煙は無害です。はやく隣の車両まで避難を!」

 咄嗟に隣の車両への入り口を開け放ち、マキシは乗客たちにそう呼びかける。

 マキシに手を取られて、1人、また1人と隣へ移動してゆく乗客たち。


 やがて発煙筒の火が止まったのか、車両を覆った煙が徐々に晴れて来た、その時だった。


「ママ! ママ! どこ!」

 1人の子供の泣き声にマキシは気付いた。

 母親とはぐれたのだろうか。

 床に座り込んで泣いているのは、まだ5歳にも満たないだろう、赤いワンピースを着た小さな女の子だった。

 車両の中に残っているのは、マキシと女の子の2人だけだった。


「もう大丈夫だ。お母さんは隣の車両にいるよ。さ、私と一緒に……」

 マキシが泣き止まない女の子をなだめながら、彼女を連れ出そうと小さな体を抱きかかえた、だがその時だった。


「いいの探偵さん。あたし、ココがいい(・・・・・)……!」

「…………君は!?」

 女の子が、マキシの耳元で小さくそう囁いた。

 彼女の言葉に、マキシの身体が一瞬固まった、その時だった。


 ゴッ!


 女の子の靴の先が、凄まじい勢いでマキシの鳩尾(ミゾオチ)にめり込んでいた。


「グッ……!」

 不意の一撃に、たまらず声を上げる探偵のそばから、女の子の身体が飛び退っていた。


「約束のモノ。確かに頂いたよ」

「何を、何を言っている!?」

 女の子の手には、黄金色に輝く、大きな宝石が握られていた。

 マキシの上着(ジャケット)の内ポケットに入っていたはずの、魔遺物『月女神(ルーナマリカ)の瞳』だった。


 バッ! 女の子が、おもむろに自分の着ている真っ赤なワンピースを脱ぎ捨てた。


「わー! 何をやっているんだ!?」

 あられもない姿になった幼女の身体に、マキシが悲鳴を上げて視線を逸らそうとした、だがその時だった。

 

「……!」

 マキシは息を飲んだ。

 何かが、おかしかった。


「ン……アァ……ハァ……」

 マキシの目の前で、幼女が甘い吐息を漏らしていた。

 彼女がワンピースの下に着ていたのは、全身をピッチリと覆った真っ黒なレオタードだった。

 そして、さらに異変が起こった。

 

 恍惚とした声を漏らす幼女の小さな手足が、女豹のように長くて優美なものへと変化してゆく。

 ペタンコだった胴体に、明らかなふくらみ(・・・・)くびれ(・・・)が出来てゆく。

 背が伸び、髪が伸び……幼女だった彼女の身体が、急速に成長してゆく(・・・・・・)


「まさか……まさか君が!」

「へへっ! そのとーり!」

 驚愕の声を上げるマキシに、成長を終えて立ち上がった少女(・・)が得意げにそう答えた。


 豊かな胸元と、しなやかな手足をピッチリ隠した黒いレオタード。

 ルーズに編み込まれた、ブルーアッシュの長い髪。

 目元を隠した仮面舞踏会(マスカレード)の黒マスク。

 年は10代後半くらいだろうか。


 今マキシの前に立っているのは、まるで豹を思わせるしなやか身体をした、1人の少女だった!

 そして、いつの間に嵌めていたのか。

 彼女の両手を覆っているのは、青光りする金属製の手甲(グローブ)だった。


「怪盗ストーム、ただいま参上! 約束通り『月女神(ルーナマリカ)の瞳』は頂いていく!」

 マキシから奪った宝石を右手にチラつかせながら、その少女……怪盗ストームはニカッと笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ