震え、裂く / “賢者の瞳”リオナ
「無為成り」
溶岩の斧を握るリオナに、使徒は翼の羽ばたきとともに吹雪を叩きつける。奇跡、いや呪術だろうか、どちらにしろ込められた魔力は本物だ。
「盟約を示せ、地を這う熱よ、悲嘆がままに手を伸ばせッ!」
赤熱した大地が隆起し、小規模な噴火を起こして、細く伸びた溶岩の槍が一直線に使徒へと打ち出された。周囲を炎で包みながら相反する力である吹雪を焼き尽くして、進んでいく。
「ほう、なかなか」
その熱量の塊を氷の腕で弾き飛ばす。横に流されて大地に突き刺さった。槍は雪を溶かしながら、どろりと壊れて広がった。
その間にわずかに距離をとったリオナは、叫びを上げて魔力をさらに注ぎ込む。
「まだッ! 悲嘆の声を吹き上げよ」
槍の形を失い、地にどろりとした溶岩の大地を作り出す。ぐつぐつとのたうつ溶岩は、爆ぜて赤熱した礫とを放つ。
翼を振るい魔力で作り出した風だけで、礫を吹き飛ばす。地に落ちた溶岩の欠片は、しゅしゅうと熱の残りを吹き上げた。
「もういいだろう。恐怖を得ることもない。死ぬがよい」
淡々と強引に言う氷の使徒。死の宣告というよりは、呪術医が苦い薬を嫌がる子供に、無理やり飲ませるような口調だ。
それの冷たい顔へ、にいっと笑いを返す。冷気と熱気がまじりあった大気が、ぴしぴしと肌を震わせる。
「地を這う熱、埋め火の王ガルケゼラよ! 汝が渇望をここに現せッ!」
溶岩の斧をどんと振り下ろし、宣言する。飛び散った溶岩の欠片が再び燃え上がり、そのまま広がって赤熱した大地をまた創り出す。いくつもの溶岩溜まりが繋がり、リオナと使徒の立つべき大地を赤熱で覆った。
「いい加減、小賢しい。見苦しいッ!」
足元に溶岩が届く前に、自身の周囲を凍てつかせながら、いらだちを放つ。それにさらにリオナは笑いを深めた。
「うちの家訓は、諦めない、よッ! いざ、埋め火の王よ、渇望のままにッ!」
溶岩の包囲網をもう一度、広げて熱量を上げていく。しゅうしゅうと雪は溶けず、燃えていく。同時に辺りを覆う刺激臭、硫黄の臭いともいわれている火山の臭いだ。大気は熱に刺激されて、ごうっと一瞬だけ燃え上がり、爆ぜた。
魔力の余波で作り出した可燃ガスの爆発だ。純粋な魔力だけではないせいか、使徒は防ぎきれずよろけ倒れた。熱の戻った大地にどろりと、使徒の体が溶けはじめた。
「ぬぅぅぅッ!」
再び溶岩の斧を振り上げて、溶岩の上を滑るように、踏み込む。いかに赤熱するとはいえ、自身の魔術で編んだものだ。むしろ、リオナには動きやすいぐらいだ。熱の塊を握りしめて、溶けた大地をそのまま跳ねていく。
「これで、沈めッ!!」
「冬よ、荒べッ!」
ようやく一撃、振り下ろさんとしたときに、とうとう氷の使徒は手をかざし、圧縮した吹雪を叩きつけてきた。 互いの魔力がきしみを上げて、しゅうしゅうと炎を凍てつかせて落ち、あるいは溶岩が雪を焼き払った。
「火山の心臓よ、高鳴れッ! 汝が焦がれるがままにッ!」
「荒べッ!」
リオナ自身の緑色に輝く魔力を薪にして、赤々と輝く強溶岩の斧を振り下ろす。迷いなく、自身最高の一振りだった。それでも、ふわりとリオナは押し負けた。浅い溶岩の上を、飛び石のように投げ出されて、雪へと沈む。
「はぶふ」
間の抜けた声で雪から顔を上げて、黒ずんでしまった斧を握る。周囲の溶岩も固まって黒く変わり、降り注ぐ雪に覆われていく。
だが、その真ん中にいる氷の使徒の体もまた、不自然に溶けていた。両翼は折れて砕け落ち、瞳である黄玉がずるりとずれていた。
「まさか、ここまで、とはッ!」
溶けた体のまま、立ち上がり使徒は雪を巻き上げた。体から冷気を吹き、周囲から必死に熱を食らう。
リオナもよろりと立ち上がるが、さすがに斧を再び赤く輝かせるほどの力はない。汗が服の下から滴り、体が嫌に冷えた。体力の消耗が今更になって吹き上げる。それでもなお、石斧を握りしめて、構える。
吹雪が消えたとなれば、あとは自分の身を守るだけだ。リオナが白い息を吐くと、ずるりと雪が動いた。無骨な金属の腕が伸びあがってきた。
「なッ!」
「雷神ザオウよ、願わくばわが敵へ裁きの斧を振るいたまえッ!!」
這い出してきた腕、ガドッカが高らかに祈りの声を上げた。手のひらから雷撃がと放たれた。轟音が周囲を揺らし、使徒の体がひび割れた。ガドッカが滅多に使わない雷光を直接、撃ち込む奇跡だ。
ずるずると這い出してきたのは、断ち切られた足が直せず体を起こせないためだろう。
「まだ戦うというかのか! 霜の剣よ!」
驚きの声を上げながら、氷の使徒が再び剣を作り出す。だが、その刃から出る威圧感は先ほど作り出したものより弱い。
「枯れ果てよ星の欠片、朽ち行くままに痛苦を叫べ」
雪の中から立ち上がったもう一つの影、息をひそめていたのだろうサブアが叫ぶ。使徒にごうごうと砂嵐が叩きつけられた。
サブアのその後ろからは“悪魔”の少女が使徒をじっと見ているのがわかった。彼女は顔はヒビ割れた。そして漏れ出た血を掴むと、すぐに固まり、結晶化した血、“生命の石”をリオナへと片手で投げつけた。
「使えッ!」
サブアが叫びながら、呪術を維持する。
「無為なり!」
氷の刃が砂嵐から伸び、そして切り捨てた。そのまま“生命の石”へと駆け出した。使徒がその魔力の塊を手に取れば、死は決まる。しかし、リオナの足では、この雪の上ではとても追いつけない。そもそも密林を歩くための装備で、こんな雪の中で戦うなど、不利でしかないのだ。
かちゃんと氷の使徒がその“生命の石”を握った。
「「しまった!」」
「愚行であったな」
握りしめた“生命の石”を砕き、自身の魔力へと変換していく。使徒の体に魔力が満ち、ひび割れた体が輝いた。
とたんに、使徒は胸を苦しげに抑えて倒れる。
「馬鹿な! これは、汝は……」
魔力が渦となり、使徒の中で爆ぜた。使徒の体から夜明けのような白い光が満ちた。あてられた大地には雪を割って草木が生え、花が咲き誇った。少し遅れて雪や氷が解けていく。使徒の体からは若木が生え、その肉体を砕いた。しゅうと溶けて跡形もなくなった。
ぼろりと落ちた黄玉だけが、使徒がいた証だった。
「え、なにこの、えー」
斧がぼろぼろと石くれとなり砕けていくまま、呆然とリオナが眺める。這い出したガドッカも蒸気をぽうっと吹いた。サブアと、そもそも“悪魔”ですら、ぽかんと結果を眺めることしか、できなかった。
だんたんと温まってくる体に、まるで春のような光に、リオナはほうっと疲労を息で吐きだした、そしてどすんと尻餅をつく。そして、しばらく何も考えないことにした。




