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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
最果ての風を聞け
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杖の行く先 / “喪失者”サブア




「“悪魔”だというのか」


 サブアの前に立っていた機械の神官は戸惑っていた。それもそうだろう。“悪魔”の存在の保護など正気の沙汰ではない。


「汝らは、邪術師か」

「いまさらぁー、ですねぇー、やっぱりぃなかみ、からっぽですかぁー」


 粘液のような声が神官を嘲る。名を失った精霊や神々、“悪魔”の行使を行うもの、それは邪術師に連なる存在であるということだ。魔法、世界の法則に干渉する術に至るために“悪魔”と契約し、あるいは“悪魔”を作り出すのは邪術師のよくあるアプローチだ。少なくともサブア達の師匠はそうだった。


「だからぁー、引っ込んでてぇー、薬缶くぅーん。ほんきぃー、だすからさぁー」

「なんたる、なんたるッ!」


 神の加護によって得られた肉体への侮辱はさすがに堪えるようだ。憤懣とした様子で錫杖を構え直す。そして、薬缶のように蒸気を吹き上げた。

 いまにも突っ込みそうな様子ではあるが、その場からは離れない。それにぬらりと笑い、人形は仮面をかぶった。


「「死より戻れ、砕くものよ。痛苦の果てに見果てたるは破壊の渇望。呪いを撒け、我が仮面は、“死の刃”ラバトなり」」


 雰囲気が変わる。死相を張り付けて作った面が呪詛を纏って張り付いた。名乗りは死相として刻まれた老人の、その最後の姿を再現する呪いであり、あの粘液声女が作り出した呪詛の完成形だ。

 淡い灰色の光が走るとガチガチと人形の体が組み替えられて細長く引き伸ばされていく。細く伸びた両手足は長く、人間というよりは節足動物を思わせる。人間というには異形だが、呪術師というのは呪詛の果てに人の形を捨てていく。その中でも人という存在に執着がなければ、捨て去るものもいる。ラバトという死相の持ち主は、そういう思考の持ち主だったのだろう。出来上がったのは四肢ばかりが伸び切った猫背の人怪だ。這いつくばるように、死相の仮面をサブアに向けた。


「なんと、これは」


 さすがに機械の神官もじりっと一歩下がってしまった。同じ異形だろうと、場違いな感想がサブアに浮かぶ。


「「集いて回れ、我が名の元に」」


 その思考を断ち切ったのは二つの声。宝玉がいくつか砕けて、杖の先に魔力が渦巻いた。作られたのは、破壊のため呪詛だ。


「「穿て」」


 ぱっと放たれた呪詛は光の渦となって、一直線に進んでくる。狙われているのは自分ではない。“悪魔”の少女だ。かばう必要はない、血の宝玉の無駄遣いだと嘲ることもできただろう。

 だが、必要がなくても、サブアはその呪詛に立ちふさがった。


「枯れ果てよ星の欠片、朽ち行くままに光を食らえ」


 ざらりと砂を解き放ち、呪詛を押し返そうとぶつけていく。しかし、力押しにはサブアの呪術はあっさりと吹き散らされた。やはり、こういう単純で力強い相手では分が悪い。魔力をもう一度練る時間はないが、呪詛に対して意思を向けてそれを必死に否定する。呪いとは結局、意思のと意思ぶつかり合い、せめてもの抵抗だ。


「なんとぉっ!」


 その間に再び飛び込んだの機械の神官だ。ぎりぎりと電光を与えた杖で押し返そうとする。しかし、雷神の加護はしぼむように失われ、杖はひしゃげて、そののまま右腕が抉り取られた。ばらばらと肘から下が落ちる。呪詛はそこで止まったものの、神官の残った腕が、付け根から震えて、鋼鉄の糸と歯車がばらばらと踊るように散っていく。そして機械油の異臭が暗闇に広がっていく


「ぐぬッ! 偉大なるザオウよ、汝が御手を貸し与え給えッ!」


 無事な左手で怪我、いや損傷を抑えた。無理やり溶接したように傷口に蓋ができたが、腕は治らない。さすがに即座の再生は機械といっても不可能なようだ。


「なぜかばう? お前にそれをする必要があるのか?」

「知れたこと。汝と同じである」


 神官はぷしゅうっと息を吐き、片手のこぶしをぐうっと構える。


「同じか」


 サブアが彼女を最果てへと連れているのは、はっきり言えば自己の利益のためだ。その過程で彼女の肉体がいくら破壊されても、最悪、頭だけで連れて行ってもなんら契約に不都合はない。

 それでも、傷ついた彼女を見るのは、苦痛だ。ただそれだけのことに、貴重な体力を使わされている。


「同じだとも」


 その言葉にサブアは、もう一度、杖を握りなおす。腰袋から取り出した葉を口に入れて、苦味を噛み締める。体力を無理にでも引き出し、魔力に変えていく。


「「裂けよ、我が名の元に振るうは“死の刃”」」


 硬質な音ともに、またいくつもの宝玉が砕けた。手長足長の人形に魔力が集まる。杖から細く長い光が伸びて、大剣を象った。それを、無造作にぶんっと薙ぎ払った。剣に沿って羽虫が飛ぶような音が唸りを上げていく。


「これはまたッ!」


 驚嘆の声を上げながらも、少女を慣れた様子でひょいと背負い、脱兎のごとく神官は離れた。サブアも転がるように跳ねて避ける。

 魔力の剣が一瞬通り過ぎると、周囲の建物ごとすっぱりと切り払う。建物はずれ込んで粉塵とともに崩れ落ちる。そして注いでくるのは瓦礫の雪崩だ。


「撤退ッ!」


 さすがに敵わないと踏んだ機械の男が跳ねるように、駆ける。その後ろ、粉塵の中から羽虫の音が唸りを上げる。瓦礫となった建物も無視して、おそらく足音だけで狙ってきた刃の突き。それが神官の、失った腕をさっと掠めた。


「はっはっはっ! なんの捨て部位、捨て部位ッ!」


 大分自棄のような声を叫びながら、神官が瓦礫から離れる。人造の大地を砕き、メリメリと足音を鳴らしながら右へ左と動き続けている。サブアは自分の足をそれに必死に合わせて動かす。

 足音のせいだろうか。狙われるは機械の方ばかりだが、彼は後ろから振るわれる刃を避け続けている。魔力が奏でる死の音色を聞き分けているのか、あるいは殺意というもの感じ取れるのか。明らかに、直撃しそうな魔力の刃も不自然に逸れることがあるのは幸運というよりは、祈りによって魔力の障壁を無意識に作っているためだろう。


 手だしする暇もない。人形は粉塵の中で巨大な図体を蠢かせてちかよって来るが、今のアレにどんな呪術が効果があるというのだ。その思考を持つ時点で、自身は負けている。自らを疑った呪術など、魂なき物すら動かせまい。

 歯噛みした“喪失者”の口に、苦味ばかりが広がった。


 それでも、ようやく陸橋に差し掛かかり、頑強そうな建物も見え始めた。そしてその間を荒ぶ風が粉塵を散らし始める。朝が近いせいか、大気の精が動き始めていたためだろう。

 一瞬視線を振り返る。粉塵からあの手長足長の人形がのっそりと現れて、老人の死相を大きく歪ませた。


 笑っている。


 ねとりと背に油が這うような感覚。サブアは叫びを上げようとした。しかし、声よりすでに刃は早い。

 下段、いや、地面ごと抉りながら魔力の剣は切り上げられた。刃は神官の足を抉り、彼の部品を千々に振りまき、蒸発させる。羽虫の羽ばたきの後、陸橋はざらりと崩れて、神官ごと“悪魔”の少女を底へと落とした。

 無駄だと分かって、伸ばした手の先に少女が笑う。痛みに耐える子供が無理やり作った顔だ。それも、がらがらと崩れた陸橋の下へと落ちていった。

 何も叫べぬままに手は空を切った。


「「哀れな」」


 死相が嘲りを浮かべた。魔力の大剣を掲げて、こちらを見下す。ねめ上げるような瞳がその奥でぎょろぎょろと動き回っていた。


「マカラッ!」

「我が「私の名を、今更呼ぶか。命乞いか?」」


 笑いを含んだ声がぬらりと漏れた。


「貴様ッ!」

 覗き込むように、死相が近づいてくる。仮面の奥にある、ぎょろぎょろと動いた瞳がこちらに向く。


「「もはや、かつての志も、渇望も失った汝には勝てぬ。せめて我が面となるがよい」」


 左手をぐいっと伸ばして掴みかかってくる。死相の呪術は頭部にひどい損傷がない状態で、死者の顔を石膏で取る必要がある。無傷で首でも落とすつもりだろう。性格の悪さの割に、狙いが素直すぎる。

 さっと躱すと、杖を突き付けた。


「流れるは星の欠片、穢れるままに枯れ果てよ」


 ぶわっと黒い砂が放たれると、人形にいくつも張り付く。じわじわと魔力と生命力を喪失させる呪いの砂塵だ。人形の魔力が阻害されて、その表層がぼろぼろと崩れる。だが、それだけだった。


「「ぬるいぞ、サブア。その様、我らの師も嘆くだろう」」


 抱きつくように周囲を長い左腕を振るう。ただの木の棒にすぎないが、それでも体力の落ちたサブアは避けきれない。腹を強かに打たれて無様に転がることしかできない。陸橋から飛び散った瓦礫が頭に当たり、どろりと血が漏れた。体が虚脱する、立ち上がれない。頭の中が揺れているせいだ。


「「失ったものが大きいな。まともな契約相手のいれば、もう少し使い勝手のいい仮面になったろうに」」


 そのまま左腕で掴まれた。長く伸びた指がぎゅうっと巻き付いてくる。杖が振り上げられ、その先に浮かぶ魔力の刃が輝く。


「「さよなら」サブア先輩」


 振り下ろさんと掲げられた刃に向けて、猛然とした甲高い音が周囲を裂いた。すさまじい量の蒸気が陸橋の底から吹きあがり、人形の顔に張り付いた。おそらく底にいる機械の神官が猛然と吹き上げているのだろう。

 無意味な妨害だ。一瞬の目くらましがなんの意味となるのだろうか。その思考を裂くように一つの紅が目線の端で輝いた


「盟約を示せ、地を這う熱よ。我握るは汝が心臓、魂をも焼きつくせッ!」


 ごうっと熱が蒸気を裂いてサブアの横を過ぎ去った。赤熱する大地が通り過ぎて、人形の腕をあっさりと断つ。重さで断ち、そして文字通り焼き切っていた。

 すぐさま、人形は飛び退る。その場所に一人の魔術師が立っていた。杖の代わりに握るのは大振りの戦斧。明々と輝くそれは脈打つような溶岩で作られている。持つのは小柄な女、まだ少女の域にある。黒髪と緑色の瞳は大地の熱に彩られ、朱に染まる。


「「何者ッ!」」

「アルディフのリオナッ!」


 そう言い切った少女は言葉に続けて人形に踏み込んでいった。


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