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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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天地返し / “喪失者”サブア




 女魔術師は光と草木となって崩壊した使徒の肉体を見つめていたが、思考するように目をつむったが、すっぱりと立ち上がる。


「よし、わからない! 次!」

「ですなあ」


 呆然としていても仕方ないとばかり、魔術師が尻をぱんぱんと払う。そして地熱の魔術師と機械神官はがずんずんと動き出していた。

 ガドッカは雑に足を直すと雪の中へと消えた。そうして倒れたもの達を引きづりだしては、暖かく光る使徒の残り香へと並べていく。そのガドッカにつられたのか、使徒の崩れ落ちた体から伸びた若木へと体力の残った爬虫人類たちが集まってきている。


「動けるものは火を焚き、飯を炊けッ! 粥と汁、そして肉だ!」


 ワニビトの長らしいカーウと名乗る巨漢がそれに号令した。


「はいよぉー、任せて!」


 大柄なワニビトの戦士達に混じって、音頭を取るのはリオナだ。手慣れた様子で、石組のかまどに火を入れた。鉄板やら大鍋をワニビトが乗せて、大雑把に料理を始める。リオナもそれに続いて、せかせかと鍋を回す。素材は雑多な豆だ。


 手伝えることもなく、やる気もない。体力の温存と回復に努めようと座り込んだ。


「さ、ぶあ」

「君か」


 包帯だらけの体をよろりと動かして、“悪魔”の少女が隣に座った。不安げで、それでいて何か期待するような、落ち着かない様子だ。


「わたし、なに」


 あの使徒に起こった現象、あふれた光を指さして問う“悪魔”。夜明けのような淡い輝きが、周囲を温めていっている。


「まだ、わからん、だがあれは君の一端には違いない」

「そ、う。あれが、わたし」


 にこりと笑う少女、“悪魔”、失った名の一端が見れた。また一歩、名に近づく要素ができたのだ。この地のものには不運だが、ようやく掴んだものだ。しばし、喜んでもよいだろう。

 彼女へとサブアは微笑みを返した。慣れない表情なのは自分でもわかる。だが、それでもいい。娘でもできた気分だ。この“悪魔”は存在としては、はるかに年上である。しかし、そう理解していても、微笑みは消えそうにない。


「あら、仲良しね」


 いつの間にか寄ってきた女魔術師に、むっとした顔を返す。盆に料理を乗せて、そのまま手渡してくる。妙に手慣れているのが、またすこし感情を撫でた。


「貴様には関係ない」


憮然としたまま、サブアは並べられた料理に手を付ける。ワニビトの作った雑な粥と姿そのままのカエル肉を避け、果物は後回し。まずは豆のスープを選んだ。冷えた体に暖かさがしみこむ。大きめの豆は少々硬いが、まあ及第点だろう。

 “悪魔”の少女も受け取って、もそりと食べ始めた。それぞれ一口、二口たべた後に粥をかきこんだ。彼女は苦手なものから先に食べる。やはりこの粥はあまり美味いものではないらしい。


「よいしょっと」


 いつの間にか戻ってきた女魔術師がどっかりと座り込む。いつも並んでいる機械神官のせいで大分小さく見えたが、肩幅は中々立派だと場違いなことがサブアの頭に浮かんだ。


「で、あれは何よ」


 調理場から取ってきたのだろう、粥と豆スープ、焼きカエル、素揚げした魚や果実やら果物やらをもりもりと食べながら、問う女魔術師。サブアが答えに窮しているうちに、みるみるうちに減っていく。中々の健啖家らしい。生命を取り込む力が強いのだろう、なるほど、魔術師としてはいい才能だ。


「おそらく“生命の石”を取り込んだことよる暴呪だ」

「えー、“生命の石”は属性を持たないでしょ」

「本来はな。創り手が近く、まだ作成したばかりだったせいだろう。彼女の色が大きく残った。まあ、安心しろ、ヒトならばそうもならん」


 そう返しながら、女魔術師を見た。素揚げしたカエルを頭からばりばりとかみ砕いている。視線をむけたサブアに対して、一匹つまんで渡そうとする。しかめ面で手で制すと、サブアは言葉を続ける。


「いいか、上位存在と呼ばれる神や使徒だが、霊体を素とするならば、その存在は脆い。特に魔力に対してはな。不用意に自信より上位にいる階位のものから魔力を取り込めば、その存在に押し潰れされ、塗り固められてしまう」


 視線を使徒から生えた若木に向ける。あれはその結果だ。


「ヒトならば、肉があり脳がある。肉体変化の魔術や呪術であってもよほど強力でなくては一時的なものだ」

「呪術師が、自身の呪いに侵食されてもある程度防げるものねぇ、時間があれば治療もできるし」


 同調しながら女魔術師はナイフを抜いて、硬い果物の皮をむく。中からはライチのような白い身と甘い香りが広がった。


「よほど悠長な呪術師ならそうするだろうな。普通、肉への侵食が始まった呪術師なぞ、ヒトから堕ち、悪霊か祟り神に至るのが関の山だ。ヒトの精神が耐えられるはずもない」

「まあ、ね」


 いくつか見てきたのだろうか、女魔術師は遠い瞳であたりを見ていた。視線はワニビトの館から外に伸びて、天を割った白い霊峰へと向かった。


「それで、あれがなんだ分かる? 知っているみたいだったけど」

「天地返し、混沌に浮かぶ世界の召喚、迷宮召喚にたようなものだ。違いは、こちらの世界を無理やり塗りつぶし、支配する神格を挿げ替える」

「大事じゃないッ!」

「大事じゃない。よくあることだ、俺たちにとっては、だが」


 辺境の土地、対抗できる力を持たぬ土地では“代替わり”することは少なくない。


「邪術師たちが、なぜ魔術を行使できるか、わかるか? 神格を従属させているからだ」

「確かに泥や岩の獣魔は師匠が契約文を組めばあっさりできる、らしいけど」

「そんな下位霊格じゃない。あんなもの、下級魔術の鍛錬用だ」


 サブアはぬるい酒を取り出して一口含み、息を吐く。


「魔法を目指すことは世界を壊すことだ。この世界を維持する柱となった神々との契約は不可能だ。しかし、この世界の外にある神々ならば、契約が可能だ。となれば、邪術師は世界の外にある神格と取引する。土地を代価に、神格との契約を持ちかけるのだ。」

「あなたも、こんなこと、したの」


 まっすぐとこちらを見る。緑色の瞳が鏡のようにサブアを映す。ふんっと鼻息で返す。


「それが可能ならば、苦労はしていない。かつて持っていた魔術契約はすべて師から授かったもの。師がその盟約を切れば、すべてを失う。今残っているのは自己で契約した“岩の従魔”だけだ」

「そう」


 ほっとしたように息を吐き、揚げたバナナに取り掛かる女魔術師。そこに突然、ぬるりと長い蛇の頭が伸びてきた。ぎょっとする“悪魔”と顔をしかめたサブアと違い、驚いた様子もなくもしゃりとリオナはバナナを嚥下する。

 蛇の頭を持つ女が、音もなくそこにいた。派手な七つの色で彩られた司祭服を着ている。


「あら、あなたは“境界の司”様」


 様相は大分違うが、この入口にいた蛇頭の女らしい。リオナは何故、見分けがついたのだろうか。


「敬称はいらぬよ、異郷の方々。すまぬが、我が主がお呼びなのだ。ついてきてくれまいか」


 言うより速く、目の前がさっと裂けて、石造りの神殿へと空間がつながった。なるほど、境界の司というだけあって、空間操作の高位術者らしい。

 サブアはふぅっと杖を握って答える。


「この状況だ、選択肢なぞあるまい」

「是非もなし、ってやつねぇ」


 魔術師達は悠然と立ち上がった。この地の主、今侵食されている神へと会う。好転するか、暗転するかはわからない。だが、動かぬよりはマシだ。


「行ってくる、何かあったら機械を頼れ、いいな」

「う、ん」


 “悪魔”にそう言い残すと、二人の魔術師はゆっくりと裂け目へと踏み出していった。


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