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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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泥濘と快晴と  / “賢者の瞳”リオナ





 リオナはぼぅっと立ち息を吐いた。白くもならない。ただの吐息だ。

 今は密林の村、その広場にいた。あの山をどう降りたのか、覚えていない。リオナ自身の魔術は移動に適さないから、サブアか、“境界の司”だろうか。分からない。

 自身が先ほどまでいた山は崩れて落ちていく。雪も岩も、共に落ちてくる奇妙な赤子や動物のようなものも、大地にたどり着く前に灰のように色を変えた。そしてさらさらとした、欠片となって風へ溶けて消えた。


 山の女神が死んだことにより、自己を継続できず、消えたのだろう。残ったのは彼らを構成していた魔力だけだが、それも、すぐに吹き散らされた。雪山が、空を突き破っていたというのに、残ったのは密林に薄く残る白い残り雪だけだ。それも人が踏み分け、太陽からの熱にあぶられてぐずぐずと溶けていく。


 木々に積もった溶けた雪が、ぼたりと落ちた。


 その雪と木々の合間をかき分けて、ワニビトや蛇頭の人間たちが、いつくもの籠を背負っては、がらりと広場に置く。ゴブリンの商人がそれを受け取っては、広げた敷物にひとつ、ひとつ並べていく。

 草で編まれた敷物は、祖父が昔持っていた、“むしろ”とかいうものだろうか。カビてダメになった記憶がぼんやりと浮かぶ。


 かたんと並べられた鉄くずが鳴った。懐かしい記憶をあっさりと断ち切って、すっと涙が落ちる。


 ガドッカ、だったものが並んでいく。

 騒がしい機械の神官は、物言わぬ鉄塊となっている。腕はひしゃげ、胴には穴が開く。凍結と膨張を繰り返したためだろうか、ひびが入り、時にはぼろぼろと崩れた。

 蘇生できる司祭はいない。生命を司るとの契約者はいない。そもそも、ガドッカの変質した鋼鉄の肉体は、機械の雷神ザオウにしか戻せないのだ。すでに魂すら、飛び立っているかもしれない。


 リオナは呻く。近づこうと足を動かすが、すとんと腰から落ちた。力がすっかり抜けている。無力感が広がった。肺が震えて、無意識のままにリオナは吠えた。

 瞳からしずくが落ちた。、どろどろと辺りの雪が溶けていく。前が見えない。何も聞こえない。


 自分が、泣いていた。リオナがそうと気がつくのは、辺りの残り雪がすべてぬかるみへと変わってからだ。

 周りがようやく見えてきた。

 サブアが静かに控えている。感情による魔力の暴走を警戒していたのか、杖を握ってい来る。その顔は戦いの後のままで、青白く疲れが残っていた。


「落ち着いたか」

「ん……ごめん、未熟よね」


 喉の痛みを感じながら、よろりと立ち上がる。ごしごしと目元をこすり、立ち上がる。緑の色をした瞳に力が戻ってくる。

 その横に包帯を巻いた少女が近づいてくる。よろめいて頭の断面がずれかけたのをサブアがきゅっと戻してやる。


「りおな、さん。きかいのひと、まだ、いる」


 ゆっくりと悪魔の少女が告げる。


「いる?」

「いる」


 簡潔な問いに、そのまま頷き返す少女。リオナは砕けたガドッカの体へと近づいた。ゴブリンの商人が上手い具合に人型に並べている。横では沈痛な面持ちで、亀人間が泥だらけになった鉄片を綺麗に磨いている。


 その残骸へと近づくと、瞳に力を集中する。リオナの瞳は魔力の流れを見た。原始的な呪術とも、体質とも言える鑑定の眼。魔眼というには力はないが、それでももの性質ぐらいは見切ることができる。

 目がうっすらとした力の流れが写る。腐敗もしないはずの鉄、がらんどうになったはずの肉体にわずかな魔力の流れが、見て取れた。頭にある、ひび割れたガラスの瞳、その奥から魔力が残っている。いや、ゆっくりと、魔力は膨らみ、そして縮んでいる。


 鼓動か、呼吸か。


 ぎょっとするゴブリンの商人を押しのけて、その頭を持ち上げた。

 劣化していた頭部はぽろぽろと崩れて割れた。その中に、銀色のメダルがあった。ずしりとした重い金属、小さなメダルに刻まれているのは、ほのかに暖かいそれは、握れば魔力が響いてくる。

 ガドッカの魂を留めていた。ただ一枚のメダルとなっているが、これはガドッカそのものだ。


「生きて、る」


 またへにゃりと倒れそうになるのを、地面を踏みしめて耐えた。

 座り込んでいる場合ではない。リオナはこれからを考えなくてはならなかった。この機械の神官を治す、いや、直す。

 神々の住まう最果てまで、このまま向かい、機械神の慈悲を乞うか。いや、それは不可能だ。ガドッカの助けなくしては行きつけない。そもそも、この状態でいつまで生存できるのか、それすらもリオナには分からない。

 どこかで、機械というものが理解されている地で直さなければ。


 耳に雑踏が戻ってくる。視界が広がっていく。


 周囲では寒さから解放された爬虫人類が、せわしなく動いている。雪の重さで崩れた屋台を片づけては、店を再開しようと商品を弄っている。蛇頭の司祭たちが、子供や老人の冷えた体を温めるために湯を沸かし、火にあてては白湯を飲ませている。

 みな、傷ついている。しかし、立ち止まってはいない。故郷だってそうだった。今更、腰をかがめている場合ではなかった。


 包帯の悪魔と、禿頭の魔術師に一つ、お辞儀した。悪魔は、静かにはにかんだ。魔術師はもういいだろうと、どっかりと座り込む。


 ふふっと笑ってから、ガドッカのメダルを懐へとしまう。そして、リオナは泣き顔をパンっと自分で引っ叩いた。そして、ゆっくりと泥の道へと踏み出していった。







 リオナはそのまま、ワニビト達がいた戦士の館に邪魔をした。炊き出しが行われ、亀人間やゴブリンたちが、わいのわいのと料理をしたり、ぱくついていたりする。

 近寄れば赤くなった血走った瞳は、風を受けるとちくちく痛んだ。生命力も大分抜けている、筋肉の疲労はないのに体が重い。それでも今は動いていたい。とにかく補填しなければ。


「お任せで」

「はいよ、稀人さん」


 のっそりとした動きで亀人間に振る舞われた料理を受け取る。椅子替わりだろう丸太に座った。丸太には湿った様子など、すでになく、尻が冷たくなることはなかった。


 まずは腹ごしらえだ。料理に目を向ける。蒸した川魚が盆の真ん中にどんと乗り、やたらでかい揚げ物が添えてある。おそらくバナナだ。手羽のように、その横に数本手羽のように料理されているものはカエルの足かなにかだろう。そして何かの虫の素揚げ。あまり食べない料理に、戸惑いが産まれるが、それはごくりと飲み込んだ。


 無難に揚げたバナナをほおばる。意外と甘くないがこれはこれでおいしい。そのまま、香草で包んだ川魚をフォークでつつく。身は意外とほろりと崩れた。骨は多く、分けるのは大変だが、柔らかい味だ。染み込んだ塩気がうれしい。


 うーんと唸りながらも、虫のようなものものを頬張る。パリパリとしたエビのような味がするが、なにかキノコっぽくもある。甲殻類とキノコを同時に食べている不可思議な味だ。まずくはないが、好みかと聞かれると首をかしげる。そのままの運びで、カエルの足にかじりつく。甘辛く仕上げたもので、淡泊なカエルの肉に合う。まあ、これは悪くない気がする。


 それらをゆっくりと平らげていく。


「稀人殿」

「カーウさん」


 カエル肉が消え、魚がそろそろ無くなるころだった。ゆっくりとワニビトの巨漢、カーウがこちらに顔を出した。面持ちは分からないが、声は重い。わざわざ来てもらってしまった。復興の指示を出すのに忙しいだろうに、と思い居住まいを正す。


「神官殿は」

「いえ、彼は大丈夫です。彼はまだ死んでいません。」


 顔の形を微笑みにして、リオナは言い切る。そしてそのまま、言うべきことを言う。寄り道が必要だった。


「舟と人を貸していただけませんか、カーウさん。私はできるだけ早く、この地の外に、行かなくてはなりません」


 震える顔を押しのけて、リオナはにぃっと笑った。



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