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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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滅びの使者  /  “穿鋼”ガドッカ





 朽ちて錆び切った義体、その胴だけが砂に乗って流れてきた。ガドッカはなんとなしにそれを拾い上げる。ざらざらと砂が散り舞う。硝子玉の眼球を光らせてよくよく睨む。魂の器としての力を失っている。

 魔術師は黙し、悪魔の少女は彼の横で天蓋を見ている。ちかりちかり、と監視のための硝子眼球が天から睨む。


 それが神からの責め立てに思えた。所詮、使徒の言うことだ。彼らは彼らの主観で生きる。異端者と決めたのは雷神ザオウではないことわかってはいる。しかし、与えられた体を失い、親友の影を殺した後ともなれば心が軋んでしまう。


 こうぼんやりとしている場合ではない。サブアは消耗している。悪魔の少女を守り切るには、自分が立たなければならないのは理解していた。それでも、どうしても足に力が入れない。


 ずるりと、音が鳴った。

 きりきりと首を回す。ぼうっと霞む視界に、何か人影あった。ずるりずるりと妙に硬い音が響く。金属を引きずればこうなると、くるりと目の焦点を当てていく。


 少女が長柄の鉄槍を杖の代わりに突き、義体一つを無理やりに背負っている。その女の形をした義体は、上層で見た戦乙女によく似た型だったが、翼はなかった。背負っている少女では背丈が足りないらしく、ずるりずるりと義体の足を引きずっている。それでもなお、歯を食いしばり進んでくる姿がある。

 緑色の目は死なず、こちらを見ている。彼女の瞳は魔力のためか、力み過ぎているせいか、ぎらぎらと輝いている。


「リオナ、殿」


 ぎちぎちとうまく動かない。それでも自身の機械の肉体に力を込めた。何のために歩けるようになったのか、何のために呼吸ができるようになったのか。苦しみながら進む少女を見るために、この身を機械へと変えたわけではないはずだ。


 腹の奥が動き始める。タービンが回り、熱量があがっていく。恥ずかしさか、自分への怒りかは分からないし、理解も必要ない。今すべきことをするだけだ。


 蒸気を鋭く吹き上げると、走り込んだ。後ろにはやれやれとばかり嘆息する魔術師とおろおろと飲み込めない悪魔の姿があった。

 だが、気にもせずガドッカは彼女たちを支える。


「あとは、お任せあれ」


 そうして鋼鉄の義体を彼女から引き離して抱きかかえた。かちりと音がして、ぎりぎりと油の足りない体が悲鳴を上げているのが伝わってくる。

 それでもぎこちなく義体の女はこちらに顔を向けた。頭巾がずれて、造形が分かる。計算されて作られた女の顔だが、中身は柔らかく、ふわふわと淡雪めいた微笑みが漏れている。それに柔らかく、蒸気を吹いて答える。


「あーがー、ぐわー、ありがとー、ぐえええ」


 ずるべちゃと腰を抑えながらへたりこんだ、リオナの声が意識をそちらに揺さぶった。あ゛っあ゛っと腰をさすり、のたうちそうになっている。魔力を無意識に回して、自己を修復しているらしいが、しばらくは立ち上がることは出来そうもない。


「苦労をかけましたな」

「いーの、いーの」


 へたりながらも、ひらひらと手を回して答える。


「あー、そうだ。この人、ちょっと今は油切れ、みたい」

「おお、そうですか、お分けしましょう」


 彼女の体をゆったりと寝かせる。そして籠手の空洞部から油差しを取り出して、四肢と首に油をさす。あっあっと妙な声を出すのは感覚器が優れているせいだろうか、なんだか申し訳ない気分になりながら、四肢を軽く動かしてやる。油を馴染ませる。


「ああ、寵愛者様ありがとうございます」

「いやいや、この程度のこと……」


 返礼を柔らかく流そうとするガドッカに、妙な感覚が走った。寵愛者とは、自分のことなのだろうか。

 やたら、めったらうっとりと見つめられるのは、なんとも落ち着かない。こんな視線、幼少期以来、受けたことなどないのだから。

 困ったように頬をかいて、リオナが視線からガドッカを切り離してくれた。


「ガドッカさんに会いたいっていうから連れてきたの」

「そうでした、埋め火の娘さん。まずはお礼をしなければ」


 どことなくズレた様子で重要なことを言いながら、すらりと立ち上がった。背中をもぞもぞと動かすのは、もともと羽の生えた義体を使っていたのかもしれない。


「わたくしは、古き使徒、かつて闇の種族トロールと戦った戦士達の自動甲冑。名前はアイシィと呼ばれておりました。ただの屍であったわたくしの“でえたあ”を母艦に送っていただきました。ありがとうございます」

「ああ、あの……」


 サブア達と出会った夜、その日に冥福の祈りをささげていた古代兵器を思い出す。天に到ったのち、彼女は使徒として神に再び創造されたのだろう。

 がいんっと轟音を立てて、手を合わせた。


「そうだ、あの子、同胞にして母艦、神にいたりしザオウより言伝、いえ神託があるのでした」


 アイシィはうっかり忘れていたばかり、さらりと大切なこといい放つ。


「寵愛者様には伝わらず、申し訳ないとのことでした」

「それは、拙僧の不徳の為すところ、信心が足りぬこと恥じ入るばかりです」

「いえ、幾度も妨害されているようで」

「ふむ」


 地上にいる使徒の妨害が予想以上なのかもしれない。同じ波長の神託ならば、妨害もしやすい。かつての義体であれば、そのようなことは些事で済んだだろう。あの体は神殿そのものだ。


「アイシィ殿、我が神はなんと?」

「ええ、と。すべてはもう遅い、放棄を命じる、この地にすがる同胞を滅ぼせ」

「は」

「ほえ」


 固まったガドッカが蒸気を無造作に吹き上げて、それに間の抜けた声のリオナの声が混じった。

 アイシィは、あれっと小首をかしげる。


「すべてはもう遅い、放棄を命じる、この地にすがる同胞を滅ぼせ」


 にこりと笑いながら彼女は今一度、そう言い放ったのだった。

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