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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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異なる輩  /  “賢者の瞳”リオナ




 何回かの警笛のあと、ゆったりと砂上を行く船が陸の港に接舷された。機械の戦乙女達に機工銃を突き付けられたまま、いかにも罪人だというまま、降ろされた。


 拘束はされていないが、仲間とは散り散りに分けられてしまった。

 代わりに周りを取り囲んだのは機工の兵士たちだ。いわゆる単純な“ろぼっと”、機械のゴーレムだ。命令を聞くだけの人形で自由意志はない様子で、生命を持っていない。銃を突き付けながら、無機質に動く。いつももっと大仰に無駄に動く義体を見ているせいか、妙な違和感があった。


「連れて行け」


 冷たい戦乙女の指示のもと、街中を渡るために小型の舟に移された。長い息を吐き出しながら、寒々とした暗い太陽を見上げた。不自然に日食が続いていることは、よく分かっていない。なんらかの秘匿されるべきことなのだろうが、ずっと昼間の夜が続いているのは体に堪える。


 それでも砂の河を渡り、門を抜けて街の中へと入っていくと賑やかな暖かさが広がっている。どうにも正門ではなく裏口から入ったらしい。立ち並ぶ倉庫街を通り過ぎ、こんもりと機械を積んだ平底舟、石小人の操る小型の高速舟などが咄嗟に横に除けて停止した。

 鼻をつく香りに目を向ければ、そこを過ぎれば屋台が立ち並んでいる。職人らしい人々が屋台でこってりとしたカレーやら串料理などを食み飲んでいる。皆機械化されているわけではないが、それでも義体向けに電気や電池、薬物などを売る屋台もあった。

 通りの隅に義体の人々がごろんごろんと転がっている。ガドッカで見慣れていなかければ、ただ壊れたようにしか見えないが、あれは気分よく酩酊しているようだ。

 だが、一目で違いはあった。誰一人として、ガドッカのように蒸気を吐き出さない。カレー屋台の店主らしき義体の女性、その腕が大分、滑らかに動く。機械特有の硬さはなく、生身より生き物らしくすらあった。


 いくつもの紐が結ばれた尖塔、その下をいくつか抜けていく。光が何本も走り、街を照らしている。そしてその光の影にひっそりとある桟橋へと小舟を寄せた。砂がざわめくように打ち上げられていた。桟橋ごと飲み込んでいる影は、一際大きな灰色の尖塔、その門のせいだろう。灰色の塔から伸びる黒い紐は他のすべての尖塔に繋がっており、じりじりと光が門がゆっくり開く。


 内では電光の球体が走り回る中、巨体な神像があった。一本の黒々として柱のようなもので、そこから様々な色の光が明滅しては、電光の球体を解き放っていく。

 その周りには司祭らしき女性達が奇怪な恰好のまま祈りを捧げている。薄衣の下に白いぴったりとした服を着て、頭には兜を被り、そこに取り付けられた硝子の瞳をきゅるきゅると頻繁に回したり、聖典らしいものを読み上げている。


 彼らの視線が唸るが、気にしている暇もない。押しのけられるように横を抜けた。奥には宙にぶら下がった、鉄の檻が並んでいる。上には滑車があり、井戸の釣瓶を思わせるものだった。

 そこに別々に押し込まれる。荷物なども汚物でも放り込むような扱いで、なんともむっとする。機械の翼を持つ戦乙女に抗議しようにも、こちらの意図を汲むことはできないだろう。


「では、この審問官、字名はオース・クリア! 型式番号PF-8014CS、製造番号RTN-0403、我が真名においてここに簡易裁判を行う!」


 機械の兵隊や戦乙女が一堂に並び、金属の甲高い音を立てて得物で床を叩く。拍子の付いた金属音が耳朶を叩く。軽いシャンシャンと鳴る音と、床を叩く強い音が鼓膜を乱雑に揺する。


「罪状は悪魔の使役! 蒸気なる異端技術! 弁明の余地なし! その一党、その悪魔とともに、地下世界への追放とす!」

「ちょ、まッ」


 問答無用とばかりの判決を言い放ち、かしゃんと滑車の留め具が外れた。浮遊感と同時に肉体が落ちていく。ゆったりとした感覚が、足を震わせる。風が巻いていたスカーフを奪い去り、暗闇のどこかへと連れ去っていく。

 薄暗い虚空にガドッカが焦ったように蒸気を吹き上げて、悲鳴のように白い煙が伸びていく。上には星のように漏れた電光がチカチカと見えた。

 光の届かない下は遠く、輝く上層部はすでに遠い。かなり、落ちている。


「ちょっちょっ実質死刑じゃないッ!」


 そうなるな、とばかりサブアが肩をすくめている。余裕なのは幸い魔術を封じられたわけではないためだろう。しかし、リオナやガドッカまでその魔術が届くかどうかは疑問だ。大地がなければ力が弱まるリオナの術で対応できるかは、微妙なところだ。サブアはあれでこちらを信用、というか力を過剰に見積もっているようで、助け船を出す様子もない。それどころか、疲れたとばかり檻の中でごろりとしている。丸投げする気だ。


 落下死。それがちらつくが、杞憂だった。ぎちんっと鋼の縄が唸りを上げて、速度がゆったりと落ちていく。

 そして砂の上にざくりと落ちた。わずかに砂が舞った。ぐずぐずと細かい砂が水のように沈んでいく。鋼の縄だけはするすると回収され、あとには沈みゆく檻だけが残った。


「盟約を示せ、地を這う熱よ。我握るは汝が心臓、魂をも焼きつくせッ!」


 冷たい砂をぎゅぅっと掴み、大地から溶岩の斧を引き抜いた。しっかりと魔力を這わせて、黒い岩を振るい落として斧を赤々と輝かせる。そして、ふんっと横に薙ぐとざっくりと周囲の檻へと炎が舞う。サブアや悪魔、ガドッカには傷一つもつけない。調整は難しかったが、熱の刃は彼らを傷つけず、檻だけ断ち切れた。そして、ずるりとズレて砂の下に沈みこんだ。


「地を這う熱よ、汝が赤を静かに流せ」


 そのまま、ぽいっと溶岩の斧を砂へと放り捨てた。ぱっと、周囲が赤く輝き、そしてしずくに静まった。硝子質の床を作り出し、その上にどさりと座り込む。そうしてから、ふうっと一息を吐く。

 なにもしなかったサブアはやれやれとばかり、檻から硝子の大地に鷹揚に降り立った。手伝う気はないぞ、とばかり座り込んで、薬草の葉を食み始めた。


「なぜ、なぜ……」


 まだ檻の中で、ぼうぜんと呟くガドッカ。その背中を“悪魔”の娘が静かに撫でた。

 あたりにはいくつもの人型の大岩。おそらくトロールの遺骸が並び流動する砂の流れに合わせて浮き沈みをゆっくりと行っている。外で見たトロールとは違い、きちんと死亡しているようだ。


 空を見上げても、薄寒い太陽すら見れない。上には星のように輝く、都市の底の点滅だけだ。

 ここはなんらかの廃棄施設か、トロールの墓標なのだろう。人のいる気配はもない。体は冷える。また南国から寒いところへと送り出されて、運命だか何かを呪いたくなる。


 ため息が白く白く広がった。意気消沈したガドッカの代わりとばかり、長く長く吐き出した。それぐらいしか、今はしたくなかった。


 ゆったりと流れていく砂に従って、硝子の大地が流れ始めた。ざりざりと静かに擦れ合う音だけがしばらく続いた。

 体力はともかく、気力は大分削られてしまった気がする。

 そして自分の頬を挟み込むようにパンっと叩く。今、塞ぎこんでいいのはガドッカだけだ。ぎぃっと足に力を入れて、なんとか立ち上がる。こうして揺られ、流されているのは舟に乗っている時と変わらないし、と無理にでも歯を剥いて笑う。


「さあって、どこから手をつける」


 言い聞かせるように、冷たい砂漠に声をぶつける。肺に冷たく乾いた風が入り込むが、それもまた、気分を変えてくれる。

 流れていく硝子の大地がカタンカタンと硬い音を漏らした。ぶつかったのは壊れた鍋だ。あたりには使えなくなった食器、鉄で出来た錆びた棚や朽ちた鉄人形、木彫りのクマなどがぷかぷかと浮かんでは沈んでいく。ゴミがやたら多い。

 吹き溜まりか何かが近いようだ。


「このまま、進んでみるけど、いい?」

「好きにしろ、任せる」


 サブアの雑な応対に頬をわずかに膨らまてから、ぷぅっと息を吐き散らす。


「なによ、それ」

「早く決めろ、寒くてかなわん」


 禿頭を撫でながら、サブアは白い息を遊ぶように空へ吐く。ちらちらと腰のランタンが光る。我関せず、というか消耗したくないのだろうか。確かにサブア自身の魔力の波動は弱くなっているのは見て取れる。ランタンの魔力や“生命の石”で補填すればいいのだろうに、それもしないのは単なるやる気の欠如だろうか。

 どんな理由だろうと、聞いても説明しないに違いない。サブアというのは、なんというかそういう面倒なやつだ。


「む゛ー。地を這う熱よ、血脈をうごめかせよ」


 不満げな声に乗せて、硝子の台地に魔力を流す。その下に溶岩の流れが生まれて、周囲を熱によって赤々染めた。そのまま、寒々とした砂漠を溶かして、地面をゆったりと滑っていった。


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