溢れる夏枯れ / 女騎士オリエル
枯れた茶の木がずらりと並んで、階段状に続いていた。
葉はすでに朽ちており、乾いた木肌を晒している。朽ち木を喰らう虫もおらず、段々畑は寂しく風化するに任せてあるようだ。日差しは強く差しており、うっすらと残った朝の湿気も奪い尽くしていた。
「いつ来ても嫌な感じね」
「そうなのですか」
「そうなんですよ」
元々の様相を知っているせいだろうか。うんざりとした声で前方のリオナが言う。背負っている大きな荷物が重そうに見える。それでも通い慣れているらしく、足取りは確かだ。さらに先に行くダスイーに遅れず着実に昇っていく。
オリエルはわずかに遅れてそれを追っていく。
さすがに板金鎧は重く熱い。多少の軽量化を施し、長時間、歩けるように改良をされているが、それでも長い斜面の道は厳しいものがあった。
じろりとこちらに目線を向けるダスイーになんでもないように振る舞う。日除けの外套を少し押さえてから、ずんずんと足を進める。彼は鼻を鳴らしてから、視線を前方にもどした。
昨日、ダスイーは知り合いを歩き回り、二人ほどの冒険者を仲間に引き入れたらしい。今この場にはおらず、先に“鎧の迷宮”の入り口にいるそうだ。街の外に住んでいるので、いちいち街に向かうのは遠回りらしい。
歩く端に思考を浮かべていると、兄妹は立ち止まった。
開いた手を後ろに向けるだけで、ダスイーは何も言わない。至極、緊張した様子でリオナという少女は息を飲み、ゆっくりと腰を低くして膝をつけた。
そして、耳をそばだてて、ダスイーは硬直した。
オリエルは戸惑いの声を引っ込めて、兜ごしに視線だけを這わせる。耳も目も兜がふさいでしまっている。リオナにならって、彼の邪魔をしないことが最良だ。
本来は枯れ木に収まるように、背を低くするべきなのだろう。だが、この板金鎧ではしゃがむだけで中々豪快な音が鳴ってしまう。仕方なしに不動のまま、意識を溜めた。
「迷宮前で乱戦してやがる。ありゃあ、うちの連中だ」
そう言って硬直を解くと、走れ、と短く叫んだ。
ダスイーは一足先に段々畑の残骸を越えていく。坂道によく慣れた筋肉はオリエルの思った以上の瞬発力と持久力を兼ねているらしい。
鎧をまとっているとはいえ、大分遅れてしまった。恥じ入るように見上げると、リオナはわざと速度を緩めている。ありがたいが、礼をいう力は足を速めるのに使うことにした。
鎧から逃げない熱量が忌々しい。息を荒くなり、体が熱くなることを感じながら、上へ達した。
朽ちた茶畑はまだ続く。上へ下へと丘が波打っていた。その丘と丘の間、凹んだ盆地の一つに場違いな石の門が埋め込まれていた。
そこからわらわらと飛び出しているの奇怪なものだ。人面に手足のついたような怪物が、てんでバラバラの武器を振り回している。大きさにはばらつきがあり、人の膝までしかない小型のものから、オリエルの倍はある巨大な者までいる。彼らは裸身であるが、生殖器は見当たらない。この世とは異なる法で造られた生物の類だろうか。
怪物と乱戦しているのは三人の冒険者だ。
まず目に付くのはやはりダスイーだ。闘気をまとった一刀だけで大型の人面を切り倒した。大型の血潮に紛れて、寄ってきた膝までしかない人面を素早く蹴り上げる。中々、器用に戦っている。乱戦慣れしているらしく、他の冒険者が戦いやすいように、敵を牽制するのも忘れていない。
あれほどの腕前が誹られるとは、信じられないな。
心中でつぶやきながらも、オリエルは剣を抜き、盾を構える。リオナは小型の石弓をグルグルと動かしていた。
そうして乱戦に介入する機会を待つが、どうにも邪魔なものがいる。
「どうした、どうした、不甲斐ないぞ、怪物どもッ!」
響く銅鑼声が非常にうるさい。
そこには回りのことも考えず、鉄の長棒をぶんぶんと振り回す大鎧が一人。人食い鬼とも見紛う大男だ。鎧で包まれたと思えないほど、滑らかな動きである。だが、武術としては洗練されていないという、ちぐはぐなものだ。
しばらくすれば、それの理由は分かった。兜の頭から、白い蒸気をびゅうびゅうと吹き上げる。そして振り上げた腕の関節を見れば、みっちりと詰まった機械仕掛けがある。
「ハハッ!! 雷神ザオウよ、拙僧に御力をッ!!」
鉄棒に電光がまとわりつき、援護がさらに難しくなる。
機械仕掛けの雷神ザオウ、かの者が与える肉体を機械と代替する加護を持つという。
このノエン地方ではあまり有名ではないが、ベイラの山々を抜けた南方ジャイークでは広く伝わっている。だがあくまで伝わっているだけで、機械へと体を変える程の信者は少ない。機械仕掛けをする一部の職人に信奉されるだけで、神官は滅多にいない。オリエルも見るのはこれで初めてだ。
電光に目を白黒させるのは人面の怪物と女の冒険者だ。振り回された鉄棒から電光がバチバチと彼女に注ぐ。
「こら、やめ、落ち着け」
甲高い怒鳴り声。不幸にも乱戦の真ん中にいる女が攻撃を必至に避けていた。八割横にいる忌まわしい味方の攻撃だ。深緑の長衣を揺らして、杖を盾にしていることから魔術師か呪術師だろう。顔色はよくない。
「あれはいかんな、リオナ殿、射撃を頼めるか」
「任せて」
言うより早く石弓が放たれた。無慈悲な太矢が追ってきた小柄な怪物の目を射抜いた。脳まで破壊されたのだろう、数歩あるいた後、動かなくなる。
それでも数はまだいる。こちらに向かってきた、二匹の怪物にオリエルは相対する。
怪物達は仲間の死に痛痒も見せない。間合いも読まない。戦いの中である気配の感知や思慮の感じられない、獣とも人とも違う。動きといえば、ただ突撃してくるだけで、それが嫌に不気味だった。
棍棒を振りかぶった大型の人面が駆け上がってくる。単調な足さばきにむけて、思い切り盾を叩き込む。
不自然に大きな頭のせいだろうか、あっさりと横に転がった。その命を絶とうと刃を構えた。その横から、僅かな風切り音がする。槍持ちの人面が力任せの突きを放ってきていた。狙いはこちらの喉だ。
槍に込めた力が一点に集まる前に、体をずらしながら踏み込む。槍を鎧の上で滑らせて、そのまま斬り返した。人面は異様に柔らかい。骨をあっさり断ちきって、剣はその肉体の半ばまで入る。そうしてあっさりと怪物を絶命させた。
異様な感覚にびくりと、体が反応した。それをすぐに押し込み意識を戦いに戻す。
仲間の死もまったく恐れず大型の人面が棍棒を振るってくる。引き抜いて対応しようとするが、予想に反して剣が異常に重い。怪物の肉が糊のように張り付いている。動きが止まった。
オリエルは痛打を予想して盾を構えた。剣は捨てて、予備の武器である短剣をいつでも抜けるように右腕を自由にする。
「危なッ!」
叫びと共にすとんと、短矢が、大型の人面に突き刺さった。リオナが援護してくれたらしい。痛みでのたうつに怪物に短剣を突き刺し、捻って怪物の脳を破る。絶命を確認して引き抜くが、やはり糊で固められたように重い。
リオナは焦った様子で横に座り、矢を引き抜こうとする。矢返しのためか、ぽきりと折れてしまう。
「え、なに、こういう罠」
「どういうことですか」
問いかけに、思考を固めるようにリオナは答える。
「この怪物は、やられる前提で造られているみたい。突いたり、斬ったりすると体が柔らかくて深く入りすぎる。その上、この怪物の肉は吸い付くように武器を留めちゃうみたい。刺したり斬ったりする武器なら手離さないと動きが止まってしまう、かあ。いやあ、気持ち悪い」
「よく分かりますね」
「知りたくなくても、悪辣なのはよく転がっているからねぇ、迷宮ってさ」
そう言って嫌そうにぼやくリオナ。しかし、そうして知識を持つのは冒険者にとっては財産なのではないかと、オリエルはオリエルで妙な疑問を浮かべた。
「あっ、ちょ、やめろ」
怒鳴り声はまだ続く。味方の攻撃から抜けだそうとして、敵の攻撃を受けるという悪循環。杖でうまく流しているようで、傷はないが、疲労が溜まればどうなるか分からない。
今、突入すれば、こちらも大分、危険だが仕方ない。
「一気に叩くッ!! 援護をッ!!」
敵の注意を引くために気合を入れて、短く叫ぶと怪物の棍棒を握った。
擦れた鋼のような声にびくりとしながらもリオナは弓を各々構えた。
女の危機はともかく全体としては、よくも悪くもダスイーと機械の神官が押している。闘気と打撃、両者とも怪物の肉体に潜む罠にかからない。大勢は決しているようだが、被害を増やしていいわけではない。
慣れない棍棒を握りながら、一気に駆け下りていった。