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囚われの姫は恋をする  作者: 長谷部 龍成
1/3

繰り返される罰

――必死に足を動かす。地面を蹴り、前に進む。体はとうに限界を超えて、肺は凄まじい速度で酸素と二酸化炭素を交換している。

血液は沸騰し、全身を熱に侵されているかのようだ。


どれほど走っただろうか。走り続けようとする足を必死で止めるように速度を落とし、恐怖で引き攣った顔を手で叩く。自分自身を安心させるかのように無理やり笑みを浮かべようとする。

それから足を止め、ゆっくりと後ろを振り返った。


自分は逃げ切れたのか。罪を犯した自分は、罰から逃れたのか。

様々な疑問を、新鮮な空気とともに深く吸い込み、飲み込んだ。

どうやら、もう追ってきてはいないようだ。


走り始めてから、周りの景色なんて目に止めなかったせいか、ここがどこなのかすら分からない。俺はゆっくりと足を踏み出し、歩き始めた。



細長い腕にしがみつく古ぼけた腕時計は、午後5時半を知らせてくれた。逃げられたことは知らせてはくれなかったが。

頼むから休ませてくれと願いながら周りを見渡すと、やはりあの忌々しい奴は追ってきていない。安堵に胸をなでおろし、大きくそびえ立つ木の根に座り込む。足元で赤くて歪な花が咲いていた。




それからしばらくぼーっとしていた。今起こっていることの現実味のなさと、体を酷使した代償から、頭は全く働かなかった。


ようやく思考能力を取り戻し、これからどうするか考えながら立ち上がった。

――と、不意に風を切る音が耳に届いた。

その音は、死神が鎌を振るったような、あるいは天使が弓矢を放ったような音だった。不安と安心感がない混ぜになったような不気味な感覚に襲われたが、すぐに立ち直り、あたりを見渡す。何も変化はない。空耳だったのか?


そう思ったが、しかし現実は、世界は甘くなかった。俺の視界に一筋の茶色い何かが一瞬だけ映り込み、直ぐに消える。

1秒と経たないうちに、それが何かを察してしまった。


「は、はは……うそ……だろ」

掠れた笑い声が喉から溢れ出す。思いがけず溢れ出した音は、皮膚を介して”ソレ”を振動させた。”ソレ”はまるで靴に入り込んだ雪のように、俺の首元で小さく異物感を唱えてから冷たく消える。


”ソレ”は、十円玉くらいの太さの縄だった。首の可動範囲を狭め、ザラザラとした表面で首の皮膚をいたぶる。何重にも入り組んだ糸は、世界と自分の心の複雑な絡まりのようで、 激しく、そして優しく首を締め付ける。

自分の首は今、縄で締め付けられているのだ。意志を持つその縄が与える微かな苦痛から、不思議な一体感と、奇妙な安心感を感じる頃には、もう息が出来なくなっていた。


これで、自分は罰せられただろうか?この自由自在に這い回る縄によって、罪を償えたのだろうか?

聞くまでもない。俺はその答えを知っていた。知らないふりをしたかった。知りたくなんてなかっのに。


涙を流し、苦しみと絶望を全身に感じる中、最後に脳裏に流れ込んでくる声は「2回目」だということと、愛すべき友人達のことを教えてくれた。


意識が薄れてゆく。首の血は止まりかけている。全身から力が抜ける。瞼が重くなる。


空気に溶ける意識の中、昔の光景が走馬灯として目の前に漂う。愛するひとから貰った言葉。大好きだったあの花。

足元に咲くカンナの花言葉は…………なんだったっけ……


視界が暗転し、古い布切れのような体から完全に魂が分離した気がした。

そして俺の一生は、幕を閉じた。




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