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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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古きものども  /  “喪失者”サブア




「急いて結論を出すのは趣味じゃないの。さあ、いらっしゃい」


 女はしっとりと笑いながら、問いかけをかわした。挑発するようにウィリオーンの魔女は立ち上がると、すうっと家の内へと消えていく。仕方なく、それにならってサブアも魔女の家へと入り込む。中は使用人部屋のような質素な造りで、使い込まれた様子もないのが不自然だった。体が入ると同時に、戸の代わりになっている葦のカーテンがすとんと降りた。

 それに体が反応すると同時に、呪術がふわりと開いた。

 中の様は変わった。広く果てのない草原に立っていた。ごつごつとした岩が散発的に置かれているだけで目印になりそうなものはない。幻術か、転移させられたかだろうか。どちらにしろ高位の術式がただ侵入しただけで発動するとは。


「噂にたがわぬ化け物か」

「あら、ひどい」


 新緑の女は微笑みを返すだけだ。ヴィジャと名乗った女怪は静かに手を撫でるように振った、するとその前にすうっと足の低い小さな円卓が現出する。下には敷物が引かれており、女は慣れた様子で座った。サブアも仕方なく対面に座る。それと同時に菓子と茶がいつ間にか置かれている。

 それにはわずかな魔力の波も感じなかった。

 ウィリオーンの魔女といえば、この世界の構築前から存在する魔女たちの集団だ。戦前より、その顔触れはほとんど変わりないという。どれだけの怪物か、理解できるだろう。神々の多くが肉体を失う中、多くの権力者や神殿が組織というものを維持するだけで手一杯であったのに、何も変わらないとばかり傲然と存在するのだ。


「私達は、か弱く儚いもの。それが肩を寄せ合っているに過ぎませんわ、皆もそう思うでしょう」

「おぬしは例外じゃろうて」


 ぬっとサブアの左隣に座る影が現れた。小さな円卓にも青い草原にも似つかわしくないものがいた。ただただ数多の腕で作られている肉の塊だ。頭もなく胴もなく足もないが、どこから澄んだ声を響かせている。それはやはりいつ間にか、現れた茶菓子を手に取ってその塊の中へとしまい込んだ。


「うまいのう、うまいのう」

「まったくこれが無ければ、あなたの頼みなんて聞きたくもないのだけど」


 サブアの右には水の塊が延々と渦を巻いていた。その勢いのまま、するすると茶を渦の中へと吸い込んでいく。ふぅっと渦が吐息を吐き出す。


「私たちのかわいい義妹がこんなにも気を揉んでいるのですよ。今回の件は他人事ではありません。もう少し、襟を正していただきたい」


 ちんまりとした子供が鎧姿のまま、背筋をぴんっと伸ばしてはっきりとした物言いをする。その横で、申し訳なさそうに血色の悪い女が微笑んでいた。深緑の長衣と茨の生えた杖を握っている。

 そして、続くようにまた一つ、あるいは一人と魔女が並び菓子や茶を口に運ぶ。狭いはずだった円卓がいつ間にか広がっていた。ざわめきと甘い匂いが、ようやくサブアの魔力を振るわせていく。幻術による会談といったところか。


 ようやく種が分かり息を吐くと、眼球のない老婆がゆったりと現れた。それが最後の一人だったようだ。


「さあ、始めましょうか。こたびの“司”は“枯れぬ花”が務めますわ」

「“遠き目”は、認める」「“吐き出す渦”もかまわない」「“冬の手”だ。好きにせい」「“欠けた月”は承認する」「“夏枯れ茨”は受諾する」


 聞こえたのは、その五名の声だけだ。他はとても聞き取れない、古い言葉の羅列だ。呻き声だけのもの、魔力を震わせるだけのものも少なくはなかった。


「ぬしら、余所のモノが来ている時ぐらい、気を使わんか」


 頭のあるべきところに腕の一本を伸ばして、肉の塊が腕を揉んでいる。彼女が“冬の手”だろう。それにどう答えたのか、魔力を反響させぽつり、ぽつりと異形や女たちの姿が消えて円卓がだんだんと小さくなっていく。代わりにごろごろと、玉や花、果実などを形どった魔力の塊が円卓に積みあがっていく。


「“力”だけ置いていきおったか、まったく若いのは会合もできぬのか」

「あの小僧の弟子がいるとなれば、冷たくなりますね……何人の姉妹達が喰われたか」


 鎧を着た子供、“欠けた月”が首の根を叩いた。サブアは心のざわめきを抑えるため、鼻をつまんでから長く息を吐きだす。


「貴様たちは俺が何者でもいいだろう、ヴィジャ、話を進めてくれ」

「あら、ガラハムの弟子にわざわざその名前で名乗ったの。好きね、貴女は相変わらず、昔のことばかり……」


 “吐き出す渦”が茶々を入れるが、唇を二、三動かした後に“枯れぬ花”ヴィジャは無視した。怒気が籠った冷たい目のまま、すうっと円卓の端を握った。めしりと、板が凹んでいく。


「“渦”、貴女だって他人事ではないのよ、私たち姉妹が数多く住まう、この【大いなる海】がガラハム・イーナンから干渉されているの。今回はそのことについて、ね」

「あら、私の領域にあの子が? こそこそばかりしてて気が付きませんでしたわ」


 くすくすと女の声を吐きながら、菓子を吸い込む。器用だが、尊敬はまったくできない。さすがに“欠けた月”が抗議の声を上げようと口を開こうとした。


「やめよ」


 それは一つの声に断ち切られた。眼球のない老婆、“遠き目”の静かな声だった。渦は勢いを失い、お姉さまが言うことならと、ぶつぶつもごもごとつぶやくだけになった。

 静かになったところに、手の塊が震えた。


「この領域となると、“渦”、“花”よ。主らと眠っておる“灰”の奴かの」

「ええ、私は取り込まれていませんが、弟子たちが少しまずいことになっているわ」


 憂鬱そうに整った顔をゆがめるヴィジャ。それに“冬の手”が腕をいくつも乱雑に組み、唸る。

 説明もなく勝手に考え込んでいる。詳細を省かれるのは困る。そう感じたのはサブアばかりではないようで、“夏枯れ茨”と呼ばれた血色の悪い女が声を上げた。


「まず現状の整理をすべきではないでしょうか、私はこの事態、まだ理解しておりません」

「俺も同意見だ。まずは共通認識を持たなければ、議論になるまい」


 もう復活したのか嫌みったらしく“渦”が答えた。


「あらあら、小さな子たち、少し血のめぐりが悪いんじゃなくて。簡単な話よ、この領域すべてが“迷宮”にされたのよ。まったくやることが小さい」

「だが、効果は高いのだ。“迷宮”の召喚というのはな、組み込んだものが大きいほど、手にするものが大きくなるもの。魔法に近づく術式を手にすることも出来る。我らの幾人かは“魔法”に至っているが、そも“灰”のやつは“魔法”そのものだ。秘術を奪われることもありえる」


 それに補足してくれるのは“手”だ。異形の風体と違い、丁寧な聞かせるような口調でなんとなくほっとする声だ。とはいえ、内容は物騒ではある。


「まだ、そこの“渦”と“花”が楔となって、迷宮化は進んではいない。とはいえ、この地の神々は眠ったままで頼りにはならんのだ」

「彼らが起きて、またひと騒動も困るわね」


 ヴィジャはそう言い切って、額を揉んだ。この魔女にそう言わせる難物、興味はあるが決して会いたくはない。


「話が逸れてばかりでごめんなさいね、魔術師さん」

「サブアだ」

「そう、サブアさん。あの子、リオナちゃんは迷宮化に巻き込まれているわ。あの機械も、貴方の連れもいっしょなの。認識がおかしくなったのはそのせい。この領域そのものが迷宮化した時に取り込まれたのね。よほど弱ってたみたい。」


 “夏枯れ茨”は心配そうに、ついっと指を動かした。


「取り込まれたならば、脱出は難しい、か。となると管理人の解放か、迷宮の核となる存在の破壊だ。儀式による解呪ともいう方法もあるが、あのガラハム・イーナンが関わるとなると現実的ではない、な」

「管理人は隠蔽された何かの“悪魔”でしょう。探知が難しい。手早く、この地の迷宮化を止めるためには、核を狙いましょう。“渦”、貴女の領域です。頼みますよ」


 “欠けた月”に呼ばれた“吐き出す渦”が忌々しげに声を震わせた。


「あんな小物の術にかかったの不覚だけど、私には子猫に噛まれたようなもの。私は別に。そもそも、“夏枯れ茨”が勝手にやればいい」

「“渦”、私が貴女の領域を弄ってもいいんですよ」


 足踏みばかりするのに、さすがに怒気の混じった“欠けた月”が脅しめいて立ち上がる。それに反応して、“渦”の回転が激しくなったが、それが緩やかなものに変わっていく。“欠けた月”が目に涙まで浮かべていたのだ。さすがに子供の姿でそれをやられては、超越に近い怪物であっても、いたたまれなかったようだ。


「はあ。分かった、分かったわよ」


 ざざざぞぞぞっと波が唸りを上げて、円卓に水が広がっていく。縁に至らずちょうど四角になるような形で不自然に留まった。ぼこぼこと小島が浮き上がり、この領域“大いなる海”の地図が出来ている。だが、それがガチャガチャと動き回っている。


「ありがとうございます。いけませんね、歳を経ると涙もろくて」

「歳の話はいわん約束ぞ……」


 涙を拭う子供の姿に、ぼそりと手の塊がつぶやく。ため息ばかりというか、大分くたびれた様子だった。だが、気を取り直すとばかり、いやに長い腕を塊から一本伸ばした。


「さて、ちょいといいかの。核を掴むぞ」

「ご随意に。私の手間が減るわ」


 傲然とした“渦”の答えに数本の腕をへにゃりとさせるが、“冬の手”は長い腕を地図の中に手を突っ込むと何かを引き抜いて、ぽいっと放り出した。

 それはめきめきと大きくなると、席に着いた。それは、人ほどの大きさのサメだった。ちんまりと座り込んでおり、短いヒレを円卓の上に置いていた。

 すっとお茶と菓子がソレの前に出てきた。


「あ、これはどうも。お先にいただいても?」

「あら、どうぞ」


 では失礼してと、バリバリと菓子を犬食いしはじめるサメ。


「なんだ、これ」

「さあ、私にもわからない」


 唯一まともそうな血色の悪い女と顔を見合わせながら、長い長い吐息を吐いた。


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