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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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英雄の影 / 盗剣士ダスイー




 放り捨てた松明がゆらゆらと暗闇を照らしている。

 一階層は比較的、素直な構造をしている。大きな広間ほどの幅がある長い通路が続いていた。その先には深い闇がのっぺりと広がっている。下には壊れた石畳がガタガタと乱杭歯のように続く。再構築されたとはいえ、迷宮内の建物はそうそう一気に変わるものではない。いやに、湿った空気もそのままだ。


 だが、怪物の数は一気に増えていた。今、転がっているのはその一部だ。“針の舌”とも呼ばれる怪物である。この複眼を持った桃色の肉塊を何匹切り捨てただろう。

 複数の口を持つそいつらは長い舌をだらんと伸ばして事切れていた。舌の先端は鋭い針が生えていて、ぬらぬらとした紫に濡れている。大きさは人の腰ほどで、動きはかなり鈍いし、肉体も脆弱だ。気を付けていれば遠距離から投石でも仕留めることができる。


 しかし、ここは迷宮だ。暗闇に潜むものをもっとも寵愛する。

 咄嗟に何度も何度もこの怪物が潜む物陰や通路を突きながら、進んだ。最初こそ切り捨てたものをガサガサとウィードが漁っていたが、今はそれもせず首をふる。毒をはじめ、薬品の保存には機材が必要なのでこれ以上この針を回収するのはあまり利にならないのだろう。


 じっとりとした額の汗を軽く拭ってから、松明を拾い上げる。そしてダスイーはゆっくりと辺りを見渡した。


「もういいだろう。いくぞ」


 全員、静かに頷き、後に続く。順に、オリエル、リオナ、ウィード、ガドッカが続く。直線というわけでもなく微妙にずれてお互いの危険を見られるような配置である。ウィードは予備の光源として、ランタンを確保している。

 最後尾のガドッカは一応、その後方の警戒役だ。その実力はともかく頑丈さと荷物持ちとしては、ダスイーも信頼している。敵が見つからなくとも、少々の攻撃なら負傷もしないだろう。

 ガドッカとオリエルが鎧を動かす音だけがしばらく響く。


 長く続いている通路が分岐をはじめた。丁字路になっている。その大分前で立ち止まる。


「いつものだな、全員左手の壁によれ」


 後ろをちらりと見て、それを確認してから下に屈む。そして近くにある石畳のもっとも高くなっているところを押し込んだ。


 かちっという音が鳴り、ざんっという音が頭上を通り過ぎた。


「矢ですか」

「いや、いつも通りならでっかい釘だ。ああ、だいたい初心者はここで一人死ぬ。精神が“針の舌”ですり減った後だからな。次、潜る時はせいぜい気をつけろ」


 オリエルに答えつつ、ゆっくりと立ち上がる。回収はしなくてもいいだろう。


「よし、次、進むぜぇ。ここでのんびりしたら、何日かかるかわからん」

「だが、拙僧の見立てでは大分疲れてはいないか。そろそろ拙僧と位置を変わらんか」

「問題ねぇ、とはいえねぇか」


 ダスイーから少し苦い表情が表に出た。

 確かに複数人で迷宮を進むのは久々だ。なんといってもリオナの奴に怪我はされたくない。ガドッカなら別にいいが、妹にはちょっとした攻撃が致命傷になるかもしれない。再構築により罠も怪物も多い。それをほぼ一人で止めることになってしまう。

 横にいるオリエルのせいもある。


 こいつには何か、こう、負けられない。少なくとも負ける姿は見せたくない。絶妙ないらつきを感じる。

 昔、グリセルと共にいた時に封じていた、針や棘が刺さったような感情だ。


 まあ、そも奴は格が違った、とダスイーは述懐する。

 堂々とした立ち回り、人を惹きつける笑みは若い王のような風格がある。自信に満ちた彼は迷わなかった。真っ直ぐとした意思ある瞳は、見ているだけでつらかった。日々の糧のために戦う自分と、人々の英雄たるグリセル。

 男としての敗北感が毎日毎日じわりと積み込まれた。それはわずかだが疼き、痛んだ。

 もしも、追いかけられたのなら、共に歩めたのなら、また違う結果があったろう。しかし、ダスイーはリオナがいた。たった一人の家族を置いて、彼の英雄たる道を歩くわけにはいかない。死の危険が待つ迷宮の奥に潜りきるわけにはいかなかった。少なくともダスイーは今、そう、思っている。


 そうして、別れてからしっかりと封じていたそれが鎌首もたげているのが分かった。

 その悪い感情を封じるように、緑色の瞳を閉じてまたゆっくりと開ける。


「兄さん、だいじょーぶ?」


 それを疲労と取ったのだろう。リオナが隊列を崩して心配そうに見上げてくる。ハッとわざとらしく笑うと、手袋を外してからぐりぐりと頭を撫でた。


「すまねぇ、ちょいと疲れた。ガドッカで前頼むぜぇ。リオナ、オリエル、下がるから付き合え」

「任せろ、拙僧の出番だなッ!!」

「なら、私は兄さんの後ろでいいよね」

「ふむ、ならば私がしんがりに立とう」


 手袋をはめ直しながら、それぞれの答えを聞き流し、ああ、と頷く。

 色の変わらない瞳を閉じて、揉んでからオリエルに続いた。この厄介な奴を早くグリセルの奴に投げ捨てたい。グリセルはああしてすれ違ってから、地上には戻ってきてない。安全な区画を見つけて野営をしながら、迷宮を進んでいるのだろう。日帰りが基本の自分と違って、大分奥にいるはずだ。

 戻ってきたら文句をたっぷりつけて、押し付けよう。


 心中でつぶやきながら、松明をガドッカに受け渡し、ウィードの後ろに付く。さっと後方を確認してから、視界を前を向けた。ゆらりと光が立ち上っている。丁字路の方から同じような松明の灯りが揺らめくのが見えた。


「なんだよ、変わったとたん、客かよぉ」

「よおおおおおし、よおおおおおし、拙僧の出番か」

「君は落ち着け、同業者かもしれないだろう」


 叫ぶガドッカがとにかく台無しにする。嘆息するウィードにあいつも苦労しているなあ、と力なく笑うダスイー。

 もう一度、抜刀し、冷たい護拳を頭に当てる。


「まったく休む暇ねえなあ」

「大人しく休んでてもいいんじゃない、なんか一人、みたいだし」


 よろよろと歩く黒い影が丁字路から無防備に現れた。影の形から女であることは分かるが、様子はおかしい。動く死体であるゾンビなのだろうか、力ない様子でよろよろと歩いている。


「おお、忌まわしき不死者か。ならば拙僧が叩きつぶす、行くぞぉ」

「待ちなさい、あれは怪我人みたい。弱々しいけど生命力を感じるわ。やられたのは右足かしら」


 二人が騒がしく接近を許す、影はこちらの姿を確認した。ダスイーには覚えのある瞳だった。目が合うと糸が切れたように倒れた。

 思わず、ダスイーは飛び出して、その女を抱え上げる。黒い革鎧の女だ。


「おい、アンタどうした、おい」


 揺すっても、反応はない。足は骨折としているようで、膨れあがっている。顔は青白く変色していた。どこを刺されたのか、“針の舌”の毒も回っているらしい。


「この子は。いや、その前に。治療よ。休憩地点で治療するわ」


 走り寄ってきたウィードは落ち着いた様子を装っているが、声を歪めていた。ウィードも仲間だったから、知っているのだ。


 この黒い革鎧の女は今のグリセルの仲間だ。

 あの別れた時に、腕を交わした時に、ダスイーに嫌そうな視線を向けていた盗賊の女だ。


「おい、何が、あったんだよ、おい」


 止まってしまった思考が同じような言葉ばかり繰り出す。女に届くことはなく、迷宮の湿った闇に飲み込まれては消えていった。





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