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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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始まりを祈る / 盜剣士ダスイー




 太陽は相変わらず強く輝いているが、風は少しだけ冷たい。朝のせいか、それとも秋めいてきたのだろうか、ダスイーは欠伸をしながらぼうっと考えた。

 泥のように眠っていたい衝動を抑えながら、色の戻った髪をぐしぐしとかき回す。そしてダスイーは締まらない顔で神殿の敷地へと入り込んだ。この数年、歩き慣れた道だが、どうにも違和感が張り付いている。


 死体も背負わず、武器も持たないで、向かうのはここ一ヶ月の間だけだ。ちょくちょく通っていた施療院だ。かつては、外にある長椅子まで負傷者だの死体袋だのが転がっていたものだが、今はただ風が通り抜けるだけだ。ダスイーの吐息もそれに溶けて消えていった。

 ばたばたとした足音、続いて施療院の扉はぎぃっと開く。義足の女が杖を突きながら、器用にひょいひょいとこちらに向かってきた。


「おはようございます」

「おう」

「おはよう、ございます」

「お、おはよう」

「よし。それでは向かいましょうか」


 彼女はふんすっと息を鼻から吹き上げ、カツカツと足を進める。相変わらず押し込みが強い。しかも押し込み方がどうにもリオナに似てきた気がする。

 ダスイーは苦笑いしながら、オリエルの横に付く。彼女もかすかに笑い返した。相変わらず男の格好だが、どことなく柔らかくなっている。花の香りが、わずかにする。ウィードがよく作っていた匂い袋だろう。病魔を払うために作られる一品で、動けないウィードに変わって詰め込みを手伝わされた記憶がある。


 ここ一月はそんなふうに人の手伝いばかりだった。軽傷だったダスイーは、迷宮にいる時以上に駆け回ることになってしまった。

 残ったアンデッドの始末、冒険者の葬儀、怪物達のはぎ取りに埋葬、墓守でもないのに、死体ばかり弄っていた。それが終われば、神官長から神殿の雑務、商売人のまねごと、食料品の仕入れだの、護衛だのを押しつけられている。うんざりともしたくなるが、仲間達がほとんど床に転がっているしかなかったのだから、仕方ない。


 息をふぅっと吐いてから、なんとなく、オリエルの方を見る。ぼろぼろと穴の開いた肌、鉄片のかけらは取り除いても、魔術や奇跡で傷をふさいでも、不自然に白い傷跡が残ってしまう。ダスイーはその痕を見ても醜いとは思えなかった。むしろ、胸の奥が熱くなるような、内臓が締められるような感覚が心地よく走った。


 だが、その甘さも、足へと目をやればすぅっと覚めてしまう。

 義足はダスイーが作ってやったものだが、具合は悪くない。だが、その付け根、消えた足の具合は良いとはいえない。上位存在たる“死の司”カラナザールの残した傷は茨の魔女たるウィードの呪術でも、“畑の男”の紡ぐ奇跡であっても治せるものではなかった。ガドッカの祈りによって造り出した機工の足ですら、数日で崩れ落ちるのを見た。

 奇跡すら弾くのは、染みついた呪いのせいだと言う。このアルディフだけならば“畑の男”古い大神であり、ヴィンズ神官長も最高位の“聖者”といっていい。

 これを治すのは、もはや、なんらかの上位存在による直接介入しか、ないだろう。だが、彼女は悲観はなさそうに振る舞っている。


「たまんねぇなあ」


 ダスイーの呻きに、オリエルが首をかしげる。本人は大分、のんきなのはこの一つに吐き出しきったのだろうか。そのせいか、ダスイーの暗い表情に今更、気づいた。

 にへっと、オリエルは笑いで返す。リオナの、妹の笑い方だった。安心させるための微笑みだった。


「大丈夫、ですよ。約束しましたから」


 何を、と問い返す前に神殿の市場まで入ってしまった。ごたごた、忙しなく人が歩き回っているが、その数は以前よりは少ない。オリエルはそこをずんずんと進む。行商人達が減ったせいだろう。屋台を解体していたり、荷物をまとめている姿の方が目立った。


 荷物を背負った大男がこちらを後ろから歩いてきた。大剣使いだ。彼の仲間達、その埋葬の時、顔だけはよく合わせた。それでも、名は相変わらず聞いていない。怪我は大分よくなったようで足取りも確かだった。


「じゃあな」

「おう、あばよ」


 短く、そう交わすと大男はその足幅のまま、二人を抜かしていく。市場の空き地から、わやわやとゴブリンやノーム、小人達がわしゃわしゃと彼を囲む。派手な格好をしたノームの女、アルウがトンと彼の肩に乗った。邪険にする彼を押しとどめようと、横合いから息を切らせた狐目の男が走ってきた。

 彼らは、そのまま外へ向かう門へと進んでいく。アルウ遊撃隊はこれから南方、ジャイークの先ににあるという迷宮、“鎖の洞窟”へと向かうそうだ。一党を維持できなくなった彼らはアルウに雇われたらしい。


 彼の元々の仲間はもう狐目の男だけだ。あの戦いでアンデッドとなって蘇生出来たのはただ二人だけ、太陽騎士団のグリセル、そしてその仲間のゴルガンだけだ。ほかの者は復活もできず、ただの灰となり、共同墓地へと納められた。その死を悼む墓碑があるのが、わずかな救いだろう。その魂が冥界で迷うことがないのだから。


 生き返ったゴルガン、太陽騎士団の戦士は冒険者をやめた。彼は武器を握ることはもうできない。腐敗のせいか、利き手がもう動かないのだ。今は、療養しながら、先のことを考えているそうだ。


「それに引き換え」


 軽快な足音が近づいてくる。ぶんぶんと腕を回し、ながら近づいてくるのはグリセルだ。旅支度を済ませていたようで、少しくすんだ外套を纏っている。青く澄んだ瞳を真っ直ぐとダスイー達に向けた。


「やあ、おはよう! いい朝だね!」

「ああ、相変わらず、元気だな」

「おはようございます、兄さん」


 にこにこしながら寄ってきた彼は、オリエルをぎゅっと抱き締める。体温を確かめるように静かに、止まった。黄金の闘気をすぅっとオリエルの中へと伸ばし、グリセルは循環させる。わずかだが生命力が分け与えられていくのが、見ているだけで分かった。


「ん! 良かった、悪くはなっていないね!」

「往来でピカピカ光るなよ」


 何人かがぎょっとして、離れ。また何人かは遠巻きに楽しそうに眺めている。前ほど囲まれたりはないのが幸いだった。

 あの戦い、動かない肉体を無理矢理、闘気を体内で循環させ、自力で腐敗の影響をはじき返したのがグリセルという男である。腐敗していた神経を闘気の操作だけで疑似接続しながら戦っていたらしい。おかげで呪術なしで生命力を分け与えられるようになったという。もはや、嫉妬を通り越して諦めしかない。

 ぽんぽんとオリエルの背を叩くとグリセルは離れた。


「ごめん、ごめん。また、しばらく会えなくなるからさ、心配なんだ」

「やっぱり追うのか、あいつを」


 ガラハム=イーナン、彼の邪術師は未だに存在している。どこかの迷宮とも最果てにあるという境界領域とも、はたまた、どこかの市井に紛れ込んでいるとも言われる怪人だ。数多の神、数多の魔術師達に追われてなお、足取りの掴めぬ男である。

 無謀とも言える。だが、グリセルを除いて誰ができるだろうか。


「それもある。だけど近隣のいろんな領主から呼び出されてね。ヴィンズ神官長の代わりにちょっとお金稼ぎすることになってるんだー」

「復興にも邪術師を追うにも、資金、資材、人材、コネクション。いろいろと必要ですから」


 声と共に人の影からラーハと呼ばれた女盗賊がするりと現れた。この人混みに紛れてダスイーもオリエルが気付けなかったことから考えると、案外どこかの領主の密偵だったのかもしれない。


「グリセル、馬車の時間です、行きましょう」

「そうかぁー、残念だけど、これでッ! またね、元気でッ!」

「おう、またな。幸運を」

「幸運を」


 互いの拳を軽く合わせる。お互い素手、迷宮での戦いでぼろぼろの傷が残ったものだ。差はすっかり開いている。それでも、ダスイーはグリセルは同じ場所にいると、今は思えた。


「ラーハさんもお元気で、兄さんのことお願いします」

「任せてください、妹さん、それでは」


 ラーハの細い手がグリセルを引いていく。人混みに消えていく親友を眺めながら、ふぅっと一つ息を吐く。

 アレが女房役ならまあ大丈夫かとぼんやりと考えながら、歩みを再開する。


 がちゃがちゃとした鎧の音、外の巡回から帰った来たのだろう“鉄の瞳”の戦士達とすれ違う。定住する権利を得た彼らは満足げに笑っていた。手に入れた自分の家へと帰れるためだろう。

 店の半分を早くも売りに出した鍛冶屋の横を抜けていき、神殿の門から離れた。しばらく行った先にあるの裏通りに入る。生家に飾られた看板がぎぃぎぃっと揺れている。そこから倉庫街を抜け、門を潜れば灌木が立つ荒野だ。かつて森だったそこには一軒の小屋が建っている。魔女の住処たる場所には、周囲と違って僅かながら緑が戻ってきていた。

 そこから茨の塊が膨れあがるように飛び出してきた。それはうぞぞっとこちらに歩いてくる。


「あら、遅かったじゃない」

「ちっとな。挨拶、挨拶でよ」


 気怠げな女の声、中には茨の魔女が体を埋めていた。ウィードの体からは茨が伸び続けている。こうして魔力の残滓を吐き出さなければならないそうで、始終この様子だ。投薬によるものだから、客が来たからといって止めることはできないらしい。


「どうだ、具合は」

「まだまだね、治るだけ、まあマシさ」


 ウィードは茨となった腕を掲げた。わずかにその力が削れているようで、色合いが肌の色に近くなっている。もっとも血色は相変わらず悪いものだったが。

 その後ろから、ゆっくりと二つの影が現れた。ガドッカ、そしてリオナは旅の装いをしていた。蒸気をふんふんっと吹き上げて、大声で挨拶するガドッカの声はすり抜けていく。気になるのはうつむいたリオナの姿だけだ。


「それで、いいんだね」

「まだ聞くのかよぉ、さんざん話し合った結果だぜぇ」


 ダスイーはウィードの言葉にうんざりしたように答える。リオナは今回の件で北の果てにあるという魔術師の学院へと向かうことになっていた。才覚から推薦され、それが認められたのだ。

 もちろん猛然と反対したダスイーはリオナとケンカした。二人の人生でもっとも激しいものだったろう。だが、リオナには口で勝つことはできない。ただ数週間の攻防でダスイーはすっかり丸め込まれていた。


「そもそも進めたのはおまえだろぉー、リオナなら心配ねぇさ」

「いや、むしろキミの心配なんだがね」

「お、おう」


 引きつった顔でダスイーはリオナに近付いた。そして抱き締めてポンポンと背を叩いた。


「行ってこい、やりたいことがあるんだろ」

「うん、約束したの」

「そうか、しっかりやってこい。こっちは任せろ」

「うん」


 言うのはそれだけだった。名残惜しさに押しつぶされる前に、迷宮に一人で潜る時のように、あっさりとリオナから離れた。そうでもしなければ、ずっとリオナを抱き締めたままだったろう。


「道中は我に任されよッ! それではな」

「いってきますッ!」


 魔女の家に備えてあった長椅子に座って、残された三人は静かに見送った。

 遠くへ消える二人を見ると、ダスイーは自分の肩がわずかに小さくなったような気がした。その懸念を振り払うように肩を動かし、笑う。


「さあ、こっからも忙しいぞ、迷宮の後始末しなきゃならんし、あそこに住んでる連中とも話しつけねーと。ああ、茶畑もなんとかしなきゃなあ、トヨノから茶の木でも持ってこなきゃなぁー」


 早口でまくし立てるように言うダスイー。ウィードが苦笑する中、オリエルが大真面目に声を上げた。


「そうですね、新しいカタナも必要です」

「そうか、そうだったな」


 戦う気は今のダスイーにはなかった。それでもきっといつか、あの冷たく冴えた刃を握る時が来るのだろう。あの狭苦しい迷宮を作る邪術師は滅んではいない。その時のために、今は平穏の中に体を埋めたかった。

 ダスイーを見ていたウィードが静かに、ゆっくりと口を開く。


「ねえ、オリエル、また歌を聴かせてちょうだい」

「私の、ですか」

「ええ、調子がよくなるのよ、お願い」


 戸惑いながら、答えるオリエルに、森の魔女はしっかりと言い放った。


「そ、そうですか」

「不安だったら、私たちは目をつぶっているからね」


 茨の魔女は静かに双眸を閉じて、茨の中へと沈んでいった。戸惑いを捨てるように、こほんっとオリエルが喉を鳴らす。そして、ゆっくりと口を開く。


 ひどく擦れて、潰れた声だ。ぼろぼろの鉄を削るような声だと言うのに、暖かく染みてくるのは何故だろうか。リオナ、グリセル、二人の顔が何故だか浮かぶ。手の平がわずかに開いていくのがわかる。何かがほどけていくような感覚がダスイーをゆっくりと包んでいく。


 目の前がしずかに滲んだ。痛みもないのに泣くなんて、情けない。気を振るわせるが、ダスイーの瞳は濡れたままだった。だが、それも心地よかった。ぽつぽつと体へと涙が落ちていった。


「え、あ、う、あの?」


 歌が途切れた。オリエルは立ち上がり、戸惑ったようにわたわたと此方をのぞき込んできた。


「大丈夫、大丈夫、いいから続けてくれ」


 大分、情けない顔を見られている。ウィードに至っては茨を振るわせている。アイツ絶対笑ってやがる。そんな悪態を付いても、涙は止まりそうもない。

 去っていたものも、壊れたものも、死んだものも、ここには戻らない。過去の思い出とは変わっていくのだろう。だからこそ、あの歌を聞いていたい。せめて、明日へと進むために。


「頼む」


 ダスイーは静かにそれだけ言って、催促する。困ったようなオリエルの顔を見ながら笑った。涙が張り付いて情けない。


「しまらねぇなあ」


 つぶやきながらにじんだ手の平を見る。それも悪くはねぇか、とひとりごちる。そのまま、ダスイーはオリエルの擦れた声に体を預けていた。









                         鋼の声で歌って 了

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