〜プロローグ〜
すまない。本当にすまない。聖級冒険者のリロイは、崖下で項垂れながらそう呟いた。それもその筈だ。かつての仲間は、彼が逃げ果せて来た道中の先に黒焦げになって転がっていた。マルコ…リチャード…ポルド……クエストに出かける前の笑顔だった彼らを思い出す。しかし、想いに耽る間も無く、彼らを黒焦げにした奴がやって来る。ズシン…ズシン…と荒々しく周りの木々をなぎ倒し、巨大な竜種が姿を現した。
血竜種。強大な力を持つ竜種の中でも、より強き力を持つ竜種を産む為、古から近親相姦を繰り返した竜種の事だ。近親相姦を繰り返した結果、強大な力を持つ竜種が生まれたが、竜種が本来持つ高い知能は失われ、代わりに高い凶暴性と驚異的な戦闘能力を持った魔竜が誕生したのだ。本来竜種は緑色の体表をしているが、血竜種は体表が真っ赤な血のような様から血竜種と名付けられた。この血竜種を倒すという依頼を街で見かけた時、俺達ならやれると思い引き受けたが、どうやら見誤ったらしい…
「フローラ本当にすまない……」
迫る死の際に思い出したのは婚約者のフローラの事だ。彼女は、美人な上にお淑やかで気品のある高貴な貴族の一人娘だった。俺は、このクエストを引き受けた後、彼女と大喧嘩をして仲直り出来ないままクエストに参加していた。彼女は病弱だった。俺は彼女の病気を少しでも和らげる為に万能薬の素材でもある血竜種の逆鱗が欲しかった。彼女にずっと元気でいて欲しかった。
しかしそんな俺に彼女は危険すぎるからやめて……貴方は自分の力を見誤っているのよ…と泣きながら食ってかかって来たのだ。普段、俺のやる事なす事を微笑んで見たり聞いてくれていた彼女からの忠告はこの時の俺は非常に不愉快に感じていた。俺は意地になり引き下がる事も出来ず彼女の忠告を無視し今に至る訳だ。
いよいよ年貢の納め時らしい。血竜種がけたましく咆哮し、口腔内からチリチリと夕暮れ色の炎が吹き上がって来た。抵抗しようにも体力も魔力もスッカラカンで指一本動かせやしない。血を流しすぎたのもあって意識を保つのがやっとだ……
せめて…彼女には強く生きて欲しい…これから死にゆく男の小さな願いだが…さらばだ…フローラ……
次の瞬間、若き冒険者は竜の業炎に包み込まれた。
俺は死んだ。竜の灼熱の炎に焼かれて。そう思っていた。しかし待てども暮らせども熱くない。呼吸も出来るし、俺の腕や足もあるし五体満足だ。死んだ気がしない。どうなっているのか状況が掴めぬ中、いつの間にか、目の前に眼鏡を掛けた男が静かに佇んでいた。
「ああ…何とか間に合いました…リロイ・フラムト様でお間違い無いでしょうか?」
目の前にいる執事の様な格好をした同じ年齢位の若い男から質問され、ああ……と頷く事しか答える事が出来なかった。何者だこの男は?どこから来た⁉︎俺を助けてくれたのか⁉︎と頭の中で考えを巡らす。
「胸中お察し致します。私はとあるクライアント様からご依頼を受けまして、貴方様を手助けするように言われた商社の者でございます」
笑顔でそう答える男は、華奢な身体付きなのに何処か逞しく、清廉な雰囲気を漂わせていた。




