本当の表情
朝の太陽の光と鳥の鳴き声で目が開いた。丁寧にも布団が敷かれていて、その上に寝転がっていた。上半身だけ起こした。
「…生きてた」
目が覚めた。体が動く。息をしている。
今までは当たり前のことだったが、昨日のことを考えるとそれが奇跡の様に思えた。なぜか涙が出そうになる。しかし、ふと我に帰る。この場所に見覚えが全く無い。高い塀に囲まれている建物の様で、外すら見ることが出来ない。部屋の中は非常に質素で文机くらいしか置かれていない。
うーん、と小さく唸り襖から顔を出した。
その時見ている方向の反対側から
「あれ、起きちゃいました」
「うわぁぁぁ!」
勢い良く振り返ると、一人の青年が寝間着姿で立っていた。不思議そうに小夜を見た。しかしすぐに笑い出した。
「そんなに驚かないでくださいよー!」
あはは、と笑い転げているのを小夜は呆然として見ていた。しかしすぐにその青年は咳をし始めた。乾いた咳だ。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
近付こうとしたが手で制された。ヒューヒューと喉を鳴らしていたが、首を上下に振っている。
咳払いをしてから口を開く。
「すいません、それよりあなたこそ大丈夫ですか?気を失ってましたけど…」
「あ、はい私はもう…」
「そうですか、なら良かったです」
ふんわりと笑いながら言う。
「それで…不躾ですが貴方は…」
よく見ると、何となく見覚えがあるような気がしてきた様だ。
「僕?僕は沖田総司と言います。よろしくね」
少し手前に歩いて来ながら言った。近くで見ると背の高さが際立つ。
「あ、えっと、小夜と申します…あの、質問を重ねてばかりで申し訳無いのですが、何で私はここに…」
その言葉に、沖田は軽く切れ長の目を細めて
「聞きたい?」
と言った。そう言われるとは思っていなかったが彼女はこくりと頷いた。
少し間が空いて、
「あんまり詳しくは言えないんだけど僕らは池田屋に御用改めをしたんだよ。それで…あなたが隠れてたのを見つけた。まぁ、言えないのもあるけど、言いたくないんだよ」
小夜が腑に落ちないと言った表情をしていたのを察したからか付け加える。
「あんなことを思い出して欲しくないんだよ…
僕が言うのも筋違いかもしれないんだけどね。
怖かったでしょう?」
話し方は優しく、内容も温かかった。
小夜の頬に二筋の涙が伝う。
嗚咽が漏れ、止めどなく涙が溢れてくる。
沖田は静かに小夜の頭に手を置いた。くしゃくしゃと、マメが出来た大きな手が動かされたので自然と口角が上がる。人の温もりに触れるのも久しぶりだった。
近江から京に来てからというものの、池田屋で働くこと以外ほとんど何もしていなかった。仕事以外で誰かと接することも少なかった。
新撰組のことだって、どちらかと言うと苦手意識を持っていた。しかし沖田と出会ったことでそうではないと思い始めた。
少し時間が経ち泣き止むと、
「そうだ小夜さん、これからどうする?」
勿論考えていなかった。俯きながら、
「…どこか働き手として採ってくれれば良いんですけど…」
と言うと、沖田はあっと言い、
「だったらここにいれば良いんじゃないかな?僕だけじゃ決められないけどさ」
「いえでもそんな、申し訳ないです…」
「ううん、申し訳ないのは僕の方。あんなことをしなければあなたは普通に生きられてたんだから。だからちゃんと責任とらないと」
でしょ?とにこりと笑った。
「…じゃあ本当に良いんですか?だって助けてくれたのも沖田さん…え?」
途中で言葉が止まる。
「そうだけど…どうしたの?」
「あ、いえ何でもありません!」
何で分かったんだろう、と疑問が湧いた。しかしそんなことはもうどちらでも良くなった。
「あの、本当にありがとうございました!何回感謝してもしきれません…」
また沖田は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「あはは、良いんだよそんな!当たり前のことをしただけだから」
その言葉を聞いて不意に喉の辺りがきゅっとなる。
「だからそんな遠慮しないで?まだ小夜さん若いんだから」
若いという言葉が妙に滑稽で、笑ってしまう。
「何言ってるんですか、沖田さんだって若いでしょう」
「あなた程じゃないからね?」
そんな何でもない会話をしていることが小夜にとって何よりの幸せだった。
こんな時間が永遠に続けば良いのに。
その思いが胸の中を占めていた。