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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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妹、二人 / 鑑定士リオナ




 狭い部屋で過ごすのは長ければ長いほど、消耗するものだ。

 元々は墳墓の一部だろうこの石室だが、不思議なことに換気だけはしっかりしている。おそらくどこからか随時、空気が召喚されているのだろう。

 焚き火は消える様子もない。家畜の糞を乾かして作った固形燃料を時折、放り込みながら、リオナはぼうっと火の番をしていた。


 火の近くで兄とウィードはばったりと崩れている。あの後、治療が終わるとさっさと毛布を取り出し、横になっていた。戦闘よりも消耗したようだった。

 その二人の労力により、呪術と薬湯で大分、彼女の顔色は良くなっている。今は毛布をかけて、休ませてある。

 あとは運び出せるぐらいの体力回復を待つぐらいだ。

 しかし、兄達の知り合いらしいが、いったい誰なのだろう。


 思考に挟まれた疑問は白いもやにうち消される。扉の前で胡座を組むガドッカが蒸気を時折、吹き上げて、こちらへと流す。寝息らしい。眠るんだなあ。機械なのに、と妙な感心をした。

 鎧を外したオリエルは長剣を布で磨いている。眠くなりそうな時のせめてもの抵抗なのだろう。休憩室とはいえ、全員眠るわけにもいかない。

 火の音を聞きながら、交代を待つしかない。とはいえ、すでに何度目の欠伸か数えられないのだけれど。


「魔道書、持ってくればよかったかしら、でも重いしなあ」

「ほう、リオナ殿は魔術師であったのか」

「いやあ、ぜんぜん。勉強中ですよぉー」


 驚いたような、感心したような声を出すオリエルに苦笑する。才覚はある、と呪術師のウィードに太鼓判を押されてはいる。だが、まともに発動したことはない。


「それに、魔術は一つも使えないんです。独学なので、中々難しくて。できれば誰かに師事してもらいたいんですけどね。授業料が高くて中々」


 リオナは額にしわを寄せて、親指で眉根を押さえた。その様子にオリエルは小首を傾げた。


「ウィード殿ではいけないのか、呪術は近しいものだと聞くが」

「呪術は大きな反動があるからって教えてくれないの」


 自分でも驚くほど不満げな声が漏れてしまう。これじゃあ、なんかもう、嫌な子みたいじゃんと大きく頭をかいた。

 馴染みの深い呪術師は心配してくれているは理解しているのだ。

 呪術は使いすぎると、魔力に精神や肉体が侵食されてしまう。生の、あるいは未分化の魔力を振り回すようなものだから、危険だ。

 そう教えられた。その時、ウィードがいやに自分の肌を撫でていたことはよく覚えている。くすんだ金髪を垂らしていて、悲しげに目を伏せていた。

 私はみんなの、兄とウィード、そしてグリセルの力になりたかったのに。なんでそんな顔をするの。問いかけることは出来なかった。

 気持ちがゆっくりと萎んでいく。なんとなしに頭を垂れた。


「お疲れでしたら休んでも構いませんよ。ここなら、一人でも十分見張れますから」


 心配そうにオリエルがのぞき込んできた。屈んでいるせいか、胸の豊かな膨らみが見て取れた。この人ほんと、こういうことには無防備だなあ、と苦笑する。


「ああうん、平気、です。少し考えごとしちゃって」


 そのまま誤魔化して、焚き火に燃料の糞をくべる。ごうっと勢いが強くなる。暖かな熱が頬を照らした。

 そして、しばしの沈黙が残った。


「私だって、もっとみんなの力になれるのになあ」


 無言の中にぽつりと浮かんでしまった言葉に、はっと口を押さえた。いけない。どうも、疲れが憂鬱を引き起こしているようだ。

 オリエルはすっと剣を納める。そして、ぽつりと言葉を落とす。


「私は」


 一度、迷うように揺らした目を閉じた。ゆっくりと開いた視線をダスイーの方へ向けると静かに続ける。


「私はリオナ殿の力が羨ましいです。貴方には私にない大きな力を持っていますから」


 潰れた喉から静かな優しい声が流れてきた。そして、こちらへすっと腕を伸ばし、頭を撫でた。どことなく鉄の臭いがした。袖から肌がこぼれて、わずかに傷痕が見える。

 オリエルは静かに微笑んでいた。

 振り解いてしまうことも、問いかけることも出来そうもない。本当なら、こんな会って間もない人に撫でられるいるのに不愉快な感じはしない。そのまま、優しく暖かな手の平に身を委ねてしまった。

 落ち着き、そしてそのまま眠気すら感じてきた。リオナは緩やかに崩れていき、オリエルに倒れ込むように寄りかかった。


 そのまま、寝てしまいそうになる。意識が薄れていくのが、珍しく分かった。いや、覚えていた。


「うぐうぅぅ」


 眠気が、いっきに引く。女の、苦痛に満ちた声が静寂を裂いた。


「うわああああ、ああああ、うわあああ」


 覚醒と夢の間にいるのだろうか。錯乱し、叫び、暴れている。このままでは棺から落ちて、石の床に体を叩きつけてしまう。

 素早く立ち上がったオリエルは名も知らない盗賊の女を必死に押さえ込む。眠気を放り捨て、リオナもそれに加わった。


「起きて、みんな、起きて!」


 叫んだ。冷たい石の壁に二つの悲鳴が混じり合って反響した。





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