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囚われの姫は恋をする  作者: 長谷部 龍成
3/3

束縛と逃避行

カツカツと心地よい小さな音を響かせ、学校の正面玄関へと向かう。通路脇にある花壇では、わずかな雪と露出する土が陣地争いをしていた。

乗らない気分と重たいドアを押しのけて校内に入る。

始業まで少しの時間しか残されておらず、いつも通り周囲の人は少なかった。靴を履き替え、階段を登ろうとした時、ふと後ろに見えた人に気づいた。

ドクン、と大きく脈を打ち、視線が釘付けになってしまうのをはっきりと感じた。

同年代の少女――青山七海が、ゆっくりと歩いて玄関に近づいてくる。

コツ、コツ。彼女の小柄な体が上下し、亜麻色の髪を揺らした。

そして彼女は、まるで俺の視線に乗る感情に気づいたかのように立ち止まり、こちらを見てニッコリと微笑んだのだった。


残念ながら今の俺には、強ばった表情筋を無理やり動かし、作り笑いを浮かべて逃げることしか出来なかった。

羞恥と、思春期男子が持つごく自然な恋慕で頬が赤くなってはいないかと気になって仕方なかった。


・ ・ ・


その後は特に何事もなく授業は終わった。帰宅部らしくさっさと帰ろうとした矢先、後ろから声をかけられる。

「おっ?これから部活動かな?」

ケラケラとした笑いを放ちながら話しかけてくる彼の表情は、見なくても直ぐに察することが出来た。

彼は二里恵介。常にニヤニヤしてる奇妙な物好きだが、多くの同級生から好かれる人気者でもある。普段誰とも喋らない俺に積極的に話しかけてくるような、理解不能な奴だ。

「ああそうだ、これから帰るんだよ。帰宅部のエースは忙しいんだ、じゃあな」

冗談交じりにそう言い放ち、教室から出ようとする。恵介は何か言いかけていたが、隣の、所謂洋風ビッチな女子が引き止めていた。彼女は、三幡とかいう奴はだったはずだ。恵介と一緒にいるところをよく見る。あまりいい噂を聞かないが、めんどくさい奴を引き止めてくれたのには純粋な感謝しかない。

心の中で彼女に感謝しながら教室をあとにした俺はしかし、彼女の憐れむような視線には気づけなかった。



玄関で靴を履き替えて、学校の外へ出た。朝は晴天だったが、今では灰色の雲で覆われている。

冬の天気は変わりやすい。夜は雨が降るだろうか。そんなことを考えながら、ふと視線を後ろに向ける。

視線が向かったのは、4階の音楽室だった。放課後、音楽室では吹奏楽部の活動が行われる。青山七海も、確か吹奏楽部に所属していたはずだ。わずかな期待と共に、彼女の影をさがす。

だが、当然だがまだ授業が終わってからあまり時間はたっておらず、人は居ないだろうと思い直す。

名残惜しみながらバス停に向かおうとして、やめる。

カーテンの影から、人影が出てきたのだ。視力はあまりいい方ではなく、音楽室内は薄暗いためはっきりと認識できないが、1人は青山で、もう1人は――男性教諭、だろうか?白衣を身にまとった好青年、と言ったところだ。

吹奏楽部の顧問は女性教諭だったはずだが……何故彼がここに?

驚きと疑念を抱き、音楽室の様子を注視した。

何をするかと気になってみていると、男性教諭はゆっくりと青山に近づき、肩に手を置く。そして、顔を近づけ…………



それが限界だった。とても最後まで見れる自信はなかった。

勢いよく振り向き、音楽室からこちらを覗く絶望から逃げるように、俺は足早に学校をあとにした。

ショックと惨めな気持ちから、足は自然とバス停とは逆の方向に向かった。


・ ・ ・


電気信号と、重たい気体が体を激しく循環しているようだった。気づけば辺りに緑が増え、それに伴い白い雪も増えた。グレーチングの上に積もる雪を踏みつけて側溝に落とすと雪の道に穴が空いて、鋼色の網が顕になる。それだけが気分を晴らすサンドバッグだった。しばらく足を進めると、背の低い柵と、子供向けの遊具が目に入った。

どうやら公園に行き着いたようだ。すぐ側にベンチを見つけたので、上に積もる雪を払い落として座った。

遠くから子供たちの楽しげな声が聞こえてくる。その声は、今の自分を楽しくさせるわけでも、癒すわけでもなく、一層孤独感を感じさせた。


「何やってんだろうな、俺……」

勝手に惚れて、勝手に幻滅して。

自棄を起こして今、名前も知らない公園で項垂れている。馬鹿馬鹿しく、惨めで仕方なかった。


彼女に惚れた理由は、一目惚れだった。見た目も好きだったが、何よりも俺を惹き付けたのは、彼女の堂々とした振る舞いだった。きっと彼女は俺と違って、なにか夢中になれるものを見つけている。

自分の中に核となる何かを持ってる。それがこの恋のきっかけだった。

いや、恋なんかではないのだ。一目惚れは、恋なんかではない。誰かに知られたら恥ずかしいような、勝手な自己満足。結局、彼女のことなんて何も知らなかったのだ。今の俺は、例えるならきっと我儘な、癇癪を起こした子供だろう。怒りと、悲しみが全身から抜けてくれない。しばらくは拳を強く握り、空を見上げるので精一杯だった。


30分にも渡って眺めた空は、黒々とした雲に隠れていた。





日も暮れて薄暗くなった公園で、俺の耳は小さな音を捉えた。

雪を踏みつぶす、心地よい音。妖精が跳ね回るような軽やかな音。

音の鳴るほうへ目を向けると、まず目を引いたのは美しい黒髪に刺さる赤い花だった。その花は美しさをと共に、どこか寂しげな雰囲気を纏っている。どこのものともしれない学校の制服に身を包みこちらへ向かってくる彼女は、そんな歪な魅力を持つ花に劣らない、可憐な少女だった。突風が吹き絹のようなきらめく髪が風に流され、小さく白い手でその髪を抑えてから、少女は桃色の唇を動かす。


「やっほ、君。どうしたんだね?」


空気に染み渡るような綺麗で空虚な声が、この空間を支配した。冗談めいた口調と、腰に手を当てて年上ぶる仕草はとても洗練されていて、名女優の演技を見ているかのようだった。



完全に俺は、この少女に見惚れて、釘付けになってしまっていた。

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