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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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波を斬るもの  /  “賢者の瞳”リオナ





 甲板でそのままだらりとする。あの美女はなんだったろう。残り香が潮に負けず、リオナには感じられた。魔力でも含まれているのかしら、と寝台で横になっていても、頭が波で揺れる。元来、貨物船としての面が強いせいだろう。

 ぼっぼっと警笛が鳴る。音に思考を放り捨て、目に力を入れる。視線を一周すると遠くで、船があるのが“見えた”。蒸気の吹く様子はなく帆船だ。白い帆が目を引き、やたら大きく見えるが、船そのものはこちらより少々小さいだろう。

 見張り塔から、船員がこちらに手旗を大きく振る。何かの連絡らしい。


「うーと、はいはい、はいっと。岩礁、多し、気を付けたし、か。あーい、感謝感謝」


 こちらの見張り塔の船員は間の抜けた風体の小人族で、何度も双眼鏡を覗いた。ようやく返す信号もゆるい。


「しっかりしたまえ、ブラザー。それでは伝わるものも伝わらんぞッ!」


 ベテランらしい大男が快活に言い放つ。日に焼けた肌と、塗った日焼け止めのせいか、やたらテカテカしている。


「はいはい、ブラザーっと。航海の無事を祈るっと」


 今度はぴっと、相手に旗信号を返す。それだけで一仕事したとばかり、懐から酒の大瓶をあおる。琥珀色のそれはかなりきつい酒だろうが、平気でぐびりと呑む。小さな体であるのに、酒には大分強いようだ。髭は薄いが案外、ドワーフ系統なのかもしれない。


 そのまますれ違う形で、何事もなく通り過ぎていく。あちらは武装商船といったていで、物々しい大砲がいくつか並んでいた。あとは貨物らしく、船員ばかりが動いているのが見て取れた。腰に差した武器がいかにも物々しいが、不用心に見えた。反った大振りの短刀、そして“ふりんとろっく”と呼ばれる生命力を使わない機工の銃器だ。肉持たぬ魔物には通用しづらいが、人間や動物相手に使うなら大分有効だろう。

 しかし、航海の無事を祈る僧侶や神官もおらず、かといって天候を読む魔術師や風を生む呪術師の姿もない。どことなく片手落ちの印象を受ける。


「やあやあ、剣呑剣呑」


 ひび割れた声がのっそりと近づいてくる。ガチャンと重苦しい音を立てて来るのは、ようやく調整が終わったらしいガドッカだ。直立した寸胴鍋といった風に、体は変わってしまった。蒸気を吹き上げるとそれがチラチラときらめいた。おそらく魔力が塵のように飛び散っているのだろう。どうにも普段より効率が悪くなっているため、燃焼しきらなかった力が排出されているらしい。


「海賊でも出るの」

「さて、いると言えばいるでしょうが……」


 鋼鉄の大男は無骨な右腕から伸びるやたら細い作業手を顎に当てて、首をひねった。不自然に軋む音がして、慌ててそれを元に戻す。

 海に出ててからというもの、接合部の具合がよくないらしい。首だけではなく、手足などもたびたびこの調子だ。新しい義体は自己管理が難しいらしく、機械神に向けた祈りで持たせている。


「ヴーむ、や゛、やはり、これはいかんな」

「やっぱり“おうばあほおーる”、しないとダメ?」

「やや。これは義体よりも拙僧の問題ですな。市井で造られた“はーどうぇあ”と我が神ザオウの“おぺれいしょん・しすてむ”なるものが、あまり合っていないようです」


 ガドッカは困ったように、瞳をチカチカさせる。

 知らない言葉の羅列にリオナは、頬をかいて誤魔化した。普段なら理解する努力もしただろうが、どうにも思考能力まで伸び切っているらしい。

 そうして、弛緩しているうちに輸送船は通り過ぎていき、すっかり小さく変わっていた。それを確認してからガドッカは発声器のダイヤルを回して、こちらに顔を近づけた。


「彼らはですな、おそらく私掠船ですぞ」

「海賊じゃない」


 調整のしすぎで小さくなりすぎた音を拾いながら、こっそりと返す。


「さあ、どこかの領域の公認でしょうなあ。とはいえ、灰の都から出た船を相手はしないでしょう」

「あー、まあ、そういうもの、ねぇ」

「そういうものです」


 ガドッカの故郷が、船乗りにとって大切な補給地である。そして、船舶技術において彼らより高い水準にある領域からの報復なぞされたらたまらない、といったところだろうか。

 とはいえ、弱い相手にはやるということで、あんまり気分はよくない。公認許可を得ているというのも、リオナにはピンと来なかった。旅してようやく理解できたことだが、大神殿のお膝元である故郷アルディフという街は大分、平和な土地だったらしい。そこで培われた感性がどことなく軋みをあげるのだ。


「まあ、ここは海の上。我らに道にを選ぶ力はありませんからなあ」

「むーん」


 リオナの唸りに答えてガドッカがしゅっと、短く吐き出す。彼も不満はあるようだが、抑えているようだ。どうにもお互いに血の気ばかり多くていけない。麦わら帽子を深くかぶると、事前に配られた水筒に口を付けた。上澄みをすするように飲む。聖なる灰が底に沈殿している水で風味はよくない。がぶ飲みすれば、灰を吸うことになる。だが、その灰の力が効いて腐らないというのは航海において最大の利点だった。


 とはいえ積載量に限度があるため、配給制なのは変わらない。なお酒や果実の類は購入できるので財布を開くかは悩みどころではあった。


 旅の出費は多く、ここのところ、目減りが厳しい。かつて迷宮で溜め込んだ資産も、知り合いの神官長からいただいた恩賞も大分たよりなくなってきた。特にガドッカの義体での出費は致命的だ。どこかで落ち着いて、稼がなくてはならないが、そうすると旅が止まる。


 憂鬱を払うように現実に視線を戻すと、釣り糸をたらす兎の獣人が見えた。体格の近い商人仲間らしきゴブリンとともにぼんやりとしている。つれませんなあ、そうですなあ、を繰り返す。なんとも力の抜ける様子だった。とはいえ、過ごし方としてはヤキモキするよりは、ああして体を休めている方が建設的かもしれない。


 獣人が鼻をひくひく、耳をぴくぴく動かす。そして全身に生えた白い毛を逆立てた。なにか釣れたのかと、思った。だが、次の時には兎の足の跳躍力を全力で活かして、船の柵を飛び越えた。


「「ふぁ!?」」


 見ず知らずのゴブリンとリオナの思考と声がしっかりと重なった。


「うさぎどんッ! なにしてんの!?」

「うっははーい、おねーちゃんやで! まっこと綺麗な声じゃあ」


 柵から水面を覗き込むと、意外と太い声で叫んでいる。かわいいモフモフがこの声だとなんというかちょっとげんなりしたが、割とそんな場合ではない。

 明らかに狂気の沙汰だ。このような事象、知識としてはよく知っているが、実際に海で出会うことになろうとは。


「なんというか綺麗な“ばたふらい”ですな。ウサギですが」

「言ってる場合じゃないでしょッ!」


 リオナはゴブリンの持っていた釣れ竿をむんずと奪う。なんか小魚が釣れていた。一瞬、甲板の皆は固まった。


「今じゃないッ!」

「ああッ、ひどい」


 ゴブリンの抗議も無視して小魚を海に放り捨てると、明らかに正気でない獣人に竿を向けた。しゅっと獣人の前に糸を伸ばしてから、いっきに引く。


「いったッ! 耳がッ! わしの耳がッ! あがッ」


 綺麗な泳ぎをしている兎の耳に向けて、具合よく刺さったようだ。彼が波に負けていたら、こううまくは行かなかっただろう。不幸中の幸いだ。


「ガドッカさんッ!」

「任されよッ!」


 息を合わせて、釣り竿を引く。海釣りのために拵えた竿は、小型種族のヒト一人持ち上げるのには十分だった。兎人は宙にうき、叩きつけられるように甲板に落ちた。


「目が、耳が、鼻がッ!」


 言いながらのたうち回る。竿と違い、耳は耐えられなかったようでさっくりと裂けてしまった。ごめんさない、と心中で謝罪する。


 辺りを見る。わずかに陰りを見せてきた陽、そして船は岩礁へといつの間にか近づいていた。吸い寄せられるように岩礁へとぶち当たる。操舵手は、すでに、魔物に魅了されていたようだ。

 乗客の男たちが、楽しそうに柵から海に飛び込もうとする。慣れた船員たち、そして耐性の女性陣が必死に取り押さえるが、拮抗も長くは続かないだろう。


「この歌声は、呪術?」

「セイレーンよッ!!」


 半神半人の水妖が岩礁に乗り上げた船へと群れをなしてやってくる。すでに彼女たちの住む地に踏み込んでいたようだ。

 あるものの半身は猛禽であり、飛び上がるとこちらに爪を向けていた。あるものは半神を魚として落ちて来いと誘うように歌いあげる。あるものは人の体のまま、悩ましげに海岸で美しい肢体を晒している。


 ここから彼女たちが住む切り立った小島を見れば、白い白い骨の山がおぞましくも積み上げられている。辺りには様々な技術で作られた船が乗り上げられている。

 ここまで気づかなかったのは、すでに皆、術中にあったのかもしれない。


「これは、いけませんなッ」


 祈りも短く、ガドッカはすでに雷光を右手に纏わせていた。とはいえ、空高く飛ぶものに届くものではない。リオナの魔術も遠距離での打ち合いは苦手だ。そもそも大地がなければ、消耗が激しくなる。迷宮で使っていたクロスボウを準備しておければよかったのだろうが、旅先で抜き身に近い状態で持ち歩くわけにもいかなかった。


 こんな時に頼りになるサブアといえば、すでに船室で倒れている。船酔いがひどい。

 とはいえ、この程度、切り抜けられないわけではない。


 気合を入れなおし、心を戦いへと持っていこうとした時だった。


 砂浜で微笑む美女が、突然のサメに襲われた。


「はっ!?」


 サメであった。

 背びれが海を裂き、水妖が波の底に消えたかと思うと辺りが赤く染まる。跳び込もうとしていた男たちが、うめき声とともに止まった。


 空飛ぶ妖女が、顔色を変えて水面から離れるが、ぱっと勢いをつけて海面より飛び上がったサメ、その大きく開いた顎にバクっと飲み込まれる。


「なんぞ、これ」


 ゴブリンの商人が呻く。

 私も聞きたい、リオナはただ天を仰いだ。





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