神様といっしょ~愚者に贈るMerryChristmas~
新紀元社様のサイト「パンタポルタ」にて行われていたクリスマス短編企画に参加しようと書いていた作品ですが、締め切りを勘違いして間に合わなかったので加筆して一般投稿しました。
サラッと読める軽い感じの話です。
冷たい夜風の中、マフラーで口元まで隠しながら身を縮めて歩く。
今日は12月23日。クリスマスイブ、そしてクリスマスを間近に控えているからか、どこか街全体が浮足立っているように見えた。だけど、まぁ、残念なことに俺には関係無いイベントだ。
大学に通うため田舎から上京して一人暮らしを始めてから早2年……なんというか、夢見ていた大学生活と現実の差を思い知ったというのが正直な気持ちだ。
友達や彼女なんて、大学に行けば自然とできると思っていた。具体的なビジョンはないまま、漠然と大学生活は充実するのだと……そう思っていた。
だけど現実は甘くなかった。自分から行動せず友人や恋人ができるわけもない。スタートダッシュに出遅れたと気付いた時には、すでにある程度仲の良いグループというのは形成されており、俺にそこに入っていく勇気はなかった。
結局俺は、大学ではひとりで過ごし、大学とバイト以外ではほとんど出歩くこともなく、マンションの部屋でパソコンにかじりついているような生活を送ってきた。
ひとりでいるのが嫌いなわけではない。気楽でいいと思うし、それなりに楽しい。
だけど、冬の寒さのせいだろうか? クリスマスが近づくと、時折ふと無性に寂しくなることがある。道行くカップルたちを見て、羨ましく思う時がある。
なんとも、人の心とはままならないものだ。まぁ、だからと言って突然彼女が振ってきたりするわけでもなく、クリスマスイブも、クリスマスも去年と同じくひとりだ。
バイトは休みだし、コンビニで小さなケーキでも買って食べるんだろうと、そんなことを考えながら歩いていると……突然眩しい光に体が包まれ、視界が、意識が、白く塗りつぶされた。
****
そこは真っ白な空間だった。比喩とかではなく、本当に目に映る景色全てが白一色……。上下感覚などあったものではなく、自分がいまどこに立っているのかすら分からない。
まったくの未知といっていい空間、己の理解が及ばない現象に俺が茫然としていると、突如美しい声が聞こえてきた。
「ようこそ、と言うべきでしょうかね?」
「ッ!?」
それは一瞬の出来事だった。白一色だった空間を塗りつぶすかのように、目の前にひとりの少女が出現する。流れるように波打つ金の長髪、宝石と見紛うほどに美しく透き通った赤い瞳、黒いゴシックドレスを身に纏った140cmくらいの美少女。
街中で見かけたなら思わず視線を送ってしまいそうな、眩しいとすら感じられる美少女を見て、俺の心に湧きあがってきたのは……言いようのない『恐怖』だった。
目の前の少女は確かに美しい、圧倒的なほどに……だが、なんだろう、この違和感は?
アレを自分と同じ人間だとは、とても思えない。目の前に存在しているはずなのに、まるで絵画を見ているような、異質とすら言える雰囲気。
少女から目が離せない。いや、離すことができない。まるで俺の体全体が、『目の前の少女を美しいと感じろ』と命令しているような、得体のしれない不快感と重圧。
そう、目の前に居るのは美しい……『得体のしれないナニカ』だ。
「いい得て妙ですね。なるほど、なかなか面白い表現です。確かに私は、貴方にとって理解できない存在かもしれませんね」
「……え?」
まるで世間話でもするような気安さで、少女は俺の『心の声』に反応する。
「おや? 思考を読まれたことに驚いているのですか? その程度、造作もないことですよ。私は『神』ですからね」
「……」
普通なら「なにを馬鹿なことを言ってるんだ」と笑い飛ばすだろうが、俺の心はアッサリと少女の言葉を信じた。いや、疑うということすらできないというのが正しい。
疑うという選択肢を選ぶことができないとでも表現すべきか、ただ少女の言葉は全て真実であると感じてしまっている。
これが、神……人間では理解することすらできない、超常の存在……。
「貴方が、私の言葉の是非を問う必要はありません。時間の無駄です。では、さっそくですが、本題を告げましょう……『貴方は死にました』」
「は? え? ……あっ……はい」
信じられない言葉、信じたくない内容。だが、それでも俺の心はすぐに納得してしまっている。神様が言うのであれば、そうなのだろうと……。
俺の常識なんて及ばない神様に死を宣言されたのなら、それを受け入れるしか……。
「ちなみに原因は『私のミス』です。まぁ、たまにはそんなこともあるでしょうし、笑って許してください」
「なぁっ!?」
しかしそんな、ある意味異常とも言えた俺の思考は、神様が告げた言葉に正常に戻った。
神のミスで死亡? なにそれ、どういうこと? 理不尽にもほどが……待てよ。そういえば、こんなシチュエーションをどこかで見た覚えがある。
……ああ、そうか、流行りのライトノベルだ。神様が主人公を間違えて死なせてしまい、そのお詫びとしてチート能力をくれて異世界に転生させてくれる話。
ま、まさか、俺も……。
「ほう、人間というのは面白いことを考えるのですね。なぜ神が、たかだか人間のひとりやふたりを死なせたからと言って、詫びなどしなければならないのですか?」
「……へ?」
「人間が何人死のうが私にとってさしたる意味はありません。私のミスで貴方が死んだとしても、それならそれが貴方の『天命』だったというだけです。人間に例えるなら……貴方という虫を、私が意図せず踏み潰しただけですね」
「……」
当り前のように告げる神様の言葉を聞き絶句する。しかし、同時に理解もできてしまった。
少女が本当に神様であるのならば、この言葉は別におかしなことではない。彼女から見れば俺ひとりの命などあまりにもちっぽけなのだろう。
納得は……できない。だが、だからと言って俺になにかができるわけでもない。目の前の存在が、人間とは隔絶した力を持つ存在であることは、伝わってくる異様な雰囲気でわかっている。抵抗も反論も無意味だろう。
でも、ならばどうして神様は俺にこうやって声をかけてきたのだろうか? 死んだ人間は全て神様と会話をするのか? それともなにか別の理由が……。
「ようやくソコに思い至りましたか……まぁ、単純な話です。神である私のきまぐれで、貴方に『チャンス』をあげようと思いまして、ここに魂を招いたのですよ」
「……チャンス?」
「ええ、貴方を『一日だけ生き返らせて』あげましょう。私を楽しませてみなさい。私はいま、とても退屈なのですよ。こんな気まぐれを起こしてしまうぐらいに……だから、精々一日という時間で足掻いてみなさい。私に貴方の価値を示してみなさい。それができたなら、その一日が終わったあとも、貴方を生かしておいてあげましょう」
無茶苦茶だ。漠然と楽しませてみろという無茶振りに近い要求もそうだが、軽々と死んだ俺を生き返らせることのできる力も、まさにデタラメ……。
「ああ、ちなみに貴方は、私にとって『暇つぶしの道具』でしかない。道具に拒否権などありません。価値の見いだせない道具は『処分』します。まぁ、早い話が、貴方という存在が消えてなくなるということです」
「ぐっ……わ、わかりました」
「よろしい。では、見せてもらいましょう。無様な貴方の足掻きを……」
どうやら、俺はとんだ悪魔に目をつけられてしまったらしい。だが、どちらにせよ断ることなどできない。断れば、俺に待つのは消滅……ならば、神様の言葉通り、精々あがいてみることにしよう。
「……あの、その前にひとつだけ質問してもいいですか?」
「許可しましょう」
「では、失礼して……いまの少女みたいな姿が、神様の本当の姿なんですか?」
俺にとって神様とは、杖を持った白いひげの老人のイメージだったので、少女にしか見えない現在姿には少し違和感がある。
まぁ、神様など見るのは初めてなので、勝手な想像ではあるのだけど……。
「神である私に定まった姿などありませんよ。私の姿は『見る者が最も好ましいと思う姿』に変わります」
「……は?」
待て待て……お願いだからちょっと待って!? それって、えっと、そういうことなの? つまり、神様が少女にしか見えない姿をしてるのは……ソレが、俺が最も好む姿であるから?
いやいや、そんな馬鹿な、それではまるで俺が、アレみたいじゃないか……。
「貴方は潜在的にロリコンなのでしょうね」
「声に出して言わないでもらえませんか!? 本気でショック受けてるんですから!!」
二十年生きてきて初めて知る衝撃の事実。そっか、いまいち同世代の女性を魅力的に感じなかったのは……俺がロリコンだったから……正直、信じたくない。自分が死んだって聞かされた時よりショックかもしれない。
「気にする必要はないでしょう。私から見れば、人間など等しく赤子のようなものです。それより、さっさと貴方の命の延長期間を始めるとしましょう」
「……はい」
もう精神的には駄目かもしれないが、当然のことながら神様は俺の心境などに興味は示さない。追加の一日を始めることを宣言して、神様が軽く手を叩くと、再び俺の視界は白い光に包まれた。
****
目が覚めると、知らない天井……ではなく、見慣れたマンションの部屋の天井が見えた。あれ? 俺、寝てた?
あの白い空間での出来事は夢だったのだろうかと、そんな淡い期待は……ベットから起き上がってすぐに粉々に打ち砕かれた。
「……もぐもぐ……ふむ。私は人間の生み出した大半の文化は愚かだと思っていますが、食への探求だけは認めてもいいかもしれませんね。なかなかに美味です」
「……」
ひとり暮らし用の小さなテーブルの上に、コンビニスイーツを山ほど積み上げ食べている金髪赤瞳の美少女……理不尽極まりない理由で死んだ俺に、己の暇つぶしという理由で生き返るチャンスを与えてくれた神様。
不思議とあの白い空間で感じたほどの異質感はない。下界に降りてくるために神のオーラ的なのを抑えているみたいで、普通に美少女に見えた。
「おや? ようやく起きましたか、怠惰なものです。すでに貴方に与えた一日のうち『6時間』は浪費してしまいましたよ」
「……開始って0時からなんですか……と、ところで神様……」
「いまの私は本体ではなく、人間を元に作った分体です。見た目は、貴方が見た私の姿にしておきました。そうですね……『ノエル』と呼ぶことを許しましょう」
「え、ええ、では、ノエル様……いまの発言で聞きたいことが増えましたが、まずはひとつ……なにしてるんですか?」
今日は12月24日。クリスマスイブだ。つまり、俺の命はクリスマスまで……だからノエルって名前にしたのかな? と、そんなことを考えつつ、俺は気になっていたことを尋ねるため口を開く。
「いえ、貴方が目覚めるまで暇だったので、コンビニでスイーツを買ってきました。中々、悪くはありませんね」
「は、はぁ……その、お、お金とかは?」
「『貴方の財布の中に落ちてました』よ」
「なにしてるんですか貴女っ!?」
あ、頭が痛くなってきた。財布の中って……そういうのは、落ちていたとは言わない。
「……おかしなことを言いますね。この世のものは、すべからく神である私のものです。貴方のものは私のもの、私のものは私のもの……神への供物を奉げられたのです。泣いて喜んでかまいませんよ?」
「……あの、すみません。ノエル様が神様と言うことは重々承知していますが……一発殴っていいですか?」
「駄目です。いまの私の体は人間を模して作った分体……普通に痛みも感じますので、許可できません」
なるほど……いいことを聞いた。
尊大な口調で告げて、手に持ったカッププリンを食べ始めるノエル様に近付き……ゲンコツを振り下ろした。
「いっ!? な、なな、なにをするんですか、無礼者!! 神を殴るなんて、不敬にもほどがありますよ!!」
「なにが神ですか、ただのコソ泥でしょうが! なに人の財布から勝手に金抜いてるんですか!!」
「なっ!? そんなことで神たる私を殴ったのですか? 器の小さい人間ですね! そこは自分のお金を使って下さってありがとうございますとお礼を口にするところでしょう!」
「誰がそんなこと言いますか!? この駄女神!」
「こ、この……不敬! 不敬です!! あ~! これで、貴方の蘇生に必要な私の好感度がマイナス100ポイントになりました! 残り18時間で200ポイントも貯められるんですかねぇ~!」
「そんなポイントシステム、最初の説明になかったでしょうが!」
「私がいま決めました! はい、もう決定で――みぎゃっ!? に、二度も殴りましたね! 神に手を上げるなど……いや、仮に神じゃなくてもこんな可憐な美少女にゲンコツするとか、ロリコンの風上にも置けませんね!」
「がはっ!?」
ギャアギャアと子供じみた言い合いをしていた俺とノエル様だったが、直後にノエル様が告げたナイフのような言葉に、俺は深いダメージを受けて膝をついた。
ろ、ロリコンじゃない……俺は、絶対ロリコンじゃない。確かにノエル様の容姿は凄まじい美少女だと思う。だが、やはりコレが俺の理想の女性像だなんて、認めたくない。
「ふふふ、なにを迷うことがあるのです。少し己の気持ちに素直になれば、目の前に理想があるのですよ? 今日は特別です。頭を垂れて乞うのなら、手ぐらいは握らせてあげますよ」
「……いや、一万歩譲って見た目は好みだとしても、性格はまったく好みではないので……」
「や、やけに言うようになりましたね。いい加減、温厚な私とて我慢の限度がありますよ」
「……まぁ、いろいろ吹っ切れました」
具体的には、ノエル様の駄女神っぷりに呆れたのと、人間の分体だからか威圧感が薄まっていることも相まって、いろいろ言えるようになった気がする。
しかし、少し頭が冷えたこともあって、確かに言い過ぎた気もしてきた。俺の命はノエル様の気分次第であり、状況が状況だったとはいえ、怒るのは短絡的だったかもしれない。
「……その、少し言い過ぎました。殴ったりして、すみません」
「……」
もう許さない、いますぐ殺すとでも言われたらどうしようかと、内心おっかなビックリで謝罪したが……なぜかノエル様はジッと、俺の顔を見詰めたあと、薄く微笑みを浮かべた。
「……まぁ、いいでしょう。私は慈悲深い存在です。許しましょう」
「は、はぁ……ありがとうございます」
意外なことにアッサリとノエル様は俺を許してくれた。気のせいか、どこか嬉しそうにさえ見える。う~ん、本当によく分からない方だ。
俺が首を傾げていると、ノエル様はいつの間にか数十個あったコンビニスイーツを食べ終えており、立ち上がって不敵な笑みを浮かべる。
「さあ、いつまで穴倉に閉じこもっているつもりですか? 早く私をエスコートしなさい。一秒たりとも無駄にはできませんよ。なにせ、残り18時間で『199ポイント』も貯めなければ、死んでしまうのですからね」
「……わ、分かりました。それじゃあ、すぐ着替えます」
「ええ、あまり神たる私を待たせるのではありませんよ」
確かに時間を無駄にはできない。このよく分からない神様を楽しませなければ、俺に待つのは消滅だ。
って、あれ? 残り199ポイント? さっきは残り200ポイントとか言ってたような気がするけど、いつの間に1ポイント上がったんだろう?
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近場にあるコンビニATMで口座からお金を降ろしてから、外で待つノエル様に合流する。
「しかと口座から全額降ろしてきたのでしょうね?」
「降ろしてませんよ。全額降ろしたら、どうやって生活すればいいんですか……」
「どうぜ、私を楽しませなければ口座にいくらあろうと無駄なのです。そこは全力投球すべきところでしょうに……なんとも慎ましいものです」
「というか、神様ならお金なんていくらでも用意できるんじゃないんですか?」
「できますよ。ですが、する気はありません。せっかく人間の肉体を作ったのです。人間のルールというものを体験してみるのもいいでしょう」
「……財布から金を抜くのは、ルール違反でしょう」
「いえ、貴方のものは私のものなので、問題ありません」
「……」
暴君みたいな方だ。堪えろ、耐えるんだ俺……この方は、こういう方だ。変に反論するだけ時間の無駄。とにかくどこかに連れて行かないと……。
どこに行こうかと考えながら、ノエル様と並んで街を歩く。今日はクリスマスイブということもあって、街が多くの人で賑わっていた。
「それにしても、人間と言うのはなにかにつけて騒ぎたいのですね。自らが作りだした神の生誕祭さえ、利用するとは……」
「ノエル様的には、そういう宗教とか別の神様ってどうなんですか?」
「別にどうとも思いませんし、否定する気もありません。存在すると信じるなら、存在するのでしょう。まぁ、それらの神を地球という星の神だとするなら、私は宇宙全体の神……上下がハッキリしているのであれば、不敬とは言いません」
「意外と、寛容なんですね」
「貴方、本当に無礼ですね。まぁ、いいでしょう。私を信仰しろなどと口にするつもりはありません。そんな行為に意味はない。既に人間という種は神の手を離れ、自立しています。ならば、なにを信じるも自由……好きに生きて、滅びればいいでしょう」
達観しているというか、ドライというか……当り前のことではあるが、ノエル様が見ているものは俺とは違うのだと、そう感じた。
「貴方が理解する必要はありません。というか、それではつまらない。矮小な存在なら、矮小な存在らしく、泥臭い足掻きで私を楽しませなさい」
「……」
う、う~ん。いまのは、もしかして「他に合わせるのではなく、貴方は貴方らしくありなさい」って意味でいったのだろうか? やっぱり、よく分からない方だ。
だけど、なんとなく、街行く人達を見詰めるノエル様の瞳は、優しげな気がした。
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「……魚など見て、なにが楽しいのですか?」
「な、なにがと言われても、困るんですが……」
とりあえず最初に訪れたのは水族館。遊園地はちょっとありきたりかと思って変化球にしたつもりだが、ノエル様は明らかにピンと来ていない様子だ。
これは場所選びに失敗したかもしれない。
「……えっと、綺麗じゃないですか?」
「サッパリ分かりません。私にはどれも同じ、矮小な生物にしか見えません」
「そ、そうですか……」
「まったくもって時間の無駄ですね。まぁ、元々そこまで貴方に期待していたわけではありませんが、これならどこぞの飲食店にでも入った方が……」
「あっ、でも、水族館限定のお菓子とか売ってますよ」
「なにをしているのです! 早急にそちらに向かいますよ!」
うん、なんだろう、ちょっとだけノエル様の扱い方が分かってきた気がする。食道楽とでも言うべきか、この方は食べることが好きみたいだ。
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「もぐもぐ……おや? ポップコーンが無くなりました。我がしもべよ、早急に買ってきなさい」
「もう食べたんですか!? 一番大きいサイズだったのに……ちょっと、ノエル様。もう映画始まっちゃいますよ。というか、誰がしもべですか、誰が……」
「別に貴方が冒頭を見逃したとして、私に不利益はありません」
「ぐぐっ……分かりました。で、何味がいいんですか?」
「そうですね。とりあえず『全種類一番大きいサイズ』で」
「……」
何度目になるか分からないが、この方、本当に神様? 暴食の悪魔とか、そういうのじゃないよね? もう既に映画を見るというより、ポップコーン食べに来たみたいになってるし……。
とりあえず駆け足でノエル様ご所望のポップコーンを買いに向かう。できれば映画も、ソレを食べて大人しく楽しんでくれればいいのだが……。
「……サッパリ分かりません。恋焦れているなら、躊躇せず組み伏せればいいのでは? なぜ、こうも回りくどく動きまわるのか……野生の獣のほうが、まだ効率的です」
「いや、恋愛映画見たいって言ったのは、ノエル様ですよね?」
「人間の嗜好というのを知ろうと思いましたが……どうにも理解できませんね。人間は皆、こんなややこしい恋愛をしたいのですか?」
「い、いや、あくまで創作なので……」
映画に対したびたび文句を言うノエル様に、周りを気にしながらフォローを入れる。しかし、不思議なことにノエル様との会話は、周りには聞こえていないみたいで、誰も反応することはなかった。
****
「ぐっ、そんな……ノエル様、強すぎます」
「愚かなことです。遊戯とはいえ、人間でしかない貴方が、私に敵うなどと……まぁ、なんとも思い上がったものですね。格の違いを思い知り、頭を垂れなさい」
「ぐ、ぐぬぬ……悔しい」
続いてやってきたゲームセンターにて、エアホッケー、ガンシューティング、音ゲー、全てにおいて俺はノエル様に大敗していた。
なにが悔しいって、ウザいドヤ顔でこちらを見るノエル様に対し、敗者である俺は歯噛みすることしかできない。
本当に、駄女神の癖にスペックだけは異常だなんだから……。
「誰が駄女神ですか! 誰が!」
「……見た目幼女の暴君」
「……童貞のロリコンの分際で」
「がふっ!? ちょ、ちょっと……それは言葉のナイフが鋭すぎます。そ、そそ、それに、別に、ど、どど、童貞と言うわけでは……」
「神を前に詐称が通用するとでも? 小学校のフォークダンス以来、異性の肌にも触れたことがないくせに」
「……ノエル様、プライバシーって言葉、知ってますか?」
「貴方には存在しません。諦めなさい」
「理不尽すぎる!?」
ゲームでも負け、口でも負け、なんとも悔しい限りだ。いや、本当に屈辱である。口元が緩んでいる気がするのは、たぶん気のせいだ。
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「そうですね。とりあえず、メニューのこのページから、このページまで」
「……ノエル様? あの、ちょっとは加減してくれませんか? 節約するためにファミレスに来たのに、むしろ滅茶苦茶高くつきそうなんですが……」
「まったく、私という神にこれほど貢げて、貴方は幸せ者ですね」
「……俺の知ってる幸せと違う」
ファミレスでメニューの料理を片っ端から注文し、ドヤ顔を決めるノエル様に大きなため息を吐く。本当にどれだけ食うんだこの方は……。
まぁ、確かにどれも美味しそうではあるけど……。
「なんですか? もの欲しそうな顔で……仕方ありませんね。ほら、口を開けなさい」
「へ? の、ノエル様!? な、なにを……」
「食べたいのでしょう? 私は慈悲深い、一口だけなら許可してあげましょう」
「え? いや、それ間接――むぐっ!?」
自分の注文した料理を先に食べ終え、美味しそうに食べるノエル様を眺めていると……突然ノエル様は、ハンバーグを一口サイズに切って、俺の口に放り込んできた。
もちろん、そのハンバーグが刺さったフォークはノエル様が使っていたもの。か、間接キス……。
「……乙女ですか貴方は……」
茫然としている俺の耳に、呆れた様子で告げるノエル様の声が、やたら大きく響いた気がした。
****
「ほう、ローストチキン……なかなかの見た目です。行きますよ、我がしもべ」
「まだ食べるんですか!? というか、そんな体のどこに入ってるんですか……」
「見くびらないでください。私は神ですよ。胃に入ったものを即座に『消滅』させるなど、造作もないことです」
「そんなところに神の力を使わないでもらえませんか!?」
最初にATMで降ろしたお金は既に底をつき、また追加で降ろすことになった。やばい、この調子で夜まで食べ歩きをされたら、俺の貯金を全て喰い尽される。生き返れたとしても、その後が絶望的になってしまう。
な、なんとか、軌道修正を……。
「の、ノエル様! 遊園地に行きましょう! ちょっと、距離はありますが、まだ十分時間はあります!」
「遊園地? ああ、細々とした遊具が並ぶ施設ですね。私としては食べ歩きの方に魅力を感じますが……」
「俺が、どうしても、ノエル様と一緒に行きたいんです! お願いします!」
「ふむ、仕方ありませんね。そこまで願うのなら、まぁ、いいでしょう」
「ありがとうございます!」
よ、よかった。とりあえずは聞き入れてもらえた。遊園地なら、フードコーナーもあるにはあるが、メインはアトラクションだし、ある程度は時間をつぶせる筈だ。
しかし、俺はその考えが甘かったことを、すぐに思い知ることになった。
****
「……神たる私をいつまで待たせる気ですか?」
「あ、あと20分ですから……」
「いい加減我慢にも限度と言うものがあります。私達の前に並んでいる者全員、遊園地の入り口まで転移させましょうか……」
「止めてください!?」
今日はクリスマスイブ。当然ながら遊園地は非常に込み合っており、結構アトラクションには人が並んでいた。そうなると、我慢という言葉がまったく似合わないノエル様はイライラ始め、俺は必死にそのご機嫌をとっていた。
「いかに私が寛大とはいえ……いえ、そもそも神に時間待ちをさせるなど、あまりにも許し難い。これは、もう、天罰でよいのでは? いま私より前に並んでいる者は全員、神への反逆者として扱っていいと思いますが……」
「駄目です! お願いですから、止めてください……あっ、そ、そうだ! チョコレート! ここに来る前、コンビニでチョコレート買ってきました! これでも食べて、落ち着いてください」
「……むぅ、仕方ないですね。貴方の働きに免じましょう」
「あ、ありがとうございます」
とりあえず、食べ物を与えておけば大人しくってくれるということは分かった。次のアトラクションに並ぶ時は、事前にフードコーナーでいろいろ買っておこう。
「次をよこしなさい」
「だから、食べるの早過ぎですって!?」
****
「クリスマスツリーですか、ふむ、なかなかのものです。なぜ木を飾りつけるのかはよく分かりませんが、その労力は認めましょう」
「……そ、そうですか……」
クリスマスのために特別に用意された巨大なもみの木を見ながら呟くノエル様の横で、俺はガックリと肩を落としていた。
疲れた。本当に、疲れた。本当に傍若無人というか、ノエル様との一日は波乱に満ち溢れていた。ただ、うん、楽しかったと言えば、楽しかった気もする。
時刻は現在22時……俺の命の機嫌まで、残り2時間。果して俺があす以降も生きられるかどうか、ノエル様を楽しませることができたのか……それは、まだ分からない。
美しく飾りつけられたもみの木を眺めてから、ぼんやりと周りに視線を動かす。
ケーキの箱を抱えて足早に帰宅するサラリーマンが居る。愛を確かめるように腕を組み、もみの木を見詰めるカップルが居る。異性とではなく同性数人で集まって騒いでいるグループが居る。書き入れ時だからと、寒空の下で商売をする人が居る。
その形は人によって様々だが、いま、この場に居る人たちは、今日という日を心から楽しんでいるように見えた。
……俺は、なにをやってるんだろうか?
いろいろなものに憧れて、都会に出てきたはずだった。なにかを得たいと、なにかに成りたいと、そんな夢を持っていたはずだ。
いつの間に、ソレを忘れてしまったのだろうか? いつの間に、自分を慰める言い訳ばかりするようになったのだろうか? いつから現実をつまらないと、そう思い始めたのだろうか?
大学でのスタートダッシュに失敗した? ……挽回なんであとからでもできたはずだ。
親しい友人を作れなかった? 恋人を得られなかった? ……俺がなにもしようとしなかっただけだ。
勇気を出せばよかったのか? 頑張りさえすれば、たとえ報われなくても……いまよりは、充実した気持ちでいられたのだろうか?
……死にたく……ないな。ようやく、その気持ちが湧きあがってきた。まだ、俺はなにも得られていない。なににも成れていない。空っぽのままで、死ぬのが……怖い。
「……くだらない」
「……え?」
冬の寒さとは違う冷たさを感じ、顔を伏せていた俺の耳に、心底つまらなそうなノエル様の声が響いた。
「人間というのは、本当にくだらないことで悩むのですね」
「……ノエル様?」
「貴方はたかだか20年程度生きただけで、世の全てを知ったつもりですか? 馬鹿馬鹿しい。人間の寿命など、私にとっては瞬きほどに短い。そのようなことを考える前に、別のことを考えるべきでしょう」
その声に導かれるように顔を上げ、俺は目の前に居る神に目を奪われた。口元に薄く微笑みを浮かべたその顔は、あまりにも美しく神々しい。
「人は何年生きます? 80年から100年? 私にとっては短い時ですが、人間にとってはとても長い。貴方はその内のたった20年ほどしか生きていない。それなのに、よくもまぁ、そこまで悲観的になれるものです」
「……」
「貴方は神ではない。未来のことなど、分からない。だからこそ……足掻くのでしょう? 貴方には未来へ歩む足もあれば、栄光を掴む手もある」
そこには、確かに、教え、諭し、導く……偉大なる神の姿があった。
「まだ、これからですよ。貴方はこれからなにかを得て、なにかに成るのです。いつまでスタート地点で蹲っているのですか? 手早く立ち上がり、歩きだしなさい。ソレが『明日からの貴方』が、すべきことです」
「……ノエル様、そ、それって……」
明日から……その言葉は、つまり……。
「人間はどうしようもなく矮小で、醜い。貴方の歩みもきっと、愚かで泥臭いものになるでしょう。ですが、だからこそ……その歩みは見応えがある。刻んだ足跡には確かな価値が宿る。ソレを眺めるのが、神にとって、なによりの愉しみです」
「……」
「私の言う通りに動き、私を崇め称える存在などに価値はありません。そんな人形はいくらでも、作れます。ゆえに、不敬な貴方は実に面白かった。愚かにも、遊戯とはいえ私に挑む様は、実に……美しかった。貴方がその、貴方らしい無礼さを失わない限り、私は貴方の味方でいてあげましょう」
「……なんというか、酷いひねくれ者ですよね。ノエル様って……」
「ふふふ、それが神ですよ」
不敬だったからこそよかった。無礼だったからこそ面白かった。自分に逆らう姿こそ美しいと語る、どうしようもないひねくれ者で……人間という存在を愛している、偉大な方。
なんというか、あまりにも大きすぎて、あまりにも眩しすぎて……つい、目が熱くなってしまった。
「では、また会いましょう。愚かなれど価値ある人間よ。貴方の歩みは、きっと私を楽しませることでしょう……期待していますよ」
「……はい」
そう告げると、ノエル様はまるで景色に溶けるように姿を消した。まるで、初めから存在しなかったのように……。
だがそれでも、俺の心には確かに、偉大な神の存在が焼き付いていた。
****
眠い目を擦りながら、ベットから起き上がる。昨日の出来事はまるで夢みたいではあったが、スマホの画面に映る12月25日という表示が、昨日という一日があったことを示してくれていた。少し、ほんの少しだけ、誰もいない部屋に寂しさを感じつつも、それを押し込めて立ち上がる。
さて、これから忙しくなるだろうし、いろいろ大変だとは思うけど……大丈夫。俺はきっと変わることができる。
なにせ、神様に背中を押してもらったのだから……。
「……おや、ようやく目覚めたのですか? 相も変わらず怠惰なことです」
「……は?」
決意を新たに立ち上がった俺だったが、直後に聞こえてきた声に完全に硬直した。
唖然としながら視線を動かすと、そこには……両手いっぱいに買い物袋を持ったノエル様の姿があった。
「なんですか? ただでさえ貧相な顔を歪めて……なにか、不思議なことでもありましたか?」
「の、の、ノエル様!? な、なんで、居るんですか!?」
「うん? また会いましょうといったではありませんか? ほら、せっかく人間の体で分体を作ったのです。一日で処分というのもつまらないでしょう。どうせ暇していたところですし、ひとまず人間の作った食文化とやらを心ゆくまで体験しようと思いましてね」
「……」
アッサリと告げたあと、ノエル様は大量の買い物袋を無造作に置き、中から取り出した菓子パンを食べ始める。
「まぁ、それだけでもいいのですが、せっかくなので貴方の無様な足掻きでも眺めようと思っていますよ。むっ、ジャムですか……ふむ、悪くないです」
「……は、はぁ」
「精々、その短い人生を使って私を楽しませなさい。老衰で死ぬぐらいまでは、付き合ってあげましょう」
「……」
本当に、なんとも困った神様だ。だけど、なんだろう? なんで、頬が緩むのか……。
傲岸不遜で、ひねくれ者、それでいてそこか優しく憎めない。そんな神様との生活は、これからもきっと困難を極めることだろう。
だけど、なんとなく……未来の自分は笑っていそうな、そんな気がした。
「……ところで、ノエル様。大量に買い込んでいますけど、お金は?」
「……貴方の『口座』に落ちていました」
「なにやってんですか貴女は!!」
「いったっ!? ま、また殴りましたね、無礼者! 逆らうことは許しましたが、殴っていいとは言っていませんよ!」
「殴るに決まってるでしょうが!? なに財布どころか、口座から直接抜いてるんですか!!」
「言ったはずです。貴方のものは私のものだと……どうせ、大した金額でも――ぎゃんっ!? こ、このっ、もう許しません! 神をなんだと思ってるのですか貴方は!?」
「いまの貴女は、ただの強盗でしょうが!!」
「不敬! 不敬です!!」
……本当にふざけた神様だ。ちょっとでも見直した俺が馬鹿だった。
ああ、もう、なんで俺の体は言うことを聞かないのか……いまは笑うところじゃなくて、怒るところだろうに……なんで、笑みを浮かべてるんだか……。