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超探偵は時計仕掛け ―助手には吸血少女を添えて―  作者: めらめら
第1章 出会い ―銀色の髪飾り事件―
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小さな依頼人

 ハア……ハア……ハア……!


 霧のたちこめた夜だった。

 月明かりもささない暗い路地を、小さな2つの人影が走っていた。


「お姉ちゃん、もうだめだよ……足が……痛い」

 1人は、亜麻色の髪をした少年だった。

 年は10歳にも足らないだろう。

 滑らかな頬を薔薇色に上気させ、あどけない顏を疲れに歪ませながら、懸命に夜の道を駆けている。


「がんばるのよソーマ。もう少しであの場所(・・・・)だから……!」

 そして少年の手を引いて彼を先導しているもう1人は、少年よりも3つか4つ年上に見える。

 バラやアジサイの咲き乱れた花籠を小脇に抱え、長い黒髪を風になびかせた美しい少女の姿だった。


 走り続けてもう限界なのか、息を切らせて痛みを訴える少年を、お姉ちゃんと呼ばれた少女は静かに諭した。

 だが少女の様子は、少年とは対照的だった。

 小さな体からは信じられないようなスピードで夜道を走り続けているのに、全く息を乱していない。

 まるで人形の様に整った少女の顏に疲労の色はなかった。

 白磁のようなその肌にも、汗の粒一つ浮かんでいないのだ。

 

「あの場所さえ行けば、あなたを、きっと……」

 少女が少年……ソーマを振り向いて、まるで自分に言い聞かせるように小さく呟いた、その時だった。


「いたぞ、ガキどもだ!」

「こっちだ、まわりこめ!」

 二人の後方から、何人もの男たちの声が迫って来た。

 少女とソーマを追っているのだろう。


「ああ!」

 そして少女が、絶望の声を上げた。

 路地を回り込んで前方で待ち受けていたのだろう。

 手にナイフや鉈を握ったさらに何人かのガラの悪そうな男たちが、2人の前に立ちはだかる。

 後方に3人、前方から2人、全部で5人。

 

「ガキが2人。ドラムゴの旦那の言った通りだ」

「手間かけさせやがって、さっさと来やがれ!」

 刃物を手にした荒くれたちが、少女とソーマを取り囲みジリジリ二人に迫って来る。


「お姉ちゃん!」

「これまでか……しょうがない……」

 怯えるソーマを抱きしめながら男たちを見回し、美貌の少女は何か覚悟(・・)を決めたように静かにそう呟いた。


「ソーマ。お姉ちゃんがいいと言うまで、目を瞑っていて!」

 少女の凛とした一声で、ソーマにそう呼びかけた、だがその時だった。


  #


「やれやれ、この界隈にも品格(・・)の無い奴が増えたな」

 2人を取り囲んだ荒くれとは違う。

 静かで落ち着きのある、だがナイフの切っ先のような冷たさを感じさせる声が路地に響き渡った。


「なんだ、てめえ?」

 荒くれたちが声の方を向くと、一体何時からだろうか、立っていたのは1人の男だった。

 ほっそりとした体躯に、上下とも真っ黒な、仕立ての良いスーツを身に纏っていた。

 白い手袋をした右手に携えているのは、漆黒のコウモリ傘。

 男が目深に被った、これまた真っ黒な山高帽(ボーラーハット)のせいで、暗い路地でその表情はよく見て取れない。

 年は20後半くらいだろうか。

 

「大の男が5人がかりで、こんな子供たちを。紳士のすることとは言えんな……」

 黒衣の男が呆れた様子でそう呟くと、ツカツカと荒くれたちに近づいてきた。

 ただ立って歩くその姿に、張り詰めたような緊迫感がある。


「うるせえ! すっこんでろ! この街で関係ない事に首つっこむ馬鹿は」

 荒くれの一人が獰猛に唸ると、威嚇するように男にナイフを向けた、だがその時だった。

 

「…………!」

 声を上げる暇もなかった。

 ナイフを持った荒くれが、霧に濡れた石畳に倒れ込んでいた。

 男の振るったコウモリ傘の先端が、荒くれの握ったナイフを一瞬で叩き落としていた。

 間髪入れずに男の放った左の掌底が、荒くれのミゾオチにめり込んでいたのだ。

 目にも止まらぬスピードだった。


「……関係はあるぞ」

 何が起きたのか理解できずに呆気にとられる荒くれたちを見回して、男は凄みのある声でそう答えた。

 雲の切れ間からさした銀色の月光が、山高帽(ボーラーハット)に翳っていた男の顔を露わにした。

 燃えたつ炎のような紅色の髪、まるで女と見違えるような整った目鼻立ち。

 そしてその瞳は月の光を反射して、金色に輝いていた。

 

「この場所は我が家の門前。そして……この子たちは恐らく私の依頼人(クライアント)だ!」

「……あっ!」

 そう言い放った男の言葉に、何かに思い至ったかのように少女が驚きの声を上げた。


「じゃあここが……『表札の無いお屋敷』! そしてあなたが『探偵』マキシ!」

「マキシ! じゃあこいつが!?」

 ザワザワザワ……

 少女が上げた声に、荒くれたちの間にも動揺の色が広がっていく。


「ちくしょう、あの糞ったれの『壊し屋(デバステイター)』マキシか!」

「またその名前(・・)か……。まったく君たちチンピラの語彙(ボキャブラリー)の無さにはいつもウンザリさせられる。とはいえ……」

 マキシと呼ばれた黒衣の男が、ウンザリしたように首を振ると荒くれたちにこう言い放った。


「私の『二つ名』を知っていて近接戦闘を挑んでくるのは、賢い者のやることではないぞ? 早く帰ってお」

「うるせえ! やっちまえ!」

 男の制止も聞かず、手斧、鉈、釘棍棒を構えた荒くれたちが、一斉に男に襲い掛かった。

 だが……


  #


「ひっひいいいッ!」

 数秒後、石畳に尻もちをついた荒くれの恐怖の呻きが弱々しく周囲の闇に響いていた。

 襲い掛かった3人の荒くれを、男が叩きのめして卒倒させるまで、1秒もかからなかったのだ。


「ちくしょう、ふざけやがって!」

 残った1人の荒くれがどうにか石畳から立ち上がると、懐のホルスターから黒光りする何かを取り出した。


「ほう、貴重品の拳銃か。君たちの依頼人は随分な好き者なんだな。で、そいつで私を撃つのか?」

 黒衣の男が興味深げに荒くれの取り出したソレ(・・)を眺めていた。

 男に向かって構えられていたのは、月の光で禍々しく輝いた銀色の回転式拳銃だったのだ。


「あたりまえだ! やってやる」

「本当に?」

「本当だ! 舐めやがって」

「やめておけよ。撃たれると……すごく痛いんだ」

「ギャハハハッ! あたりめーだろ。痛いなんてモンじゃねえぜ! ハチの巣にしてあの世行きだァ!」

 白手袋の右手をかざして、荒くれを引き止めようとする男だったが、もうそんな説得は耳に届かないようだった。

 荒くれが、拳銃の引き金に力を込めた。


 ガオン!


 耳をつんざくような銃声が、夜の市街に響き渡った。

 そして……


「ぎゃああああああ!」

 苦痛の悲鳴を上げて、路面を転がりまわっているのは、だが、男ではなく拳銃を持った荒くれの方だった。

 右手をかざした黒衣の男は、その場から微動だにしていない。

 そしてこれは錯覚だろうか。男のかざした右手の周囲の景色が、まるで蜃気楼のように微かだが揺らぎ、蠢いていた。


「だから言っただろう? 痛いからやめておけって……」

 男は呆れ果てた表情で、路上の荒くれにそう言った。

 いったいどんなトリックを使ったのか。

 荒くれの右肩を貫き、抉っていたのは、彼自身が撃ち放った拳銃の弾丸だったのだ。


「すごい……」

「手品……?」

 数秒もかからずに荒くれたちを片付けた男の姿を眺めて、少女とソーマが呆然とそう呟いていた。


「さて……と、君たちだね? 夕刻私に電話をくれたのは。事は随分面倒くさくなっているようだが……」

 男が少女とソーマを向いて、穏やかな口調でそう尋ねる。


「はい。私はリ……御崎リンネです」

「僕は御崎ソーマ」

 少女と少年が、それぞれの名前を名乗った。


「リンネにソーマか。私がこの街の探偵(・・)だ。呼び名はマキシでいい。よろしくな、小さな依頼人(クライアント)さんたち……」

 マキシと名乗った探偵が、山高帽を取って二人と握手を交わす。


「立ち話もなんだ。私の屋敷(・・)で話を聞こう。さあ、ボヤボヤしているとこの屋敷はすぐに別の通り(・・・・)まで消えてしまうんだ」

「『表札の無いお屋敷』……本当にあったんですね。約束の時間に間に合ったんだ……」

 目の前に建った、壮麗な洋館の門を見上げて、リンネは花びらのような唇から感嘆の息を漏らした。


「ああ、不思議な事だが、こんな不思議がこの街……『勿忘(ワスレナ)市』には沢山転がっているんだ……」

 マキシも感慨深げにそう肯くと、屋敷の鉄門を見上げてパチリと自分の指を鳴らした。

 ゴギギギギ……

 鉄門が軋んだ音をたてながら、3人の前でゆっくりと開け放たれてゆく。

 屋敷に入ったマキシがリンネとソーマを向いて、二人を招き入れた。


「二人とも、随分と大変な思いをしたな。今夜はゆっくり休むといい。ダージリンティーの良いものが手に入ったんだ。一緒にどうだね?」


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