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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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夢の墓標  /  “喪失者”サブア




 のっぺりとした白い仮面、黒い宝玉がサブアを射抜くような視線をぶつける。


「「霊廟よ」」


 ただ、短い言葉が呪いとなって、空間にひびを作り出す。召喚魔術そのものを呪詛と使う埒外の呪術だ。一瞬だけ現れた、ひびにかすった岩や木々は、空間ごと断絶されて、その存在を破砕されて、白い粒子へと変わって消え去った。

 鏡像とはいえガラハム・イーナンだ。回避などできる手合いではない。存在と存在のぶつけ合いに集中するしかない。


「枯れゆくは星の欠片、乾くままにひび割れよ」

 

 杖を掲げて呪いで呪いを受け止めた。砂塵の呪いで空間そのものに張り付いた呪いを引きはがして、わずかにでも安全圏を作っていく。腕から伝わる違和感がわずかにサブアの顔を歪ませた。


「「棺よ」」


 打ち消しきれなかった空間のひびが開き、靄を吐いて閉じた。靄はずずっと這いずるような音を立てて、いくつもの幽体と変わっていく。弓を握った幽鬼の戦士たちが、頭を揺らすような呻き声を上げた。


「「契約よ」」


 その声とともに存在が確立した。幽体に質量が生まれて砂浜をへこませる。死者は矢を取り出し、ぎりっと番えた。豪奢な衣服が、風に従わず揺れていた。鎧の意匠はすでに滅び、混沌の奥底に沈んだ“世界”のものだ。


「まずまず当たり、といったところだろう、な」


 静かにサブアは呪術、いや召喚を評価する。ガラハム・イーナンのことは誰よりも知っているつもりだ。サブアの兄弟子はすでに存在しないため、必然的そうであるのもあるが、師の研究は誰よりもしてきたつもりだ。

 弱点もよく知っている。そも、鏡像だ。本人の魔術契約は使えず、呪術と召喚だけとなればそれを補う術もない。


「「撃て」」


 放たれた矢はいくつも分かれ、幽鬼の矢が雨のように注ぐ。だが、今は脅威ではない。自身の杖を、天から伸びて海底を掴む腕を差して、魔力を整えた。


「ウィリオーンの魔女、“冬の手”よ、救済を!」


 杖から数多の腕が伸びて、矢を掴み消していく。それで収まらず、死者まで届いた慈悲が彼らを掴み、浄化していく。


「「魔女の呪詛、か」」


 ふん、と鼻息だけでサブアは答える。呪術とは自身の得意とする概念以外であっても、触媒さえあれば扱える。得意不得意はあれど、その触媒が強ければ、それを補うことなど簡単なことだ。

 邪術師の似姿が黒々とした宝玉の瞳をぎゅるりと回す。睨みながら杖でこちらを差してくる。


「「開け」」


 純粋な力の渦がゆったりと放たれる。いや、それは本質ではない。空間操作の呪術こそ、ガラハム・イーナンの本質である。空間そのものになった邪術師がガラハム・イーナンなのだから。

 力の渦は空間ごとメリメリとつぶしながら、世界を剥離させて、その外を漏らしていく。混沌がどろどろと広がり、木々が乱雑に生えて石像が逆さに伸びる。

 やはり、だ。使い方が荒い。


「星の子らよ、盟約の名の元に、我が行く先を示せ」


 避けることもなく、初歩の初歩たる魔術を解き放つ。星を、かつて存在した北極星なるものを杖に写す導きの魔術だ。単なる方向を示すだけの力の弱い術だ。太陽の差す中では、その光は弱々しい。

 だが、その魔力は歪んだ空間をがっちりと修正していく。星辰を司る空の魔術、その本来の力は迷宮の安定化にある。混沌も力の渦も逆巻くように戻っていく。


「「小賢しいぞ」」

「おまえこそ、攻め方が半端だ。相変わらず、力に振り回されてるぞ。枯れ荒べッ!」


 呪いの砂塵を浅く、軽く吹きつけた。仮面をさっと抑えて呪いを弾く。

 たとえ、力の形が邪術師のものであっても、力を扱う素体が戦いに慣れていない。ガラハム・イーナンも魔術師としては頂点だろうが、戦い運びが上手いわけではない。圧倒的な存在との契約で、一方的に蹂躙を繰り返してきた。あのふざけた神格と離れた時点で、ガラハム・イーナンとしての強さは半減以下なのだ。

 静かに赤い宝玉、巨大な“生命の石”を取り出して砕く。


「七匹の大蛇、瀑布を統べしグルグ・アカー。盟約に従い、ここに来たれ。抑えたる暴虐の牙を開き、今こそ滅びを歩むがいいッ!」 


 同時に海が割れた。砂浜ごと、紙切れのようにメリメリと裂けて、その砂場から巨人すら飲み込むような蛇が鎌首をもたげる。舌をしゅうっと伸ばした。血の滴るような赤口を開くと、生暖かい吐息が感じられた。


「「瀑布の魔蛇か」なんでッ!」


 ゆらゆらといくつもの頭を揺らす巨大な蛇、それは存在するだけで本体が周囲を圧迫してた。かの神は自然の暴力そのものだ。人を飲み干し、集落を喰らい抉り、都市すらも埋め尽くす化生である。


「おかしなものだな」


 まだ、おびえることが出来ている、マカラに向かって大蛇とともに一歩踏み出す。自分がどのような顔をしているか、サブアには分からなかった。憐みか、焦燥か、それともただの無感情か。


「ガラハム・イーナンの戦い方はこういうものだぞ、写しである貴様が出来ない」

「「な」にを」


 問いかけに割り込んで島の反対で轟音が沸き立った。溶岩の巨人が悠然と立ち上がり吠えていた。煌々とした怒気が島影を強く濃く作っている。あちらもあちらで決着は着いたらしい。


「馬鹿な「早すぎる」「そんな」なぜ」

「乱れているぞッ!」


 ぐちゃぐちゃに声を発するマカラにかつてのように叫びながら、杖を突き出す。合わせて、物質化した大河、巨大な蛇の肉体がゆっくりとうねる。ぱっとそれが爆ぜると濁流となり、海水も巻き込んで逆流を作り出す。


「「霊廟よ」」


 呪術を展開するが、空間のヒビなど、海より逆巻く濁流に意味をなさず、埋め尽くされていく。そのまま、轟音と土気が混じった潮の臭いが広がった。そして、雑にマカラの乾いた肉体を押し流した。

 濁り、肉眼では見えず聞こえるはずもない水の中で、のたうち苦しむ妹弟子の悲鳴が聞き取れた。メリメリと引きはがされて、握っていた杖は吹き飛び、あとは仮面を抑えることしかできない。

 皮膚であったろう場所からぼろぼろと白い塗料が剥げて、肉と血であったはずの体から木片が飛び散った。濁った海水のせいで、声にもならない悲痛な振動が感じれる。

 だが、今は慈悲を与える時ではない。


 歯を噛みながら、濁流を渦巻かせて肉体を砕く。濁り水に混じった木々や岩礁になんども叩きつけられては、浮かび沈む。左腕は砕け、胴は丸太に抉られた。そのまま下半身は上半身と別れて、海へと流れて消えて行く。

 汗がにじむ杖を握りなおすと、濁流の蛇は消えていく。


 残ったのは愚かな女の残骸だ。ガラハム・イーナンの象った仮面は外れて、マカラの横に転がっている。

 濁流の渦巻きのせいでぬれた砂浜を歩き、それにゆっくりと近づいた。


「せん、ぱぁい」

「……ご苦労だった。悪いが、終わりだ」


 杖を振り上げて、魔力を集中する。渇きの呪術が収束し、砂の刃を作り出す。

 視線が彼女に集中した時だった。サブアの予想通り、仮面が飛び上がり、彼の顔に向けて張り付こうと跳ねた。

 ここで乗っ取り、狙い。マカラの動きが嫌に鈍かったのは、このためだろう。温い手だ。


「一つ覚えだッ! ガラハム・イーナンッ!」


 過去に体験したように、砂の刃で仮面を切り捨てる。白い面は力を失い、乾いて砕ける。黒い宝玉もふたつに割れて、さらさらとした粉へと変わる。


 長く息を吐いた後、サブアはマカラに手を触れた。開いた傷を撫でて魔力の流出を抑えるように、乾かして封をする。


「これは、な、なんで、いや、なぜ、ですかぁ」

「後で話してやる」

「でも、理由も、ない。等価もないです」

「俺は邪術師にはなれなかった。それだけだ」


 情けない答えしか、サブアは返すことができない。優しいのなら、彼女をガラハム・イーナンから最初から引き離しただろう。冷酷ならば、あの仮面をかぶっていたに違いない。

 最初から話す必要もあるだろうか。彼女の軽い体を背負い、泣く表情しかできなくなった人形の呪術師に、静かに言葉をかけた。


「俺は“ガラハム・イーナン”になる、予定だったんだ」


 紡いだ声は潮のせいか、やたら乾いたものだった。冷たいマカラの肉体には届いたのだろうか、反応はなく力もない。わずかな魔力の音がその存在を証明していた。もう気を失ったらしい。

 決心とともに放った言葉が無駄になった。安堵の混じった嘆息を吐き出して、サブアは静かになった海岸をゆったりと歩いていった。


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