石室の囲い火 / 盗剣士ダスイー
小さな石造りの部屋に狭苦しく冒険者達は入り込む。
ダスイーは戸にがっちりと閂を差した。そして壁に埋め込まれた鉄籠に三本の松明を入れて、手持ちの松明から火を移した。
冷たい石室にぼうと暖かな光が広がっていく。
鉄籠と閂はかつて、グリセル、ウィードで持ち込んだ品だ。休息地点を造ることは、グリセルが提案したことだ。生存率を上げるため、こういった休息地点を自分達でいくつも造っていた。
ここはその中でも最初に作り上げた休憩地点だ。一階層であり、ダスイー自身は滅多に使うことはない。それが今頃役に立つとは思わなかった。
元々、この石室は墳墓の一部だったようだが、使われた形跡はまるで無かった。部屋の真ん中には石の棺がある。蓋は外した時に砕けてしまい、とりあえず端に寄せていた。
棺の中にはこんもりと藁が詰め込んである。結構、新しいものに変えてあるので、たぶん、グリセルの奴が整えたのだろう。
「ほんとマメだよなあ、あいつ」
力なくぼやきながら石の棺に寄った。
リオナに毛布を引かせると、ダスイーは背負った女盗賊を下ろしていく。力のない体はいやに重い。ウィードの助けを借りてゆっくりと寝かせた。
「治療、はじめるわ、リオナは火焚いて。ダスイーは鍋にお湯の準備。オリエルは鎧脱がせるのを手伝って」
「拙僧は」
「大人しく見張りしてなさい」
全員荷物を端に置き作業を各々はじめた。
リオナはてきぱきと焚き火のために石を積んだ所に、乾いた糞を燃料として積み上げる。そこにランタンから火種を落とす。
それを見ながらリオナの背負い袋を空けて、必要なものを取り出す。焚き火に寄り、水袋から鍋に注いだ。その小さな鍋を火に掛けた。すぐに湯は沸くはずだ。
一緒に持ってきた薬草の束を握って沸くの待った。
鎧を外している二人に視線を向けた。人影越しに青白い女の顔が見え隠れした。
ぼうと眺めているうちに外し終わったらしい。オリエルが黒い鎧を持って荷物の上にそっと置いた。
そのぴっちりとした鎧は肌着以外何も身につけないものだったらしい。
豊かな胸が力なく上下しているのが見える。その裸身は形こそはきれいなものだったが、左足は紫に変色して歪み、いまにも骨が突き出しそうだ。肌も青白く死人めいた肌色だ。
死体回収の時にも感じるいやな感覚が、背骨を走った。
「静かにして、お願いね」
ウィードは短く言うと、左手に杖を構えた。そして腰に吊したいくつもの小袋から、人形を取り出した。ウィードが自分で作ったものだ。瓜や根菜、玉蜀黍などの青果を素材にしている、収穫祭にでも使われそうな形だが、れっきとした呪物である。
「命は形なり、形は命なり、宿れ」
ウィードからざわざわと葉擦れのような音が鳴り、暗い黄色の光がぽうっと吹き出した。人形にすぅっと染みこんでいく。
彼女が手を離すと人の頭ぐらいの位置にふわりと浮きあがる。
そして、わきゃっと人形は目にあたる豆が伸縮した。青果の人形はしばらく目をきょろきょろと動かすと、はっとしたようにもがきだした。ウィードから逃れるように、じたばたとしている。
「汝は彼、彼は汝、故に災厄を同じくす。写せ」
杖をで女を軽く叩く。淡く暗い黄色の光が彼女を包んだ。
波のような規則性を持つ呪術の音だけが、部屋に反響している。
ばたばたとしていた人形が胸を押さえて、苦しむように手を伸ばした。しばらくすると
全身で痙攣をはじめた。瞳にあたる豆から赤黒い涙のようなものが流れた。それを始まりにして一気に血があふれ出す。野菜と野菜の継ぎ目から、人形がもがき苦しむ度にどばっどばっと波打つように吐き出される。体に溜まった毒が混じっているようで黒々と変色している。
この凄惨な呪術は、人形に身代わりにさせるウィードの治癒術の一つだ。本来ならば、もっと簡単な方法も取れる。だが、すでに全身に毒が回ったとなると、こういった回りくどい方法しかない。ダスイーも以前、毒が回って同じ治療を受けた時にそう言われたが、やはり不気味なものは不気味だ。
毒と血でもがく人形が、急に足を片足をばたつかせた。いや、左足が動かないようだ。しばらくすると、めりっと嫌な音共に人形の左足が、見えない何かに握り潰れた。
その衝撃で吹き出した毒に、つい目を守る。ウィードも同じだったようで、木々のざわめきと重い黄色の光はすぅっと消えてしまった。
あと崩れ落ちた青果の人形が恨めしげに血と毒の上に転がっている。
ウィードは軽く息を吐くと、袖でさっと掃くように人形の上で手を払った。黄色い光の粒がぽとぽとと落ちた。
「火よ、汝が務めを果たせ、清めよ」
ざわっと周囲が震えると静かに白い火が着いて、毒と血、そして人形が縮むように消えていく。音のない火が白く一度だけ揺れて、ふっと消える。血が焼ける臭いだけを残して、石畳はきれいになっていた。
「毒は抜けたけど、私じゃ足はダメね。人形じゃ替わりにならないわ。これだけ深いと神官の奇跡か、自然治癒かな」
額の汗を拭いながら、ウィードを声を絞り出す。呪術に体力を大きく使ったためだろう。ふらついて、棺に手をついた。
「機械ならば修理できるのだがな」
むむむ、と扉の前のガドッカは呻いた。数多く立つ神々と違い、雷神ザオウは人体の治療は専門外なのだ。それが冒険者に歓迎されない最大の理由である。
「機械への代替はいつでもできるぞ、二度と人間に戻せんが」
「君は、ほんとに阿呆か」
振り向いて、力なく言うウィード。そのまま、糸が切れたようにふらりと体を崩した。
「ッぶねぇなあ」
ダスイーは飛び込んで、彼女を引き上げた。不摂生しているような顔面ではあるが、しっかりとした筋肉が付いているので結構、重い。必死に火の方へ引っ張り、座らせた。
「ちょっとまだ治療は終わってないよ」
「うっせえな、休め、治している奴よりひでえ面でどうする」
「君さ、いい方ってあるんじゃない」
土気色めいた肌は枯れたように色が悪くなっているのは事実だ。対して毒が抜けた女盗賊の方はすこし血色が良くなっている。もっともあれだけ抜き取ったのだ、血は足りないだろう。
「ウィード殿、休んでいてください。骨接ぎなら私がします。リオナ殿、手伝ってください」
「休ませるのは賛成だけど、できるの? これ、かなりひどいよ」
「いやなに、闘技場ではよくあることでした」
短くそう言うとオリエルは自分の籠手を外しはじめる。ダスイーとしては闘技場に云々を問いたい所だが、それを引っ込める。
座らせた呪術師に声をかけた。
「ありゃあ、血が足りねえな」
「増血剤だけじゃなくて、痛み止めも必要ね、他にもいろいろ準備しなきゃ」
「んならよ、指示くれ、座ったままでいいからよぉ」
握っていた薬草の束を渡すと、横に座り込む。
「ダメじゃないか、こんな風に握っちゃ」
「なんだ、新しいの持ってこなきゃあダメなのかぁ」
「これは大丈夫だけど」
「なら、いいじゃあねーか」
「普段から薬草というものの取り扱いには気をつけて欲しいのだけど」
示し合わせたように、そんな普段通りのしょうもない言い合いを二人で演じた。
薬草の選別をするウィードも、沸き立つ鍋の様子をじぃっと見るダスイーも、グリセルの仲間だった。
グリセル達に何があったのか。
不安を消すように、目を逸らすように、空虚な会話と共に治療を続けた。