願いを砕く / “- - - - - - -”
灰から燃え立つ炎を張り付けられて、なお焼け付く死者が鎧を鳴らしてちゃがちゃと近づく。焦げ付いた瞳の奥からは明確な意思が向けられている。安息日であるはずの、灰の降るこの時にわざわざ塀の中まで乗り込んでくる不死者。敵意のままにぎらりと剣を抜き放った。
そのまま、踏み込むと子供の一人へと切り込んだ。灰と煤で汚れた腕が吹き飛んだ。そのまま胴を抉り、血しぶきと胃の中から溶けた豆粒が灰の中にぶちまけられた。転がった上半身が転がる。こちらを子供が向いて、口をぱくぱくさせた。そして、すぐにそれは止まった。力のない目が見開いたまま止まる。悲鳴を上げようとしたまま、固まっている。
不死者の視線がこちらに向く。炎の中から冷たい意思がこちらを刺した。離れようと足をもたつかせて、馬車から転げ落ちた。同時に御者を失った馬がおののき、どこかへと走り去っていく。
腰から落ちた痛みが響く。立ち上がろうと、もがいても力がまったく入らない。痛みのせいでだけではない。そうだ。この時、すでに生きることを諦めていた。形ばかりの、生への執着が少年を動かしているに過ぎない。
「こんっ、のッ!」
耳を叩く聞きなれた声、少女は気合とともにずだ袋を投げ飛ばした。袋へと向けて不死者が当たり、灰がまき散らされた。不死者の鎧がさらに熱を持ち、炎が青く変わっていった。さすがにひと時、鎧の不死者は体の動きを止めた。それでもすぐに灰と炎を振り払って、少女に殺意を向けた。
彼女は、あの子は、死ぬ。その実感がようやく肌を冷たく刺した。握りしめた手袋がぎっと鳴る。鋭い痛みが広がった。いつの間にか手に這っている茨を握りしめていた。痛みが広がり、神経が繋がる感覚がした。ささやきが頭の中へと響く
「起きなさいよ、いつまで微睡んでいるの?」
淡く暗い黄色の光が少年を包んだ。記憶が歯車としてがっちりとはめ込まれた。戻る、いや同期していく。
思考に覆いかぶさる暖かく優しいオブラート、それがゆっくりと溶けて消えていく。
かつての記憶のままに叫び、吠える。弱々しい肺が痛む。力のない四肢が意思の力で捻じ曲げる。立ち上がった少年に一柱の神格が応える。暗雲もない灰の降る街に雷鳴が響き、閃光が少年へと瞬き落ちた。
四肢がほどける。肉が無くなる。体が分解されて、ただ一枚のメダルへと変わっていく。意識はすべて電流へと変わり、納められた。
光が無くなると同時に、空間から染み出すように大鎧が現れた。見慣れた蒸気口、光の灯らぬ瞳の奥へとメダルが、自分の意識が吸い込まれていく。
「起動ッ!」
最後に少年だった声が、肉の体、その最後の一片して魂の奥から吐き出された。
力が、脈動した。心臓部が振動とともに動き出し、吹き上がった蒸気が周囲を白く染める。回転が唸り、筋肉の代わりとなった歯車に伝っていく。手を開き、そして握りしめる。硝子で出来た瞳が輝き、内側でガチャガチャと金属が鳴り響き、新たな聴覚を打ち付ける。ガンガンと鳴るような騒音めいた大きさで聞こえるのを絞り込む。
小さく絞りすぎた聴覚にわずかな風切り音、蒸気を裂くように鎧の不死者が刃を振るってきた。
感覚の調整は間に合わない。自分の意識も、戦士の覚悟など持っていないはずだ。
それでも反射的にその刃に向けて腕をかざした。ぎこちなく動いた機械が、無造作な力で持って剣を圧し折った。そのまま、ぎりぎりと慣れない肉体、いや義体をもう一度動かす。
ただの力任せの拳。それが燃え立つ死者へと打ち込まれた。熱せられた鎧がひしゃげ、そのまま中身をバラバラにまき散らした。不死者は灰にさらされて、煙も残さず青い炎だけを立てて消え去った。残るのは、赤熱しぼろぼろになった鎧だけだ。
本来ならばもっと無様な戦いをしていた気がする。記憶の補正というのは、機械の体であっても起こる。人の精神を維持するための無駄は必須なのだ。とはいえ、いつまでも微睡の内にいるわけにいかない。
「さぁて、ゆきますかな!」
細く小さく力のなかった肺に代わり、ごうごうと空気を吸う蛇腹からいつものように響く声が鳴り響く。銅鑼声と言われ、同僚にも仲間にもうるさいとなじられることもあった。しかし、彼女の好きな英雄の声はこういうものだった。
わざと目立つ声に近づいてくるのは不死者たちだ。少年、いやガドッカの視界がじりじりと白と黒に明滅したと思うと、不死者たちはすでに目の前に存在していた。彼らの得物が届く間合いにいる。実に不自然な現れ方だ。
灰に寄り燃え立つ騎士の一人が鉄の槍を振るう。降りしきる灰を裂いてガドッカへと向かう。速いが素直な軌道の穂先を、むんずと掴んで汽笛を鳴らして気合を入れる。鉄の柄を圧し折り、そのまま奪い取る。
よろけた死者をそのまま蹴り上げて、壁へとぶつけて砕く。鉄の鎧だというのに、いくらなんでも脆すぎる。違和感とともに、すでに生身ではないい手のひらからまだに握っている茨を伝って痛みが送られてくる。
夢を夢と楽しむ時間もない、ということだろう。ぷしゅうっと気の抜けた音をあげて進んでいく。硝子で出来た視線を動かし、不死者たちを無造作に鉄の杖で薙ぎ払う。あっさりと吹き飛んでいく姿は気の毒にも感じた。故郷を襲い続ける災厄ではあるのだが、それにしても矮小化された彼らの力に悲しいものを感じる。
おそらくこれは夢の中とはいえ、ガドッカ自身の力を拡張できないためだろう。この体は神より与えられたものだ。それに干渉できる存在では、彼女はないのだ。
「もう、やめないか」
ずいっと見慣れた少女の前に座る。だが、この少女はかつての彼女ではない。彼女は、ここで、この場所で灰に混じったのだから。
「な、に。え、ちょちょっとわかんない」
「物まねはやめろ」
ガドッカが出す声に温かみが消えていた。ただ鈍く打つような怒りがあった。
「「ざぁんねんー」」
かちゃりと硬質な音を立てて、彼女の顔がズレた。裏にはつるりとした無貌がある。少女のすべて、今は仮面でしかなかった。少女だったもの、顔のない人形ががちゃがちゃと動くと周囲の色が消えて、街が消えていく。
所詮は夢、呪いの干渉によって作り出された幻像にすぎない。それでも白い霧のような空間だけが残る。それでも、そこには少女だったヒトガタがこちらに白い頭部を向けていた。
その人形が口もないのにげたげたと笑う。それに合わせて、懐かしい少女の顔をした仮面が醜い表情へと汚されていく。呪術師の人形が再び仮面をかぶろうとするのを、ガドッカは問答もせずに殴りつけていた。




