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上下二話で、尻切れな終わり方

後味は良くない

 





 宇宙に名だたる強き者といえば、誰の名が上げられるだろうか。


 例えばエステバン星雲王国の騎士団長グレウリン・ハンバル。

 ピシュジカ商業惑星連盟の大魔術師カスパリウド。

 コンケイラス小惑星軍の狂兵士コンド・エバ。

 バストエ星海帝国の帝配にして調停者キッテイィ・アララウ・バストエ。

 フェンドス州星国の歌う風来坊テンテイン。

 名もなき辺境惑星に住むテモア族の英雄コボ。

 セイクィッド聖星法国の聖一位大将軍フォアナ・ト・ディアバト。

 宇宙を彷徨う民の首領クルェメンテイン。

 星降る雷神の信徒にして使徒スルーサァー・ベギン。

 ペレグリズ惑星連合の暗部、犯罪王クルグ。

 ——そして無法の王コルトォスシェトゥ・エナ。


 悪の王と呼ばれる魔の者の存在が確認され、全宇宙の敵として全ての生きとし生けるものの前に立ちはだかった時。

 強き者たちは、救いを求める声に応えたり、己の利益を求めて星の海を越えて戦場へと旅立った。

 ただ一人、無法の王コルトォスシェトゥ・エナ、いや〝無法のコットゥ〟を除いて。




  ◆




 溶けかけの氷が、グラスの中で音を立てる。


「オヤジ、もういっぱい」

「旦那、ツケが溜まっとりやす」

「しわいこと言うない、あと一杯だけたのむ」

「そいじゃ、これが本当に最後でさ」

「ああ」


 コッコッと音を立ててグラスに注がれた琥珀色の液体を、最愛の恋人を見つめるような目で見て、男は口をすぼめる。

 今にも愛おしい(グラス)に口づけをせんとしたその時、叩き壊されそうな勢いで扉が開かれた。


「無法のコットゥ殿はおいでか!」


 扉を勢いよく開いて、酒場の中に飛び込んできたのは、美しい青鈍色のコールスーツ(複合炭素繊維戦闘服)を着込んだヒュー属の女だった。


 金属光沢を持ったスーツに覆われた胸は豊かに盛り上がり、腰は蜂のように細く、張り出した臀部も舌なめずりをしたくなるような美しいラインを描いている。

 程よく筋肉のついた手足は形良く伸び、十分すぎるほどに肉感的だった。


 コールスーツとは、戦闘を補助するための最低限の基本装備の総称だ。

 本来ならばフェイスカバーも使用して頭部も丸ごと包んでいるはずのスーツだが、今は女の美しい顔をさらけ出していた。


 スーツの上から、戦場にふさわしい装備を換装するためとはいえ、全裸にそれを着用した姿はやけに扇情的に見える。

 単純に第二の肌のごとき動きやすさと、生体保護性能としての靭性を追求したからだが、誰もが同じような格好をしている戦場以外では、娼婦や男娼と見間違えられるほどにセクシュアルな姿でもあった。


「……」


 不躾なほどの数の視線は女に集まっているのに、誰も返事をしない酒場の中をぐるりと見回し、女はカウンターに両手をついた男へ気がついた。

 その男は室内だと言うのに、煤けた栗色の外気遮断外套を羽織ったまま、樹脂カウンターの上で転がるグラスを前に、悲しみの表情で固まっていた。


 女がとんでもない勢いで扉を開けた隙をついて、男の手の中からするりと逃げ出し、あっけなく転んでしまったカーロ・ミオ・ベン(ロックグラス)には、氷すら残っていない。

 逆さまにしても数滴の雫が得られる程度だろう。


 店主の慈悲で得られた最後の甘露が、磨かれた飴色のカウンターに奪われたことに衝撃を隠せないまま、男はカウンターを舐めようか、と本気で考えていた。

 逃げた(グラス)に頭を下げて謝れば(舐めれば)、まだ間に合うのでは?と。


 しかし、情けないヒモ男のごとき行動を実際に起こすよりも前に、男の頭に天啓が降りた。

 グラスを落とすことになった元凶に、新しい酒をおごらせればいいのだ。

 そうと決まれば、あとは、どう言いがかりをつけるか、だけ。


「なんて事しやがる」

「……なんのことだ?」

「テメェのせいで最後の酒がおじゃんになったじゃねぇか!」

「わたしはあなたに触れてもいないが?」

「テメェが扉を開けたせいだ」

「店の扉を開くことの何が悪い」

「……なんも悪かねぇな」


 カウンターにもたれかかったまま、首だけ捻じ曲げている男だが、その声は酒やけしているのかしわがれ、声にも覇気がない。

 どろりと濁って据わっている目を見ても、酔いつぶれる寸前だとすぐに分かるほどだ。

 酔いが回り言いがかりを最後まで言い切ることもできない様子に、男の後ろにいる店主が肩をすくめて首を振った。


 泥酔者のたわごとに巻き込まれた女は、困惑を隠しきれない様子で、男の後ろ、カウンターの奥にいる店主へと視線を向けた。


「店主殿、ぶしつけな訪問をして申し訳ないが、こちらに無法のコットゥ殿がおられると伺った。

 まことであるか?」


 女の胸元を見てあることに気がついた店主は、視線を目の前のカウンターに肘をつき、泥酔寸前でグラグラと頭を揺らしている男へ向ける。

 その視線を追いかけた女は店主の反応に眉をしかめ、そして、信じられない!と再びカウンターの男へ意識を向けた。


「そなたがコットゥ殿だと!?」

「ああ?知らねえよ、んなこた、オヤジ、酒くれ酒ぇ」


 がらがらと聞こえにくい声でがなり、カウンターを拳で叩くが、泥酔男のゆるんだ拳にはどれほどの力もない。

 拳がこぼれた酒にまみれただけだった。


「旦那、さっきのでおしまいの約束でさ」

「しわい、しわいぜオヤジ、頼むよ」

「ツケをお支払いいただけたなら、すぐにでも」

「ケッ、しけてやがるぜ」


 カウンターを支えにスツールから立ち上がったものの、座っていても頭が揺れていた男がまともに歩けるはずがない。

 店の中をあっちへこっちへとフラフラしながら、男はなんとか出入口へとたどりついた。

 そう、立ちふさがる女の元へ。


「コットゥ殿」

「そんな珍妙な名前は聞いたこともねぇよ、姉ちゃん、一晩どうだ?」


 男は揺れる手で下品なハンドサインをしてみせ、酒臭い息をかけられた女の表情が引きつるのを見て、げらげらと笑う。

 どうにも純情なお姉ちゃんのようだ、と。


「悪の王、魔の者を倒せるのはコットゥ殿だけだ、と八頭神の託宣が降りたのだ。

 どうか御力を貸して頂きたい!頼む!」


 引きつらせていた顔を引き締め、女は美しい礼をする。


 それは八頭教の神官礼。

 よく見れば、女のスーツの胸元には神官の位階を表す〝六頭の兎〟が刻まれたエンブレムが張り付いている。

 張り出した胸元にばかりに意識が向きがちだが、どうやら高位の戦職神官らしい。


「ヤれもしねぇ女の頼みを聞く奴はいねぇよ」


 男は不味いものを吐き出すような顔をして、振り返ることなく千鳥足のままで酒場を後にした。




  ◆




 翌日の夜。

 日中に日銭を稼ぐことに成功し、意気揚々と酒場にやってきた男は、目の前に立ちふさがる相手を見て、苦虫を噛んだような顔をした。


 酒場の入り口で男を出迎えたのは、美しい白布に身を包んだ女。

 殉教者の衣に身を包んだ、昨夜の女神官だった。


 昨夜の肌に貼りつくコールスーツと違い、ゆったりとしたトーガのような衣装だが、結び紐のせいで細い腰がいっそう強調されて、女性的なボディラインをわざと見せつけているようにも見える。

 女は男の姿を確認すると、すぐに昨夜と同じ神官礼をとった。


「昨夜は名乗ることもせずに失礼をした。

 わたしはクロトゥル・メランギェ六頭神官、この身一つで宇宙が救われるのであれば、いくらでも好きになされよ」


 八頭教において、生まれたままの身を保つことはなによりも重要視されている。

 つまり、八頭教の神官職に就くものは、生身なのだ。

 目の前にいるこの女もまた、生娘に違いない。


 生娘、生息子である八頭教の神官が、それを誰かに捧げるということは、文字通りの殉教行為だ。

 高位神官の位を捨て、死ぬまで最低位の一頭犬神官として生きることを、覚悟したに他ならない。


 酒の席でいやというほど語られた、かつての友の言葉を思い出し、男の顔が引きつる。


 ——八頭の信を(ケガ)した者は喰われるしかない、逃げると頭だけになっても追いかけてくるぞ——


 見目がいい神官にちょっかいを出されないための、ただの諫言だと思っていたその言葉の真の意味を男に教え、自身も過去に七頭熊から一頭犬神官になった友人は、伴侶として受け入れた相手以外とは、直に肌を触れることさえ拒絶していた。

 戦場にいない時も常にコールスーツで全身を覆い、己の肌に直に触れるものは肌着からカトラリーに至るまで、自前で用意、管理していた。


 バカバカしいと思いつつも、そこまでしても側にいると決めた伴侶を得た友人が、羨ましかったことも事実だ。

 そして男自身が伴侶を得た時は、その幸福を友に自慢して、互いに得られた恵みを大いに讃えあったものだった。


 それも全て、過去の話。


 凛とした美しい女の顔を見ると、他の誰かを思い返してしまう。

 男はわざと嫌悪をにじませた瞳で目の前の女を見て、捨てられた動物を見るように哀れみを言葉にのせた。


「人違いされんのは困るし、安い女は抱かないことにしてる」


 目を見開いた女の顔を見て、ちゃんと意味がわかっているんだろうか?と目を細める。

 今いるのは辺境も辺境の田舎とはいえ、シャトルチューブで半日も宇宙をいけば、犯罪者確保の警らも兼ねて街角に行政所属のセクサロイドが立っているような衛星都市に辿りつく。


 つまり、この辺境にいる時点で、女を必要としていない、と言いたいのだ。


 本物の女を抱くには金がかかるが、男はかなり昔からそちらに関してはご無沙汰だ。

 ご無沙汰なのは、男自身に女を抱く気がないからでもある。


 色々なものを失いすぎて、男は自分が生き物がどうかすら分からないのだ。

 酒を飲んでいる間は、呑まれている間は、うっとりとするような酩酊感に紛れて、罪悪感も嫌悪感も憎悪も何もかもが遠い悪夢のように感じることができる。


 だからこそ、酒に呑まれたいのだ。

 男は自分の意思で、この場末の酒場で毎晩のように酔いつぶれている。

 それが、男の望みだ。

 死ぬまでの。


 男の体は、生身ではない。

 女を知らないと言う意味ではなく、文字どおり、母親の胎内で十月十日を過ごした肉体ではない。

 この呑んだくれ男は、とある男の遺伝子情報を元に培養されて、()()()記憶を乗せた人造人間だ。


 呑んだくれ男は、自分の元になった本体の名前も、その所属先も知らない。

 だが、その仕事は知っている。

 男の本体は、戦闘用に培養されたバトルロイド(戦闘用人造人間)の肉体を、アリの群のように使い潰しながら戦場を切り開いていく職業戦闘員だった。


 短期決戦が可能な戦場での運用を前提に、開発されて運営されるバトルロイドは、肉体の寿命が短い。


 普通の人のように平穏に暮らしても、大銀河標準時間の二十年ほどで死んでしまう。

 それは肉体の欠損すらも修復してしまうナノマシンの過剰生成のせいであり、人工的に付与された酵素を利用した過剰な自己完結の自給自足に、肉体の消化吸収能力が追いつかないからでもある。


 時間をかけて作り上げた、戦闘知識と技術を持った人員を失うことは、広い宇宙の戦場では見逃せないことだった。

 肉体は簡単に培養できても、知識と経験と技術を兼ね備えることはとても難しい。

 有能な人材の育成は、いつの時代、どこにおいても重要な課題だった。


 そもそも人を使わなければいい、と機械に人の記憶を乗せて運用した場合や、人の肉体に機械を混ぜて強化した場合は、維持管理で問題が増えた。

 機械は原因不明の暴走を繰り返し、肉と機械の完全なる合成は不可能と結論づけられた。


 そんな失敗を繰り返し、延々と終わらない戦火の中で、最終的には器となる肉体だけを培養し、複製した記憶を乗せて使い潰す方法が考え出された。


 短期決戦用の兵器として、使い潰される前提で培養された肉体には、メンテナンスは必要ない。

 自分の体内で栄養の自給自足ができれば、食物すら必要でなくなる。


 倫理観など不必要な戦場において、質が良い人型兵器の数がいつでも揃えられ、なおかつ同一人物を何万人も揃えることで行動の方向性を統括し、運用がうまくいくというメリットが得られた。

 培養するための設備への初期投資や維持費がかかるとはいっても、精神的、肉体的に不安定な機械化兵の維持管理よりも安くなる。


 バトルロイドはただの肉の塊であり、コールスーツと武器の他には盗用可能な機器を搭載していないので、敵に技術を盗まれる心配もない。


 本体を元に培養した肉体に、戦場で必要な知識と記憶だけを乗せて、冷凍睡眠輸送艦で戦場へ連れていく。

 バトルロイドが出向いた先で、どんな悲惨な最期を遂げようとも、本体はなんの損傷も受けはしないのだ。

 運よく運用記録を得ることができれば死に様を知ることもできるが、ほとんどの職業戦闘員は、自分の劣化コピーの最後になど興味はない。


 そんなバトルロイドは、寿命は短くても簡単に死なないように、様々な毒物や薬物に耐性を持たされている。

 酒に酔うことも難しいのだ。


 名も知らぬ本体が動かない理由を、自分のこととして誰よりも理解している男は、それを考えないために素面を避ける。

 今、自由意志を持って動いているのは、たった一体。

 本体の男の望みを叶えているのは、今この場にいる男のみだ。


 バトルロイドにだって性欲はあるが、生殖はできない。

 培養段階でそれを摘出されているので、行為はできてもそれ以上は望めない。

 だからこそ女たちには体のいい遊び相手として望まれ、過去のバトルロイドたちもきっとそれを受け入れていたのだろう。

 男は作られてから、女に触れることを望んだことがない。


「わたしは生身であり生娘だ、安くはない」

「惚れた男以外に体を簡単に開く女は娼婦と変わんねぇよ、どこが安くないってんだ?

 安心しな、あんたは十分すぎるほどに安いよ、お嬢さん」


 酔っていない男は、自らも傷つきながら毒を吐く。

 本心でそんなことを思っている訳ではない、本能的に誰も近づけたくないからこそ、……男自身の経験でなくても、もう二度と何も失いたくないからこそ。

 それでも最後の一線として、女が何よりも重視するであろう八頭教を批判することはしない。


 目の前の女は美しい。

 今の男の姿といえば、汚れた外気遮断外套の下には、何日も着たきりのシャツとパンツのみ。

 記憶の中では着たことのあるコールスーツも持っていない。

 一切の鍛錬を拒否して、不摂生の限りを続けてたるんだ腹と胸、ゆるんだ顎と無精ひげ。

 人はどこまでも堕ちていけるのだ、と男は確認している最中なのだ。


「ならば、どうすれば力を貸してくださるのだ?」

「赤の他人に言わず、本人に頼めよ」


 今夜は酒にありつくことができそうにない、と男は酒場を後にする。

 店主がツケを払え、とどこかで見たようなハンドサインを送ってきていたので、男はしばらくこの店へくることを控えることにした。


 何より、この店主は男がコットゥとかいう奴だと女に示した。

 売られたその時に、これまでの信用は地に落ちている。

 ツケで酒を飲むばかりなので、元から信用などなかったのかもしれない。


 で、コットゥってどこの誰だよ?と思いつつ、安いなりに良い()が揃っていたのにな、と男はフラレ男の様相を見せる。

 その後ろに女が迫る。


「コットゥ殿!」

「人違いだって言ってんだろ、しつけぇな」

「いいや違わない!あなたは確かに無法を憎みて無法を打ち砕きし王コルトォスシェトゥ・エナ殿だ!」


 女の悲痛な叫びに苛立ちがつのり、手が震えていることにようやく気がつくと、酒漬けで頭がいかれてきてんな、と男は思いながら振り返った。


「知らねぇよ、そんなやつぁ。

 酒を持ってねぇなら失せろ」


 今はただ、溺れるほどに酒を欲していた。

 かつて本体が愛した女の面影を、目の前の女に認めたことが受け入れられなくて。



 

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