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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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中天の虚  /  “賢者の瞳”リオナ





 潮の香が鼻をくすぐる。再び船上の人となったリオナはぼんやりと蒸気船の汽笛を聞く。タービンが足元で動く感覚が、波以上に彼女をふらつかせた。


「まだ酔っているのかしらねぇ」


 どうにも、ふわふわとした感覚が体に残ってしまった。二日酔いというには、不調ではない。好調というにはどうにも落ち着かない。自分が安定していないような、不可思議な感覚だ。

 それを笑うかのように、港からついてきたカモメがミャーミャーと鳴く。力が抜ける声だ。修理に寄った港町が後ろに見えた。蒸気船が珍しいのだろう、島の子供たちがこちらを眺めている。

 いい町だった。通る海風は心地よく、料理もお茶もおいしかった。特にお茶は気に入った。様々な果物がぶつ切りにされたものが、たっぷり入っていて、最初はお茶なのかデザートなのかと面食らったが、さわやかでおいしいので問題ない。

 ついついお土産用にドライフルーツのお茶を買ってしまった。新鮮な果物や純粋な茶葉とまた違った味、そして香りと甘みは想像すると楽しみになってきた。

 必ず、故郷に帰って飲むことにしよう。兄に飲ませてみたいものだ。


「確かにグラグラしますなあ」


 ひび割れた声とともに船と似たような蒸気を吹き上げて、現れたのはガドッカだ。鉄樽のような義体はぎちぎちと不自然に鳴る。潮風のせいもあるだろうが、やはり急造ではもうガタが来ているようだ。

 その横では相変わらず船縁に寄りかかってへたっている禿頭の魔術師、サブアがいた。大分、疲れ切っているのだろう。暑い環境は苦手なのだろうか、旅の疲れは癒えた様子もなく相変わらずの船酔いに悩まされているようだ。


 彼の背を“悪魔”の少女がゆっくりとさすっている。わずかながら、魔力を流し込んで生命力を補填している。よほど彼は疲労しているらしい。腰にはなんだか見覚えがある形のランタンを吊るしている。火を灯しているのは暖かさが足りないのだろうか、それにしても違和感があった。


「だれか、いるのかしら」


 リオナは瞳を緑色に輝やかせた。燃える火、その奥には心臓のような幻像が見えた気がする。しかし、そもふっと押し出されるように弾かれた。かなり高位の御業らしく、“鑑定”ができなかった。悪いものは感じなかったが、どこか既視感がある。

 まあ、後で彼に聞いてみよう。


 のんびりと背を伸ばし、体を軽く動かす。さすがにリオナも、あの水着姿ではない。旅装というには物々しい、魔術師めいた服を動きやすく改造したものを着こんでいる。儀礼用の装飾がじゃらりとするのがいまいち落ち着かない。

 だが、この奥は旅装では少々厳しい場所だ。


 だんだんと島は遠く、小さくなる。

 こうっと風が吸われていく感覚が耳を通り抜けた。ミャーミャーと鳴いてたウミネコはさっと散っていき、慌てて島へと戻っていく。

 風が吸われた方を見れば、別の海がくっきりと見えた。流れているのは水ではない、赤い砂で出来た奇妙な海だ。天には日蝕によって黒く食いつかれた太陽が中天に張り付けられている。伝聞によれば、あのまま固定されてしまっているそうだ。


「ここが、我が神の住まう地……」


 ガドッカがぼんやりと昏い太陽を見上げた。 船がそのまま砂に乗り上げた。水のように細かい分子となった砂漠の上を蒸気船が進んでいく。一直線に引かれていた砂と海の境界を超えると、少し、いや大分肌寒い。砂漠というと熱帯の海より鋭い暑さがあると思ったのだが、むしろ熱がない。


 そのまま砂の海を蒸気船が進んでいく。心なしか、この巨体は海よりも速くなっていた。世界法則が機械を補助するようになったのか、単に元々砂上を進むための船なのか、どちからはわからない。


 速度のあまり、潮の代わりに砂が舞い、強く顔を叩く。ぺっぺっと口に入った砂を吐いて、事前に買ったゴーグルを慌てて、付けた。頭巾で頭、口元をスカーフでぐいっと隠す。強盗めいた格好になってしまったが、こればかりはどうしようもない。


 砂の海を進めば、巨人の遺骸、鉛の武器を握ったまま岩と化したトロールの巨躯が見えた。座り込んでいても城壁ほどの高さがあるから、トロール特有の複数ある成長期を四度は経た成人だとわかる。彼らは生命維持が難しくなった時、こうして石となって仮死状態となる。それも長すぎたのだろう、命の火は感じない。

 彼一人を止めるためだったのだろう、いくつもの機械兵士の遺体が朽ちるままに転がっていた。時折、砂から浮かび上がり、沈んでいく。その上を器用に蜥蜴が歩き回っているが、不用意に岩と化したトロールに近づいた。


「あ」


 すっと、蜥蜴の体は浮いて岩の中に吸い込まれて消えた。生命を食われて、それきり戻ってこない。わずかにトロールの肉体が活性化するが、それも小さな命では賄えずすぐに消えた。


 死してなお、物を食い、いつ蘇るか分からない。旧き支配者たるトロールとはできれば相対したくない。


 そんなことをぼんやりと思っていると、視界の縁に尖塔が見えてきた。流砂の上に作られた街が砂漠にいくつも差し込まれた槍のように伸びている。機械文明の遺構めいたそれが光の線をまき散らしている。

 中心には砕け散った鉄の船が街の東西を分けるように寝転んでいる。あれがあの支配者、トロールと争ったもの、機械神ザオウの遺産である戦艦神殿アーロントだとかつてガドッカに聞いたことがある。


 そこから光の筋がいくも飛び上がった。リオナの瞳が捕らえたのは女性型の義体、なまめかしくも機械めいた戦乙女の群れだ。機械の翼を広げて、そこから光の帯を生み出していた。


 彼女たちはこちらに、鳥より早く接近してくる。ふわりと重力すらも操って船上に降り立った。突き付けてくるのは、歓迎ではなく機工の銃だ。速すぎてぼへっとみることしかできない。

 別の視線を感じて、目だけを向けると何やらかした? と疑念をサブアが叩きつけてくる。そちらこそと、目線を返すがどちらにしろまったく解決にはならない。


 醜い責任の押し付け合いに割り込んで、一人目立った女性が、がしゅんと短い音を立てた。デザインはかつてのガドッカとまったく違うもので、蒸気も吹き上げず、流れるように動く体は生身以上に滑らかだ。

 彼女は澄んだ声で堂々と宣言する。


「我々は異端審問官である! これより神官を自称し異端の教えを広めた咎により、かの機工人、ガドッカを拘束する! 抵抗は無意味だ、大人しく縛につけ!」

「ほうあ!?」


 変な声が出るのと同時に、ガドッカを見た。彼は反論しようとするが、突き付けられた銃がそれを許さない。


「もう勘弁してくれ……」


 最後にそうとだけいうと、サブアは甲板にぐったりと倒れこんでしまっていた。




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